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千剣の魔術師と呼ばれた剣士 作者:高光晶

第一章 双子の少女

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第2話

「おーい、アルディス! 無事か!?」

 男たちの襲撃を退けた少年は、自分を呼ぶ声に反応して振り向いた。
 少年の眼に映るのは三人の男女。いずれも少年が手を振り返せば安心した様子を見せる。

「また派手に燃やしちまって……」

 黒焦げになった森の一部を見回して、先頭に立つ強面(こわもて)の男がぼやきながら近付いてきた。
 褐色の瞳と焦げ茶に近い紫檀(したん)色の髪、ガッチリとした骨格とはち切れんばかりの筋肉が、粗暴な印象を与える。
 レザーアーマーに身を包み、バスタードソードとラウンドシールドを手にしたその姿は、一見して剣士と分かる装いだ。

「俺が燃やしたわけじゃない」

「そうよ、テッド。アルディスがこんな頭の悪そうな戦い方するわけないでしょ」

 ふてくされたように反論する少年を擁護するのは、深緑色のフード付きローブをまとった若い女性だった。
 手に持っているのは短めのウッドスタッフ。ごく一般的な魔術師といえよう。
 頭にかぶったフードの端からは鮮やかな赤毛がのぞき、テッドと呼ばれた剣士に向けられるその目は、やや暗い紅色をしていた。

「なあ、なんでいつもオレが悪いみたいな雰囲気になっちゃうの?」

「さあ。少なくともアルディスとオルフェリアは間違ったこと言ってないと思うよ?」

 テッドがとなりにいる弓士へと訊ねると、投げやりな答えが返ってくる。
 関わり合いになりたくないのか、それとも面倒なのか。鋼色の髪と目を持つ小柄な弓士は肩をすくめてさっさと会話を打ち切った。

「そっちは何人だった?」

 ローブの少年が女魔術師に訊ねる。

「こっちは三人だったわ。といってもやる気が全く感じられなかったわね。ノーリスが射かけたらそそくさと後退して行ったんだけど――」

「いざアルディスに合流しようと足を向けた途端、ちょこまかとちょっかい出して来やがった」

 腹立たしげにテッドがオルフェリアの言葉を引き継ぐ。

「んで? そっちは……って見ての通りか」

 地に倒れ伏した青ローブたちを見て、一瞬顔をしかめる。

「なにもふたりとも殺さなくったってよかったんじゃねえか?」

「ふたりじゃないよ。あそこにもうひとり死んでるから三人だね」

 逃げきれなかったレザーアーマー男の骸に、弓士のノーリスは気が付いたようだ。

「よくわかるな」

「そりゃ、弓士にとって目は命だからね」

 感心する少年に得意げな顔で応えるノーリス。

「どっちにしても全員()っちまってることに変わりねえだろうが」

 テッドがあきれたように言う。

「お前の実力なら生け捕りにすることだって簡単だろうに」

「こいつらは俺の命を狙ってきたんだ。返り討ちにして何が悪い」

 俺は自分の身を守っただけの話だ、と少年が機嫌を悪くした。

「いや、そりゃそうなんだけどよお」

 顔をしかめたテッドにオルフェリアが助け船を出す。

「別にテッドの肩を持つわけじゃないんだけど、ひとりくらい捕らえて背後関係を吐かせた方がよかったんじゃないの?」

「面倒だ。背後がどうだろうと、誰の指示で襲ってきたのだろうと関係ない。また襲ってくれば返り討ちにする。それだけの話だろ?」

「あはは。アルディスって、大人しそうな顔してるのに言うことがいつも怖いよね」

「そうね。実際返り討ちにするだけの力があるもんだから、余計(たち)が悪いわ」

 乾いた笑いを浮かべるノーリスに、オルフェリアがため息をつきながら同意した。

 襲撃者の命を奪ったことについて咎める者はここに居ない。
 人の法がおよぶのは街や集落、そして法の番人たる官吏の目が届く範囲においてである。

 野獣や魔物がはびこる森の奥深くで法の保護を訴えるほど馬鹿馬鹿しいことはない。
 無法の地では自分の身を自分で守ることが求められる。
 それができないならば人知れず命を失うだけだ。

 当然ながら犯罪者に遠慮はないし、身を守る術がない人間はただ刈り取られるだけの獲物と変わりない。
 そこには襲う者も襲われる者もなく、あるのはただどちらがより強いかだけ。
 自分よりも強い者を襲えば逆に命を絶たれる。そんな当たり前の摂理だけが人の踏み込まぬ地では生きている。

「ま、どっちにしてもオレたち『白夜(びゃくや)の明星』にケンカを売ってきたのは確かだ。落とし前はきっちりつけてやろうぜ」

 強面剣士が静かに闘志を浮かべる横で、小柄な弓士が話を進める。

「で、アルディス。相手の心当たりはあるの?」

「わからん。だが剣魔術のことは知っていたな」

「ふーん。まあアルディスの剣魔術も最近は知られてきてるしね。別に隠してるわけじゃないんでしょ?」

 アルディスと呼ばれた少年が「まあな」とノーリスへ返す。
 そのまま視線を斜めに向けると思いつく限りの可能性を並べ立てた。

「俺を取り込もうとしてきた貴族に、寝込みを襲ってきて返り討ちにした空き巣連中。剣魔術を教えろと迫ってきている魔術師たち。因縁ふっかけてきた教会の坊主。この前痛めつけた街のゴロツキ。ねたみ根性丸出しの傭兵たち。あわよくば俺の稼ぎをかっさらおうと目論んでいる賊くずれども。あとは――」

「領軍のお偉方も忌々(いまいま)しく思ってるでしょうね」

 オルフェリアが付け足すと、そんなのは初耳とばかりにテッドが聞き返した。

「はあ? 何で領軍がアルディスを?」

「以前領軍の将軍が直々に赴いてきて、軍属の魔術師に剣魔術を手ほどきして欲しいって来たのよ。それをこの子ったら一顧(いっこ)だにせず断ったわ」

「どうせ剣魔術は魔術師に習得できるものじゃない。お互いに無駄な時間を費やすだけだ。そんな時間があるのならベッドで寝てた方が有意義だろ」

 当の本人はぶっきらぼうに言い放つ。

「それにしても断り方ってものがあるでしょう! ろくに相手の言い分も聞かずそんなそっけない断り方したら角が立つに決まってるじゃない!」

 なにやってんだよ、と眉をさげながらテッドが少年へ視線を送る。

「衆目の中であれだけ恥をかかされれば、恨みを買ってもおかしくないわ」

「あはは。相変わらずアルディスって敵だらけだよね」

「笑い事じゃねえぞ、ノーリス。ゴロツキや賊はともかくとして、貴族や教会、領軍は相手が悪い。アルディスもむやみやたらと敵を増やすんじゃねえ。お前の強さがバケモノじみてるのは知ってるが、どうにも危なっかしいんだよ」

「わかってるよ、テッド。あんたらには世話になってるし、迷惑かけるつもりはない。貴族や教会相手には大人しくしておくさ」

 そんなアルディスの言葉に、テッドたちは口をそろえて言う。

「自重できない方へ銅貨三枚」

「じゃあ、私は自重するつもりがない方へ銅貨五枚賭けるわ」

「あはは。自重なんて思ってもいない方へ銀貨一枚」

 賭けすらも不成立になってしまう始末。

「……」

 アルディスの『大人しくする』はまったくもって信用されていない様子だった。

「それじゃ、今日のところは街へ戻るか。アルディス、回収は済んだか? 夜が拡がる前には森を出たい」

「ああ、もう終わってる」

 ここで言うところの『回収』とは、敵の遺体から金目の物を回収するという意味だ。

 まるで追いはぎのような振る舞いだが、ここは法のおよばぬ森の奥深くである。
 まして相手はアルディスの命を奪おうとしてきた敵。身元を調べるためにも所持品の確認は必要だし、迷惑料として金目の物を頂戴したところで誰にも非難されるいわれはない。

「ろくな物は持ってなかったがな」

「じゃあ、燃やしちゃうわよ?」

「頼む。俺は向こうの男を燃やしてくる」

 アルディスたちは敵の遺体を燃やし終えると、森から街道に出て急ぎ街へと足を向けた。
 ロブレス大陸中央に位置するカノービス山脈の南東にあり、東からの海風香る港町トリアがアルディスたちの住む街である。

 周辺には豊かな穀倉地帯を抱え、森の恵みと近海貿易で栄えるナグラス王国第二の都市だ。
 トリア南部に広がるコーサスの森は都市に燃料と食糧、そして薬草をもたらし、古くから街の発展を支えてきた。

 もちろん通常は人の手がおよばぬ地であり、野生の猛獣、さらには魔物はびこる秘境の地でもある。
 しかしながら森の深部で手に入る数々の恵みは人間にとって非常に魅力的な物だ。命の危険を承知の上で森へ入っていく者は多い。

 ときおり大商人たちが手を組んで大がかりな探索を行うこともあるが、通常は小回りのきく少人数でパーティを組み、森に入るのが一般的である。
 商人たちからの依頼を受け、森で薬草や希少価値のある植物を入手するというのが、平時の傭兵にとって貴重な収入源になる。

 傭兵と言っても年がら年中戦ってばかりいるわけではない。
 そもそも常に戦いの場があるわけではないのだ。

 剣の腕を買ってもらえないなら、必然的に何かで収入を得て糊口をしのがなくてはならない。
 旅の護衛、手紙の配達、未開地の調査、獣の駆除、危険な場所での採取活動、そういった仕事を受け入れられない者達はやがて野盗や山賊と化し、傭兵に狩られる側となる。

 今回アルディスたちが受けた仕事は伐採地の事前調査である。
 依頼自体は複数の木材商人たちから連名で出されたものだ。
 従来の伐採地はすでにめぼしい木を採りつくしていて、来年には新しい伐採地を開拓しておく必要があるという話だった。

「で、今回調査した場所はどうだったんだ?」

 他人事のようにアルディスが訊ねる。

「悪くはないわ。街道までの距離も短いし、道を整備さえすれば問題はなさそうね。木の質も良さそうだったから、木材商としては多少投資をしても確保しておこうとするんじゃないかしら」

「『双剣獣(そうけんじゅう)』の巣がいくつかあったから、事前に掃討する必要があると思うけどね」

 ノーリスが補足する。

「へぇ」

「まあ、それはそれでオレたちにしてみりゃ飯のタネになるからな。つーか、お前はもちっと当事者意識持てねえのかよ?」

 どこまでも熱の入らないアルディスにテッドが不満をこぼした。

「いや、実際俺は臨時で参加してるだけだしな。『白夜の明星』として受けた依頼なんだからある意味他人事だろ?」

 そんな返答にテッドが表情をゆがめる。

「ねえ、アルディス。前から言ってたけど、私たちのパーティに入らない?」

「俺がか?」

「そうよ。なんだかんだ言って、こうしてしょっちゅう組んでるわけだし、もうほとんど『白夜の明星』の一員みたいなものじゃない」

「パーティ……ねえ。…………まあ考えとく」

「だからそうやって毎回結論を引き延ばすのは――」

 アルディスのめんどくさそうな返事を受けて、突っかかっていったオルフェリアの言葉が途切れる。

「聞こえたか?」

 アルディスとノーリスの目が交わった。

「うん、誰か襲われてるね」

 目を閉じて意識を集中させたアルディスの耳に、救いを求める人間の声が聞こえてくる。
 同時に聞こえてくるのは馬のいななき声と断末魔の悲鳴。方角はアルディスたちが進む先の街道。
 このまま進むと鉢合わせすることは間違いない。

「テッド、どうする?」

 アルディスが強面男の判断を仰ぐ。
 『白夜の明星』のリーダーは彼だからだ。

「当然助ける」

「どっちを?」

「見てから決める!」

 そう宣言するなり、テッドは全力で駆けだした。

「あはは。まったく、いかつい顔してお節介なんだから」

「本当。厄介事に首を突っ込むあの性格は何とかならないのかしら」

 強面の見た目によらず、困っている人間に手を差し伸べずにはいられない。
 そんなパーティーリーダーに文句を言いながらも、ふたりはとことんつきあうのだろう。

 アルディスから見れば、テッドの生き方は決して賢いとは思えない。
 この世界にも危険は満ちあふれている。自分からトラブルへ飛び込むような人間は決して長生きできない。

 だがそれでもアルディスはテッドを愚かだと思いたくなかった。
 そんなテッドの生き方が自分の恩人に少し似ているのが嬉しかったし、お節介な彼の性格があったからこそ、アルディスはこの世界で生きることができているのだ。

「しょうがねえな」

 ボヤキながらも、アルディスは腰から抜いた二本のショートソードを放り投げ、宙に浮いたそれらを従えてテッドの後を追いかけた。
2017/01/19 誤字修正 相手の良い分も → 相手の言い分も
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