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千剣の魔術師と呼ばれた剣士 作者:高光晶

第五章 グラインダー討伐

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第36話

 分隊のひとつを直接指揮し、グラインダー捜索のため草原を進んでいた小隊長のデッケンは、頭上を通過する大きな鳥の影を見た。
 その後、すぐに狼煙(のろし)があがったことで、先ほどの影がグラインダーだと気づき、馬首をめぐらす。

 指揮下の兵士は十人。
 近くを捜索している他の分隊と合流するべきか一瞬迷うも、グラインダーが飛んでいったのが本隊のいる方角であったため、すぐさま移動を開始した。

 本隊には三分隊、三十人の兵士がいる。
 おそらく負けることはない。
 それどころか、早々に討伐をすませてしまう可能性があることに、デッケンは焦りを(つの)らせた。

 デッケンにとってこの討伐は、名誉挽回の貴重なチャンスだ。
 領軍一の使い手と呼ばれながら、どこの馬の骨とも知れぬ女傭兵に軽くあしらわれたという失態を打ち消すためには、どうしても討伐で功を立てる必要があるのだ。

 今回のグラインダー討伐で万人の納得する功績を示せば、『女に負けた張り子の虎』などと陰口をたたかれることもなくなるだろう。
 だからこそ本隊がグラインダーを討伐してしまう前に、一刻も早く合流する必要があった。

「デッケン隊長! 本隊の方向から何か飛んできます!」

 弓兵のひとりが接近する影に気づき報告してきた。
 歩みを止め、馬上から目をこらすと、上空を飛んでくる影がひとつ見えた。

 みるみるうちに近づいてくるその影は、鳥よりも大きく、そして速い。
 先ほど頭上を通りすぎていった影と同じシルエットだった。
 なぜだか理由は分からなかったが、グラインダーが本隊の方向から飛んできていたのだ。

「グラインダーだ! 全員戦闘準備!」

 デッケンの号令にしたがって、兵士たちが陣形を組む。

「重装兵、前へ! 弓兵構え!」

 そうしている間にも影は一直線にデッケンたちへ向かって来た。
 近づくにつれ、少しずつその大きさがあらわになる。
 やがて影はデッケンたちの上空にさしかかると、そこで動きを止め、観察するように草原を見下ろす。

「弓兵、撃て!」

 号令を受けて三本の矢が影に向けて放たれるが、すべての矢は相手へ届く前に放物線を描いて落ちていった。

 影が耳をつんざくような声で鳴く。

「キィーーーン!」

 デッケンたちに風の刃が襲いかかる。
 上級魔法にも匹敵する暴風が牙をむき、軽装の兵士たちを切り裂いてゆく。

「ぎゃあああ!」

 兵士たちの絶叫が草原に響く。
 デッケンは兵士たちよりも装備に恵まれているため、かろうじて致命傷は受けなかったが、巻き込まれた馬は足を切られ全身の切り傷から血を流して倒れてしまった。

 緑の大地が血で赤く染まったところへ、バサリバサリと翼を羽ばたかせながら影が降り立つ。

「で、でかい……」

 目の前に降りてきた影の予想を上回る大きさに、領兵たちは動揺する。

「これが……、グラインダー……」

 圧倒的な存在感。
 生物としての本能が、すぐに逃げ出せと警鐘を鳴らす。

 すでに戦力は半分以下、残っているのは盾を持った重装備の兵士たちとデッケンの五人だ。
 だがここで逃げ出すわけにはいかない。
 この上ない汚名返上の機会。
 ここで背を向けてしまっては、たとえ命が助かったとしても一生後ろ指を指され続けることになるだろう。

 デッケンは歯を食いしばって、震えを無理やりふりほどくように剣を掲げると、残っている重装兵たちに指示を出した。

「恐れるな! 見よ! ヤツはすでに手負いだ! 取り囲めば勝てぬ相手ではない!」

 デッケンの目には前足に突き刺さったダガーとそこから流れる血、そして炎で焼け焦げた上半身の羽毛が映っていた。

 おそらく本隊を襲ったものの、返り討ちにあってこちらに流れてきたのだろう。
 であればグラインダーはすでに力を消耗しているはずだ。
 先ほどは不覚を取ったが、決して勝てない状況ではない。

「おおー!」

 デッケンの声に鼓舞され、重装兵たちが一斉にグラインダーへ襲いかかる。

 だが重装兵が振るう剣はかわされ、命中と思われた一撃も何らかの力で弾かれてしまう。
 逆にグラインダーのかぎ爪が空気を切り裂く音と共にふるわれ、重装兵のひとりを鎧ごと掻き切った。

「ぐあ……!」

 続いてとなりの重装兵も、鋭いくちばしに脳天を貫かれて倒れる。
 まるで相手にならなかった。

「なっ……!」

 デッケンが言葉を失う。
 勝てない。口に出来ない言葉が頭をよぎった。

「デッケン小隊長! 第三十二分隊、援護にまいりました!」

 絶句していたデッケンの後ろから味方の声がする。
 続いて駆け寄ってくる複数の重い足音。
 デッケンの分隊から西の方角にいた、別の分隊だ。

 数の上ではこれで十三人。
 しかし、グラインダーの強さを目の当たりにしたデッケンには、とても勝ちを望める相手ではないことが理解できていた。

 デッケンの横を槍兵と重装兵が走り抜け、グラインダーに向けて突進していく。

「待て! 突っ込むな!」

 そんなデッケンの静止もむなしく、勢いのまま突撃した兵士たちにグラインダーが鋭利なかぎ爪を振るう。

 槍兵が胸を切り裂かれる。
 別の兵が腕を切り落とされる。
 重装兵がくちばしで盾を貫かれ、首に穴を空けられる。

 グラインダーが何か行動を起こすたびに、次々と兵士たちの命が刈り取られていった。

 撤退をしなければ全滅する。
 そんな考えがデッケンの頭をよぎった。

 だが果たしてグラインダーは、逃げる自分たちを追いかけてこないだろうか?
 自分たちと違って相手は空が飛べるのだ。
 人間の足に追いつくのは簡単なことだろう。

 迷いが生じ、進退窮まるデッケンを救ったのは、唐突にグラインダーの下半身へ突き刺さる一本の矢だった。

 どこからともなく放たれた矢は、無警戒だったグラインダーに手傷を負わせた。
 次いで頭上に現れた氷のつぶてが、グラインダーの翼に向かって叩きつけられる。

「ウオオォォォ!」

 雄叫びと共にグラインダーへ斬りかかったのは、ガッチリとした体にはち切れんばかりの筋肉をまとった剣士だ。

 剣士は紫檀(したん)色の髪を振り乱してバスタードソードを突き立てる。
 切っ先がグラインダーの横腹を傷つけた。

「キューン!」

 グラインダーが身をよじる。

「テッド、離れて!」

 女の声が飛ぶと、バスタードソードを持った剣士がすぐさま距離をとる。
 それを待ち構えていたかのように、鋭い矢がグラインダーの頭部に放たれた。
 しかし魔物もその攻撃を予期していたのか、体をわずかにかがめてかわす。

「オルフェリア!」

「輝く(あお)は色果てし幻の地を舞う永遠(とわ)(とき)と静寂――――極北の嵐トロア・シュス・フォローテ!」

 矢を放った男の声と、ローブをまとった女の詠唱とが重なる。

 詠唱の完成と共にアラレ混じりの猛吹雪がグラインダーに襲いかかり、その体を氷漬けにするべく覆い隠そうとする。
 だが、その攻撃も目に見えない障壁らしきものにさえぎられて大部分が相殺(そうさい)されてしまう。
 グラインダーは身を震わせて、体に張りついた氷を払い落とすと、馬脚のような四本足をその場で地面に叩きつけて足踏みする。

「あちゃー、あんまり効いてないみたいだよ?」

 鋼色の髪をした弓士が軽い口調で言った。

「わかってるわよ! 無駄口たたく暇があったら一本でも矢を射なさいよ!」

「言われなくてもわかってる、よっと!」

 再び矢がグラインダーに放たれるが、すでに警戒されているのだろう。一陣の風が巻き起こり、矢の軌道がそらされてしまう。

 そこへバスタードソードを持った剣士が斬りかかった。
 グラインダーはかぎ爪でそれを防ぎ、剣士の頭上からくちばしを打ち下ろす。
 剣士は腕に固定したラウンドシールドを使い、巧みにその攻撃を受け流した。

 デッケンの目から見て、戦いは五分のまま推移しているように見える。
 グラインダーの前に立ちふさがる剣士は、重い攻撃を受け止めるのではなくかわし、受け流すことに専念し、すきを見ては手傷を与えていた。
 弓士や魔術師の攻撃も決定的な打撃とはなっていなかったが、グラインダーを牽制し、行動の自由を制限するという意味では有効に働いている。

 勝てる、デッケンの脳裏にそんな希望が見えかけたその時、かぎ爪の攻撃を受け流し損ねた剣士のラウンドシールドが無残に引き裂かれた。

「くっそぉ!」

 口汚い言葉が剣士の口からこぼれる。

 攻撃を盾で受け流すというのは口で言うほど容易(たやす)い技術ではない。
 力の向きと強さ、速さとタイミングを瞬時に計算して体と盾の位置を調整しなくてはならないのだ。

 計算がわずかにでもずれれば、タイミングが一瞬でもずれれば攻撃を受け流し損ねて、まともに負荷がかかることになる。
 これまでグラインダーの攻撃をことごとく受け流し、かわしてきたのはバスタードソードを持つ剣士の技量が高かったからだ。

 だが、いつまでもそれが続けられるわけではない。
 ならばその前に敵の戦闘能力を奪ってしまえばすむ話だが、そのための決め手に欠けるのが実情であった。

「アルディスはどこほっつき歩いてんのよ!」

 ヒステリックに深緑色のローブを着た女が叫ぶ。

「うるせえな。俺だって遊んでたわけじゃないんだぞ?」

 答える者もいないと思われた女の声に、応じる声があった。

「アルディス!?」

 弓士と魔術師、そして剣士の声が重なる。
 そこでデッケンが見たのは、グラインダーの背後をとってブロードソードを構える黒髪の少年だった。

「キュキューン!」

 振り返って背後の存在を知覚したグラインダーが、その身をすくませて怯えたようなそぶりを見せた。

 即座に翼を羽ばたかせ空中に逃げようとするグラインダーの、さらに上空から降りかかる人の影。

「今度は逃がさぬよ」

 アリスブルーの長髪をなびかせて、白いローブの女がグラインダーの片翼へダガーで一撃を入れる。

 あふれ出る血しぶき。
 たまらずバランスを崩したグラインダーに、黒髪の少年が振るうブロードソードが襲いかかる。

 一閃。

 無傷だったもう一方の翼は、いとも簡単に根元から切り落とされた。
 片翼を傷つけ、もう一方を失ったグラインダーに、空へ逃れる術はもうない。

「あんまり手こずらせるな」

 そっけなく口にしながら、少年がブロードソードを横に()ぐと、グラインダーの首と胴があっけなく切り放される。
 それまで領軍の攻撃をことごとく跳ね返してきたグラインダーが、さらに圧倒的な力でねじ伏せられた瞬間だった。

「助かったのか……」

 グラインダーの巨体が地に倒れ伏す様子を見て、デッケンはようやく深い息をつくことができた。
 だがそれも周囲の被害状況に目を向けるまでのわずかな間である。

 領軍の被害は深刻だった。
 もともとデッケンが率いていた分隊で生き残っているのは、彼を含めて三名だけだ。
 途中で援護に来た分隊も、残りは六名。
 二十名中、十一名が戦死。大敗である。

 さらに、グラインダーへ手も足も出なかったデッケンたちを救ったのが、よりによって(いや)しい傭兵たちだった。
 デッケンにしてみれば何もかもが気に入らない、納得できないことだ。これは悪い夢だと言い聞かせる声が、心の内から聞こえてくるようだった。

「我が主よ。首はもちろんとして、胴の方も持って帰るのか?」

「捨てておけ。どうせ金にはならん」

「承知した、我が主よ」

 少年と話す女の声に、聞き覚えがあるデッケンの視線が向けられる。

 そこにいたのはアリスブルーの長い髪と天色(あまいろ)の瞳を持つローブ姿の女。

 デッケンは目を見張った。
 忘れようのない相手との予期せぬ邂逅(かいこう)

 侯爵や将軍の前で自分をあしらい、嘲笑される原因を作った女。
 礼節のかけらも持たず、力だけを追い求める卑しき傭兵の女。
 まさに今、名誉挽回の機会を奪い取り、新たな恥辱をデッケンに与えた女。

 ほの暗い感情がデッケンの心を浸食する。
 領軍の兵士たちが少年と女を歓喜と賞賛の声で囲む中、その輪からひとり離れてデッケンは憎しみを込めつぶやいた。

「あの女……!」
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