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千剣の魔術師と呼ばれた剣士 作者:高光晶

第八章 レイティンの商人たち

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第64話

 問いただすアルディスに、マリーダはにこやかな笑顔のまま言葉を返す。

「知りたい? 私のことが知りたいのかにぃ?」

 はたから見ているだけなら、若い娘の微笑みである。
 人によっては鼻の下をのばしてしまうかもしれない。

 だが、マリーダの態度はどこまでも軽薄で、そのふざけた口調がアルディスを苛立たせた。
 アルディスの表情がいっそう厳しいものとなる。

「おっとっと。そんなに怖い顔しないで欲しいなー。さっきも言ったけど、私はアルディス君の敵じゃないよん。むしろ味方になりたいと思ってるんだにぃ」

 慌ててマリーダがそう言いつくろう。

「私についての話を聞きたいって事は、私から情報という商品を買いたいって事なんだよね? でもね、私は商人なんだよねー。商人がタダで商品を渡すわけにはいかないっしょ?」

「……情報料を寄越せと言いたいのか?」

「お金じゃなくて対等のもの同士で交換ということにしないかにぃ?」

「交換?」

「そう。情報には情報だにぃ。私はアルディス君が知りたい情報を差し出す。アルディス君は私が教えて欲しいキミ自身の情報を提供する。等価交換というやつだにぃ」

 アルディスはその提案に無言で答える。

 目の前にいる女が敵か味方か分からない以上、不用意に自分の情報を提供したくなどない。
 双子のこと、ネーレのこと、アルディス自身の過去。
 他人に知られたくない、あるいは話したくないことはたくさんある。

 この女がどこまでのことを知っていて、どんな考えをしているのか分からないのだ。軽々しく取引に応じるわけにはいかない。

「お断りだ」

 取引に応じるふりをして嘘をついてもいいのだが、それは相手も一緒だろう。
 互いを信用できないのだから、取引の前提条件が成り立たない。

「信じてもらえないって、悲しいねー」

 それはマリーダも承知の上なのだろう。
 腕を目の前にあてて、わざとらしく泣きマネをする。

「じゃあさ」

 と思ったら、次の瞬間には再び笑顔を見せて口を開く。

「代わりに欲しい物があるんだけど、それを持ってきてくれたらアルディス君が知りたいことを全部話すっていうのはどうかにぃ?」

 そっちが本命か、とアルディスは察した。

 確かにアルディス自身の情報を提供するのは気が進まない、というよりもできる限り避けたい。
 だが一方で、どうしてマリーダがあの言葉を知っているのか。そしてアルディスとキリルが出会うことを分かっていたかのような話しぶりはなぜか。聞きたいことはたくさんあった。

「その『欲しい物』が何なのかにもよる」

 だからアルディスは一歩だけ譲歩する。

「そうこなくっちゃ! じゃ、こっち来て!」

 マリーダは商談成立とばかりに指を打ち鳴らし、ソファーから腰を上げると入口へ足を向ける。

「おい、俺はまだ受けるとは言ってないぞ」

「わかってるよん。とりあえず見てもらった方が早いからついて来て」

 そう言ってさっさとマリーダは部屋を出て行ってしまった。

「ちっ」

 人の話を聞かないヤツは嫌いだ、と舌打ちしながら、アルディスもすぐさまその後を追う。

 そのままマリーダの案内でたどり着いたのは、建物の地下にある一室だ。
 もともと倉庫として使われていたのであろうその部屋には、ふたりの人物が待っていた。

 ひとりは先ほど応接間にもいた使用人。頭髪に白い色が混じり、顔にシワが目立ちはじめた中年の男性だ。
 そしてもうひとりはエキゾチックな衣服に身を包んだ若い男性だった。少し小柄な体格で、肌は小麦色の健康的な色をしている。

「お待たせ! 準備は出来てるかにぃ?」

「はい、お嬢様。万事ぬかりなく」

 マリーダの確認に、使用人の男性がすぐさま答える。

 ふたりの視線を追った先にあるのは、床の上へ描かれた魔法陣らしき文様。その上にちりばめられた複数の鉱石や草花、何かの牙、呪いらしき文字が書かれた羊皮紙。
 そしてその真ん中に置いてあるのは、アルディスとキリルがコーサスの森で見つけた例の剣だった。

「なんだこれは?」

 アルディスが疑問を口にすると、マリーダが振り返ってそれに応えた。

「あの剣をしばらく大人しくさせようってことなんだな、これが」

「どういうことだ?」

「またまたあ、分かってるくせにぃ」

 からかうような口調と共に、マリーダが片目を閉じてアルディスへ視線を送る。

「あの剣を(しず)めるにはもうちょいだけ準備が必要だからにぃ。それまでの時間稼ぎをしようってわけだよん」

「鎮める? 時間稼ぎ?」

「ま、論より証拠ってね。今からあの剣に簡易な封印をするんだけど、そのための材料がひとつだけ足りなくてねー」

 そう言うと、マリーダは両手をアルディスへ差し出して続けた。

「『異聖(いせい)』の吸盤持ってたら、譲ってくれないかにぃ? 金貨一枚だすから」

「なっ……!」

 予期せぬその言葉に、さすがのアルディスも絶句する。

 アルディスが異聖の吸盤を持っていることなど、本人とキリル、そしてあの村にいた住人たちしか知らないはずだ。

 もともと異聖の吸盤はほとんどの傭兵たちが見向きもせず捨て置かれる、言わばゴミである。
 そんな物を採取して持ち歩く人間など、王都中を探し回っても見つかるかどうか分からない。

 だが、目の前にいる女はアルディスに向けて、それを譲ってくれと申し出ている。
 『持ってたら』と仮定表現を口にしてはいるが、どう考えてもアルディスが異聖の吸盤を持っていると確信した物言いである。

「あり? 持ってるよね?」

 小首を(かし)げ、マリーダが再び問いかける。

「……どうして俺がそれを持ってると思うんだ?」

「それは秘密だよん。知りたいなら私の欲しい物を取ってきて」

「その欲しい物とやらが異聖の吸盤じゃあないのか?」

「ん? 違うよ。だから吸盤は金貨で買い取るって言ってるっしょ?」

 首を軽く振ってマリーダが言う。

「…………ひとつで良いのか?」

「ひとつで十分だにぃ」

 王都の呪術師に持っていくつもりで採取した吸盤は全部で二十四ある。
 もともと採取数を厳密に指定されたわけでもなく、正式な依頼というわけでもない。
 ここでひとつ売ったとしても、まだ二十三も残るのだ。

 わずかに逡巡(しゅんじゅん)したアルディスだったが、特に問題はないだろうと判断して、吸盤をひとつマリーダに譲った。

「これで準備おっけーだにぃ」

 使用人が吸盤を受け取り魔法陣の上に置くと、マリーダが小柄な男へ声をかける。

「じゃ、よろしくお願いするよん」

「はい」

 小柄な男は短く返事をすると、魔法陣の前に立って何やら唱えはじめる。
 アルディスが聞き慣れない文言であった。

 魔法の詠唱とも違うそれは、教会の坊主どもが唱える女神への祈りに似ていた。
 だが似てはいるが異なる、そんな気がした。女神への祈りとは違い、聞いていても嫌な感じがしないからだ。
 やがて詠唱が終わると同時に、魔法陣全体が淡く輝き出す。
 その光が紐状に伸びて四方八方から剣を覆った。

「成功です」

 小柄な男性がそう言った時、剣は光のヒモによって魔法陣の真ん中へ縫い止められたような状態になっていた。

「これで一週間ほどは大丈夫でしょう。ですがそれを過ぎると……」

「分かってるよん。そこから先はこっちで対処するから心配しないで。ずいぶん引き留めちゃって悪かったにぃ」

「いえ、そんな事は気になさらないでください。むしろこの程度で恩をお返しできたとは思っておりませんので」

「いいからいいから。今日はおつかれさまだったにぃ」

「はい、今日はこれで失礼します。また改めてご挨拶に伺います」

 小柄な男はマリーダと短い会話をした後、部屋を出て行った。
 アルディスはてっきりリッテ商会の人間だとばかり思っていたが、どうやら外部の人間だったようだ。

「さて、アルディス君」

「なんだ」

「これであの剣は一週間ほど大人しくなるんだけど、根本的な解決には至ってないんだにぃ」

「そうだろうな」

「で、私がさっき言った『欲しいもの』っていうのが、剣を鎮めるのに必要なものなんだにぃ。アルディス君にお願いしたいのは、それを取ってきて欲しいってこと何だよねー」

 そういう話になるのか、とアルディスは内心でつぶやいた。

「で? その『欲しいもの』ってのは何だ?」

「髪の毛」

「はあ?」

 マリーダの口から出てきた予想外の言葉に、アルディスはすっとんきょうな声を返す。

「欲しいのは一房の毛髪だよん。色はアリスブルー。しかも魔力の高い女性のものだにぃ。瞳の色が天色(あまいろ)なら言うことなし」

 アルディスの目が警戒の色を()びる。

 アリスブルーという頭髪の色。魔力の高い女性。瞳の色が天色。
 すべてがネーレという人物を、ピンポイントで指定したような条件であったからだ。

 ネーレのことをどこまで知っているのか、双子についての情報も持っているのか、そもそもマリーダという女は何者なのか。
 アルディスは答えの出ない思考を巡らす。

 先ほどから幾度となく口にした問いが声になりかけたとき、マリーダが先んじて言った。

「どうしてなのか。知りたいならまず対価を持ってきてちょうだいな。一週間以内にね」
2017/03/01 修正 アルディスへ差し出してこう言った。 → アルディスへ差し出して続けた。
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