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千剣の魔術師と呼ばれた剣士 作者:高光晶

第七章 森と遺跡と剣と少年

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第52話

 アルディスは魔力の網を張って、キリルの居場所を確認する。
 彼自体はそこまで遠く離れていないが、まずいことに魔物と思われる反応が近づいていた。

「ウィップスだな」

 コーサスの森に巣くう魔物といえば、フクロウのような頭部を持つウィップスが有名だ。
 魔物の中では比較的大人しい部類に入るが、それでもテリトリーへの侵入者に対しては容赦(ようしゃ)がない。
 キリルのような少年では、息をのむ間もなく命を落としてしまうだろう。

 アルディスは足を早めてキリルのいる場所へと移動しはじめる。
 森の木々が障害になるが、本気で駆けるアルディスにはさほどの問題ではない。ものの一分も経たないうちに追いつく。

「待て、キリル」

 幸いウィップスとの遭遇前にキリルと合流することができた。

「アルディスさん? どうして?」

「こんなところへ置き去りにしたんじゃあ、寝覚めが悪いからな。ちょうどこいつらの使い勝手を試そうと思ってたんだ。王都に帰るまでつきやってやるよ」

 そう言いながら、アルディスが『月代吹雪(つきしろふぶき)』を抜いて木々の間へ投げ放つ。
 意味がわからないその行動にキリルが疑問符を浮かべたとき、剣を投げた方向から何者かの鳴き声が響きわたった。

「ブァアアアー!」

 ウィップスの断末魔である。

 視線の届かない場所で剣を操るのは難しいが、ウィップスクラスの大型魔物であれば、細かい操作など必要としない。ただ、その胴を薙ぎ払うだけである。
 魔力探査で周辺に人間サイズの魔力がないことは確認済みだった。

「な、何ですか今の!?」

 尋常ではないその声にキリルが怯える。

「魔物が近づいていたからな。先手を打ったんだ」

「え? 魔物!?」

 少年がビクリと肩をふるわせてあたりを見回した。

「心配するな。もう片付いた」

「え? 片付いたって……?」

「気にするな。行くぞ」

「え? えっ? ええぇ?」

 取るに足らないとばかりに言い捨てて、森の奥へとアルディスが歩きはじめる。

「遺跡の場所は分かってるんだよな? さっさと行って、さっさと剣を持ち帰ろう。こんなところに長居しても良いことはないぞ」

 そんなアルディスの言葉を肯定するかのように、少年のはるか後方から獣の声が風にのって届いた。

「ひっ! ま、待ってください!」

 キリルは一瞬肩をビクリと震わせ、慌ててアルディスの後を追いかけはじめた。




 それから森の中を歩くこと約三時間。
 ふたりは目的地である遺跡へとたどり着いていた。

「あった! ここですよ、アルディスさん!」

 キリルが喜びの声をあげる。

 アルディスたちの前には、古ぼけた教会のような建造物があった。
 大きさは二階建ての小さな宿屋ほど。
 建物を囲んでいたであろう石壁は長い年月の間に風雨にさらされて崩れていったのか、それとももともと人の手によって破壊されていたのか、半分以上が大小様々なガレキと化している。
 建造物そのものも至るところに植物のツルが絡みつき、その根が壁をむしばんでいた。

「聞いていた通りです。この遺跡に剣があるって……」

「ここに、ねえ……」

 歩き詰めの疲れを吹き飛ばすかのような笑顔で説明するキリルに、アルディスが眉を寄せながらつぶやく。

 確かにここはコーサスの森奥深く。ウィップスが跋扈(ばっこ)する危険地帯だ。
 並の傭兵たちでは、踏み入って一時間も経たずに命を失ってしまうだろう。

 だが一流と呼ばれる傭兵たちなら、敵を回避しながら探索する事も十分可能な場所だ。
 テッドたち『白夜(びゃくや)の明星』はもちろんのこと、行商人のミシェルを護衛していたクレンテたちもおそらくその実力を持っている。
 無論、入念な準備と慎重な行動を心がけることが大前提ではあるが、決して不可能というわけではないのだ。

 そんな場所にポツンと残る、いかにも怪しげな建物。
 これまでに一度も他の傭兵やトレジャーハンターがやって来ていない、などとアルディスは楽観視することが出来なかった。

「まあ、入ってみれば分かることか」

 だが確かにこの場所は少し他と違う。アルディスはそう感じていた。

 ここへやって来るまでの道中、ふたりを捕食しようと何度も魔物が迫ってきていた。
 魔物が姿を見せる前に処置していたためキリルはそれをあまり理解していないが、その都度アルディスが剣を飛ばして対処していたのだ。これまでに(ほふ)った魔物は二十体を越えている。

 ところが、その魔物が迫ってくる頻度は遺跡へ近づくにつれて明らかに減少していた。
 遺跡にたどり着いた今となっては、アルディスの探知可能な範囲に魔物は感じられない。
 何らかの原因でこの場所が魔物に避けられている、と考えることも出来るだろう。

「どんな危険があるかわからない。良いと言うまで絶対に前には出るな」

「え? あ、はい」

「出来るだけ俺が歩いた足跡を踏んで来い。ワナの(たぐ)いがあるかもしれないからな」

 本当なら、まずアルディスひとりで危険の有無を確認しに行きたいところだが、周囲は魔物が闊歩(かっぽ)するコーサスの森である。
 いくら探知可能な範囲に反応が無いからといって、キリルひとりを目の届かない場所へ置き去りにするのは無理というものだった。

 アルディスは建物の中へ慎重に足を踏み入れる。
 扉があったであろう場所はポッカリと口を開けていた。さび付いた蝶番(ちょうつがい)だけが、過去にその隙間を塞いでいたであろう扉の存在を主張していた。

 キリルへはワナの存在をほのめかしたが、こんな場所へわざわざワナを仕掛ける意味などないだろう。例えワナがあったとしても、こんな状態で仕掛けが生きているとは思えなかった。

 建物の中は仕切りの全くない空間が広がっていた。
 天井は高く、仕切りとなる壁らしきものも見当たらない。建物全体が大きな広間のように作られているらしい。

 入って正面奥の壁際に、やや高くなった床。その上に据えられた台座らしき石の塊。
 入口からその場所までをさえぎるものは何も無い。左右に積み重なった小さなガレキの数々が、広間の中央を奥へと続く一本道のように際立たせていた。

「教会? だったんでしょうか?」

 アルディスの背中へ向け、キリルが何気なくつぶやく。

「……かもな」

 キリルの言う通り、建物の作りは街中で見かける教会によく似ていた。
 だが同時に、窓枠の形状や祭壇らしき場所の位置など、教会と異なる点もある。

 もしかすると古い時代の教会はこのような内装だったのかもしれない。長い年月の果てに変質してしまうのは、何も国や傭兵のあり方だけではないのだ。

 アルディスは周囲を警戒しながらゆっくりと中を歩いて行く。キリルがそのすぐ後ろをついてくる。

「何も……、なさそうだが?」

 見たままの光景をアルディスが口にする。
 見渡す限りボロボロになった壁と天井。床に散らばるのは多数のガレキ。価値あるものが残っているとはとても思えなかった。

「え? そ、そんなはずは……」

 振り向いたアルディスに言葉を詰まらせながらキリルが否定するが、その声は弱々しい。
 キリルの目にも荒れ果てた惨状が映っているのだ。パッと見て宝物が残っているかどうかは想像出来るだろう。

「本当にここであっているのか?」

「はい、それは間違いありません。建物の外見も、聞いていた通りでしたから」

 それについては自信満々に断言するキリル。

「で? 剣というのはどこに置いてあるんだ?」

「知りません」

「は?」

 アルディスの目が丸くなる。

「ちょっと待て。おまえはここへ剣を取りに来たんだよな?」

「はい、そうです」

「なのに、肝心の剣がどこにあるのか知らないって言うのか?」

「うっ……、だ、だってマリーダさんは『行けば分かる』って……」

 どうやらそのマリーダとやらが、キリルに指示を出した張本人の名前らしい。
 行けば分かるなどと言って、剣の在処も示さず探しに行かせるなど、ずいぶんと乱暴な話である。

 だが、キリルの立場ではそれに異を唱える事は出来なかったのも仕方がない。
 キリルにとって、ワラをもつかむ気持ちですがった最後のチャンスなのだ。依頼主の言葉を疑って、みすみす救いの手を払いのけるわけにはいかなかったのだろう。

「行けば分かる、ねえ……」

 困ったような表情を浮かべてアルディスがもう一度屋内を見回す。

「魔力を帯びているなら、反応くらいあるかな?」

 商人がわざわざ人を差し向けてまで入手しようとしている剣だ。魔力を()びた剣なのかもしれない。
 魔力探査の要領でアルディスが付近の魔力を探りはじめる。

「ん?」

 探査する範囲を狭め、わずかな魔力も逃さぬよう集中した甲斐もあって、不自然な魔力の放出を感じ取った。それは注意していないと分からないほど、本当に極小の魔力だ。

「……何かある? ああ、地下室があるのか」

 魔力の反応はアルディスたちの足もとからだった。

「問題は……、どこが入口かって事だよなあ」

 もう一度アルディスがガレキの散乱した周囲を見渡して言う。

「怪しげなところからひとつひとつ探していくしかないか」

 仕方ない、とつぶやきながらアルディスは地下への入口を探しはじめた。

 積み重なったガレキの山をどけた場所に地下への入口を見つけたとき、さすがのアルディスも疲労を顔に浮かべていた。
 よりにもよって、もっともガレキが積み重なっていたその下に入口があったのだ。

 キリルもガレキの撤去を手伝ってはくれたが、まだまだ身体の出来上がっていない子供の力では出来る事もしれている。
 ガレキを吹き飛ばすだけなら、アルディスにはいくらでも手段があるのだが、それで入口や地下室そのものが崩れてしまっては元も子もない。
 結局ガレキを少しずつ押しのけるという、面倒な作業を強いられることになった。

「こんなところに地下への入口があったんですね」

 ガレキを撤去してあらわになった地下室への入口を見て、キリルが感心したように言う。

「僕ひとりだったら絶対気が付きませんでした。知っていてもガレキが多すぎて途方に暮れていたと思います」

 アルディスさんと偶然会えて本当に良かったです、とキリルが笑顔を浮かべる。

 一方で地下室の入口を見つめるアルディスは浮かない表情だった。
 それは地下室の入口が頑強な鉄の扉だからではなく、その扉が厳重に施錠されているからでもない。
 扉の鍵が後から()()()()()()()()()ような形状だったからである。

 しかもその数が尋常ではない。パッと見ただけでも八つは付いていた。
 厳重に施錠(せじょう)するとしても、こんな鍵の付け方をするだろうか。

 何重もの鍵を付けるくらいなら、扉を隠蔽(いんぺい)する事に労力を注いだ方がよほど簡単だ。
 これではまるで、解錠するまでの時間を引き延ばしているみたいだった。

 上機嫌のキリルとは対照的に、アルディスは表情の消えた顔で扉に付いた鍵を打ち壊しはじめる。
 長い年月の間に腐食したのだろう。強い衝撃を受けると、扉の縁にそって付けられていた鍵がボロボロと崩れ落ちていく。

 鍵をすべて壊し、鉄で出来た扉を引き上げると、人ひとりが通れるくらいの狭い階段が姿を現した。
 階段の先はずいぶん長いようで、アルディスが浮かべた魔法の光は奥底まで届かない。

「この先に剣があるんですね!」

 地下へと続く階段を見て、目を輝かせるキリルが声を弾ませた。
 片やアルディスの目は扉の内側に注がれている。
 (すす)けて黒くなった表面、そして根元から折れた開閉用の取っ手。折れてしまったと言うより、()()()()()()()()ような取っ手の跡がそこにあった。

「アルディスさん、早く行きましょう!」

 苦々しい顔を引っ込めて、アルディスはキリルに向け頷く。
 今にも飛び出しそうなキリルをなだめ、アルディスは階段を一歩ずつ下りはじめた。
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