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千剣の魔術師と呼ばれた剣士 作者:高光晶

第四章 アリスブルーの女

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第30話

 それからというもの、アルディスと女は連れだって狩りに出かけるようになる。

 釈然としない気持ちはあっても、女との狩りは非常に順調で効率の良いものだった。
 戦うだけならアルディスひとりでも十分なのだが、素材の回収作業となればそうもいかない。
 人手がひとり分増えただけでも、その効率は大幅に改善されるのだ。

 あるときは草原に出かけてディスペアや獣王を狩り、あるときはウィップスやラクターを狩りに森へ入る。
 最初は用心して女との間に一線を引いていたアルディスだったが、そんな日々が続けば少しずつその警戒も薄れていく。

 少なくとも女はアルディスに対して敵対的な行動や態度を見せていない。
 それどころか積極的にアルディスの仕事をサポートしてくれる。

 もともと命のやりとりを生業にし、常に死と手を取り合っているような傭兵家業だ。
 七日も行動を共にしていると、徐々に信頼感のような気持ちも生まれはじめる。
 街で平穏に暮らしている人間たちとは時間の流れが違うのだ。

 アルディスが女に対して、『傭兵仲間としては危険を共に出来る』くらいには親しみを覚えはじめた頃。
 ある朝、目を覚ますと雨が降っていた。

「アルディス、雨降ってるよー」

「アルディス、今日もお仕事ー?」

 双子の声にアルディスが窓から外をのぞけば、空は一面の暗雲に包まれている。いつもなら朝日が差し込む家の中も湿った空気が漂っていた。

「ああ、久しぶりの雨だな。うーん、今日は休みにするか」

 見たところ一時的な通り雨ではなさそうだった。しばらく降り続けるだろうと判断したアルディスは、その場で今日の狩りを中止することにした。

「やったー! アルディス遊ぼ!」

「本読んで! 本!」

「わかったよ。片付けが終わったらな」

 はしゃぐ双子へ苦笑しながら言い聞かせると、アルディスは手早く朝食の準備をすませた。

 いつもより少しだけテンションの高い双子と共に食事を終え、流しで食器を片付けていたアルディスは、パタパタと足音を立てて駆け寄って来た双子に後ろからズボンを引っぱられる。
 何事かと振り向くと、ふたりは窓の外を指さして言う。

「アルディス、女の人びしょ濡れだよ」

「アルディス、白い髪の人かわいそうだよ」

 双子に手を引っぱられ、門が見える窓へと寄って外を見れば、白いフードをかぶって立ったまま雨に打たれる女の姿が目に映った。

「アルディス、女の人お家ないの?」

「アルディス、白い髪の人お布団ないの?」

 フードの濡れ具合からすると夜半には雨が降り始めていたのだろう。雨の日くらい宿に泊まれば良いものを、と女にあきれながらアルディスは推測した。

「アルディス、女の人濡れたままだよ?」

「アルディス、タオル持って行ったげないの?」

 窓から外を見ていたアルディスに、双子が大きめのタオルを持ち出して差し出す。おそらく持って行け、と言いたいのだろう。
 口も開くことなく部屋のすみで怯えるだけだった頃に比べ、他人を思いやることが出来るほどになった双子を見て、アルディスの頬が思わず緩む。

 だが一方で、双子をどのタイミングで外の世界へ連れ出せば良いのか判断に迷っている。
 いつまでもアルディスが(かくま)っているわけにはいかないのだ。

「ま……。とりあえずはあの女が先か」

 アルディスは双子からタオルを受け取ると、ひとり玄関から外へと出た。
 女は門の横で微動だにせず立っている。
 事情を知らない者が見れば、何かの罰ゲームか虐待を受けているようにしか見えないだろう。

「おい、いつまでそうやってずぶ濡れでいる気だ?」

「良き朝だな、我が主よ」

 アルディスの声に反応して、すました顔で女が言う。

「雨の日くらい宿に泊まれば良いだろう。別に家の警護なんて頼んだ覚えはないんだし」

「気にするな。この程度の雨であればなんの問題もない」

 フードからこぼれ出る濡れた髪に水滴を()らしつつ女が言う。

「そう見えないからこうして俺が来てるんだろうが、まったく。ほら、これ使え」

 ぶっきらぼうにタオルを差し出すと、女は両手でそれを受け取った。

「我が主の心遣いに感謝する」

 そう言いながら女はフードの中へタオルを差し込み、濡れたアリスブルーの髪を拭きはじめた。
 目を閉じてまつげに水滴を浮かべるその姿は、一流の絵師が描いた美人画にも劣らぬ可憐さを見せる。
 アルディスは一瞬、相手への警戒心を置き去りに見惚れてしまう。

 だが()いで女が口にした言葉は、彼の身を硬直させるのに十分な驚きの内容だった。

「幼き双子たちにも礼を伝えておいて欲しい」

 その瞬間、アルディスの黒い瞳に警戒の光が浮かぶ。

「……おい、女」

「何かな、我が主よ」

 剣呑な雰囲気をまとったアルディスの視線を、真っ正面から受け止める女。

「今、双子と言ったか?」

「確かに言ったが、それが何か?」

 アルディスの警戒レベルが引き上げられる。双子の存在を女に明かした憶えはないからだ。

「なぜ双子が居ると思うんだ?」

「これは異な事を。そのようなこと気配を探れば分かるではないか。警護対象の人数すら把握できぬほど未熟では従者を名乗る資格もないであろう」

 女はそれがどうしたと言わんばかりの口調だ。

「では訊ねるが、この家に俺を含めて何人の人間が居るか分かっているのか?」

「無論。我が主と幼き双子の三人であろう?」

「なぜ双子だと言い切れる?」

「魔力の色も形も大きさも完全に一致しておる。そのような存在、普通は双子以外にあるまい」

「……」

 アルディスは無言で女の目を(にら)む。天色の瞳に表情の消えたアルディスの顔が映っている。

 この数日を供に過ごし、女がアルディスに敵意を持っていないことはわかっていた。
 アルディスを「我が主」と呼び、自らを「従者」とする女の意図は分からないが、少なくとも敵対するつもりはないらしい。

 しかしだからといって双子の存在を明かして良いのか、アルディスには判断がつかない。
 女の言っていることを信じるなら、すでに双子の存在は知られている。
 しらを切るべきか、それとも逆にこの女を味方へ引き込むべきか。アルディスは迷った。

 迷った末に、一歩踏み込んだ問いを投げかける。

「………………あんたは女神を、……どう思う?」

「『どう思う』とは、ずいぶんと抽象的な問いかけよな。おまけに唐突だ」

「……」

「ふむ。どう思うと言われても、居らぬ者に対して何を思うことがあろうか。意味のない問いかけであろう」

「居らぬ者? 女神がか?」

「女神に限った事ではない。居らぬよ、神などという者は。少なくともこの星にはな」

「ほし? なんだそれは?」

「大地、海、空。それらすべてをあわせた世界のことよ。そのいずれにも神は居らぬ。遙か彼方にはもしかすると居るのかもしれぬ。だが少なくとも人間がたどり着けるところにそんなものは居らぬよ」

 驚きにアルディスは目を見張る。

 女神の存在を疑う者などいない。
 それどころか女神やその使徒が直接介入してくるこの世界で、その存在を真っ向から否定する人間など、アルディスは自分以外に知らない。居たとしてもきっとそれは凶人とかキチガイと呼ばれる人間だろう。

 アルディスは意を決して口にする。

「だったら教会の人間が信仰している女神とはなんだ?」

「さてな。会ったこともない()()のことなど知らぬ」

 女の口からはさらりと女神を否定する言葉が出る。

「どうもその自称女神とやらは双子を()み嫌うという話だが……、双子など妊婦が百人いればひと組くらいは生まれてくるもの。神が居ろうと居るまいと、それは変わらぬ自然の摂理。双子だからと忌み嫌うのはあまりに幼き心のありようよ。心配せずとも双子の事は他言せぬし、我が主の庇護する者であるというなら我にとっても守るべき者。害が及ばぬよう力を尽くそう」

「……その言葉、誓えるか?」

 女はおもむろに白いフードを外すと、アルディスへ天色(あまいろ)の瞳を向ける。

「誓おう、我が主よ。我が生みの親と我が使命にかけて」

 降り注ぐ雨に打たれ、あっという間に濡れ鼠のようになった顔で女が宣言した。

「わかった。その誓い、信じよう」

 アルディスが表情を和らげて言う。

「ひとまず家に入れ。あんたも俺もびしょ濡れだ」



 水をしたたらせながらアルディスと女がリビングへと足を踏み入れる。

 普段なら帰ってきたアルディスの足へ飛びついてくる双子だが、今回ばかりは事情が違う。
 数日間遠目に観察していたとはいえ、見知らぬ人間がひとりやってきたのだ。
 ふたりはソファーの影に隠れ、チラリチラリと女の様子を伺っていた。

「フィリア、リアナ。新しいタオルを持ってきてくれるか?」

「我が主、それにはおよばぬ」

 言うやいなや、女は自分とアルディスの服から水分を抜き取り、温風を送ってすぐに乾かす。
 それを見ていた双子の瞳に好奇心の光が宿る。

「すごいね」

「びっくりしたね」

「魔法かな?」

「魔法だね」

「バッて乾いたよ」

「ビュって吹いたよ」

「あの女の人魔術師だね」

「アルディスと同じだね」

 ささやき声で応酬しあう双子をよそに、女は居住(いず)まいを正して言う。

「我が主、あの双子を我に紹介してはくれぬか?」

「ああ。あの子たちは見ての通り双子の女の子で、名前は右にいるのがフィリア、左にいるのがリアナだ」

 最近ようやく見分けがつくようになったが、それでも一瞬間違えそうになるアルディスだった。

「フィリア、リアナ。こっちは――」

 そこまで口にしかけてアルディスが止まる。

「そういや、あんたの名前聞いてないな」

 依頼で領主の館へ連れて行くときは気にしていなかったが、さすがに名前も知らない人間を双子に紹介するわけにもいかない。
 むしろ、七日間名前も聞かずにずっと「あんた」ですませていたのはアルディスの失態だろう。

「以前も言ったが、我に名はない」

「いや、あれ冗談じゃなかったのか?」

「主に対して(たわむ)れで名を隠したりなどせぬ」

「え……、それじゃあ本当に名前がないのか?」

「だからそう言っているだろう」

「そ、そりゃそうだけど……。じゃあ何て呼べば良いんだよ?」

「我が主の好きなように呼べば良い。今まで通り『あんた』でも一向に構わぬ」

「いや、それおかしいよな」

 ふたりだけのときならともかく、他人へ紹介するときに「こちらはあんたさんです」と言うわけにはいかない。
 アルディスの主張はしごく真っ当なものだったが、女は意にも介さない様子だ。
 さすがにそれはまずいだろう、ということで急きょアルディスは女の呼び名を考えるはめになった。

「あの人名前ないの?」

「名前ないんだって」

「じゃあ名無しさんだ」

「名無しさんなの?」

「名無しじゃないの?」

「名前ないから名無し?」

「だから名無しさん」

「名無しさんっていう名前なの?」

「名無しさんっていう名前かな」

「名無しさんなら名前あるよね?」

「あれ? ホントだ」

「名前あるから名有るさん?」

「名有るさんだね」

「うん、名有るさんだ」

 ソファーの後ろで双子がささやきあっている。
 さすがに『名無し』さんや『名有る』さんでは嫌がらせとしか思えない。

「名無し……、ネームレス……、ネーレ……」

 アルディスは、『名無し』から響きをとって『ネーレ』という名を思いつく。
 もうこれで良いんじゃないかと、半分自棄(やけ)になりながらアルディスは口にした。

「よし、今日からあんたの事はネーレと呼ぶ。構わないか?」

「承知した、我が主よ。では我は今日よりネーレと名乗ろう」

 女――ネーレが逡巡(しゅんじゅん)もせずにそれを受け入れる。

 そんなにすんなりと受け入れて良いのだろうか。アルディスは多少そう思わないでもないが、結局は面倒を避けたい気持ちがそれに打ち勝った。

「アルディスが従者、ネーレだ。先ほどのタオルはお主らの心配りであろう。感謝するぞ」

 ソファーの後ろから顔を半分出して様子を伺っていた双子へ、ネーレがつけられたばかりの名を口にする。

 双子の方はというと、やはり好奇心よりも初対面の人間に対する警戒心が勝ってしまうのだろう。
 アルディスが側に居るので逃げ出したりはしないが、さすがにいきなり近づこうとはしない。

「ふむ、まあよかろう。気長に慣れてくれるのを待つとするか」

 ネーレの方も無理やり距離を縮めようとは考えていないらしい。

「それはそうと、なんでタオル持っていったのが双子の心配りだと思ったんだ?」

「この七日間、我が主が我を観察していたように、我も我が主を見ていた。もちろん我が主が我に警戒心を持っていたことも気づいておった。我が主は明確な敵や、敵になるかもしれぬ相手の体を(いたわ)るような甘さは持っておるまい?」

 珍しくニヤリと笑いながらネーレが確信したように言う。

 アルディスはそれを否定しない。
 確かにこの数日でネーレが傭兵として信頼に足る相手であることは分かっていた。
 だがそれはあくまでも傭兵としての一面であり、それと忌み子に対する価値観とは別物である。
 たとえ傭兵として認め合っていても、双子に対する悪意や害意をみせるのであれば、彼女はアルディスの敵となる。

 だがネーレが女神を否定した瞬間から、アルディスにとって彼女は敵となる可能性が高い人間ではなく、より味方に近い人物へと変わった。

 今後はタオルのひとつくらい差し出してやっても良いがね。アルディスはそう心の中だけで軽口をたたいた。
+注意+
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