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千剣の魔術師と呼ばれた剣士 作者:高光晶

第五章 グラインダー討伐

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第32話

 二日の準備期間を置き、グラインダー討伐隊がトリアの街から出発した。

 領軍の部隊を先頭にして、その後ろから臨時で雇用された傭兵たちが続く。

 トリア侯爵は今回の作戦に二個中隊を投入している。
 これはトリア領軍が常備している兵数全体からみて約三分の一であり、侯爵がいかに今回の事態を深刻にとらえているかわかる。

 もっとも実際のところは早急な対応を進言したのも、これだけの兵力を討伐にあてたのも、トリア領軍を統括する将軍である。
 トリア侯フレデリックは決して無能な為政者ではないが、軍事に関してはやや(うと)いところがある。
 そのため今回のような事態が発生した際には、対応が将軍に一任されていた。

 将軍は中隊長のひとりを指揮官に任命すると、分隊を槍兵四人、重装兵二人、弓兵三人で編成し、そこへベテランの兵士を分隊長として配置した。
 領軍で編成した三十八隊、および傭兵隊九隊の合計四十七隊をもってグラインダー討伐隊は構成される。

 今回の討伐隊には、領軍から二人の中隊長と八人の小隊長が参加している。
 その小隊長のひとり、デッケンには五つの分隊を指揮する権限が与えられていた。
 馬に乗り、行軍の先頭集団を行くデッケンへと横から話しかける声がした。

「デッケン小隊長。ご一緒出来て光栄です」

 声はデッケンと並行して進む馬の上から聞こえてくる。

「ドルイセ小隊長か。貴殿と共に戦うのはこれが初めてだな」

「ええ、トリア随一の剣を誇るデッケン小隊長がいらっしゃるとは心強いです」

 トリア領軍では小隊長以上に騎乗する権利が与えられている。
 ドルイセも小隊長であるため、このように騎乗して先頭集団を進んでいる。

 先頭には指揮官の中隊長と、副指揮官であるもうひとりの中隊長、そしてデッケン、ドルイセに加えて六人の小隊長が馬上にあった。
 本来であればデッケンとドルイセは対等の立場だ。しかしドルイセは二ヶ月前に分隊長から昇進したばかりで、年齢も小隊長の中で最年少ということもあり、デッケンや他の小隊長に対しては謙虚な態度で接してくる。

「これだけの兵で討伐にあたれば、魔物の一体程度ひとたまりもありますまい」

 デッケンたち領軍はグラインダーについてあまり情報をもっていない。
 もともとはるか西のカノービス山脈に生息するグラインダーが、トリア周辺の草原に出没すること自体が異常なのである。

 秘境魔境を旅する傭兵でも、好き好んでカノービス山脈に登る人間は少ない。
 必然的にグラインダーと交戦したことがある人間など滅多にいないのだ。

 トリアの領軍にもグラインダーの存在を記した文書はある。だが、強力な魔物であること以外、具体的な記述は存在しなかった。

「ああ、そうだな。この戦力であればグラインダーなど取るに足らぬ相手だろう。一部の傭兵どもは兵を出し惜しみするななどと文句を言っておるらしいが、あきれた話よ。たかが一体の魔物相手にこれでも過剰なくらいであろうに」

 グラインダーの強さがハッキリしないことから、将軍は過剰ともいえる戦力を討伐にあてているのだ。

 それ自体は用兵上、間違っていない。
 だがデッケンにしてみればそこまで用心しなくても、という不満にも似た感情が抑えきれなくなるのだ。
 そんな金があるのなら、領軍の兵装を充実させることにあてた方がよほど益になるだろうに、という思いもあった。

「まったくです。ついてくるだけで報酬が出るというのに、領軍の編成にまでケチをつけるなど身の程をわきまえないにも程があります。しょせん、はした金を目当てに剣を振るう輩ですね」

「もとより傭兵など戦力として期待はしておらんよ。捜索要員としてせいぜい働いてもらえば良い」

 そんな(やから)に参加報酬として大枚(たいまい)をはたくなど、デッケン個人としては納得しがたいことではある。

 だが領政という面から見れば、また違った考え方もある。

 食いつめた傭兵というのはやっかいだ。
 もともと一般人よりも強い力をもっているため、ひとたびタガが外れるとあっという間に野盗や山賊、裏社会の暴力装置に変わってしまう。
 そういった事態を防ぐため、ほどよく傭兵に仕事を与えて施しをしておくことは、結果的に治安の低下を防ぐことになるのだ。

 あのような輩、さっさと街から追い払ってしまえば良いのだ。口にこそ出さないが、デッケンは常日頃からそう思っていた。

 デッケンは十日ほど前に対峙した傭兵の女を思い出していた。強いだけで礼節も名誉も知らぬ野蛮な傭兵だった。
 確かにアリスブルーの髪は美しく、天色(あまいろ)の瞳が印象的な美貌は認めざるを得ないが、領主や自分たち領軍に対する無礼の数々はとうてい許せるものではない。

 女の思い上がりを叩いてやるつもりで意気揚々と手合わせに挑み、そして破れた。将軍はおろか領主の前で無様にあしらわれて恥をかいた。
 そもそもは女に挑んで敗れた中隊長の名誉を回復するための勝負だったが、結果を見れば中隊長よりもさらなる不名誉をデッケン自身が受けた形となったのだ。

 領軍随一の使い手と呼ばれたデッケンの名は、傭兵の女に敗れたことでまたたく間に地へ落ちた。
 表だってあざ笑うものはいないが、裏では何を言われていることかわかったものではない。
 今回の討伐を命じられたのも、槍働きで汚名をそそげと(あん)に言われているのだろう。
 なんとしてもグラインダー討伐で功績を上げなくてはならない。

「傭兵の力など、いらぬ」

 誰にともなくボソリとつぶやいて、デッケンは馬の手綱を握りしめた。
2017/05/29 誤字修正 たかか一体の → たかが一体の
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