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千剣の魔術師と呼ばれた剣士 作者:高光晶

第七章 森と遺跡と剣と少年

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第60話

 悲鳴はすぐ近くから聞こえてきた。

「裏手か!?」

 アルディスが目の前にある民家を迂回して、裏側へ回る。
 キリルも黙ってそれに続く。

 民家を回り込んだ裏手にはもう一件家があり、木板で組み上げられたその壁を紫色の生物がまさに今破壊しようというところだった。

 紫色の生物は軟体動物のような身体を宙に浮かせ、十本以上の触手をその下にぶら下げている。
 その体長はおよそ三メートル。おそらくアレが『異聖(いせい)』という魔物なのだろう。

 触手が振り上げられ壁に打ちつけられるたび、木造の壁はメキメキと音を立てて破られていく。

「いやあ! 誰か助けて!」

 家の中から助けを求める女性の声が聞こえてきた。

「キリル! 物陰に隠れていろ! 何かあったら大声で叫べ!」

「は、はい!」

 キリルはすぐさま道端の木箱に走り寄ると、その影に隠れる。
 悔しいが、今のキリルに出来る事は、アルディスの目が届く範囲で大人しくしていることだけだった。

 キリルに指示を出した後、アルディスは腰から白い剣身のショートソードを一振り解放すると、『異聖』に向けてまっすぐ突進させる。
 自らは秋空色のブロードソードを抜き、魔物の背後へ疾風のように駆け寄った。

 白いショートソードが家屋を破壊しようと振りかぶる触手を断ち切る。
 その瞬間まで魔物の方は、アルディスを取るに足らぬ乱入者としか見ていなかったのだろう。

 はじめてそれが危険な敵だと認識したときにはもう遅く、すでに異聖の背後には死が迫っていた。
 瞳なのか何なのか分からない、青い鉱石のような球体がアルディスを(とら)える。

「くたばれ」

 死に行く者へ贈る言葉をつぶやくと、アルディスは手に持った秋空色のブロードソードで一刀のもとに切断する。
 青い球体ごと真っ二つになった魔物が、力を失ってボトリと地面へ落ちた。

 その間、十秒足らず。
 流れるような動作で軽々と魔物を(ほふ)ったアルディスに、キリルが羨望(せんぼう)眼差(まなざ)しを向ける。

「すごい……」

 危険は去ったと判断し、アルディスの元へ駆け寄ろうと腰を浮かす。
 しかし次の瞬間、アルディスが未だに警戒を解いていないことに気づき、慌てて周囲を見回した。

「ちっ、つがいだったか」

 舌打ちをしながらアルディスが上空に顔を向ける。
 つられて空を見たキリルの目に映ったのは、民家の屋根よりも高く浮いているもう一体の『異聖』だった。

 ふわふわと浮かぶ異聖の感情は人間にわからない。
 だが紫色の身体から聞こえてくる、ヒモを高速で振り回したときのような音は心なしか荒ぶっているように聞こえた。

「つがいってことは……、やっぱりか」

 アルディスの言葉を待っていたかのように、宙に浮く紫色の物体が周辺の物陰から無数に現れる。

 色形は上空の異聖と何ら変わりない。
 異なるのは大きさだった。
 上空の異聖は先ほどアルディスが倒した個体とほぼ同じ大きさだが、周辺の物陰から現れた異聖は二十センチから三十センチと小型だ。

 だがその数は比べものにならない。
 キリルの眼に映っているだけでもおそらく三十体以上はいるだろう。

「魔物の……幼体?」

 魔物のつがいが居てその形を縮小したような生き物が居れば、魔物の生態に詳しくないキリルでもさすがに想像はつく。

「キリル! こっちへ来い!」

 アルディスの声と共に、キリルの元へ白い剣身のショートソードが飛んでくる。
 ショートソードはキリルの目前でピタリと止まると、周囲に群がってきた異聖の幼体をいとも簡単に斬り落としていく。

「……は、はい!」

 一瞬躊躇(ちゅうちょ)を見せたキリルだったが、ここでまごついていては足手まといにしかならないと、すぐさまアルディスの元へ走りはじめる。
 動き出した獲物目がけて、異聖の幼体が捕食しようと押し寄せてきた。

 それをキリルの側に浮いたショートソードが迎え撃つ。
 幼体の触手が頭をかすめることに冷や汗をかきながらも、キリルはアルディスの元へとたどり着いた。

「家を背にしてじっとしてろよ」

 白いショートソードをキリルと村人の守りに残し、アルディスが幼体の群れへともう一本のショートソードを放つと同時に魔法の詠唱を開始する。

「切り裂く風は白き淑女(しゅくじょ)(かな)でる調(しら)べ――――風切(シェルウィ)!」

 剣の一振りが一体の幼体を葬り、風の魔法が同時に二体、三体の幼体を切り裂く。

 だが、幼体の数は一向に減る気配がなかった。
 どれだけの数がいるのだろうか。倒しても倒しても物陰からあふれるように現れる。

「くそ、ここが村の中じゃなけりゃ……」

 おそらく周辺一帯を巻き込んで大規模な殲滅(せんめつ)魔法を使うのであろう。
 しかしどこに村人が隠れているか分からない上、家屋をむやみに破壊する事も出来ない。

 そんな制約を抱えながら、アルディスは一体また一体と幼体を仕留めていく。
 当然幼体に害を加えられて、親である異聖がだまっているわけがない。
 すでに高度を落としてアルディスの至近から触手による攻撃を開始していた。

 それと連携して、幼体の異聖が四方八方からアルディスの身体目がけて突撃してくる。
 アルディスは黄緑色の剣身をあらわにしたショートソードを繰り、その手には秋空色のブロードソードを持って次々と幼体を斬り払っていく。

「キリがない!」

 状況を端的(たんてき)に言い表し、アルディスが悪態をつく。

 その間にも一体、また一体と異聖の幼体が地に落ちていった。
 予定調和のように魔物たちが次々と剣の餌食となっていく様子に、キリルは呆然と見ほれてしまう。


『あの人はなんて言うんでしょうかね。私たちの尺度で考えるのが馬鹿らしくなるような強さですから』


 キリルの脳裏に浮かぶのは、王都を出発する日の朝に会った男性が口にした言葉だ。

 ジャンという顔役の男に会うため訪れた酒場で、アルディスが依頼の話を聞く間、手持ち無沙汰(ぶさた)に待っていたキリルへひとりの男が話しかけて来た。
 そして男はキリルの名前やどこから来たのか、どうしてアルディスと行動を共にしているのかなど、ふたりの関係に興味を見せる。

 見知らぬ人間に理由もなく口を滑らせるなど、本来避けるべき事なのだろう。
 しかし、なぜか人を安心させてしまう男のやわらかい笑顔と丁寧な口調に(うなが)され、言葉巧みに聞き出されてしまったのは、キリルの人生経験不足が原因だろう。

 キリルから一通りの情報を聞き出すと、男は『貴方は運が良かったですね。普通にあの人を雇おうとしたら、一日金貨十枚は必要になるところですよ』と笑った。

 その金額に目を丸くするキリルへ、男は自嘲(じちょう)めいた表情でこうも言った。

『護衛としてはこの上なく心強い人物と言えますよ。その分、敵に回せば恐ろしい人ですけど。少なくとも、王都で活動する傭兵の中に、あの人を敵に回そうなんて考える人は居ないくらいには恐ろしい人ですよ』

 話によれば、傭兵たちや国軍が何十年も討伐できなかった三大強魔(さんだいごうま)という魔物たちを、アルディスはわずか一日で撃破してしまったらしい。
 今では王都でももっとも名高い傭兵のひとりなんだとか。

『おい、チェザーレ。人のツレに余計なちょっかい出すな』

 そこへ依頼の話を聞き終えたアルディスが戻ってくる。

『ちょっかいだなんて……。世間話をしていただけじゃありませんか……、ねえ?』

 弁解じみた言葉を口にして、男がキリルに同意を求めてきた。
 なぜだか分からないが、その表情に怯えの色が混ざっているようにキリルには感じられた。

『都市国家連合に行くそうで? 向こうの情報いりますか?』

『いらん。必要な情報はジャンから聞いてる』

『つれないですねえ』

 そうは言いながらも、男はちっとも残念そうな表情を見せない。

『キリル、行くぞ』

 アルディスは男の方を見向きもせず、キリルへ声をかけると酒場の入口へ歩いて行った。

『面白そうな話があったら、帰ってから聞かせてくださいね』

 そんな男の声を背中に受けながら、キリルはアルディスの後を追って行く。


 グランの住人ではないキリルには、三大強魔というのがどれくらいの相手なのか分からない。
 だが、男の言っていることが本当ならば――、とキリルは考える。

 まさに今、目の前で魔物の群れを相手にし、たったひとりで圧倒しているアルディスの強さもうなずけるというものだった。

 アルディスが剣を振るたびに、異聖の幼体が減っていく。
 時折左手を振りかざしては、幼体が固まっている箇所へ氷や風の魔法を放ち、確実に打ち落としていく。

 魔法というのは詠唱が必ず要るものとキリルは思っていたが、アルディスほどの使い手になると手をかざしただけで事足りるらしい。
 アルディスが繰り出す剣と魔法のコンビネーションに、キリルは視線を追いつかせることすらおぼつかなかった。

 やがて無限に湧き出てくるかと思われた異聖の幼体も、その数を徐々に減らしていく。
 さすがにその数が二十を切ったとき、異聖たちが引きはじめる。

 そこへアルディスが容赦なく追い打ちをかけた。

「輝く(あお)は色果てし幻の地を舞う永遠(とわ)(とき)と静寂――――極北の嵐トロア・シュス・フォローテ!」

 村の民家から距離が開いたのを確認すると、広範囲に影響が及ぶ吹雪の魔法で幼体を殲滅し、残った成体の異聖を二本の飛剣で仕留める。

「やれやれ、結構面倒だったな」

 一息ついたアルディスのつぶやきが、戦闘終了の宣言となった。
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