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千剣の魔術師と呼ばれた剣士 作者:高光晶

第八章 レイティンの商人たち

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第63話

 国境近くの村で『異聖(いせい)』を討伐し、翌朝村人たちの見送りを受けたアルディスたちは、その後二日をかけてようやくレイティンに到着した。
 気が()いた様子のキリルに(うなが)され、アルディスはゆっくりと街の様子を目にする暇もなく、目的の商会へと足を運ぶ。

 『リッテ商会』と看板が掲げられた建物に入り、キリルが受付の女性に用件を告げると、しばらくして応接間へ案内される。
 もてなしのお茶が出された後、五分ほど経過すると三人の人間がやってきた。

 先頭に立つのは若い女性。灰色のショートカットに栗色の大きな瞳。身なりからして裕福な暮らしがうかがえる。

 続く二人は男性だ。
 ひとりは小綺麗な服を着た使用人らしき中年の男性。
 もうひとりはおそらく護衛だろう。防具こそ身につけていないが、腰には剣を下げていた。
 深い緑色の髪の毛に同じ色の瞳。すらりとした細身ながらも剣士として必要な筋肉は身につけているらしく、均整のとれた体つきをしていた。
 隙のない身のこなしも、彼の力量が人並み以上であることを感じさせる。

 彼は部屋に入って来るなり、アルディスを見て「うはっ」とわけのわからない声をもらした。
 それを耳にして、となりに立つ中年の男性が非難めいた視線を向ける。

「お待たせ、キリル君。無事に帰ってきて何よりだにぃ」

 そんな後ろの状況も気にせず、若い女性がキリルに話しかけつつソファーへと腰を下ろした。

「はい、マリーダさん。ただ今戻りました。あ、あの、これ……。ご依頼の剣です」

 大事に抱えていた剣を、キリルはマリーダと呼んだ女性に差し出す。

「うん、確かに。ご苦労様ー」

 マリーダは軽い調子でそれを受け取ると、チラッと眺めただけでテーブルの上に置く。

 その様子にアルディスは強く違和感を覚えた。

 わざわざ人をやってまで、森の奥深くから取ってこさせた剣だ。普通は抜いて剣身を確認くらいはするのではないだろうか。
 鞘や柄の装飾を検分(けんぶん)するでもなく、目的の品を手に入れて満足そうな顔を見せるでもなく、まるで形だけ受領の手順をすませたかのような淡白さだった。

「あ、あの。これで約束通り融資してくれるんですよね?」

「もちろんだにぃ。キリル君の働きにはちゃんと(むく)いるよん」

 マリーダの言葉を聞いて、キリルは見るからにホッとした表情を見せた。

「ところで、そちらの少年はどなたかねぇ?」

 マリーダがアルディスに視線を送りながら、キリルへ訊ねる。

「え、と……。この人はアルディスさんです。その……、ナグラスではいろいろと助けてもらって……」

「それはそれは。キリル君がお世話になったみたいだにぃ。私からもお礼を言わせてもらうよん」

 にこやかに、だが油断のない瞳でマリーダが言った。

「別に。気が向いたからそうしただけだ」

 対するアルディスは不機嫌そうに答える。
 カード入りの小さな封筒をキリルへ持たせたのがこの人物であるなら、その言葉を額面通り受け止めるわけにはいかない。

「さて、キリル君。融資については旦那さんを交えて後日話すとして、今日のところはゆっくり休むと良いよん。あ、でも会長室でエリーが待ってるから、そっちに早く顔を出した方が良いかもにぃ」

「え? …………何で姉さんがここに?」

 それは予想外のことだったのか、キリルが目をパチクリとさせながら訊いた。

「ごめん…………、バレちった」

 てへ、という感じで舌を出しながらマリーダが言う。

「え? えええぇぇぇ!?」

「いやあ、あと一日隠し通せてたら良かったんだけどにぃ。どっかから聞きつけたらしくて、さっき私のところに怒鳴り込んで来たんだよにぃ」

 途端にキリルがあたふたとしはじめる。

「さあさあ。エリーの堪忍袋がまだ空いてるうちに行った方が良いっしょ。早くしないとエリーの方からこっち来ちゃうかもよ?」

「え、あ、や、でも……」

 半分腰を浮かしかけてうろたえるキリルは、マリーダとアルディス、そして会長室があるのであろう方向へ首を向けたり返したりと忙しい。

「俺のことなら気にするな。さっさと行ってその姉さんとやらを安心させてやれ」

「え、……あ、……はい」

 アルディスを残して席を外すことに抵抗があったらしいキリルは、その言葉を聞いてようやく部屋を出て行った。
 その姿を見送った後で、マリーダが使用人らしき男性に確認する。

「例の部屋、準備出来てるよにぃ?」

「はい、おっしゃる通り準備出来ております」

「んじゃ、これ持って行っといて」

 そう言ってマリーダは机の上に放置していた例の剣を手渡す。

「んで、この少年とふたりきりで話をしたいから、ニコルも席を外してくれるかにぃ?」

 もうひとりの護衛に向けて指示を出すマリーダへ、使用人の男が異を唱える。

「お待ちください、お嬢様。さすがにニコルは残しておくべきかと」

「大丈夫、大丈夫。心配しなくても良いから」

「そういうわけには……。おいニコル、お前からも――」

「いやあ、無理っすわー。アレは俺の手に負えませんよ。勝てる気がしませんがな」

 アルディスを『アレ』呼ばわりする護衛の男が、(てのひら)を高速で振って拒否する。

「ほら、ニコルもこう言ってるし、さっさと行った行った」

「お嬢様――!」

 なおも反対の声をあげている使用人の男が、マリーダに背中を押されて出ていった。

「じゃあ、俺は一応部屋の外に待機しときますからね。何かあったら大声出してくださいよ。役に立つかどうかはわかりませんが」

 護衛の男はひょうひょうとした口調で言い残して出て行った。

 そうして部屋に残されたのはアルディスとマリーダのふたりのみ。
 密室に若いふたりの男女と聞けば、噂好きのマダムや恋を夢見る若い女の子が喜びそうなシチュエーションだが、部屋に流れる空気はそんな甘ったるいものではない。

「さて」

 ソファーに座ったマリーダが、温くなったお茶を口にして話を切り出した。

「改めてご挨拶かな。私はマリーダ。このリッテ商会で会長なんてものをしてるしがない商人だよん。初めまして、『千剣(せんけん)の魔術師』さん」

 聞いたことのない呼び名に、アルディスが黒い瞳へ疑問の色を浮かべる。

「千剣の魔術師? なんだそれは?」

 トリアから王都グランへ活動の場を移してから、アルディスは実力を隠そうとしなくなった。
 そのため剣魔術という存在と、それを使うアルディスの名は王都中に広がっており、『剣魔術の使い手』と呼ばれることには慣れている。

 また、王都周辺の三大強魔(さんだいごうま)という魔物を討伐した実績から、アルディスのことを『三大強魔討伐者』と呼ぶ者もいた。
 だが『千剣の魔術師』などという呼び名は、これまで一度も聞いたことがない。

「ま、おいおい分かるよん」

 にこやかな表情でそう答えると、マリーダは話をはぐらかす。

「アルディス君はレイティン初めてかにぃ? ここは交易の街であちこちからいろんな食材が入ってくるから、いろんな食事が楽しめるよん。滞在している間にあちこちのぞいてみると面白いものが食べられるかもだよん。さすがに海からは遠いし、海魚はほとんどないけどにぃ」

 マリーダはアルディスが全く興味のない世間話を持ち出してくる。
 どうも自分から話を切り出すつもりはなさそうだ。

「ナグラス王国から入ってくる食材もあるけど、わざわざここで食べる必要は――」

「あんたは誰だ?」

 いい加減、どうでもいい話につきあうのが億劫(おっくう)となったアルディスがストレートに問いかける。

 マリーダは相変わらずの笑顔でぬけぬけと答えた。

「あり? さっきリッテ商会のマリーダって自己紹介したよね?」

「そういうことを言ってるんじゃない」

「まあまあ、そう怖い顔しないで。最初に言っておくけど、私はアルディス君の敵じゃないよん」

 軽い調子で言い放つマリーダをアルディスは(にら)みつける。

「あり? 信用できないって顔だにぃ?」

「当然だ。魔物が居る森に、たったひとりで子供を行かせるようなヤツが信用に足るとでも思ってるのか?」

 キリルの件とマリーダの人間性は、本来なら別の話かもしれない。
 だが魔物が徘徊する森へキリルを遣わしたのは、他ならぬこの女性である。
 まともな神経の持ち主なら、悪意がない限りそんな事はしないだろう。

 結果的にキリルは無事だったし、目的とする剣も入手できた。
 だがそれは彼がアルディスと偶然出会ったからである。
 アルディスの助力がなければ、コーサスの森で生き残ることも、遺跡で地下の入口を見つけることも、剣に憑いている異形を撃退することも出来なかっただろう。

 常識的な感覚をしていれば、先ほどのニコルという剣士のように十分な実力のある護衛をつけるなり、街で護衛を雇えるよう必要な金を用意するはずだ。
 もっともそれ以前に、十二歳の子供へ魔窟(まくつ)の探索を指示することはないだろうが……。

「でもキリル君はちゃんと使命を果たしたよん?」

「それは結果論だろうが」

「そりゃ私だって護衛をつけたり、路銀を多めに渡したかったけどねー。そしたらキリル君はアルディス君、アンタに会えなかったんじゃないのかにぃ?」

(何を言っているんだ、コイツは?)

 アルディスは意味不明なマリーダの話に困惑する。
 マリーダの話しぶりでは、まるでアルディスとキリルを会わせるのが目的だったようにすら聞こえる。

 しかし、そんなことがあるだろうか。

 アルディスがあの日コーサスの森へ入ったのは、たまたまである。
 たまたま鍛冶師に注文していた剣が出来上がり、たまたまその時アルディスは依頼を請け負っておらず、たまたまコーサスの森で試し切りをしようと考えた。

 そしてキリルの方も、たまたまその日に森へ入り、たまたま雇った護衛から見放され、たまたま逃げた先にアルディスがやって来たのだ。
 狙って出来ることではない。

 確かにアルディスと出会うことを知っていれば、遺跡で地下室への入口を見つけることも、剣に()いた異形を追い払うことも、レイティンへの帰路を安全に進むことも出来るかもしれない。
 だがキリルはアルディスの事を知っている風ではなかったし、そもそも事前に知っていたとしても、あまりにも偶然に頼りすぎていて不自然だ。

 そして何よりも、キリルが手渡されていた小さなカードに書かれていた言葉。
 あれは間違いなくアルディスの興味を引くために記したメッセージだろう。

「キリルに渡していたあのカード。一体どういうつもりだ? 何であんたがアレを知っている? いったいあんたは何者だ?」
2017/02/09 誤字修正 最初に行っておくけど → 最初に言っておくけど
※感想欄での誤字指摘ありがとうございます。

2017/02/28 誤字修正 何でおまえがアレを知っている? → 何であんたがアレを知っている?
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