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千剣の魔術師と呼ばれた剣士 作者:高光晶

第八章 レイティンの商人たち

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第65話

「約束は出来ない」

 アルディスはそう言い残してリッテ商会を後にする。

 完全に断たれていると諦めていた、仲間たちの手がかりが得られるかもしれないのだ。
 本来なら一も二もなく飛びつきたい気持ちを必死で抑え込みながら、保留という回答を突きつけるのが精一杯だった。

 商会を出る前にキリルへ別れの挨拶をした際、その姉共々「お礼をさせて欲しい」としばらくの間レイティンへ滞在することを提案される。しかしアルディスにはレイティンでのんびりしている暇はなかった。
 特に姉の方からは強く引き止められたが、急ぎの仕事があること、一週間以内には再び訪れることを告げると「その時は必ずうちに寄ってくださいね」と念を押された上でようやく納得してもらえた。

 商会を出たアルディスは、ひとまず保存食や消耗品を補充するべく日用品のお店へと入っていく。

「王都より安いな」

 ひととおり眺めて価格を確認したアルディスは、干し肉や塩、香辛料や磨き砂などを購入する。

 店を出て空を見上げればすでに陽は傾きはじめていた。
 アルディスは大通りを行き来する人々をしばらく観察する。

 マリーダに要求されているのは『天色の瞳』で『魔力の高い女性』が持つ『アリスブルー』の頭髪だ。
 聞けば聞くほどネーレの事を言っているのだろうが、ハッキリとネーレを名指しされたわけではない。
 同じ条件を満たす人間の髪なら、マリーダも文句は言えないはずだ。

 可能であれば自分の都合にネーレや双子を巻き込みたくない、それはアルディスの偽らざる気持ちだった。
 そう思ってアリスブルーの髪色を探しているのだが、一向に見つからない。
 アリスブルーという髪色はありふれているようで、実はアルディスもあまり目にしたことがないのだ。

 王都にいけば何人かはいるだろう。そんな風に考えた次の瞬間、他の条件も同時に満たす人間がどれくらいいるのかを想像し、アルディスは眉をしかめる。
 結局ネーレの髪を持っていくはめになるのでは無いか。そう思い、マリーダの思惑(おもわく)通りに転がされているのが気にくわなかったからだ。

 その時、アルディスの視線がある人物の姿をとらえる。
 先ほどマリーダの商会で、剣に何らかの術を施していた小柄な男だった。

 そのエキゾチックな服装は、多種多様の地域から人が集まる交易都市においてもひときわ目立つ。
 ほんの少しのためらいを興味が打ち消し、アルディスは日に焼けた小柄な男へ近づいていった。

「ちょっと良いか?」

「え? なんでしょう?」

 声をかけられて振り向いた男は最初こそ怪訝(けげん)な表情を浮かべていたが、アルディスがマリーダと一緒にいた人物であることを思いだして警戒を緩めた。

「ああ、マリーダさんのところでお会いした方ですよね」

「すまんが、ちょっと話を聞かせてもらっても良いか?」

 アルディスがマリーダの関係者とみて、男は快く承諾してくれた。
 つかみ所のないあの女商人について、何か少しでも情報が得られればと、アルディスは男から話を聞く。

 男は各地を巡る旅芸人の一座に所属しているらしい。
 西へ東へ、年中旅を続ける一座には様々な危険がついてまわる。

 山賊や野盗から襲われる危険、肉食獣に襲われる危険。それらはまだ力で払いのけることが出来る。一座の面々は傭兵としてもやっていけるほど、人並み以上に戦いの術を身につけているとのことだった。

「ところが、いくら強くても勝てないものというのはありまして」

 男が言うには、あちこちを旅する一座はその地方地方の風土病という危険にもさらされてしまうらしい。
 たまたま運の悪いことに、レイティンへたどり着く直前に異国でもらってきてしまった病を発症した者が一座の中で続出した。
 当然そんな者たちを招き入れてしまっては街中に病が広まってしまう。ということで、街の中へ入ることを禁止されてしまったのだ。

 レイティンとしてはさっさとどこかへ行ってくれ、という事だったのだろう。
 だが街の方はそれで良くても、旅芸人の方はそういうわけにいかない。
 なにせほとんど全員が病に倒れ、まともに動ける者が数人しかいないのだ。

「薬や薬草を買いたくても街に入れてもらえない、かといって医者や薬師が外に出てきてくれるわけでもない。他の街へ移動したくても病人の数が多すぎてとても動ける状態じゃない。そんなとき、唯一手を差し伸べてくれたのがマリーダさんのリッテ商会だったんです」

 マリーダの商会は、レイティンを離れていく傭兵や行商人を使って、一座へ薬や食糧、そして飲み水を定期的に届けてくれたらしい。
 その甲斐あって、二週間ほどで回復した旅芸人一座は、ようやくこうして街の中へ入ることが許されたのだとか。

「もちろんタダではありませんでしたけどね。それでも市場価格よりは少し安いくらいでしたし、なにより仲間の命を救ってもらったのです。お金には代えられません」

 ぜひお礼を、と申し出たときに頼まれたのが、例の剣に封印を施すことだったのだと言う。

 そんな偶然があるものだろうか? アルディスは心中で首をひねる。
 アルディスとキリルが遺跡で見つけた剣を持ち帰るそのタイミングで、たまたま旅芸人の一座がやってきて、しかもその中に剣の封印を施すことができる人間がいた。

 どれかひとつなら、(はか)らずもということはあるだろう。
 だが偶然も三つ重なれば奇跡である。
 むしろ奇跡の存在よりも、何らかの人為を疑う方が自然に感じられた。

 そんな疑念をおくびにも出さず、アルディスは話を続けた。

「あれは何だったんだ? 魔法ではなさそうだったが、坊主どもの祈りともちょっと違う感じがした」

「坊主どもって……」

 男が苦笑いを浮かべた。

「あの術は我が一族に代々伝わる特殊なものですから。一般的に広まっている魔法とは違うと思います。祈りという意味では……、半分正解で半分不正解といったところですね。少なくとも、今の教会がやっている祈りとは違いますね」

 そう小声で言い、あまり往来で堂々と言えることではありませんけど、と男は付け加えた。
 つられてアルディスの声も小さくなる。

「今の教会がやっている祈りとは違う……?」

「教会の祈りは『我らが女神を(たた)えよ』という意味ですが、我が一族に伝わる祈りは少し違うんです」

「具体的に言うと、どう違うんだ?」

「そうですね、一言で表すなら『あなたの旅路(たびじ)灯火(ともしび)のあらんことを』という意味です。人生を旅に例え、その行く先が明るくなるようにという思いが込められています」

「なるほどね」

 少なくとも女神を讃えよと()いるような祈りよりはマシだろう。

「すみません。そろそろ戻らなくてはいけないので……」

「ああ、引き留めて悪かったな。感謝する」

 マリーダの正体を探ろうと試みたアルディスだったが、男から話を聞いて得られたのは増していくばかりの困惑だけであった。

 男と別れたアルディスは、その後しばらくアリスブルーの髪色をレイティンの大通りで探し続ける。しかし、思わしい結果は得られない。
 結局レイティンで探すことを早々に諦めると、夕暮れ前の街を後に、ナグラス王国へ向けて出発していった。



 アルディスは王都トリアへ向け、街道を東へとひとり歩く。
 やがて夜が拡がり周囲が暗くなると、街道を逸れて人目のないところで空へと身体を浮かばせる。
 そのまま闇に紛れて飛び続け夜半過ぎに王都へ到着すると、翌朝になるのを待って王都グランへと入る。

 疲れた様子も見せず、顔役のジャンへ『異聖(いせい)』討伐完了の報告をすませると、そのまま呪術師の店へ赴き『異聖』の吸盤を手渡す。マリーダのところで見た吸盤の活用方法については、その真偽がまだハッキリしないため、伏せておくことにした。

 その後、ついでに情報屋チェザーレを訪ねる。

「ついでって……、ずいぶんな扱いですね」

 口を(とが)らせてチェザーレが文句を言った。

「実際ついでだからな」

 アルディスが返す言葉はとてもそっけない。

「それで? アリスブルーの髪色をした女性ですか?」

「そうだ。なおかつ魔力が高くて瞳の色が天色(あまいろ)のやつは居るか?」

 マリーダから聞いた条件に合う女性が王都にいるのか。アルディスはそれをチェザーレに丸投げした。
 さすがのアルディスも、三十万人いると言われる王都住民の中から探す気にはなれなかったのだ。

「貴方、私のことを便利屋か何かだと思っていませんか? いくら私が情報屋だからって、王都の住人全員を知っているわけじゃないんですよ?」

 そう言ってボヤキながらも、記憶をたぐり思い出そうとするチェザーレ。

「アリスブルーの髪で……、瞳が天色で……、魔力が高くて……、女性で……って、あれ?」

 思い出したようにチェザーレが頭上の空間を見上げる。

「それって、例の女傭兵のことじゃありませんか。なんです、今さら私をからかっているんですか?」

 端正な顔をしかめつつ、チェザーレが文句を言った。

「はあ……。やっぱりあいつしかいないのか……」

「え? どういう意味です?」

 珍しくため息を吐いたアルディスに、チェザーレは問いかける。

「いや、何でもない。良いんだ。悪かったな、手間を取らせた」

 チェザーレの問いを適当に流すと、アルディスは銅貨を指で弾いて渡し、そのまま店を出て行った。

 ひととおり用事を済ませたアルディスは、天高く登った太陽を見上げてひとりつぶやく。

「そろそろ帰るとする――」

「おい、アルディス!」

 そんな彼を突然呼び止める粗野(そや)な男の声。
 その声は荒々しいが、決して不快な感じはしない。
 というよりむしろ聞き覚えのある、耳になじんだ声だった。

「テッド? ノーリスとオルフェリアも?」

 振り向いたアルディスの眼に映ったのは、トリアの街でよく組んで依頼を受けていた熟練のパーティ『白夜(びゃくや)の明星』の面々だった。



 ところ変わってアルディスが常宿(じょうやど)にしている『せせらぎ亭』の一階食堂。
 アルディスとテッドたち『白夜の明星』は、ひとつのテーブルを占有して昼食を共にしていた。

「ったく、事情はわかるけどよ……。連絡くらいキチッとしろよ」

「そうだよ、アルディス。テッドなんてすごい心配してたんだから」

「ほんと、こんな顔して心配性なんだからテッドは。アルディスだって知ってるでしょう?」

「うるせえぞお前ら!」

 久しぶりに見る息の合った掛け合いに、アルディスの頬が自然と緩む。

「相変わらずだな。でもこっちに移ってからちゃんと手紙は出しただろう? 届いてないのか?」

 この世界に知り合いなどほとんどいないアルディスだが、数少ない仲間と言える三人にはそれなりの気配りをしている。
 その証拠に、王都で活動をしはじめて半月ほど経った頃、テッドたち宛てで手紙を送ったはずだった。

「手紙ってこれのこと?」

 オルフェリアが懐から一枚の羊皮紙を取り出して、机の上に広げる。

「差出人名も行き先も書いてないこの手紙を見て、どうやって安心すれば良いのよ?」

 横でテッドとノーリスが同意するようにうなずいている。
 その手紙にはこう書いてあった。

『俺もあいつらも全員無事だ。
 しばらくトリアを離れることにする。
 追伸 俺は味音痴じゃない』

 用件だけを極限なまでに簡素化した手紙。手紙と言うよりほとんど伝言レベルである。

 とはいえ、アルディスにも言い分はある。
 行き先が書いていないのは、万が一トリア領軍の手に手紙が渡ってしまったとき居所(いどころ)を知られないようにするためだし、差出人が書いていないのは下手にアルディスの名を出して『白夜の明星』のメンバーへ迷惑をかけないようにするためだ。

 普段仲間からさんざん味音痴とのレッテルを張られていることを引き合いに出せば、差出人がアルディスであることはテッドたちにきっと伝わるだろう。
 居所については、状況が落ち着いた頃を見計らって、アルディスの方から連絡を入れるつもりだった。

 確かにそれ以降の連絡を(おこた)ったのは責められても仕方ないことであるが、ここまでダメ出しを食らうほどの事だろうか?
 口やかましく騒いでいる三人に囲まれながら、アルディスはのんきにそう考えていた。

「まあ、ひと月もしないうちに『三大強魔(さんだいごうま)討伐者』の噂がトリアまで流れてきたからな。すぐに居場所は分かったがよ」

「あはは。最初はタダのデマだって、誰も信じてなかったんだけどね。『剣魔術の使い手』っていう二つ名も一緒に流れてきたから、すぐにアルディスがやらかしたって分かったよ」

「それで? トリアに戻ってくるつもりはあるのかしら?」

 オルフェリアが代表してアルディスへ問いかける。

「当面は王都で活動するつもりだ。少なくともトリア侯や将軍がいる間は戻るつもりもない」

「将軍はともかくとして、トリア侯がいなくなるなんて何十年後のことだよ……」

 あきれたようにテッドが言う。

 トリア侯爵家はナグラス建国時から続く名門だ。よほどのことがない限りお家断絶など起こらないだろう。
 現在の当主フレデリックは、まだ四十前と領主にしては若く、代替わりがいつになるのかも分からない。

「ってこたあ、アルディスがトリアに戻ってくる目はなさそうだな……。かといって俺たちが王都に拠点を移すのはなあ」

 これまでトリアに根を張って活動してきた『白夜の明星』である。
 長年積み重ねてきた信用、実績に基づく名声、人脈やコネ、いざというとき連携できる傭兵仲間。そういったものをすべて捨て去ってまで拠点を変える気はないのだろう。

「まあ、何かあれば連絡してくれ。こっそり侵入して合流するくらいはできるから」

 一方のアルディスは残念そうなそぶりすら見せない。
 もともと単独行動が多いため、パーティというものに対して執着がないのだ。

「ところで今日はどうしたんだ? 王都で何か依頼でも受けるのか?」

 トリアを拠点にしているテッドたちが、王都までやって来るのは珍しい。

「ああ、ちょっと都市国家連合の方でギャラの良い仕事があってな。移動の途中なんだよ」

「都市国家連合へ?」

「といっても、一番東にあるレイティンなんだけどね」

 とノーリスがテッドの話を補足する。

「奇遇だな。俺も数日中にはへ向かうつもりだったんだ」

 アルディスの言葉を聞き、驚く面々。

「だったら久しぶりに俺たちと一緒に行かねえか?」

「うーん……。出発が明日になるか、それとも明後日になるかは分からないぞ? それでも良いのか?」

「かまわねえよ。どうせ俺たちもそこまで急いでるわけじゃねえ。まあ、三日後までには出発してえけどな」

 そういうことならと、アルディスは申し出を受ける。

「出発をいつにするかは別として、予定をすりあわせるためにも、明日の朝は顔を見せに来る」

 そう言い残し『せせらぎ亭』を後にした。

 とりあえずは家に帰って、今日の夜はゆっくり休もう。アルディスは久しぶりに帰る我が家を思い浮かべながら、大通りを外壁に向けて歩きはじめる。
 すっかり顔なじみとなった門番に軽く声をかけ外へ出ると、大勢の人でにぎわう王都を後に、双子とネーレの待つ家がある森へと足を向けた。
2017/01/09 誤用修正 すべて捨て去って拠点を変えるというのはリスクが大きかった → すべて捨て去ってまで拠点を変える気はないのだろう
※感想欄でのご指摘ありがとうございました。ついでに視点もブレてるっぽいので修正してます。

2017/02/05 誤字修正 トリア候 → トリア侯
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