挿絵表示切替ボタン
▼配色







▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる
千剣の魔術師と呼ばれた剣士 作者:高光晶

第七章 森と遺跡と剣と少年

しおりの位置情報を変更しました
エラーが発生しました

ブックマークしました。

設定

更新通知 0/400

設定を保存しました
エラーが発生しました

カテゴリ

ブックマークへ

以下のブックマークを解除します。
よろしければ[解除]を押してください。

ブックマークを解除しました。

50/98

第49話

 チキンの旨味を丸ごと打ち消すほど苦いサンドイッチを平らげ、アルディスは宿を後にした。
 目指すは一軒の鍛冶屋である。

 『赤食い』との戦いで折れてしまったショートソードの代わりを打ってもらうため、アルディスは午前中から王都の鍛冶屋を訪ねてまわるつもりだった。
 そこにたまたま現れた情報屋のチェザーレ。
 これ幸いとばかりに、少額の情報料と引き替えで腕利きの鍛冶屋を教えてもらい、目下のところ向かっている最中というわけだ。

 鍛冶屋が軒を連ねる職人街は表通りから離れた場所にあった。
 あちらこちらの建物から金属を打つ音が響き、焼けた鉄の匂いが充満している。
 それぞれの煙突からは白や黒の煙が立ち上り、ときおりピンク色や青色の奇妙な煙が出ている建物もあるようだ。

「ここか」

 そのうちの一軒、外からは何の変哲もない平屋の前で、アルディスは立ち止まる。
 チェザーレから買った情報では、『値段は張るが確かな仕事をする鍛冶師』がここに居るはずだった。

 看板も表札もない扉をノックしてしばらく待つものの、一向に反応がない。
 仕方なくアルディスは扉を開いてそのまま中へと立ち入る。

 一歩立ち入った室内には誰も居ない。
 この部屋が休憩所と応接スペースを兼ねているのだろう。中央に角テーブルが置かれ、壁に沿って並んだ棚には鍛冶師が打ったであろう武器が陳列されている。
 華美でも清潔でもないが、ほどよく整理されていて落ち着いた雰囲気があった。

 部屋の中は無人だが、入口とは反対側の壁にも扉があり、その奥から規則的に金属を打つ音が聞こえてくる。

「誰か居ないのか!」

 金属音に負けないよう、アルディスが声を張り上げる。

 やがて奥の扉を開いてひとりの青年が現れた。
 アルディスよりも背の高い細身の青年だが、ひょろりとした印象とは裏腹に袖からのぞく腕は引き締まった筋肉で包まれている。

「呼んだかい?」

「仕事を頼みにきた」

 無愛想な青年に対して、アルディスが負けず劣らずぶっきらぼうに用件を伝える。

「こいつらの代わりになる剣を、三本ほど打ってもらいたい」

 言いながら、腰に下げていたブロードソードと、剣魔術用のショートソードをテーブルに乗せる。

「ひどい状態だな」

 ボソリとつぶやきながら、青年は並べられた剣を見ていった。
 その間にも奥からは金属を打つ音が間断なく聞こえてくる。
 おそらくここの主は奥で作業中なのだろう。

 青年の歳はおそらく二十代半ばほど。弟子と言ったところであろうか。
 しばらく剣の状態を見ていた青年が短いため息を吐くと、アルディスへ投げやりに告げる。

「帰んな」

「俺は仕事を頼みにきたと言ったはずだが?」

 アルディスが眉を寄せる。

「だから帰れって言ってるだろ。お前さんの仕事を受けるつもりはない」

「なぜだ?」

「剣をこんな乱暴に扱うヤツの仕事は受けたくねえ、って言ってんだよ。なんだよこれ。ブロードソードはともかく、ショートソードの方はメチャクチャじゃねえか。重鉄(じゅうてつ)製の剣がここまで刃こぼれするなんざ、手入れを(おこた)ったか、よほど無茶な使い方したかのどっちかだろ。一本は完全に折れちまってるじゃねえか」

 ボロボロになったショートソードを指さしながら青年がアルディスを()める。

 もちろんアルディスには彼なりの言い分があった。
 毎日手入れを欠かしたことはないし、粗雑(そざつ)に扱った覚えもない。
 だがいくら重鉄製の剣が丈夫とはいえ、三大強魔(さんだいごうま)相手に三連戦したのだ。折れたとしても、それは不可抗力というものである。

「あんたじゃ話にならない。ここの親方を連れてきてくれ」

「お前さんみたいな半人前、親方の手を(わずら)わせるまでもない。仕事の邪魔だからさっさと帰れ」

 見た目の幼さゆえにアルディスを未熟者扱いする青年。そして親方と直接話をさせろと言うアルディス。
 互いに主張を譲らないふたりの押し問答がしばらく続いていると、奥の扉を開いてガタイの良い初老の男が現れた。

「ホルスト! いつまで油売っとるんじゃ! さっさと戻ってこんか!」

「あ、親方!」

 白髪交じりの短髪と褐色の瞳。年齢を感じさせない声の張りと鋭い眼光は、まさに熟練職人の肩書きにふさわしかった。
 引き締まった体とあちこちに見える火傷の痕が、鍛冶に捧げてきた男の年月を物語っている。
 青年が親方と呼ぶこの男が、ここの主なのだろう。

「いや、このガキがいつまでも食い下がってくるもんですから」

「客か?」

「いえ、剣の扱いがまるでなってないので、断ったんですが……」

 青年の言葉を聞いて、親方と呼ばれた男がテーブルに置かれた剣を見る。

「ふむ……」

「ひどいもんでしょう? せっかくの重鉄剣をこんな扱いしやがって」

 親方は黙って剣を手に取った。
 ひとしきり検分した後で、アルディスに向けて問いかける。

「これは全部お前さんが使っていたのか?」

「ああ」

「ふむ、そうか……」

 しばらくアルディスの体つきを見ていた親方は、棚のひとつからひと振りの剣を持ち出すと、それを手渡してきた。

「それを振って見せろ」

 剣を受け取ったアルディスは、黙って親方の言う通りに素振りをする。

「ふむ……、ではそのままこれを切ってみせい」

 親方はテーブルの上に置いてあった手入れ用の布巾を手に持つと、言いながらそれをアルディスへ向けて放り投げた。

 アルディスは剣身に軽く魔力を流し込みながら、撫でるように空中の布巾を切る。
 真っ二つに断ち切られた布巾が、パサリと音をたてて床に落ちた。

「ほう……」

 拾い上げた布巾の切り口を確認して、親方が感嘆の声をあげる。

「え? 嘘だろ!?」

 片や青年は目をむいて驚きをあらわにしていた。
 宙に浮いた布を断ち切るなど、一流の剣士でなければできない芸当だからだ。

「若いくせに良い腕をしとるのう。お前さんほどの腕がありながら、このザマはどういうことじゃ?」

 親方がテーブルの上にある、折れたショートソードへ視線を向ける。

「斬った相手が悪かったんだろ」

「どんな相手じゃ?」

「『鈴寄り』と『四枚羽根』と『赤食い』だ。特に赤食いが硬くてね。結局一本は折れてしまった」

「『赤食い』じゃと!?」

「ええっ!?」

 親方と青年がそろって驚きの声をあげる。

「ま、まさか……。今王都で噂の三大強魔討伐者って、お前さんなのか!?」

 信じられないとばかりに青年がアルディスを指さす。

「なるほどのう。さすがの三大強魔相手では、重鉄製の剣も耐えきれんかったか……」

 一方で親方は納得の表情だった。

「良いじゃろう。お前さんの腕ならば剣に振り回されることもなさそうじゃて。それで? 打つのはショートソード二本でええのか?」

「ショートソード二本もだが、この際だからブロードソードも打って欲しい。合計三本だ」

「素材はどうする? やはり重鉄かのう?」

 重鉄でも相手が悪ければこのザマなのだ。今さら鉄や鋼製の武器などアルディスも欲しくはない。

「ベースは重鉄だが、ちょっと面白いものを手に入れてな。これを使って欲しいんだ」

 荷物袋の中からアルディスが取りだしたのは皮袋。その口を開くと、中にはキラキラと光沢を放つ粉状の物体が入っていた。

「ま、まさかそれは……」

 今度は親方が絶句した。

「よく見せてくれ!」

 ひったくるように皮袋を手に取ると、中に入っている粉をつまんで光にかざす。

「ほ、本物? 本物の七色粉(レシアパウダー)か!?」

 親方が声を震わせる。

 数多(あまた)ある金銀宝石の中に『レシア』と呼ばれる宝石が存在する。
 最も硬く、最も美しく、魔力との融合性も非常に高いレシアは、古来より宝石の中の宝石として知られていた。

 だがその精製技術ははるか古代に失われて久しく、今では遺跡からごくまれに発掘される精製石をのぞくと純度の高い結晶は存在していない。
 そのため、レシア精製石やレシアを素材とした武具装飾品には、値が付けられないほどの価値がある。
 精製前の原石ですら、金の十倍近い金額で取引されているありさまなのだ。

 七色粉(レシアパウダー)とは、精製したレシアを粉末状に砕いたものである。
 現在の技術では精製石を砕くことも削ることもできないため、これまた新たに作り出すことが出来ない希少な素材であった。

「たまたま手に入れる機会があってね。せっかくだから新しい剣に使おうと思ったんだ」

 こともなげにアルディスが言う。

 七色粉は武具の製造において、その性能を飛躍的に向上させることができる。
 表面にコーティングしても良いし、ベースとなる重鉄に混ぜ込んでも良い。
 剣に使えば切れ味が増し、鎧に使えば数打ち品をはじき返すほどの強度が得られるのだ。

 レシアの精製や加工ができない現代において、七色粉を使って武具を作るのは鍛冶を生業(なりわい)にするものにとってこの上ない名誉であり、同時に職人魂をたぎらせる仕事だった。

「本当に使ってええのか? 売ればとんでもない値段がつくぞ?」

 親方が遠慮がちに確認する。

 実際に売ればどれだけの値がつくのかアルディスにも分からない。
 きっと三大強魔の懸賞金が(かす)むほどの金額になるだろう。

 しかしアルディスにとっては、他に稼ぐ手段のいくらでもある金貨よりも、折れない丈夫さと鋭い切れ味を持った剣の方がよほど貴重であった。
 どうせ『赤食い』討伐のついでに見つけた拾い物だ。赤食いに折られたショートソードの代わりを作るのに使えば帳尻は合うじゃないか、とテッドたちが聞けば絶句しそうな屁理屈をアルディスは脳裏で展開した。

「構わない。全部使ってくれ」

「それは嬉しい事を言ってくれるのう。しかし……、言いにくいことじゃが……。七色粉を使って打つとなると、結構な金がかかるぞ?」

「いくらかかる?」

「そうじゃのう……。むぅ……。最低でも一本あたり金貨百枚。三本で三百枚は必要じゃ。打つ時点で魔力を込めるなら、魔術師も長期間確保せんといかん」

「わかった、金貨六百枚出そう。魔力は俺が自分で込める。そこいらの魔術師よりは役に立つさ」

「そうか、三大強魔の懸賞金があるんじゃったな。六百枚も出してくれるなら、文句などありはせんよ」

「決まりだな。期間はどれくらいかかる?」

「三ヶ月……、いや四ヶ月くれ」

「いいだろう。魔力を込めるときは声をかけてくれ。王都にいるときは歓楽街の『せせらぎ亭』という宿に泊まっている」

「うむ、任せてくれ。……まさかワシが七色粉で剣を打つ日がやってくるとはのう」

 何やら思いを()せはじめたかと思うと、不意に親方が顔をほころばせた。

「ふっふっふ、職人の血がたぎるのう! シュメルツの名にかけて、必ずや後世に残る名剣を生みだしてみせるわい!」

 年甲斐もなく意気込みをあらわにする親方の横で、弟子の青年は話の大きさに呆然としていた。

「ろ、六百……。金貨六百枚……」

 想像を大きく超える金額に、『金貨六百枚』と何度もつぶやきながら。
+注意+
特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。
↑ページトップへ