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千剣の魔術師と呼ばれた剣士 作者:高光晶

第三章 自信過剰な迷子たち

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第23話

「だーかーら! いらねえって言ってんだろうが! わかんねえばあさんだな!」

「誰がばあさんさね! アタシゃまだ四十代だよ!」

「オレたちゃオレたちで依頼主から十分報酬もらってんだよ!」

「いいから受け取れって言ってんじゃないのさ! 年寄りの言うことは素直に聞くもんだよ!」

「自分で年寄りって言ってんじゃねえかよ、ばあさん!」

「誰がばあさんだい! アタシゃまだ四十代だよ!」


 無事にトリアの街まで戻ってきたアルディスたちは、依頼主への報告をすませると共に、学園からやって来ていた関係者へ学生たちを引き渡した。
 全員を無事保護したということで報酬を満額受け取り、「酒場で打ち上げを」というところに同席したのがミシェルたち一行だ。

 アルディスたちにしてみれば特に用事もないのだが、ミシェルはそう思わなかったらしい。
 そんなわけで、今アルディスたちとミシェルは報酬の扱いでひと()めしていた。

 ただ、その揉め方がちょっとおかしい。

 普通は傭兵が報酬を増やせと主張し、逆に行商人が金額を削ろうと言い分をぶつけるものだが、現在テッドとミシェルの間で繰り広げられているのはそれと真逆の内容だった。

 学生たちを森からトリアまで護衛した報酬として、ミシェルはアルディスたちに金貨二十枚を渡そうとしてきた。
 しかしアルディスたちにしてみれば、本来受け取る理由のない金である。
 一般的な傭兵であれば喜んで受け取るだろうが、あいにくテッドは報酬の正当性などといった妙な観念にこだわる男だった。

 こうして酒場の一角で『報酬の受け取りを拒否する傭兵』と『報酬を押しつけようとする行商人』という一風変わった状況が生み出されていた。

「なあ、終わるまで俺は寝てても良いか?」

「何言ってるのよ。あなたも当事者なんだからちゃんと起きてなさい」

 あくびをかみ殺すアルディスを、オルフェリアが(とが)める。
 そんなふたりをよそに、テッドとミシェルの口論はおさまる気配を見せない。

 テッドとしては、本来の依頼主からもらっている金貨百五十枚という報酬が破格な上、大した労力もなく依頼を達成できたのだ。
 ミシェルたちが学生を保護していなければ、テッドたちは学生の遺品を求めて何日も森をうろつくことになっていただろうし、下手をすると遺品すら見つけられずに無報酬のくたびれもうけとなる可能性すらあった。

 それが、ミシェルたちのおかげで学生たちを全員無傷で救出できたのだ。
 彼女たちの助力は金貨百枚以上の価値がある。

 ましてミシェルは学生たちを守るために、獣避けや貴重な魔石まで消費し、行商人にとって何より大事な時間を費やしている。
 本来ならテッドたちが報酬の一部を裂いて礼をするべきであったが、それをミシェルに「アタシが勝手に判断して勝手にやったことだよ。金が欲しくてやったわけじゃないさね」と固辞されているのだ。
 この上、彼女から報酬など受け取れるわけがない。テッドはそう主張した。

 一方ミシェルにしてみれば、経過がどうであれ自分の意思で依頼をして望んだ結果を得られたのだから、そこには報酬を払う義務があるということらしい。

「でもミシェルさん。聞いた話では魔石まで使ったとか? 大変な出費じゃないですか。その上で金貨二十枚も出したのでは大赤字でしょう。しかも何ひとつ得るものが無いなんて……」

 オルフェリアが申し訳なさそうに口を開く。

 確かに行商人というものは利を求め、利で動く生き物だ。
 この歳まで行商をしているということは、それなりに商売の山も谷も経験しているだろうに、自らの利を無視したかのような主張には違和感を覚える。

「得るものが無い、ねえ……」

 ミシェルはニヤリと笑みを浮かべる。

「だったら行商人らしく、利を追求させてもらおうかね」

 そう前置きしてミシェルが求めたのは、テッドたち『白夜の明星』とのつなぎだった。
 専属契約とは言わないが、必要な時には優先的にミシェルの護衛を請け負う、所在を定期的にミシェルへ連絡する、などがその条件だ。

「金貨二十枚は、まあ前払いの手付け金だとでも思っとくれ。なあに、別にその時受けてる依頼を放り出せとか、タダ働きしろなんて無茶を言う気はないさね。手が空いてる時にはアタシの依頼を出来るだけ受けてくれればそれで良いんだよ。報酬は別で払うし、アタシの依頼も無理なら断ってくれていい」

「そんなことでミシェルさんにメリットがあるんですか?」

 オルフェリアが素朴な疑問を口にする。

「アタシみたいな行商人にとって、腕のいい傭兵とどれだけツテがあるかっていうのは大事なことなんだよ。生き死ににも直結するし、手練れをたくさん雇えれば、それだけ危険な場所へも商売に行けるからね」

 ミシェルが言うには、本当に実力のある傭兵を一介の行商人が雇用することはなかなか難しいらしい。
 実力があり、人格に問題のない傭兵自体が少ない上に、ちょっと名が売れると貴族や領主、大きな商会に抱えられてしまう。
 名が知られる前に力のある傭兵とつなぎを作っておくというのは、先行投資でお金を出すだけの価値があるのだという。

「金はいつでも稼げる。だけど縁っていうやつは金を積んだところで手に入るもんでも無いのさ。それがたったの金貨二十枚で手に入るってんだから、安い買い物さね。だからまあ、その金は遠慮せず受け取っておきな」

 そう押し切られ、テッドはしぶしぶながらも二十枚の金貨を受け取った。

「さあ、小難しい話は終わり終わり! 残りの時間は飲んで親睦を深めるとしようか! 今日はアタシのおごりだよ! 好きなだけ飲み食いしな!」

 ミシェル号令のもと、一行はそのまま酒場で宴会へと突入する。

 アルディスも含めて合計十人の大所帯だ。
 厨房からひっきりなしに料理が運ばれ、テッドがクレンテと杯を交わしながら顔を赤く染めていく。

 オルフェリアはヘレナと女同士話が弾んでいるようだ。
 ノーリスはミシェルの護衛たちの間へあちこちと顔をのぞかせ、楽しそうに会話をしていた。

「で、アンタはもうちょい楽しそうに飲めないもんかねえ?」

 ひとりビールの入ったコップを傾けていたアルディスに、ミシェルが話しかけてくる。

「酒の席はあんまり好きじゃないんだ。眠いし」

「おやおや、そっけないね。まあ、前後不覚になったり(から)み酒になるよりゃマシだけど。まあ飲みな」

 カラカラと笑いながらミシェルがとなりのイスへ腰を下ろす。ついでにまだ中身が残っているアルディスの(さかづき)へ勝手に酒を注ぎはじめた。

「アルディスっていったね。アンタ歳はいくつだい?」

「なんだい? こんなガキをナンパしようってのか?」

「はあ……? …………な、ナンパって、…………く、くくく……ははは、ハッハッハ! こんなおばあちゃんを捕まえといてナンパ者呼ばわりかい!? てっきり唐変木(とうへんぼく)かと思ったら、アンタ意外に面白いこと言うじゃないか! ハハハ!」

 何がツボに入ったのか、ミシェルはテーブルをバンバンと叩いて笑いはじめた。

「くくく……。いやあ、ふざけてナンパしてくる男は今でもたまにいるけど、こんなおばあちゃんに『ナンパされる』なんて言いだしたのはアンタが初めてだよ。まあ飲みな」

 ひとしきり笑った後、無理やり酒をつぎ足しながらミシェルが改めてアルディスへと問いかける。

「別にナンパしようってんじゃないけどね、見たところあの学生たちと変わらない年に見えるのに、ずいぶん戦い慣れてるじゃないか。もう傭兵家業も長いのかい?」

「さあね? もう何年になるのか自分でもわからないよ」

 アルディスの言葉に偽りはない。

 生き残るために無我夢中でもがいた日々が、どれほど長かったのか思い出すことも出来ない。
 季節とは戦いの状況や条件を変化させる要因としてしか認識しなかったし、月日は作戦のタイミングを図る指標でしかなかった。

 日々の会話は『だれそれが死んだ戦いの後』とか『あの部隊が全滅する前まで』のように交わされ、一部の人間をのぞいて暦など誰も気にしていなかったのだから。

 自分の年齢などアルディス自身も知らないし、何年戦っていたのかもわからない。あの頃は、そんな些事に意識を向ける余裕など誰も持っていなかったのだ。

「ま、話したくなけりゃ、無理に聞き出すつもりもないさね。まあ飲みな。それよりも――」

 アルディスの言葉を曲解したミシェルが、酒を注ぎながら話題を変える。

「アンタの魔術、ありゃあ何だい? 剣が勝手に宙を飛んで攻撃するなんて魔術、アタシゃ初めて見たよ。最近のナグラスじゃあ、ああいう魔術が流行ってるのかい?」

「どうかな、少なくともこの国じゃあ俺以外が使ってるのを見たことはないが……」

「ってことはアンタ、唯一の所持者(ユニ・ホルダー)ってことかい?」

「さあ? もしかしたら俺以外にも使い手がいるかもしれないぞ?」

「少なくとも『いるかもしれない』って程度には希少なわけだね。まあ飲みな」

 剣魔術にずいぶんと食いついてくるミシェル。
 会話のついでとばかりに、ミシェルがやたらと酒をつぎ足してくるのにはアルディスも辟易(へきえき)してしまう。
 だったら杯を空けなければいいのだが、つがれるとついつい口をつけてしまうのが性分のアルディスだった。

「アンタとは今後も仲良くしときたいもんだね。老い先短いババアの頼みだ。まさか嫌とは言わないよねえ?」

 テッドに言われると腹を立ててみせるくせに、自分ではしっかりと年齢をネタにするミシェルだった。
 しかもそれを盾に話を有利に持って行こうとするあたりは、さすがに年期の入った行商人。老獪――というより小ずるい女だった。

「もちろん商売はギブアンドテイク。アンタが探してるものや欲しいものがあれば、利益控えめで相談にのるよ。まあ飲みな」

「わかった、覚えておく。何かあれば相談させてもらうよ。あんたに護衛が必要な時は可能な範囲で手を貸そう。ただし、報酬はきちんともらうがな」

「そうそう、それで良いのさ。じゃあ、今後もよろしくということで乾杯さね!」

「それは良いが、いい加減つぎ足すのやめてく――」

「あるでぃいいふ! こぉんなところで仲間を放置ひて、ずるううぃい!」

 文句を言いかけたアルディスに、後方から体当たりをかましてくるのは『白夜の明星』の紅一点、文字通り赤毛が鮮やかなオルフェリアだ。

「オルフェリア、俺は別にあんたを放置したわけじゃない。第一あんたさっきまで向こうで楽しそうに話してたじゃないか」

 顔をしかめながらも、返す言葉は冷静なアルディス。

「ほの前もねー、宿で晩ごふぁんのすーぷ選ぶの迷ってたにょ。ほーしたらねー、ハゲ親父がええかげんにひてくりぇって勝手にこーんすーぷに……ってハゲ、ハゲっふぇ……、ぷぷぷ。めっちゃハゲふぇんのあのおやじぃー、もうたまらんにゃー!」

 だがすでにろれつの怪しくなっているオルフェリアとは、会話が成り立たない。
 宴会の開始から早三十分、赤毛の魔術師はすっかり出来上がっていた。

 普段はフードの中に隠れていることの多い長髪が、肩をつたって胸の位置まで伸びている。

「ほらー、あるでぃすうう。これたべてー。ふっごくまずひのー! もう金返ふぇってくりゃいゲキまずなのー。ほらほらあ。たべよーよー」

 オルフェリアは『白夜の明星』の良心である。
 根はまっすぐでも粗野な言動の多いテッド、表向き人が良さそうに見えても実は冷淡なノーリス、ふたりに比べれば一番まともなのが彼女だ。

 だがそれはあくまでもしらふの場合である。

 オルフェリアは酒と相性が悪い。
 本人は楽しく酔っているので気にしないのだろうが、はっきり言ってまわりは迷惑だ。
 酒を飲んだオルフェリアは控えめに表現しても『酒癖が悪い』。

 まずろれつが回らなくなる。そして話が支離滅裂になる。おまけに他人に絡む。
 特に、しらふの時よりも『他人に不味いものを食べさせようとする』クセがいっそうあらわになる。

「わかった、食べる。食べるからあんまりしなだれかかるな」

「やったぁー、だからあるでぃふだいふきー!」

 そしてこの『不味いものを食べさせられる』主な被害者はアルディスである。

 アルディスはオルフェリアが差し出した小粒のアメを口に放る。
 口いっぱいに広がるえぐみ。べっとりとした舌触りが不快感をそそる。

 なぜこんなものを作ったのか、そして製造者は自分の舌でちゃんと試食したのだろうか。そんな見当違いの怒りさえ湧きあがってくる味だった。

「うん、食える」

 だがアルディスの口から出たのは、そんな感想とも言いがたい事実を述べた一言。

 となりで同じようにアメを口にしたミシェルが、まさに苦虫をかみつぶしたような表情を見せたかと思うと、すぐさまアメを吐き出し、テーブルの上に置かれたグラスの水を一気にあおった。

「ア、アンタ平気なのかい!?」

 軽く()き込みながらミシェルがアルディスに問いかける。

「まあ……、食い物だしな」

 アルディスの反応に奇人変人を見るような目を向けるミシェル、そしてガックリとうなだれるオルフェリアだった。

「あるでぃふー、つまあんなあぁい! ねえねえみんなー! これ食ぶぇへみてぇ! ほらほらあ、あげるうー!」

 落胆の声を残すと、オルフェリアは次なる犠牲者をあさるため、盛り上がっている他の傭兵たちへと近づいていった。

 よく見れば、ヘレナはすでにテーブルに突っ伏してノックダウンしている。
 アルディスよりも先にオルフェリアの洗礼を受けてしまったのだろう。

「おっ? アメかい? せっかくだからもらうわ」

「ちょ! やめとけ、クレンテ!」

 何も知らないクレンテたちが手を伸ばす。
 オルフェリアの悪癖を知っているテッドとノーリスがあわてて止めようとしたが時すでに遅く、酔っ払いどもはなんの躊躇もなくそれを口にして――ほどなく全員撃沈された。

千剣の魔術師と呼ばれた剣士 書籍化決定!
スニーカー文庫より2017年12月1日発売予定!
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