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千剣の魔術師と呼ばれた剣士 作者:高光晶

第六章 王都の三大強魔

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第40話

 人と金の集まるところには、自然と仕事終わりの人々が楽しむために歓楽街ができる。
 王都グランの人口は約三十万。それだけの人間が酒を()み交わし、舌鼓(したづつみ)を打つとなれば歓楽街の規模も相当なものだ。

 王都の新市街北にある歓楽街は、大通りから外れた場所にありながら、大小様々百件以上の酒場でにぎわっている。
 そのほとんどは兼業であり、表通りに近い場所では宿屋や食堂を兼ねているところが多い。裏通りに近づくほど性風俗や賭博場を裏の生業(なりわい)としている酒場が増えていくのも、王都に済む者には周知の事実であった。

 裏通りの酒場は夜しか開いていないが、表通りに近い酒場は日中から開いている店もある。
 食堂を兼ねている場合は昼食時から店を開けていることが多いし、宿屋を兼ねている酒場などはほとんど一日中開いているようなものだ。

 そんな酒場の一件で、真っ昼間からくだを巻いているような人間は大抵がろくでなしだろう。
 仕事をさぼって酒を飲む、一見まじめそうに見えるろくでなし。
 ちょっと懐が温かくなったからと散財している、傭兵という名のろくでなし。
 昨日の晩から酒浸りで、二日酔いどころかアル中にしか見えないろくでなし。

 そんなろくでなしたちであふれる酒場の中を、冷めた目で見回している優男(やさおとこ)もまたろくでなしのひとりだった。
 だたその優男が他のろくでなしと違うのは、酒場の中でこうして待つことが彼にとって仕事の一環だからである。

「おう、チェザーレ。この前は良い情報をありがとよ」

 その時、二階から降りてきた人物が、カウンターに座って果実水をチョロチョロと舐めていた優男へ話しかける。

 チェザーレと呼ばれた優男は、グラスに口が触れるか触れないかという距離で動きを止めたまま、振り向きもしないで言葉を返した。

「言ったでしょう? あれで銀貨三枚なら安い情報料だって」

「ああ、今回は良い情報だったぜ。今回はな」

 声の主は今回は、という点を強調して言う。
 以前チェザーレが売った情報で、「無駄金を払わされた」ことを引き合いに出しているのだ。

 チェザーレに言わせればそれはお門違いも良いところの話だった。
 情報というのは鮮度が命だ。肉や野菜はおろか、港にあがる小魚よりも足が早い。
 数時間前に価値のあった情報が、あっという間に無価値となるなんてこともザラだ。

 チェザーレが彼に提供した時点では確かに情報料分の価値があった。
 それを()かせなかったのは彼の行動が遅かったからだ。チェザーレに食ってかかるのは筋が違う。

 といっても、それをただの傭兵に理解しろというのは無理な話だろう。
 彼らは結果がすべて。情報を得た結果、儲かればそれは良い情報、儲からなければ悪い情報というわけだ。

 本音を言えば相手にするのも馬鹿馬鹿しいが、傭兵は情報の貴重な提供者であると共に大事な情報の買い手でもある。
 あからさまな態度を取るわけにもいかなかった。

「また良い情報があれば頼むぜ」

 傭兵の男はそう言い残して外へ出て行った。

 対してチェザーレの方は声をかけることもなく、静かにグラスを傾ける。
 金を払う客以外に振りまく愛想は持っていないのだ。

 日が昇りきったこの時間、昼食どきになるまで店に入ってくる人間はほとんどいない。
 ましてカウンターに座るチェザーレへ話しかける人間など限られている。
 いるとすれば、先ほどのように『以前客だった者』か、あるいは『これから客になる者』のいずれかだろう。

 昼間のチェザーレに用事があるのは情報を買いたい人間である。
 チェザーレ自身、この時間帯は情報を売ることに専念していた。

 情報を仕入れるのは夜が拡がってからだ。
 酒場で口が軽くなった傭兵や行商人相手に世間話をし、巧妙に情報を引き出していく。
 そうして得た情報を自分なりに統合し、分析し、必要とする相手へ値を付けて売るのだ。

 チェザーレは情報屋と呼ばれる人種のひとりだった。

 だが、誰彼かまわず情報を売るわけではない。
 情報と一言にいっても、その内容によっては自分の身を危うくすることがある。

 だから表だっては行動せず、人を介して客を取るのだ。
 そのための根はあちこちに張ってある。
 この酒場を経営しているマスターもそのひとりだった。

 情報を求めて酒場に来る人間は多い。
 情報屋を頼るほどのものでもない場合、それらはチップという形でマスターの臨時収入に変わる。
 チップ程度では手に入らない情報を求める人間が現れたとき、チェザーレのような情報屋の出番が来るのだ。

「チェザーレ、お客さんだ」

 カウンターの中にいるマスターから声が掛かった。

 チェザーレが億劫(おっくう)そうに首を動かす。
 カウンターを挟んでマスターの正面に、傭兵らしき姿格好の少年が立っている。
 年の頃は十四、五くらい。額にはスミレ色の布を巻き、藤色のローブに身を包んでいる。
 黒目黒髪、おそらく成人したばかりであろう幼さの残る顔立ちだが、その立ち姿は熟練の傭兵を思わせる貫禄を備えていた。

「あんたが情報屋か?」

「そうですよ」

 肯定を受けて、少年がチェザーレから席をひとつ離して座る。
 注文してもいないのにマスターが果実酒を少年の前に置くと、少年は懐から銅貨を三枚取り出してカウンターの上に乗せた。

 へえ、見た目通りの駆け出しというわけでもなさそうだ、とチェザーレは判断した。
 マスターは満足そうな顔で銅貨を懐に入れると、チェザーレたちから距離を取る。これで情報屋への仲介が正しく行われたことになる。

 それを確認してチェザーレが口を開く。

「私が情報屋のチェザーレです」

「……」

「……おやおや。人に名乗ってもらったら、名乗り返すのが礼儀だと教わりませんでしたか?」

「俺の名が知りたいのか?」

「お互いに名乗ってこそ、信頼関係というのは築かれるものでしょう?」

「俺の名を知りたいなら教えてやっても良いが……、あんたはそれにいくら払う?」

 チェザーレの目がスッと細められる。
 自分の名前に値段をつけようとする傭兵は久しぶりだった。

「それで、どんな情報をご希望でしょうか?」

 何事もなかったかのように商売の話を始める。

「トリア近くの街道に出没するという女の話だ」

「ああ、あれですか……。銀貨二枚と言いたいところですが、銅貨五枚でいいですよ」

 少年が知りたがっている情報は、ここトリアに出現していた不思議な女傭兵の話らしい。

「ずいぶん安くなるんだな」

「そりゃ、以前は銀貨二枚の価値がありましたから。でも今はそこまでの価値がない、それだけの話ですよ」

 おそらく少年は女傭兵に挑むつもりなのだとチェザーレは判断した。

 だがチェザーレの入手した情報では、女傭兵はすでに現れなくなっているはずだった。
 女傭兵がトリア侯の館に招かれて以降、街道に姿を現したという情報はない。

「分かった、買おう」

 少年がカウンターの上へ置いた銅貨を懐にしまい、チェザーレは女傭兵に関しての情報を口にする。
 女傭兵が出現する場所と時間帯、いつ頃から姿を現したか。その容姿や戦い方、そして街道での負け知らずという戦績、これまでに挑んだ人間の情報。女の目的が誰にもわからない事。女の正体を推測した数々の噂。

 ひと月ほど前までは、大勢の傭兵相手に売った情報だった。
 だが、どれもこれも女が姿を見せなくなってしまった以上、すでに死んだ情報であることに変わりはない。
 今では銀貨一枚の価値もないとチェザーレは考えている。

「結局一ヶ月ほど前からパッタリと姿を見せなくなったそうです」

 話し終えたところでチェザーレは少年の表情に違和感を持った。
 てっきり無駄な情報料を払ったことに落胆するかと思ったが、平然とした顔をしている。
 むしろ感心がなさそうにすら見えた。
 だが、まさか自分から金を払っておいて、聞いた情報に感心がないなど普通は考えにくい。

「その後、女の足取りはつかめないのか?」

 少年は更なる情報を求めてきた。

「ここから先は追加料金です」

「いくらだ?」

「そうですね……、銀貨五枚です」

 どうやら少年の女傭兵に対する執着は他の傭兵とは異なるらしい。
 そう感じたチェザーレは、追加の情報料を強気で提示する。

 金額を聞いても眉ひとつ動かさず、少年は懐から銀貨を取り出してカウンターの上に置く。

「半月ほど前、トリア西の草原にグラインダーが出現する騒ぎがあったらしいです。……グラインダーはご存知ですか?」

「ああ、知っている」

「そうですか。そのグラインダーですが、領軍がすみやかに討伐隊を派遣したこともあって、すぐに排除されたそうです。で、その討伐隊に女傭兵が参加していたらしいですよ。しかもかなり大きな功績をあげたとか」

 少年が視線だけで話をうながす。

「ここから先は私も入手したばかり、他の情報屋もまだ知らない情報です」

 チェザーレが笑みを浮かべて声を潜める。

「どうやらその女傭兵。五日ほど前にトリアの衛兵ともめ事を起こしたようで、その日から姿をくらませたようですよ」

「どこへ行ったか分からないのか?」

「それはまだ……。そもそももめ事の内容からして、信憑性(しんぴょうせい)に疑問が――」

 言いかけてチェザーレは不審に思った。
 普通、先ほどの話を聞けば、『もめ事の内容は何か』が気になるのではないだろうか。
 もしかしたら少年にとって大事なのは女の行方だけであって、その間に起こった出来事には関心がないのかもしれない。

 確かにもめ事の内容を詳しく知りたいと言われても、チェザーレもそこまでの情報は握っていなかった。
 分かっているのは侯爵から女の捕縛命令が出ていたこと、捕縛理由が領軍の兵士に対する傷害罪および幼児誘拐の疑いであること、その捕り物が失敗して女が行方知れずであること、その前後で常に行動を共にしていた黒髪黒目の少年――。

 そこまで思い至ってわずかに息をのむ。

 チェザーレは内心の動揺を表に出さないよう目を閉じた。目の前にいる黒目黒髪の少年から隠すように。

「どうかしたのか?」

 言葉を途切れさせたチェザーレに少年が問いかける。

「……いえ、少し情報の確認をしてからお伝えしたいと思いますので、一日だけ時間をいただけるでしょうか?」

「そこまでしてもらわなくても良いんだが」

「そういうわけにはいきません。銀貨五枚分の働きはキチンとさせてもらいますよ。明日の朝までには確認が終わると思いますので」

「わかった。明日昼前にはここで待っておく」

 そう言って少年は階段を上がって行き、数分後に再び姿を現すと、マスターに向かって言う。

「夜まで出てくる」

「あいよ。晩飯は(よい)の鐘が鳴ってからだぞ。日付が変わるまでは良いが、それを過ぎたら別料金だからな」

「わかった」

 軽く片手を掲げて少年は酒場を出て行った。

「あのお客さん、上の部屋に泊まってるんですか?」

 この酒場の二階が宿屋になっていることは、誰もが知っていることだ。

「ああ、それがどうかしたか?」

「なんていう名前なんですか?」

 当然宿帳には少年の名前が載っている。

 本来であればそれを無関係な人間に洩らすのは、宿を営む人間として信儀にもとる行為である。
 だがこのマスターの本性が金に意地汚い人間であることを、チェザーレは知っていた。

「……銀貨一枚」

 短い沈黙を挟んで酒場のマスターが要求額を伝える。

「高過ぎませんかね?」

「情報屋がわざわざ欲しがるほどの名前だ。それだけの価値があるんだろう?」

「やれやれ、素人が欲をかくのは良くないですよ。銅貨六枚」

「誰のおかげで今日も客を捕まえられたんだ? 銅貨八枚」

「それを言われると弱いですからね。銅貨七枚で手を打ちませんか?」

「良いだろう」

 チェザーレから銅貨を受け取ると、マスターはそそくさと懐にそれを突っ込んだ。

「で? ()御仁(ごじん)はいなかるお名前で?」

「待ってろ……」

 マスターは宿帳を引っ張り出すと、今朝記入したページを開く。
 少々老眼の入ってきた目をこすった後、黒髪少年がチェックインしたときの名前を指さして口にした。

「えーと……。テオリス、だそうだ」
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