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千剣の魔術師と呼ばれた剣士 作者:高光晶

第八章 レイティンの商人たち

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第67話

 王都でテッドたちと別れたアルディスは、その足でネーレたちの待つ森へと帰って行った。
 危険な肉食獣がうろつく森の中とはいえ、アルディスにとっては庭の散歩をするのと大して違いがない。

 自身の帰還をネーレへ感知させる為、あえて気配も殺さずまっすぐに家へと向かう。
 あの従者のことだ。アルディスが近づいていることにはとっくに気が付いているだろう。

 時折ばったりと出くわす肉食獣を追い払いながら歩みを進めると、やがてアルディスの視界に我が家の光景が映し出される。
 目立たぬよう屋根の高さを周囲の木々よりも低めにした平屋建ての家、ダミーとして作った物置小屋と薪小屋、すでに立派な菜園と化している拡張された園芸場、そして出発したときには無かったはずの見慣れないブランコ、滑り台、シーソー、跳び箱といった遊具たち。
 アルディスが遠出から戻ってくるたびに(さま)変わりする我が家であった。

 到着して早々に、苦笑しながらアルディスが口を開く。

「なんか、また物が増えてないか?」

 なぜか庭の真ん中で座っていたネーレは、突然の声にも驚く様子を見せず、アルディスへ言葉を返す。

「無事の帰還。何よりだ、我が主よ」

 そのやわらかい微笑みは、待ち人を迎える深窓(しんそう)の令嬢を思わせた。

「あ! アルディスだ!」

「お帰り! アルディス!」

 ネーレの後ろで何やらゴソゴソと動いていた双子が、アルディスの姿に気付いて声をあげる。

 その時、刃物が何かを切り落とす音が響く。
 風が葉を揺らすかすかな音の合間にその何かが地面へ落ち、それを目で追っていたフィリアとリアナが思わず声をもらした。

「あ……」

「あ……」

 双子の視線をたどり、アルディスの目に映ったのは切り落とされたアリスブルーの物体。

「あ……」

 思わず双子と声をそろえて絶句したアルディスへ向けて、何事もなかったかのようにネーレが立ち上がって(うやうや)しく頭を下げる。

「少し早いが食事にするかね? 我が主」

 言葉遣いさえまともなら、能力も立ち振る舞いも非の打ち所がない従者である。
 顔を上げ、初心な男ならば骨抜きにされてしまいそうな笑みを浮かべた女がアルディスに問いかける。

 にこやかな表情でこちらを見るネーレの肩越しに見えるのは、一部分だけがいびつに切り取られた長髪。
 完璧に見えるたたずまいを一瞬で台無しにするそのアンバランスさに、アルディスは妙な戸惑いを覚えた。

「ネーレ、ごめんね! ごめんね!」

「ネーレ、大丈夫!? 痛くない!?」

 ハサミを持ったまま涙目でフィリアがネーレへ必死に謝っている。その側ではリアナがオロオロとしながらもネーレを気遣っていた。

「え、と……。どういう状況だ?」

 アルディスがネーレの肩越しに見える髪と、双子たちを交互に指さしながら訊ねる。

「なに、この子たちが我の髪を切ってみたいと言うのでな。散髪のまねごとなどをしておったのだ。まあ、これは――」

 と、いびつに切り取られた自身の髪へ手を添えて、大した事ではないとばかりに言う。

「――我が主の帰還に気を取られて手元が狂ったのであろう」

 必死の様子で謝罪の言葉を続けるフィリアの頭に手をのせて、安心させるようにそっと撫でる。

「気にするでない、フィリアよ。髪など放っておけば生えてくる」

「でも……」

 言葉を返そうとしたフィリアの頭から手を離すと、ネーレは手首を軸にして追い払うように振った。
 詠唱もなく、動作のみによって生み出された小さな炎が、草の上に落ちた髪をまたたく間に焼きつくす。

「あっ……!」

 それを見て声を詰まらせたのはアルディスだ。
 切り落とされたアリスブルーの髪が瞬時に燃え尽きるのを見て、レイティンの女商人から要求されていた条件を思い出す。

「ん? どうしたかね? 我が主よ」

 平然とした表情で問いかける従者へ、アルディスは微妙な表情で事情を説明しはじめた。



 場所を家の中に移し、一通りの事情を聞き終えたネーレは「なるほど」と、納得の言葉を口にする。
 すっかり生活感にあふれた室内。
 のどを(うるお)す香草茶がテーブルの上に並び、それを囲むように四つのイスへアルディスたちは腰を下ろしていた。

「つまり、我の髪を(もっ)てその女商人から情報を引き出したい、と?」

「もちろんネーレが嫌だと言うなら情報は諦める」

 いくら切り落とした髪の毛とはいえ、どこの誰が何の目的で使うか分からないのだ。
 提供することに気味悪さを感じるのは当然だろう。

 マリーダから情報は得たいと思う。
 だがそれはどこまでもアルディス個人の勝手な都合であって、ネーレに無理()いをしてまで知りたいわけではない。

「ふむ……」

 理由を聞いたネーレはおもむろに立ち上がると、懐に忍ばせていたダガーを取り出す。
 そして三人の視線を集める中、片手で髪を束ねると、躊躇(ためら)うことなく切り落とした。

「な……!」

 絶句するアルディスへ向け、ネーレは手につかんだままの髪をヒモで束ねて差し出す。

「ならば遠慮なく持って行くが良い。たかが髪の毛、主にとって必要だというのなら良いように使ってもらって構わぬよ」

「何も全部バッサリ切らなくても……。一房で良かったんだが……」

 平然として髪を切り落としたネーレへ、気まずそうにアルディスが言った。

「気にせずともそのうち勝手に伸びてくるであろう。たまには首もとを(すず)やかにして過ごすのも悪くあるまい」

「そ、そうか……」

 長かったネーレの髪が肩の少し上あたりで途切れている。
 それまで長髪の容姿しか見たことのなかったアルディスは、いつもと違った印象を与える従者に向けて、意味のない返答をする事しか出来なかった。

「ただし、我の方からも二つほど条件を提示させてもらおう」

 突然のことに、礼を口にすることすら忘れて呆然としていたアルディスだったが、ネーレがイスに腰掛けてそう切り出すと、瞬時に真剣な表情となる。

「……条件というのは?」

「なに、大した事では無い」

 もったいつけたようにひと呼吸おくと、ネーレは自分で入れた薬草茶をひとくち飲んで口を湿らせる。

「まずひとつ目。この髪と交換で得た情報を我と共有して欲しい。主の過去を根掘り葉掘り聞くような趣味はないし、それを()いるつもりもない。だが我の髪と引き換えに情報を得るのだ。今回に限っては我にも話を聞く権利があろう?」

 出会ってからまだ半年も経っていないネーレには、アルディスの目から見ても謎めいたところが多い。
 だがアルディスの方からネーレの出自や素性を詮索したことはなかった。

 ネーレ自身が話してくれるのであればともかく、アルディスから訊ねるつもりはなかったしこれからもそのつもりはない。
 それはアルディス自身が自分のことを探られたくないから、というのが一番の理由だ。

 ネーレのことを信用していない、というわけではない。
 信用していないのなら、共に暮らしたり双子の面倒を任せたりはしないだろう。

 ただアルディス自身、自分の事をどう説明すれば良いのかが分からない。自分の身に起こったことを全て理解しているわけでも無いし、それをネーレにどう説明すれば良いのかも判断に困る。
 だからこそ、ネーレが訊ねてこないのを良いことに、これまでうやむやにしてきたのだ。

 ネーレの方もアルディスと同じ理由かはわからないが、これまでアルディスの正体を探るようなことはなかった。
 しかしネーレの主張する通り、今回は彼女の髪と引き換えに情報を得ようというのだ。ネーレにもその成果を聞く権利はあるだろう。

「わかった、約束する」

「もうひとつの条件は――」

 アルディスの答えを聞いて満足そうにうなずくと、ネーレはもうひとつの条件について言及する。

「条件は?」

 真剣なまなざしを向けるアルディスに、従者は目を細めて微笑んだ。

「我の髪を切ってもらおう」

「……はい?」

 一瞬ネーレが何を言っているのか分からず、アルディスが問い返す。
 ネーレは肩口よりも少し上にある髪の先を触りながら言った。

「このままでは不格好であろう? ちょうど双子の髪を散髪したところだ。ついでに我の髪は主に整えてもらうとしよう」

「それがふたつ目の……条件?」

「そうだ」

「別にそれくらい構わないが……」

 魔力で風を操れば一瞬で終わる話であった。
 さっそくとばかりに、魔力で風の刃を生み出そうとしたアルディスをネーレが止める。

「待つが良い、我が主よ。魔力は使わず、ハサミを使って切ってはくれぬか?」

「……風を起こして切ればすぐ終わるだろ?」

「それでは情緒というものがなさ過ぎる。ゆっくりと、時間をかけて丹念に整えてもらわねば、面白くないであろう」

 そう言い残すと、ネーレは散髪用のハサミを持ち、双子を引き連れて庭へと出て行った。

「え? ハサミで散髪? 他人の髪を……? そんなのもう何年もやってないぞ……?」

 イスから腰を浮かせてうろたえるアルディスへ、家の外から催促する声が響く。

「主よ! 何をボヤッとしておるか! いくらまだ日が高いとはいえ、夕餉の準備もあるのだぞ! 急がぬか!」

「あ、ああ……」

 急かされるままに庭でハサミを持たされたアルディスが、ネーレの髪を切り終えて解放されたのはそれから一時間後のことであった。
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