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千剣の魔術師と呼ばれた剣士 作者:高光晶

第六章 王都の三大強魔

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第37話

 グラインダーを討伐したテッドたち『白夜(びゃくや)の明星』は討伐報酬として金貨五十枚を手に入れた。
 ひとりあたり金貨十枚と考えれば、悪くない収入である。

 グラインダーの脅威がなくなり、物価に影響が出はじめる前に物流は元通りになっている。
 早急な措置(そち)(ほどこ)した侯爵と領軍への賞賛が、あちこちの酒場で聞こえていた。

 もちろんグラインダー討伐では戦死者が出ている。
 最初に襲撃された本隊、そしてその後襲撃を受けた分隊をあわせ、二十人近くが戦死している。

 だが、グラインダー相手にそれだけの犠牲ですんだのは、ひとえにアルディスたちのおかげである。
 もしアルディスたちが今回の討伐に参加していなかったら、おそらく本隊は壊滅、分隊も各個撃破されて犠牲者の数は比べものにならないほど増えていたことだろう。

 しかし、あくまでもグラインダーを討伐したのは領軍ということになっている。
 アルディスもそれ自体に文句はない。
 討伐隊を立ち上げたのは領軍だし、アルディスたちはその働きに応じて報酬を受け取っている。
 討伐の主体が領軍であることは否定し得ないのだ。

 たとえ領軍がまったくの役立たずで、実際にグラインダーと戦ったのがアルディスたちだったとしても。




 グラインダー討伐から数日が経過した。
 アルディスは相変わらずネーレと組んで狩りにいそしんでいたが、次第に自分たちを囲むよそよそしい空気に気づきはじめた。

 最初は気のせいかと思っていたが、どうもそうではないらしい。
 以前は気さくに話しかけてくれていた街の住民が、アルディスを避けるようになっている。

 道を歩いているとやたら衛兵に声をかけられ、詰問(きつもん)される。
 街を出入りする際、妙にチェックが厳しくなった。

 食料品や日用品を購入するために馴染(なじ)みとなっているお店に行っても、迷惑そうな顔をされてしまう。
 ひどいところでは「もう店に来ないでくれ」と追い返されることもあった。

 通りを歩くアルディスたちに向けられる住民の視線も、友好的とは言いがたい。
 特別害があるわけではないが、居心地の悪さと、理由の分からない気味悪さはぬぐえなかった。

 そんなある日、ひとりで街を歩いているアルディスを呼び止める声がする。

「アルディスさん。アルディスさん、こっちこっち」

 声のした方を見れば、横道から手招きしているひとりの女がいた。
 見覚えのある顔だった。

 アルディスは一応の警戒をしながら手招きする女のいる横道へと入っていく。
 待っていたのは(とび)色の髪を結わえた快活そうな女だ。

「えーと……、確か……カシハだったか?」

「あ、覚えていてくれたのね。お姉さんちょっと嬉しいわ」

 アルディスが双子と共にしばらく泊まっていた宿『止まり木亭』の娘だった。

「俺に何か用か?」

「あー、うん……。ホントはね、宿を引き払ったお客さんに干渉するのは良くないことなんだけど……。まあ、あれよ……。アルディスさんの場合ちょっと事情が事情だしね……」

 自分から呼び止めておきながら、若干言葉を濁しつつ口を開く。

「アルディスさん。最近、衛兵にやたら目をつけられてない?」

「……何を知ってる?」

「えぇ……とね。この前うちの宿に領軍の兵士が来たのよ。デッケンとか言う名前の若い兵士なんだけどさ。そいつが妙にアンタのことを根掘り葉掘り聞いてきたもんで……」

「まさか双子の事を話したんじゃないだろうな?」

 鋭い目でアルディスから睨まれ、カシハはビクリと身をすくませた。

「い、いや、まさか。宿が客の秘密をペラペラしゃべったんじゃあ信用問題だよ。兵士相手に嘘はつけないから泊まった期間とかは話したけど、双子の事は一切話してないよ。そもそもアルディスさんの場合こっちから声をかけて泊まってもらったんだ。売るようなマネしたんじゃあ信儀にもとるよ。ただ……」

「ただ?」

「うちの宿泊客や周辺の住民にも話を聞いてまわったらしくて……、たぶん双子のこともバレてると……」

 アルディスは思い切り舌打ちをしたい気分になった。
 苦々しげな表情でそれを耐えると、懐から銀貨を取り出してカシハに渡す。

「ありがとよ。ようやくここ数日感じていた居心地悪さの原因がわかった」

「ごめんよ。助けになれなくて……」

「気にすんな。今の話を伝えてくれただけでも十分だ。あんたのところだって商売なんだから、悪い噂が致命傷になることくらい俺もわかってる」

 じゃあな、と言い残してアルディスは表通りに足を向けた。

「テッドたちにも話を聞いておくか……」

 予定を変更してテッドたちが滞在している宿へおもむき、そこでここ数日の状況について話した。

 グラインダー討伐の詳細は、一般領民に知られていない。
 当然、領軍がまったく手も足も出なかったことや、結局傭兵が討伐してしまったことも当事者たちしか知らないだろう。

 しかし現場にいた領軍の兵士たちは知っている。
 とりわけ指揮を取っていた中隊長や小隊長にとっては、完全にメンツをつぶされたわけだ。
 それがアルディスたちへの敵意や恨みに変わっている可能性を考えた。

 だがテッドたちの話を聞く限り、彼らの方はそういった変化を感じていないらしい。
 と言うことは、原因もアルディス個人にあると考えるのが妥当だろう。
 もともと領軍やその統括者である将軍から睨まれていたのだから、その悪感情が敵意に発展したとしても不思議ではない。

 とはいえ、そうすると住民から向けられる視線が非友好的になった理由が説明つかない。
 結局その日は話をしてそのまま家に帰ったアルディスだったが、二日後になってテッドたちから呼び出しを受けることになる。

「理由がわかったよ」

 ノーリスが端的(たんてき)に口火を切った。
 今さらなんの理由かを問う必要もない。
 アルディスは無言のまま目で話をうながした。

「直接の原因はあの子たちの存在がバレてしまったこと。そして根本的な原因はアルディスのところに居る彼女――ネーレだ」

 どうもノーリスは昨日一日かけて調べてくれていたらしい。

 直接の原因自体はアルディスにも予想がついていた。
 止まり木亭のカシハから聞いた話だけでも十分推測できることだ。
 ただ、止まり木亭に兵士がやって来たきっかけが先日のグラインダー討伐だったなら、アルディスばかりが嗅ぎまわられるのはなぜか。これが分からなかった。

「もともと僕らが持ち込んだ話だったけど、ネーレを領主の館に連れて行く依頼があったよね?」

「ああ、ネーレと会ったのはあの時だな」

「で、アルディスの役目はネーレを領主の館へ案内するまで。そこから先は同行してないんでしょ?」

「そりゃそうだ。そこまでする義理はないし、そもそも館に入れてもらえるとも思えない」

「うん、そだね。問題はそこからみたいだ」

「そこから?」

 ネーレを領主の館に連れて行ってから、彼女がアルディスの家に来るまでのことは当然知らない。
 興味もないので訊いたこともなかった。

「これはまあ、侯爵や領軍の恥になるから箝口令(かんこうれい)が敷かれていたらしいんだけど、あのネーレって人、そのときいろいろやっちゃったみたい」

「いろいろ?」

「何でもね、筆頭政務官や将軍に向かって無礼な態度を取ったあげく、領軍随一の使い手と呼ばれた小隊長をコテンパンにしちゃったらしいよ。しかもその後出てきた侯爵にもこれまたろくに礼もとらず一方的に言葉を叩きつけて出て行ったんだって」

 何をやってるんだあの女は、とアルディスは頭を抱える。

 今ではパートナーとしてそれなりに信頼している自称アルディスの従者だが、時として彼の予想を軽々と(くつがえ)す行動に出る。
 アルディスの家に来る前のことなど正直言って知ったことではない、と弁解したいところだが、今さら知らんぷりもできないだろう。
 従順なふりをしておきながら、とんでもない爆弾を抱えたままやって来てくれたものだ。

「で、その時の領軍随一の使い手ってのが、この前僕らがグラインダー討伐したときにいたデッケンっていう小隊長みたい。覚えてるかな、アルディス?」

 アルディスは黙って首を横にふる。

「そのデッケン小隊長にしてみれば、侯爵、筆頭政務官、将軍、そして同僚の隊長たちが見守る中、手も足も出ずにやられちゃったことになる。あげくのはては、名誉挽回しようとしたグラインダー討伐でも配下の兵を半分以上死なせちゃった上に、戦功を全部傭兵に持っていかれたんじゃあ……」

 恨みたくもなるだろうね、と軽薄な笑いを浮かべてノーリスが話を続ける。

「たぶん標的はアルディスじゃなくてネーレだったんじゃないかな? で、同じ家に住んでるアルディスの身辺調査をしていたら、たまたまあの子たちを保護していることがわかった、と」

「しかし、それはデッケンという小隊長個人の恨みだろう? 街の噂はともかくとして、衛兵の俺を見る目がやたらと厳しいのはおかしくないか? 言っちゃあ悪いが、たかだか小隊長にそこまでの権限はないだろう?」

「それがね、アルディス。そもそも最初にネーレを領主の館に呼びつけたのって、領軍の中隊長が彼女に負けちゃったというのが原因らしいよ」

「はあ?」

「彼女が街道で通りすがりの人へ手合わせを挑んでたときに、敗れた人間の中に領軍の中隊長がいたんだって」

「それって……」

 アルディスが眉をしかめる。

「そう。つまり中隊長の負けをもみ消すために館へネーレを呼び出して、一番強いヤツをぶつけたのにも関わらず、また惨敗。さらにグラインダー討伐の功も持って行かれちゃった、と。領軍としても面白くはないよね」

「つまり、あれか? 領軍丸ごとから(にら)まれてるってことか?」

「うーん……。その言い方はおかしいかな? もともとアルディスが領軍から睨まれていたところをさらにネーレが(あお)り立てたって感じだと思うよ」

 アルディスはテーブルに突っ伏した。

 火をつけたのはネーレだが、それ以前に睨まれていたアルディスにも原因の一端はある。
 これでは一方的にネーレを責めるわけにもいかない。

 以前、剣魔術の指南をすげなく断ったことで、将軍や隊長格に悪い印象を与えていたからこそ、ネーレに対する恨みとの相乗効果でアルディスも合わせて敵視されるようになったのだろう。
 それが結果的に双子の情報漏洩につながってしまったというわけだ。

「領軍の大部分にしてみれば、僕らは彼らの功績をかすめ取った守銭奴だろうし、上層部から事実とは違うねじ曲げられた情報を与えられれば、末端の衛兵たちは信じちゃうんじゃないかなあ? 今回はネーレに対する小隊長の個人的恨みへ、領軍のメンツから来る組織的恨みが乗っかっちゃったって感じだろうね」

 と、ノーリスが話を締めくくる。

「気をつけろよ、アルディス」

 話が終わったと判断してテッドが口を開く。

「あの子らの噂がこれだけ広まっちまった以上、今後お前らに向けられる目はもっとひどくなる。中にはあの子らへ直接暴力に訴えるやつが出てこないとも限らん」

 もちろんその可能性はアルディスも考えている。
 しかし理解できるということと納得できるということは、また別の話だろう。

「だからって傷つけて良いという法はないはずだ」

「んな事は言われなくても分かってらあ。一般市民はそこまでしねえだろう。だがな、女神の敬虔(けいけん)な信者たちはわからねえぞ。信仰心ってやつは下手な魔物より(たち)が悪いもんだ。それにたとえ暴力に走らなくても、()み子に対する忌諱(きい)ってのは別の形で牙をむくぞ」

「別の形?」

「お前だって感じてるだろうが。関わり合いになりたくないっていう拒絶の感情を」

「……ああ」

 それはわかっている。アルディスも嫌というほど感じていた。

 道を歩いていてふと投げかけられる視線はアルディスを避けるために。
 話しかけてもそらされる視線は一刻も早くアルディスから遠ざかるために。
 射抜き睨みつけるような視線はアルディスと違う立場であることを示すために。

 理由はそれぞれ異なっていても、根底にあるのは拒絶の意思だ。

「農家だって商家だって、女神を信仰する一般市民だぞ? パンも武器も売ってもらえなくなったんじゃあ、いくら腕っ節が強くてもやってけねえだろうが」

 アルディスは否定も肯定もしない。
 自分ひとりであれば食糧も何とか出来るし、街の外でも暮らしていけるだろう。

 だが双子に同じ事を求めるのは難しい。
 双子のように自分の身を守れない弱者は、街の中でしか生きていけないのだ。

「集団の中では剣がなくても人を殺せるんだ。殺す側の人間に殺意がなくても、(ゆが)んだ感情が集まるだけで簡単に人は死ぬ。それを忘れんな」

 そんなことはアルディスも知っている。人間のあさましさが、魔物などとは比べものにならないほど油断ならない脅威だということも。

「心配すんな。人間の悪意を甘く見るほど、平和な世界で育っちゃいない」
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