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千剣の魔術師と呼ばれた剣士 作者:高光晶

第七章 森と遺跡と剣と少年

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第59話

「俺もついていく」

 キリルがマリーダから手渡された封筒。
 その中に入っていたカードを読んだアルディスは、しばらく何かを考え込んでいた。

 だがやがて意を決したように表情を硬くすると、急にキリルへの同行を申し出る。
 多大な恩を受け、しかも恩返しをする(すべ)も護衛の報酬に支払う金もないキリルはそこまで世話になれないと遠慮するが、アルディスは「なに、ついでだ。都市国家連合に用事が出来た」と言って押し切った。

 ナグラス王国の西に位置する都市国家連合は、厳密に言うと国家ではない。
 実際には中小様々な都市国家が集まって、同盟関係を結んでいると言った方が正しいだろう。

 それぞれの都市国家は個別に王を戴き、他の都市に干渉することなく統治を行っている。
 そのため『都市国家連合』という名称も、ナグラス王国の人間からは国名として認識されているが、都市国家連合の人間からすれば国名というより地域名、あるいは国家の所属する陣営名という感覚であった。

 キリルの故郷である都市国家レイティンは、都市国家連合のもっとも東に位置している。
 都市国家連合の各都市とナグラス王国の王都グランをに挟まれ、東の玄関口としてナグラス王国との貿易における中継拠点として発展してきた。

 王都からレイティンまでは、大人の足で約三日かかる距離だ。
 レイティンと王都は街道でつながっており、周辺の治安は決して悪くない。

 だが、それはあくまでも他の場所に比べての話であり、野党や危険な獣に遭遇する危険はあった。
 キリルのような子供が護衛もなくひとり旅などと、普通は考えないであろう。

 だからこそ、アルディスの申し出は願ってもない話だった。
 しかしその理由を訊ねても、アルディスから返ってくるのは「気にするな」「俺の都合だ」という要領を得ない答えばかり。

 キリルにとってアルディスのような傭兵が同行してくれることは心強いばかりだ。
 しかしいくら何でも自分に都合の良い展開であり、しかもそのきっかけが自分の持っていた封筒にあるとなれば、なんとなく薄気味悪く感じるのも当然だろう。

「今日の夜は俺が預かろう」

 そう言って、遺跡で見つけた剣をアルディスが預かっていく。

 久しぶりに温かいベッドで一晩身体を休めたキリルは、翌朝になってアルディスと共に王都を後にした。

 アルディスによれば昨晩も例の異形の人型は出てきたらしい。
 人型が放つ絶叫のような声が宿に響きわたらなかったのは、深夜にわざわざひとけのない場所まで移動して撃退したからだという。

 アルディスにばかり負担をかけてしまっていることに、申し訳なさを感じるキリルだった。
 彼の中では常に自分の無力さを情けなく思う理性と、それを認めたくないという青臭いプライドがせめぎ合っていた。
 感謝を言葉にすれば安っぽく思え、かといって他の方法でアルディスへ報いることも出来ない。

「俺がレイティンへ行くのは単に自分の都合だ。討伐依頼のついででもあるしな」

 そんなやるせなさをアルディスはそれとなく察してくれる。

 やや(たけ)の短い藤色のローブに身を包み、額に巻いているのはスミレ色の布。
 年の頃は十五前後。成人したばかりで普通なら子供扱いされる年齢だろう。
 だがその振る舞いは自信にあふれ、その言葉は確固たる意思に裏打ちされていた。

 ごくありふれた平凡な容姿にも関わらず、その黒目黒髪さえもキリルに安心感を与えてくれる気がした。
 年齢は三、四歳しか違わないのに、目の前に居る人物はまるで何十年も生きてきたかのような落ち着いた雰囲気を持っている。

 自分がアルディスと同じ歳になったとき、彼のような(ふところ)の深さを身につけていられるだろうか。
 そんな事を考えながら、キリルは先を歩くアルディスの背中を追いかけて足を早めるのだった。




 キリルたちが王都を出発した翌日。

 国境までもう少しというところで、ふたりは街道を()れて北上する。
 アルディスが王都でジャンという名の顔役から受けた依頼を遂行するためだった。

 依頼の内容は討伐。討伐対象は水辺に出現する魔物らしい。
 国境近くの村で、その姿が確認されたのは五日ほど前。キリルたちがまだコーサスの森に居たころの話である。

 いつものように魚釣りへと出かけた村人が近くの池へ到着したところ、水面の上をフワフワと飛んでいる紫色の生物に気が付いた。
 最初は何かの錯覚かと目をこすった村人だったが、その姿をハッキリと(とら)えるなり腰を抜かす。

 村人が見たのは『異聖(いせい)』という魔物だった。

 青い鉱石を思わせる巨大な球体、それを紫色の肉が包み、一部分のみが無機質な瞳のように表面にむき出しとなった姿をしている。
 頭部なのか胴体なのか分からないその塊から水面に向けて十二本の触手が伸び、その先端には獲物を捕獲するための吸盤(きゅうばん)がついていた。
 十二本のヒモがぶら下がった紫色の塊。端的(たんてき)に言い表せばそんな形の魔物であった。

 腰を抜かした村人は、魔物に気づかれないよう細心の注意を払いながらも這々(ほうほう)(てい)で村へと戻る。
 その報告を受け、村中が騒然となった。
 『異聖』はそれだけ危険な魔物だったからだ。

 草原において、絶望の名を冠し生態系の頂点に立つディスペアが居るならば、水辺において生態系の頂点に立つのがこの『異聖』である。
 その実力はディスペアに勝るとも劣らず、水中や水上で戦う相手としてはディスペア以上にやっかいな魔物であった。

 当たり前のことだがただの村人たちでは歯が立つわけもなく、たとえ戦いを生業(なりわい)としている傭兵でも、並の実力では返り討ちになるだろう。

 村の長はすぐさまツテを頼って王都に救援を()うが、折しも王都は新しく開放された北の重鉄(じゅうてつ)鉱山開発で未曾有(みぞう)の好景気だ。
 王都中の馬車という馬車が北へ向かって人と資材を運び、北から鉱石や材木を持ち帰る。

 当然その護衛や重鉄鉱山周辺の安全確保は必要で、王軍の一部がその護衛にあたっていた。
 もちろんそれだけでは広大な土地をカバーすることは出来ない。
 不足する護衛をまかなうため、普段では考えられないような好条件で傭兵が募集され、腕に覚えのある傭兵たちは稼ぎ時とばかりにこぞって北へ向かっていた。

 加えて『四枚羽根』という魔物が縄張りとしていた小島の調査や、『赤食い』という魔物が巣くっていた砦を接収するために少なくない人員が派遣されており、王軍も『異聖』の討伐隊を編成するのに時間がかかっているありさまだった。

 今のところ被害は出ていないが、池で釣れる魚は村にとって大事な食糧源だ。
 このままの状態が続けば、食糧難にもつながりかねない。

 何とかして傭兵を北から呼び戻そうと駆けずり回っていたジャンが、アルディスの帰還に歓喜したのは言うまでもないことだった。
 アルディスに会うなり、金貨二枚という破格の条件を提示してきたのが何よりの証拠だ。

 結局、アルディスとしてはレイティンへ行くという目的と方向が一致することもあり、その依頼を請け負った。

「そろそろ問題の村が見えてくる頃だが……。疲れたか、キリル?」

「いえ、大丈夫です」

 街道を外れて田舎道を歩くこと三十分ほど。
 キリルたちの目にようやく目的の村が見えはじめた。

 遠目にはごく普通の村。
 木造の家屋がまばらに建てられ、その周りを簡易な柵が囲っていた。

 正面の入口から村へ入ったキリルたちは、周囲の雰囲気に違和感を覚えた。

「誰も……、居ませんね」

「静かすぎるな……」

 いくら閑散(かんさん)とした辺境の村とはいえ、物音ひとつしないというのはどう考えてもおかしかった。

「もう村全体が避難した後なんでしょうか?」

「それなら問題な――」

 キリルの疑問にアルディスが答えかけたとき、ふたりの耳に大きな音が聞こえてきた。
 それは木材が無理やり叩き割られるような音。
 そしてかすかに聞こえる人間の悲鳴だった。
2017/11/03 修正 水棲の魔物 → 水辺に出現する魔物
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スニーカー文庫より2017年12月1日発売予定!
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