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千剣の魔術師と呼ばれた剣士 作者:高光晶

第六章 王都の三大強魔

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第43話

 酒場を出たアルディスは、午前中を使い日用品のお店を見て回った。
 最低限の物はトリアを出るときに持ち出しているが、しょせんはその量も限られている。
 今のところはすべてが『とりあえず』のため、大量の品を買って帰るつもりはないが、食器類やタオルなどを適当に見繕(みつくろ)っていく。

 何よりも重要なのが食糧だ。
 森の中で狩りをすれば肉は手に入る。しかし肉ばかりでは本調子が保てないことを、アルディスも経験則から知っている。
 そのため一定量の果実や野菜を摂取することにしているのだが、森の中では手に入る食材の種類も限られる。

 また、食材の次に重要なのは塩などの調味料だ。
 アルディスに限って言えば、食事の味などそれほど重視していない。
 食べて死なないのなら問題ないし、吐き気で腹の中にある物を全てもどしたりしない限り文句を言うつもりもないのだ。
 だが双子やネーレは違うだろう。食事がおいしくなるに越したことはない。

 それから一通り店をまわり、買って帰る物へ目星をつけたところで、アルディスは宿へと戻った。
 時刻はすでに昼を回っていた。
 昼食の忙しい時間帯が終わり、閑散とした酒場にはチェザーレの姿も見えない。

(釣り針に引っかかったかな?)

 それを確認したアルディスは、荷物をまとめて宿を出た。
 酒場のマスターから「これからどこへ行くんだ?」と訪ねられたアルディスは、帝国方面へ行くと簡潔に答えた後、荷物を背負い南門へとゆっくり歩いて行った。

 あちらこちらの露店をのぞきながら、見せつけるようにのんびりと街を歩き、南門から王都の外へ出る。
 そのまま南東に向けて歩くアルディスが呼び止められたのは、門番の姿が見えなくなってすぐのことだった。

「ちょい待ちな、そこの兄ちゃん」

(来たか)

 あわてるそぶりも見せず悠々と振り返れば、そこには傭兵らしき五人の姿があった。

 真ん中に立つのは声をかけてきたと思われる斧士。その両脇を固めるふたりも手に斧を持っている。三人ともまるで戦にでも出かけるかのような重装備だ。
 その後ろに控えるふたりはローブ姿の男。見た目は魔術師風だが、当然戦ってみなければ分からない。アルディスやネーレも外見は魔術師にしか見えないのだから。

「俺か? 人違いじゃないのか?」

「いいや、兄ちゃんであってるよ。まあ、なんだ。悪いことは言わねえから、大人しく捕まってくれるか?」

「少なくとも俺は、捕まえられる理由に覚えがないんだが」

「兄ちゃんになくても、捕まえたいヤツがいるってんだからしょうがねえだろ?」

 男が依頼主の存在をほのめかす。

 問題は誰に頼まれたのかということだが、聞いたところで素直に答えてくれるわけもない。
 さらには、問答したところで戦いが避けられないのも最初から明らかな話である。

(だったら――)

 アルディスは返事代わりに詠唱付きで魔法を唱える。

(こと)()(なんじ)現身(うつしみ)()ちてまほろばへと(いざな)う――――」

(生け捕りにして聞き出せば良いか)

眠りの霧モルテ・ウォルネ・シープ!」

「なっ! 早いっ!?」

 突然のことに身構える暇すらなかった傭兵たちを、うっすらと輝きを放つ銀色の霧が包んだ。

 魔法が使える相手に距離をあけて敵対するなど、うかつな話である。
 もちろん彼らも素人ではない。
 仲間に魔術師らしき姿があることからも、アルディスが魔法を使っても対処できる距離を保っていたつもりなのだろう。

 だが、傭兵たちが想定するよりもずっとアルディスの詠唱は早い。
 通常の魔術師にとって詠唱は避けられない手順であるが、無詠唱で魔法を使えるアルディスにとっては詠唱などただの飾り――無詠唱をごまかすためのフェイク――でしかないからだ。

 あわてた傭兵たちがアルディスに襲いかかろうとしても、すでに遅かった。
 アルディスの魔力をのせた眠りの魔法が、傭兵たち全員の意識を瞬時に刈り取る。
 ノーリスをして『規格外』と言わしめたアルディスの魔力をもってすれば、そこいらの傭兵には抵抗する(すべ)などない。

 眠りの魔法を放ち終えると、バタバタと崩れ落ちていく傭兵たちに目もくれず、アルディスは手持ちの荷物からやたら丈夫なロープを人数分取り出しはじめた。

「昨日みたいに逃がすと二度手間だしな」

 五人全員をロープで縛り、猿ぐつわをかませた上で、リーダー格の男だけを近くの茂みに引きずり込む。

 アルディスは男の猿ぐつわを外すと、頬を叩いて無理やり起こした。
 目を覚ました男は一瞬(ほう)けていたが、すぐに自分が縛られていることに気づいてわめきはじめる。

「何だ!? 何が……ここはどこだ!? おい! 何をした!?」

 正面に断ったまま、アルディスは冷たい笑いを浮かべる。

「何をしたって……、魔法で眠らせて終わらせたんだが。覚えてないのか?」

 男はあわてて周囲を見渡すと、焦ったように言う。

「みんなは……、他の仲間はどうした!?」

「先にとどめを刺したけど?」

 涼しい顔でアルディスは言い捨てた。
 もちろん嘘である。

 アルディスは命を狙ってきた相手に容赦などしない。
 だがこの男たちにはもともと殺気がなかった。いくら降りかかった火の粉は全力で払うと言っても、アルディスにも相手に応じた対処をする程度には分別がある。

「俺も……殺す気か?」

 ようやく状況を理解したらしい男の顔が青ざめた。
 アルディスの心が読めない以上、男には自分の命が危険にさらされているとしか感じられないだろう。

「この期に及んで助けてもらえるとでも?」

 アルディスがあきれたように言う。

「くっ!」

「しっかしあんたら弱かったな。もしかして傭兵になったばかりの駆け出しか?」

 悔しさに言葉を詰まらせる男へ、アルディスが挑発するように言い放つ。

「てめえ! 言わせておけば!」

 どうやら男は、考えるより言葉が出てしまうタイプの人間らしい。
 これなら上手くいくかもしれない、とアルディスは心の中でほくそ笑んだ。

「威勢だけは一人前だな。自分がいくらで売られたかも知らないくせに」

「なっ……!? 売られただと!? どういうことだ!?」

 アルディスはこれ見よがしに鼻で笑って言った。

「まだ気づかないのか? おめでたい頭だな。俺はただ頼まれただけなんだよ。あんたらに偽の情報をつかませて俺を襲わせるから、逆に返り討ちにしてくれって」

「偽の……、情報?」

 嘲るような表情でアルディスは男に追い打ちをかける。

「そう。あんたらは偽の情報にホイホイおびき出されて来たってわけだ。俺をだまし討ちにするつもりが、罠にかけられたのはあんたらの方さ。ずいぶん恨まれてるんだな、あんた」

「俺を……!? 誰が!?」

 ここまで来ればあと一歩だ。

「まだわかんないのかよ。あんたらに俺を襲うよう言ったのが誰だったか思い出してみろよ。簡単な話じゃねえか」

「…………そうか……! チェザーレの野郎!」

 かかった。

「ようやく分かったのか、鈍いヤツだな」

 口ではそう言いながら、予想通りの名前が出てきたことに内心ニヤつくアルディス。

「くそおっ! あの野郎め!」

 憤怒の形相で男がチェザーレをののしる。
 ひとしきり男の罵声を聞き流した後で、アルディスは人の悪い笑顔を浮かべて言った。

「まあ、そう怒るなよ。チェザーレには俺がちゃんと言っておくからさ」

「何言ってやがる! 野郎は俺が……、くっ! これじゃ死んでも死に切れねえ!」

 口惜しさを体全体ににじませて男が叫ぶ。

 そこへアルディスが種明かしをする。

「まあまあ、そうカッカしなくても良いじゃないか。さっき言ったのは全部嘘だからさ」

「…………は?」

 何を言われたのか分からず、男がきょとんとした表情でアルディスを見上げた。

「嘘って……、チェザーレの野郎が俺を売ったってのがか?」

「そうそう。俺がチェザーレから依頼を受けてたってのも、チェザーレが偽の情報あんたに教えたってのも、チェザーレがあんたを売ったってのも全部嘘。あんたの仲間もまだ向こうで生きてるよ」

「……」

 口を半開きにし、鳩が豆鉄砲を食らったような顔で男は絶句する。

「ま、チェザーレには俺の方からお灸を()えておくさ。俺はこれから王都に戻るけど、あんたらはもう少しここでのんびりしてな。あ、そうそう。これは迷惑料代わりにもらっとくからな」

 そう言い残すと、アルディスは男のかぶっていた兜を()ぎ取る。
 自分の荷物を背負い直すと、男をその仲間を残したまま王都に向かって歩きはじめた。

「え、おい……。ちょ……、待てよ!」

 ロープに縛られたままの男が、アルディスを呼び止める声だけが周囲に響きわたった。

 アルディスは南門から再び通門税を支払って王都へ足を踏み入れる。
 そのまま歓楽街に向かうと、数時間前に引き払った宿へと入っていく。

 宿はこれからの賑わいに備えて準備をする店員がいそいそと働いている以外、わずかな客が座っているだけだ。
 そんな客のひとりに、カウンターで果実水のグラスを片手に座るチェザーレがいた。

 足音を抑えもせずカウンターまで歩いて行くと、異変に気づいたチェザーレが振り向き、そしてアルディスの顔を見るなり固まってしまう。

 アルディスは顔面蒼白のチェザーレへ、傭兵の男がかぶっていた兜を放り投げると、不気味な笑顔を見せて言った。

「あんたの知り合いがかぶっていたヤツだ。忘れ物みたいだから、あんたから返しておいてくれるか?」

「あ、あ……、な、んでここに? 王都を、()った、はずじゃ……?」

 狼狽もあらわにチェザーレが声をしぼりだす。

「そのつもりだったんだが、王都を出て早々に質の悪い野良犬が絡んできてな。駆除したのは良いんだけど、その兜を忘れていったらしくてさ」

 アルディスが、襲いかかって来た傭兵を野良犬に言い換えて説明する。
 野良犬が兜をかぶるわけもないが、そんな言葉のちぐはぐさにも今のチェザーレは気づく余裕がない。

「そ、そうですか……。そ、れは……災難でしたね」

「まあ、面倒なだけで大した事じゃないさ。昨日も裏通りでゴロツキに襲われたけど、どうってことないし。何度襲われようが、その都度返り討ちにするだけだからな」

「さ、さすがの実力で――」

 突然のショックからようやく立ち直ったのか、チェザーレが何とかこの場を切り抜けようと話をしはじめた瞬間。

 アルディスがスッと距離を詰め、感情の欠落した声でチェザーレの耳元にささやく。

「でも笑って許せるのは二度目までだ。三度目はないと思え」

 次は許さないという警告。

「あ……、っ……、は、はい……」

 チェザーレは声をうわずらせながら、かろうじて返事をした。
 ヘビに睨まれたカエルのように、恐怖で体を硬直させたチェザーレの肩をポンと叩くと、そのままアルディスは酒場を後にする。

 少々トラブルはあったが、当初の目的をとげることはできた。

 アルディスは大通りの空を見上げる。
 日はかなり傾いてきているが、夕暮れまではまだ時間がある。
 食糧を買う時間と移動時間を考えても、夜が拡がるまでには帰ることができるだろう。

 双子への土産は何にしようか、と平和なことを考えながらアルディスは商店が建ち並ぶ通りへと足を向けた。
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