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千剣の魔術師と呼ばれた剣士 作者:高光晶

第六章 王都の三大強魔

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第47話

 四枚羽根の双頭を回収し、アルディスは日の傾きはじめた空を見ながら、王都近くの廃墟へと向かう。
 ここはかつて隆盛を誇り、王家に反旗をひるがえした大領主が最後に立てこもった砦だという。

 砦に出没する魔物『赤食い』が何者なのかは分かっていない。
 一説によると、砦で無念の死を遂げた大領主の怨念が生んだ怨霊とも言われていた。

 アルディスは焼け焦げた壁の砦をひとり奥へと歩いて行く。
 あちらこちらが黒く煤けた室内には、もはや家具や装飾品らしきものは何ひとつ確認できない。緑の草やツタが覆い繁るばかりであった。

「この辺で良いか」

 アルディスは戦いやすそうな広間へとやってくると、荷袋から()れたリンゴを取り出して床に置いた。

 『赤食い』は赤い色の物を見境なく襲うという。
 逆に赤い色の物を持っていなければ、遭遇することもない。

 だが最初に結成された軍の討伐隊が、それを知らなかったとしても仕方のないことだろう。
 最初の討伐隊では、赤い外套(がいとう)をまとっていた隊長格の人間が真っ先に犠牲となったそうだ。

 『赤食い』は人間の血にも反応するらしく、少しでも手傷を負ってしまうと、その攻撃対象になってしまう。
 戦う際は赤い物を身につけず、味方に血を流させなければいいわけだが、当然ながら言うほど簡単なことではない。

 いくら赤い色にしか反応しないといっても、攻撃を加えれば反撃してくるのだ。
 その反撃で流血してしまえば、後はもう阿鼻叫喚(あびきょうかん)の地獄絵図となる。

 そうして赤食いの討伐は三度行われ、三度失敗した。
 最後に討伐隊が組まれたのは、二十年ほど前のことである。

 床に置いたリンゴから距離を取って待つアルディスの耳に、ぴちゃん、ぴちゃんと音が聞こえてくる。水の塊が床の上にこぼれて跳ねるような音だった。

「来たか」

 それは広間の一角に開いた通路の入口からやって来た。

 全身真っ赤な女の形をした物体。
 だがそれは決して人間ではない。

 赤い体はわずかに透き通っており、まるで赤い水晶を削った彫刻が動いているようにも見える。
 だがその見た目に反して、足が床を踏むたびに水を打ちつけたような音が広間に響いていた。

「よくわからんな」

 固体なのか液体なのか、それともやわらかいゼリー状なのか、判断に迷うアルディスの前で赤食いがヒザをつき両手でリンゴを叩きつぶした。

「まあ、斬ってみればわかるか」

 それを合図にショートソードを飛ばす。

 あっという間に赤食いの頭上へ達したショートソードが、勢いそのままに人間で言う首の部分へ剣撃を振るう。
 甲高い金属音が広間に鳴り渡った。

「思った以上に硬い?」

 首を断ち斬るかに見えたショートソードの刃が赤食いの硬さに負け、根元から折れて床に転がった。

 赤食いの顔がアルディスに向く。

 もちろん女の形をしているからといって、赤食いが顔で物体を認識しているかどうかはわからない。
 だが、少なくともアルディスに対して意識を向けていることは確かだろう。
 宙を飛んでいるショートソードが、彼の意思によって動いていることを分かっているらしい。

 赤食いが立ち上がり、フラフラとアルディスに向かって歩きはじめた。

「強化しないとこれも折れそうだな」

 ブロードソードを抜き、魔力でその剣身を覆う。
 剣が淡い光に包まれた。

 アルディスは発動点を赤食いの横に指定し、炎の魔法を放つ。
 右から左へと、高温の暴力が赤食いを包んで駆け抜ける。

 だが牽制で放った炎に全く反応せず、ダメージを受けた様子も見せないまま赤食いはゆっくりと歩き続ける。

「炎はダメ、と」

 立て続けに氷、水、岩、風、電撃と魔法攻撃を加えていくが、どれも効果がない。

「なら、これはどうだ?」

 アルディスの前に強い光が現れ、それが収縮して小さな点になると、凝集された一筋の光線となって撃ち出される。
 光線がまっすぐ赤食いに向かうと、その胸を瞬時に貫いた。

「効くみたいだな、――だったら!」

 ブロードソードにまとわせた魔力を変質させ、光の特性を加えていく。

 アルディスの足が床を蹴った。
 一足で距離を詰めると、赤食いが反応するより早くブロードソードを横に薙ぎ払う。

 バシャリ、と水面を剣で切ったような感触が手に伝わってきた。

 不可解な感触に一瞬戸惑うアルディスの前で、赤食いの頭が体から切り放されて床に落ちる。
 そして頭を失った赤食いの体は、赤い液体をぶちまけたように床へと落ちて広がっていく。

 一方にはゴトンという音を立てて転がった頭部。そして一方には液体のように床を流れている元赤食いの身体であった何か。
 切り放す前はひとつであったそれの、明らかに異なる結末。

 アルディスの思考がかき乱される。

「なんだ……、これは?」

 得体の知れない不気味さを感じて、アルディスは思わず一歩あとずさった。




 夕暮れ時の王都グラン。
 街の中央をつらぬく大通りは奇妙なざわめきに包まれていた。

 その原因は衆目を集めながらゆっくりと歩く黒髪黒目の少年にあった。
 額にスミレ色の細布を巻いている以外、さしたる特徴もない平凡な顔立ち。
 身にまとう藤色のローブと身のこなしから、同業者が見れば傭兵だとすぐに気づくだろう。

 容姿は幼く見えても、駆け出しの傭兵として最初の一歩を踏み出すには、少年くらいの歳であれば珍しくもない。
 ただ一点、その肩から背負っている物体をのぞけば。

 少年は肩に獣の首を四つ担いでいた。

 いや、よく見ればそのうちふたつは根元でつながった鳥の頭部と気が付くだろう。
 だがそれに気付いた者は次の瞬間、その大きさが鳥と呼ぶにはあまりに常識外れのサイズであることを知るはずだ。

「おい、あれ……、『四枚羽根』の頭じゃねえのか?」

「はあ? まさか、そんなことあるわけ……」

「白いたてがみに二筋のあざ……『鈴寄り』だ」

「赤いのはもしかすると『赤食い』?」

「いやいや、おかしいだろ! なんでグランの三大強魔(さんだいごうま)、しかもその首があそこにあるんだよ!?」

「あいつが討伐したってのか?」

「バカ言うな、あんなガキに勝てる相手じゃねえよ」

「だったらあの首は何だってんだよ!」

 様々な推測が飛び交い、同じようにそれを打ち消そうとする声が響く。
 そんな周囲に目もくれず、少年は魔物の首を見せつけるかのように、悠然と歓楽街に向けて歩いて行った。

 少年の名はアルディス。
 剣魔術の使い手として密かに噂されていた彼の名が、王都グランに響きわたりはじめるのはこの日からだった。

 自分を遠巻きに見る人々の反応に手応えを感じながら、アルディスはある酒場へたどり着く。
 そして一日の終わりを酒で締めくくろうと人が集まっている酒場へ、おもむろに足を踏み入れた。

 新たな客の到来に、酒場の給士が声をかけようとして悲鳴をあげる。
 アルディスの存在に気づいた客たちが、ピタリと静まりかえった。

 普段ならあり得るはずのない静寂の中、アルディスひとりが足音を立てながらテーブルとテーブルの合間を突き進む。

「おい、兄ちゃん。酒の場にそんなもの持ち込むのは無粋(ぶすい)ってもんだぜ」

 通りかかったテーブルから、ジョッキを傾けて麦酒をあおっていたヒゲ面の男が声をかけてくる。

 男が言う『そんなもの』とはおそらく、アルディスが肩から提げている魔物の首だろう。
 確かに本来であればマナー違反も良いところである。
 切り口を焼いて血止めがしてあるとは言え、生き物の生首であることに変わりはない。
 食事を提供している場所、特に陽気に騒いで楽しむ酒場に持ち込んで良い物とはとても言えないだろう。

 それはアルディスも十分承知の上である。
 通常であればこのような事はしない。
 だが今日に限って言えば必要だからやっていることだ。

「すまないな。用事が終わればすぐに出て行く」

「その用事ってのは?」

「チェザーレという男に聞きたいことがある」

 静まりかえった酒場の中で、人々の視線が一点に集約された。
 視線の先には、気まずさと恐れと驚きをないまぜにした表情のチェザーレが座っている。

 アルディスは酒場中の耳目(じもく)を集めながらチェザーレの前まで歩くと、懐から銅貨を一枚取り出し、指で弾いて渡した後に口を開いた。

「チェザーレ、賞金首ってのはどこに持っていけば懸賞金がもらえるんだ?」

 青い顔をしてチェザーレが声をしぼりだす。

「あ、ま、まさか……。その肩に担いでるのって……」

「ああ、この白いのが『鈴寄り』、鳥の双頭が『四枚羽根』、赤い女の首が『赤食い』だ」

 それを聞いて酒場の中が騒然となる。

「だ、だって……、その話をしたのは今朝だったはず……。あれからまだ一日も経っていませんよ」

「それだけ時間があれば十分だろ?」

 こともなげにアルディスが笑った。

「な……!」

 チェザーレとしては絶句するほかないだろう。

 ナグラス王国が正規軍で討伐隊を編成すること数回。数十年にわたり討伐を試みて、その都度返り討ちにあってきた魔物たちだ。
 しかも一体だけでなく同時に三体。
 それを日が昇ってから沈むまでの間にすべて倒してしまうなど、チェザーレの理解を超えているのかもしれない。

「で? これ、どこに持ってけば良いんだ?」

 人の悪そうな笑みを見せてアルディスが言う。

 対するチェザーレは苦々しそうな表情だ。
 彼も気が付いているのだろう。アルディスがわざとチェザーレへ訊ねているという事に。

 アルディスとて賞金首をどこに持ち込めば良いかくらい知っている。
 だがわざわざ魔物の首を担いで来たのは、チェザーレに見せつけるためである。

 チェザーレは優秀な情報屋だ。
 対価に見合っただけの情報を提供してくれる。

 しかしそれはあくまでもビジネスであり、人として信用できるかと言われれば疑問がつきまとう。
 心からの信頼で結びつくことのない相手である以上、アルディスを味方にすることのメリット、そして敵にすることのデメリットを見せつけておく必要がある。

 チェザーレはアルディスの強さを知っているだろうが、それは『敵に回すと危ない』程度の認識に留まっているはずだ。
 その認識を『敵に回すと危ない』から『敵に回すなど考えられない』に変え、アルディスを裏切ったり陥れたりすることの危険性をわからせること。それが、魔物の首をあえてチェザーレに見せつけた理由だった。

 そんなアルディスの思惑が理解できたからこそ、チェザーレは苦々しい顔をしているのだ。

「衛兵の詰め所なり、騎士団の本部なりに持っていけば良いと思いますよ。何なら街へ入る前に門番へ申し出ても良かったんですけどね」

 チェザーレの答えに少々トゲが含まれるのは仕方がないことだった。

「そうか、わかった。ありがとよ」

 簡単に礼を言うと、アルディスはきびすを返して酒場を出ようとする。

「お、おい兄ちゃん。それ本当に三大強魔の首なのか?」

 先ほどアルディスを咎めたヒゲ面男が尋ねてくる。

「ああ。といっても信じられないだろうが……。まあ数日もすれば分かる話さ」

 三大強魔の存在は国にとっても長い間頭痛の種だっただろう。
 それが討伐されたとなれば、間違いなく大々的に内外へ喧伝(けんでん)するはずだ。

「そこの給士さん」

「は、はい!」

「これでみんなに酒をふるまってくれ。場を騒がせた詫びだ」

 アルディスが給士の女性を呼び止めて、銀貨の詰まった袋を手渡す。
 給士がその袋を開いてのぞくと、そこには酒場中の人間が一晩飲み明かしてもおつりが来るほど大量の銀貨が入っていた。

「こ、こんなに!?」

 給士の驚きはやがて酒場中に伝染し、それが歓声に変わるまでに大した時間はかからなかった。

「おい、兄ちゃん! 良いのかよ!?」

「まじかよ! 今日はタダ酒か!?」

「おっしゃー! 飲むぞ!」

 先ほどまでの静けさとはうって変わって、酔客たちが沸き立った。
 狙い通りの反応を確認したアルディスが立ち去ろうとしたとき、ヒゲ面の男がそれを呼び止める。

「兄ちゃん、名前は何ていうんだ?」

「アルディスだ」

「そうか、今日はごちそうになるぜ」

 男はアルディスに向けてニヤリと笑うと、酒場中に響きわたる大声で叫ぶ。

「おい、お前ら! 今日は三大強魔討伐者アルディスのおごりだとよ! 店の酒蔵を空にするくらい飲んじまおうぜ!」

 その声に応える大歓声を背にしながら、アルディスは日が落ちて『淡空(あわぞら)』に包まれた王都へと足を向けた。
2017/04/23 改行位置の変なところがあったので修正。
千剣の魔術師と呼ばれた剣士 書籍化決定!
スニーカー文庫より2017年12月1日発売予定!
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