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千剣の魔術師と呼ばれた剣士 作者:高光晶

第七章 森と遺跡と剣と少年

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第51話

 アルディスがラクターの魔手から救い出した少年は、自らの懐具合を弱々しく明かす。

「お金が無いんです……」

「は?」

「もう護衛を雇うお金がありません」

 予想外の返答にアルディスが目を丸くした。

「まさか護衛に金を奪われたのか?」

 だとしたら決して許せる話ではない。
 護衛放棄どころか、傭兵の名を語る強盗だ。早々に探し出して警邏に突き出す必要があるだろう。

「いえ、そうでは無いんですが……」

 言葉を濁す少年の反応に、悪い予感がした。

「まさかとは思うが……、全額報酬前払いしたんじゃないだろうな?」

「え? そうですけど……。普通は違うんですか?」

 その能天気さがアルディスの嘆息をさそう。

「あのなあ。前金で一部を払うだけならともかく、報酬を全部前払いなんてしたら、責任持って最後まで仕事をしてくれるかどうかわからないだろうが」

 面倒なことになった、とアルディスは眉を寄せる。
 どうやらこの少年、護衛の依頼を傭兵にしたは良いが、報酬をすべて前払いしたあげく森へ置き去りにされてしまったらしい。

「でも、そうでもしないと護衛を引き受けてくれる人がいなくて……」

 やむを得なかったと言外(げんがい)に少年が主張する。

「で? どうする? 王都に戻るなら同行してもいいが」

 少年のうかつさに顔をしかめながら、話を最初に戻す。

「ありがとうございます。……でも僕はこのまま帰るわけにはいきません」

「は? おまえさっき死ぬところだったのをもう忘れたのか? ここは熟練の傭兵がパーティを組んで戦っても全滅する危険があるような場所だぞ? ひとりきりで、しかも戦い慣れていない人間じゃあ、一時間とたたずに冷たくなるのがオチだ」

「それは……、わかっているつもりです。でも、どうしても行かなくちゃいけないんです」

 静かな口調ではあったが、そこに強い意思をアルディスは感じた。
 興味を()かれ、手頃な倒木へ腰掛けると話を促す。

 少年の話によれば、目的はとある遺跡の探索らしい。
 目的の場所はハッキリしているし、探索の目的も『遺跡に残っているという剣を入手すること』と明確だ。

 ただ問題は遺跡のある場所だった。
 アルディスの記憶が確かなら、それはウィップスが縄張りとする一帯である。
 生半可な腕前の護衛では危険が大きすぎるだろう。

「護衛は何人をいくらで雇ったんだ?」

「四人の傭兵に金貨一枚でお願いしました」

 四人で金貨一枚ということは、ひとりあたま銀貨二枚と銅貨五枚だ。
 コーサスの森へ入る護衛としてはギリギリのラインだろう。
 しかもそれは森の浅いエリアの話であって、こんな奥地まで護衛するとなればとても割に合わない仕事だ。

 最初は依頼を放り出して逃げ帰ったと聞き、その勝手さに腹を立てたアルディスであった。
 だが報酬を聞く限り、仕事を受けたのも熟練の傭兵とは思えず、かといって中堅レベルの傭兵であれば森の奥まで護衛をするというのも明らかに荷が重い話だろう。

 おまけに少年はたとえ護衛がいなくても、このまま奥へ進むと主張するほどの強情さだ。
 もしかしたら撤退を進言しても聞き入れない少年を、仕方なく置き去りにするしかなかったのかもしれない。

「それでは森の浅い場所までが精一杯ってところだな。この辺まで来ようと思ったら、熟練の傭兵を五人か六人雇う必要がある。報酬も最低で金貨五枚は必要だ」

「そう、ですか……」

 王都で大勢の傭兵に依頼を断られたのだろう。
 少年は納得と失望が入り混じった表情を浮かべた。

「どうしても奥へ進むつもりか? 言っておくが、この先にいる魔物はさっきの大蛇とは比べものにならないほど強いぞ? 生きて帰られる可能性は万にひとつだ」

 つまり奇跡でも起きなければ少年の命は木々の肥やしとなり果てる、ということだ。

「それでも……。万にひとつくらいは可能性があるんですよね?」

 少年らしい浅はかさか、それともそうまでさせる理由があるのか。少年の意思は揺るがない様子だった。
 アルディスは深くため息をつき「事情を聞かせろ」と口にすると、少年がここへ至るまでの理由を尋ねる。

 少年はキリルと名乗った。
 ナグラス王国の西に位置する都市国家連合の孤児院で育ったとのことだ。

 十歳になったとき、中堅どころの商会へ丁稚として奉公に入り、今年で二年が経つという。
 もともと商会に奉公するというのは、孤児としてかなり恵まれた待遇と言える。
 その上、頭の回転も良く機転の利くキリルは、商会の主人からも気に入られているらしい。

 問題が起こったのは半年前ほど。
 商会の主人が大きな失敗をして、かなりの借金を抱えてしまった。
 当然主人はあちこちへと金策に奔走したが、どうにも思わしい結果が得られない。
 そこへ都市でも指折りの商会から支援の申し出があった。

「でも、その条件が姉さんをジュリスの(めかけ)に差し出すことだったんです」

 『姉さん』というのは主人のひとり娘らしい。
 キリルと血がつながった実の姉ではないが、彼が奉公するようになってから何かと親身に世話を焼いてくれ、弟のように可愛がってくれたそうだ。
 相手の貧富や出来不出来の差にかかわらず、分け(へだ)てなく接することのできる人当たりが良い性格で、丁稚奉公する子や従業員の子供たちから親しまれているのだとか。

 大きな商会の会頭を勤めるジュリスという男は、前々からその姉さんを自分の妾として迎えたいとキリルの主人に申し出ていたらしい。
 だが、主人にとっては大事なひとり娘、しかも商会の跡取りだ。
 それを差し出すということは、実質相手の傘下へ収まるに等しい。
 父親の感情としても、正妻ならともかく妾など許せるはずもないだろう。

 ところが商売の失敗で大きな借金を抱え、その返済が自力ではおそらく不可能となれば話は変わってくる。
 商会存続のためには、娘を差し出すしか手段が残されていなかった。
 泣く泣く主人はジュリスの申し出を受け入れることなり、娘本人もそれを承諾したという。

 結論から言えば、よくある話だ。
 別に命を取られるわけではない。
 妾とはいえ大店(おおだな)の主人に養ってもらうのだから、ひどい生活になるわけではないだろう。むしろ今よりも贅沢な暮らしができるかもしれないのだ。

 キリルが奉公している商会にしても将来の跡取りを失うのは痛いが、少なくとも一家郎党もろともに路頭に迷うのは避けられる。
 加えて大店の庇護(ひご)を受けて商売ができるというのは逆にメリットとなる可能性もある。
 なぜそれがキリルの現状につながるのか、アルディスにはわからなかった。

「姉さんは……『間引かれ』なんです」

「間引かれ? 何だそれは?」

 聞いたことのない言葉に、アルディスが意味を尋ねる。

「間引かれは、双子として生まれ『生きることを許された方』のことです」

 キリルの説明によれば、彼の生まれ育った都市では双子が生まれた際、後から生まれた子を『汚れた子』として殺す慣習がある。
 一方がふたり分すべての罪を背負って死ぬことで、もう一方の罪が浄化されるという考え方をするらしい。
 そのため『汚れた子』を処分した後は、双子の片割れも普通に育てることができるということだ。

『地域によっちゃあ片方だけ残して育てるってところもあるらしいがな』

 ふとアルディスの脳裏に、以前聞いたテッドの言葉が浮かぶ。
 あの時は何の気なしに聞き流したが、改めて聞くと虫酸(むしず)の走る話だった。

 双子の一方を『汚れた子』として間引くから、残された方は『間引かれ』と呼ぶわけだ。
 だがそんな呼称があること自体、成長した双子の片割れが周囲からどんな扱いを受けるのか容易に想像できるというもの。

「もともとジュリスには悪い噂が絶えないんです。過去に孤児や貧しい家の娘を妾に迎えたこともあるらしいですが、全員が数年で亡くなっていますし、その姿もほとんど目撃されていません。人伝に聞いた話ですが、亡くなった妾の身体には無数のあざやすり傷があったそうです」

 実態は確かめてみなければわからないが、状況を聞くにジュリスが妾を虐待している疑いが濃い。

「そんな人間のところへ『間引かれ』の姉さんが連れて行かれたら、どんな扱いをされることか……」

 暗く沈んでいたキリルの表情が、かすかな希望を見つけたように明るくなる。

「でも今月になってから、別の大きな商会が条件付きで融資をしても良いと言ってきたんです」

「その条件ってのが、遺跡の剣を持ち帰ることだってのか?」

「はい」

 キリルが自分の危険も(かえり)みず、(かたく)なに森を進もうとした理由がようやくわかった。

 だが事情は理解できても危険であることには変わりない。
 どうしても森の奥へ進みたいならしかるべき金額で護衛を雇うべきだし、それができないのなら諦めるべきだ。
 ここでキリルの命を賭け台に乗せたところで、勝てる見込など皆無と言っていいのだから。

 だが――。

 アルディスは偽悪(ぎあく)的な笑みを浮かべてキリルへ言い放つ。

「事情はわかったが、そこまでおまえがする必要は無いだろう? しょせん血のつながらない他人なんだし、何より双子だ。双子は呪われた子っていうじゃないか」

 その言葉にキリルが食ってかかった。

「姉さんは呪われた子なんかじゃありません! 姉さんはすごいんです! たくさん本を読んでて物知りだし、帳簿に書く文字だってキレイだし、取引の計算だって商会で一番なんです! 僕が熱を出して寝込んだときも、ずっと看病してくれるくらい優しいんです! 孤児だからって見下したり避けたり、腫れ物に触るような目で見ないし、ちゃんとひとりの人間として扱ってくれるんです! あんなすばらしい人、僕は他に知りません! 双子だからって、そんなの関係ありません!」

「だが双子は女神様に仇なす悪魔なんだろ? 事実、教会からは目の敵にされてるんだ。見捨てたところで誰もおまえを責めたりしない」

 キリルが濃紺の瞳でアルディスを(にら)む。

「僕が自分で自分を許せません。助けられる可能性があるのに、指をくわえて恩人を見捨てるような人間になるくらいなら……」

 ギリッと唇をかんだ後、姿勢を正して言う。

「助けていただいたことは本当に感謝しています。でも僕は行きます。万にひとつでも可能性があるなら、僕は姉さんを助けたい」

 アルディスからの返事を待つつもりはないのだろう。
 キリルは背を向けて森の奥へ足を向けた。

 後ろからアルディスが最後に問いかける。

「それが女神様の意向に逆らうことであってもか?」

「当然です。双子だからといって、姉さんのような人が不幸になるのは間違っています。それが女神様の教えだというのなら、………………そんなの神様じゃありません!」

 振り返らないまま答えたキリルは、最後に怒りをにじませて女神を否定すると、そのままアルディスの前から姿を消した。

 座ったままのアルディスは、しばらくキリルが進んでいった方向をじっと見つめていたが、やがて顔を空に向けてまぶたを閉じる。

 キリルの言った間引きの慣習は胸の痛む話だった。
 生まれた瞬間に殺されるなどひどい話だが、そのむごたらしい慣習とて、双子の片割れだけでも救おうと先人たちが苦悩した結果なのかもしれない。

 改めてわき上がる怒りを抑え、アルディスはキリルという少年のことを考える。
 成人してもいない子供が、ひとりで魔物の跋扈(ばっこ)する森を歩いて行った。
 護衛に報酬全額を前金で支払ってしまうなど、年相応に世慣れしていないところもある。だが十二という歳を考えれば聡明と言って良い子だろう。

 奉公している商会で良い教えを受けているのか、受け答えはしっかりしているし、頭の回転も速そうだった。
 血がつながらない姉のために命を賭ける勇気、遠いナグラスにまでやってくる行動力、決して諦めようとしない心の強さ。

 何より双子を忌み子とする風潮に真っ向から(あらが)おうとするその価値観は、フィリアとリアナを保護しているアルディスにとって非常に好ましく思える。
 こんなところで無駄死にさせるのは惜しい人間だった。

『双子だからといって、姉さんのような人が不幸になるのは間違っています。それが女神様の教えだというのなら、………………そんなの神様じゃありません!』

「そうだよな」

 キリルが最後に言い残した言葉を脳裏で反復すると、納得したような口調でつぶやいて立ち上がった。

「あんなのが神様であってたまるかってんだ」
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