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千剣の魔術師と呼ばれた剣士 作者:高光晶

第七章 森と遺跡と剣と少年

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第57話

「はい、お待ちどおさま! メリル特製ふかし蜜水麦!」

 アルディスが常宿にしている『せせらぎ亭』の看板娘、メリルがアルディスたちの座るテーブルへ料理を運んでくる。

「キリル君、ドンドン食べてね! 今日はお姉さんのおごりだから!」

「あ、ありがとうございます」

 やや引きつり気味の笑顔でキリルがお礼を言う。

 口に出したりはしないが、きっと内心では「どうしてこんなことに……」とうなだれていることだろう。




 呪術師の店を後にしたアルディスとキリルのふたりは、久しぶりの温かい食事を楽しもうと『せせらぎ亭』の一階にある食堂へ陣取った。
 そこで注文をしようとメリルに声をかけたところ、彼女がアルディスの連合(つれあ)いに興味を持ったのだ。

「え? 都市国家連合から来たの? こんなに小さいのに、ひとりで?」

 キリルが王都までひとりでやって来たことを知ると、メリルはそう言って驚きをあらわにする。

 しかもキリルの見た目に母性をくすぐられたのか、はたまた名前の響きが似ていることに親近感を持ったのか、あからさまに他の客より優遇しはじめた。
 挙句(あげく)の果てには店主の娘という立場を放り投げて、タダ飯を提供するに至ったのだ。

 それだけを聞けばキリルにとって良いことずくめだが、問題は提供されるメニューがすべてメリル特製の料理であった事だろう。

 せせらぎ亭の娘であるメリルは、看板娘であると同時に『味覚への挑戦者』『食材の天敵』『トイレ直行便』などの不名誉な異名を持つ料理音痴である。

 『メリルの手料理をごちそうされて喜ぶのは、メリルの手料理を食べたことが無い者だけである』

 などという警句めいた言葉が宿泊者の間で飛び()うだけあって、彼女が作る料理はどれも人間の味覚を真っ向から否定していた。

 最初に提供された料理をひとくち食べて、そのまずさに目を回しそうになったキリルだった。
 しかし善意でご飯をおごってくれるメリルのことを思えば、そして同じ料理を口にして平然と食事を続けるアルディスを見れば、何も言えるはずがない。

 黙って差し出されるメリルの芸術作品(未知なる世界への扉)を、涙目になりながらも食べているのである。

「えーと……、『ふかし蜜水麦』というのははじめて聞きますけど。蜜水麦という種類の麦があるんですか?」

 キリルの疑問にメリルが胸を張って答える。

「そうじゃないの。麦は普通の小麦なんだけど、新しい味覚を開拓するべく調理法をちょっと工夫してみたの」

「調理法を?」

「そうよ。小麦と芋を荒くすりつぶして、水にしばらく浸けておくの。そこに蜂蜜を垂らして混ぜた後、味をととのえて上澄みを取り除くとできあがり!」

「……」

 キリルは返す言葉も無い。

「あ、そうそう。アルディスさん、顔役のジャンさんが昨日から探してましたよ? なんか頼みたい仕事があるって」

「ああ、聞いてるよ。明日にでも話を聞きに行くつもりだ」

「よかった。なんだかジャンさん、すごく困ってたみたいだから。それじゃあキリル君、お代わり欲しかったら遠慮なく言ってね」

 そう言い残してメリルが他のテーブルへと立ち去っていく。

 キリルは仕方なくスプーンを手に取り、恐る恐る器の中に広がるドロドロとした液体をすくって口に入れた。
 ネチョネチョとして歯や口の中にまとわりつき、ペースト状であるにも関わらず口の中にある水分をすべて持って行かれそうになる奇妙な食感。蜂蜜のもたらす甘みがその不快感に拍車をかける。

 まずい。

 キリルは心の中でそう叫んだ。

 小麦と芋、そして蜂蜜という組み合わせは悪くないはずだ。
 だが調理法が悪いのか、それとも料理した人間のスキルが絶望的にひどいのか。出来上がった完成品はおいしいという表現から果てしなくかけ離れていた。

 吐きそうになるのを必死にこらえながら無理やり飲み込んだキリルは、テーブルを挟んだ正面の席へ目を向ける。
 そこには平気な顔で食べ続けているアルディスが居た。

「アルディスさん」

「なんだ?」

 微妙な沈黙を挟んでキリルが問いかける。

「…………おいしいですか?」

 それまで機械的にスプーンを口へ運んでいたアルディスの動きが止まった。

「…………食える」

「そう、ですね……」

 端的なアルディスの答えに、キリルが同意する。
 アルディスの言う通り、少なくともこれは食べ物だからだ。

 孤児院出身のキリルに食べ物の好き嫌いはない。
 キリルだけではなく、孤児院に居る子供すべてがそうだった。

 そもそも『お腹いっぱい食べる』ことなど望むべくもない孤児院で、食べ物の好き嫌いを口にする子供はいない。
 だからキリルは十分な量が確保できるのであれば、食事について不満を口にするべきではないと考えている。
 まして目の前で同行者が平然と食事をしているのだ。自分だけが弱音を吐くわけにはいかなかった。

 アルディスとの短いやりとりの後、キリルはあまりのまずさで涙目になりながらも、黙って料理を平らげていった。

「おい、見ろよ。メリルちゃんの料理を食ってるヤツがいるぞ」

「あん? アルディスだろ?」

「いや。アルディスもだが、もうひとりガキンチョが食ってるぞ」

「うそだろ……? メリルの料理食ってやがる……」

「マジかよ。あの坊主、うちの子と同じくらいの歳じゃねえか。うちの子がメリルの料理食ったら泣き出すか暴れ出すかのどっちかだぞ、たぶん」

「俺の子にもいっぺん食わせてみようかな?」

「やめとけやめとけ、あれは子供がチャレンジするには厳しすぎるって。ほら見ろよ、あの坊主だって涙目じゃねえか」

「それでもガキのくせに良い根性してるわ。さすがアルディスの連れだな」

「『類は友を呼ぶ』ってやつか?」

 あちこちの席から、好き勝手なことを言う声が聞こえてくる。

 だが、目の前にある宿敵を殲滅するのに必死なキリルは、そんな声を気にする余裕などない。
 ただひたすらスプーンを動かし、メリルの善意と魔改造で生み出された物体を胃に流し込んでいった。
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