挿絵表示切替ボタン
▼配色







▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる
千剣の魔術師と呼ばれた剣士 作者:高光晶

第四章 アリスブルーの女

しおりの位置情報を変更しました
エラーが発生しました

ブックマークしました。

設定

更新通知 0/400

設定を保存しました
エラーが発生しました

カテゴリ

ブックマークへ

以下のブックマークを解除します。
よろしければ[解除]を押してください。

ブックマークを解除しました。

26/98

第25話

 翌日の朝、アルディスは双子を家に残し、ノーリスから教えてもらった酒場へと向かう。
 そこで正式に依頼を受領し、そのままトリアの街を出て街道を西へと向かった。

 特に獣から襲われることもなく、順調に足を進めること二時間。
 途中で狩りをするでもなく、手持ちの荷物も日帰りということで最小限、同行する人間もいない。そのため身軽なアルディスの足取りは軽かった。

 実際、通常の傭兵であれば六時間はかかるであろう距離を二時間で踏破しているのだ。その移動を一部始終眺めている人間がいれば、おそらく目を丸くしたことだろう。

 アルディスの足が大地を蹴り、次に地面へ着地するまでの距離は約三メートル。
 身長百七十センチの人間が歩くときの歩幅ではない。

 さらに、もしすぐそばでアルディスの歩みを見る者がいれば、頭を傾けて考え込むだろう。
 なぜならアルディスの足は地面に着くことなく、常に宙を浮いているのだから。

 その足は地面から数センチ浮いた宙を蹴り、ひと足ごとに三メートルの距離を進んでいた。
 アルディスは魔力で自分の体を浮かせていたのだ。

 ショートソードを浮かべるのと同じように自分の体を浮かせ、ショートソードを飛ばすのと同じように自分の体を飛ばしていた。
 やろうと思えば上空百メートルを寝転がったまま飛ぶことも出来る。
 だがアルディスが地面スレスレを歩くような動作で飛んでいるのは、これが一般的に()()()な魔力の使い方であるからだ。

 この世界では人間が空を飛ぶ魔法は存在せず、空を飛ぶ魔術も知られていない。
 当然、そんな中でアルディスが空を飛んでいれば大騒ぎになってしまう。
 だからこそ、飛んでいる速度も控えめにし、万一誰かに見られても歩いているようにしか見えない動作をわざわざしているのだ。

 高度を十分にとれば地上から見ても鳥にしか見えないかもしれないが、結局地上から上がるときと地上へ降りてくる時には発見される危険がある。
 人の住んでいない土地ならばともかく、いつ人目につくか分からない街の近くや街道沿いでそんな事をするわけにもいかなかった。

 今回の依頼に限って言えば、今の方法でも片道が約二時間。往復で四時間である。
 交渉の時間を踏まえても、夕暮れまでには十分トリアへ戻ることができると考え、アルディスは歩いているように見せかけた『浮歩(ふほ)』で目的地へ向かっていた。

 幸い獣や賊に出くわすこともなく、昼過ぎには事前に聞いていた場所へとたどり着く。

「この辺と聞いたが……、あれか」

 アルディスの目に人だかりが映る。

 街道沿いとはいえ、人里離れたこんな場所ではなかなか見られない光景だ。
 近づいて見れば、いるのは大勢のむさ苦しい傭兵たちばかり。

 行商人らしき人間も何人かいるが、おそらく旅の途中で休憩がてら騒ぎを見物しているのだろう。適当な岩に腰を下ろして水筒に口をつけていた。
 見渡せば、商魂たくましくも野次馬の傭兵を相手に商品を売り込んでいる行商人もいるようだ。

 殺伐とした雰囲気はなく、和やかな笑い声や歓声が響きわたる様は、まるで祭りの賑わいを思わせた。

「次は誰が相手かね? なんなら全員でかかってきても良いぞ」

 男のような口調で若い女の声がする。
 声の主は人だかりの視線を追って行くと見つかった。

 アリスブルーの長い髪。切れ長な瞳は深く澄んだ天色(あまいろ)。やや無表情にも見える顔だがその造形は整っており、むしろ貴族の令嬢と見紛(みまご)うばかりの気品を伺わせた。
 白いフード付きの長衣をまとっていることから、魔術師かあるいは治癒術士に見えるが、そのたたずまいと所作(しょさ)は熟練の戦士であることを感じさせる。

「ようし! 次はワシじゃ!」

 人だかりの中から屈強な戦士が前に出る。

「やったれ! ガンドルフ!」

「負けんじゃねーぞ!」

「あっという間にやられんなよ!」

「よーし! ガンドルフに銅貨五枚だ!」

「嬢ちゃんに銀貨一枚!」

 歓声とも罵声ともつかぬ声が方々からあがった。

 ガンドルフと呼ばれた戦士はチェインメイルに身を包み、手にはハルバードを携えている。傭兵にしては珍しい装備だった。
 年の頃はおそらく三十半ば。一般的に戦士としては最も脂がのった、最盛期と言われる年齢だ。

「嬢ちゃんも強いが、ワシは嬢ちゃんが生まれた頃から武器をふるって戦ってきた。年期の違いというものを見せてやるよ」

「我が生まれた時より、か? 面白いことを言うものよ」

 美しい顔にふわりと妖艶な笑みを浮かべ、女が言う。
 見たところ十七、八ほどの若さに見えるが、その笑みは(つや)町の舞女(ダンサー)よりもなまめかしい。
 歓声と口笛がこだまする中、ガンドルフと女が向き合う。

「じゃあ、いくぞ。嬢ちゃん!」

 ガンドルフのかけ声を合図に、ふたりの戦いが始まった。

 初撃。
 頭上に振りあげ、ガンドルフが半円を描くように斬り下ろしたハルバードが女の足を横から襲う。

 女は避けるでもなく体をそのまま前へ傾けると、トンッと軽く地面を蹴ってガンドルフの懐へと潜り込もうとする。アリスブルーの髪が揺れた。

「チッ!」

 舌打ちをしながらも、ガンドルフは無理やりハルバードの軌道を横なぎに変えるが、すでに女は距離を詰めていた。
 捕らえきれないと判断したのか、ガンドルフはハルバードのかぎ爪を地面に引っかけ、遠心力を使い自分の体が振られるに任せると、そのまま横に飛ぶ。

 しかし一回転したガンドルフがすぐさま体勢を整え、ハルバードを握りしめたとき、その首には一本のダガーが突きつけられていた。

「これで勝負ありだな」

 ガンドルフの背後に回っていた女が告げる。

「マジかよー! ガンドルフでもダメかあー!」

「やっぱ強えな、あの嬢ちゃん!」

「くそー! もうすっからかんだー!」

 あっという間の勝負だった。

 ガンドルフという男が弱いわけではない。
 アルディスが見たところ、ディスペアは無理でも獣王相手なら一対一で勝つだけの力量を持っている。

 だがそんな熟練の傭兵がまるで子供扱いだった。
 ノーリスや酒場の親父から事前に聞いていたとはいえ、連戦連勝というのはあながち間違いでもないだろう。
 あれだけの傭兵を殺さずに制圧できるということは、それだけ力に差があるということだ。

「次の相手は誰かね?」

 息ひとつ切らすことなく、女が天色の瞳を人だかりに向ける。

「おい、どうすんだ?」

「お前行けよ」

「あのガンドルフがあっという間だったんだぞ? 無理無理」

 傭兵たちがざわつくが、誰も女の相手を買って出る者はいなかった。

「いないのか?」

 女からの呼びかけに、アルディスが前へ出る。

「え? おいおい、坊主。やめとけよ」

 挑戦者に名乗り出たアルディスを見て、中年の傭兵が思いとどまるよう声をかけてくる。
 ガンドルフという熟練の傭兵が手も足も出なかった相手に、駆け出しとしか見えない少年が挑戦するのは無謀だ、とでも考えているのだろう。

 戸惑いを見せ、ざわめく傭兵たちとは対照的に、女は切れ長の目をさらに細めてアルディスを観察する。

「ほう……。ようやく期待できそうなのが出てきたな」

 つぶやく女に向けて、アルディスは掌を向けると言った。

「待て。俺はあんたと交渉するために来たんだ。戦うために来たわけじゃない」

「交渉? 交渉と言ったか?」

 女が感情のこもらない声で問う。

「ああ。話をしたいだけだ。別にあんたと戦いたいわけじゃな――」

 言いかけたアルディスののど元へ、一本のダガーが飛んでくる。

 アルディスは無意識のうちに左手をかざし、物理障壁を前方にだけ展開した。
 金属同士が打ち合うような反響音を残し、女の投げたダガーが跳ね返されて地面に落ちる。

「おい。話を聞けよ」

 アルディスが冷たい声で言う。
 あの程度の不意打ちなど当然喰らうわけもないが、それでも話の途中で水を差されれば良い気はしない。

 もちろんこれが戦場であれば、のんびりと口上を述べる方が愚かなだけだろう。
 しかしアルディスは交渉にやって来たのだし、それは相手にもハッキリと言ったはずだ。

「人が交渉に来たってのに問答無用でのどもとを狙ってくるとか、笑えないな」

「お主、話をしたいと言ったな」

「そう言ったのが聞こえなかったか?」

「我はお主と話がしたいわけではない。だがお主は我に話を聞けという。互いの主張が食い違う以上、いずれかの主張を通すためには一方の主張を引っ込めねばならぬ」

「それがどうした」

「我が譲る気のない以上、お主が主張を通したいのならば、我を納得させてみよ」

「まどろっこしい言い方だな。もっとシンプルに言ってくれないか?」

「つまりだ。我と話がしたいなら、――まず我に勝ってからということよ!」

 女が瞬時に距離を詰めてくる。

岩石(デッセル)

 アルディスの声に反応して地面から鋭く尖った岩が突き出る。
 進路を塞がれた女は、すぐさまその向きを変えると同時に人さし指をアルディスへ向けた。

「まずは小手調べといこう」

 女の周囲に氷のつぶてが浮かび上がり、アルディス目がけて発射される。

魔法障壁(フェル・マニーナ)

 氷のつぶてをアルディスはとっさに展開した障壁で防ぐ。

 次の瞬間、今度は上から襲いかかってくる炎の塊。
 アルディスがサイドステップで避けると、そこへ待ち構えていたかのように女の握るダガーが迫る。

 鋭く突き出される刃を半身になって避け、アルディスは通り抜けざまに女の腕をつかもうとするが、それを阻むかのように風が空気を切り裂く。

 襲いかかる風を避けて距離をとったアルディスに、またも女が指先を向けた。

「これはどうだ?」

 女の頭上から無数の光が帯のような形を成し、アルディスへと放たれる。

「ちっ!」

 アルディスは横に向かって飛び退りながら、直撃する光だけを魔法障壁で防ぐ。

 地面に着弾した光が土を焼いて消失する。
 焦げ臭い匂いが辺りに立ちこめた。

「ならばこれは?」

 再び女の頭上に無数の光が現れる。今度はバラバラにではなく、一点に収束した光がアルディスへ向けて放たれた。

 アルディスはその光を正面から受け止めるのは危険と判断し、魔法障壁の角度をずらすことで受け流す。

「ほう。手慣れたものだ。お主、何者だ?」

「それはこっちのセリフだな」

 悠然と立つ女を(にら)みながらアルディスは言った。

 詠唱を必要としない魔法攻撃。
 アルディスはこの世界に来てから初めて、自分以外にそれを使う人間と出会った。

 魔法の威力ひとつとっても、並の使い手でないことはハッキリとわかる。
 障壁で受けた感じでは、おそらくディスペアどころかウィップスも瞬殺できるほどの威力があるだろう。

「おい、あの女って魔術師だったのか?」

「マジかよ。ってこたあ、俺たちは魔術師の女にダガー一本であしらわれたってことか?」

「そうかもしれねえけど、あんなの魔術師の動きじゃねえぞ」

「それを言ったらあの坊主だってそうだろ。あの身のこなし、とても魔術師とは思えねえ」

 アルディスと女の戦いを見物している傭兵たちがざわめいた。
 傭兵たち相手に魔法も魔術も使わずダガー一本であしらい続けていた女が、次々と繰り出す攻撃に目を見張る。
 それまでダガー使いの軽戦士とばかり思っていたのだろう。自分たちが最初から赤子扱いだったことに怒りを浮かべる傭兵もいた。

 加えてまだ新米傭兵にしか見えない魔術師の少年が、女の魔術とダガーによる攻撃を軽くあしらい続けていることにもショックを受ける。

 どちらが勝つのか賭けることも忘れ、傭兵たちは繰り広げられる戦いに目を奪われ続けていた。
2017/05/01 誤字修正 当たりに立ちこめた → 辺りに立ちこめた
+注意+
特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。
↑ページトップへ