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千剣の魔術師と呼ばれた剣士 作者:高光晶

第三章 自信過剰な迷子たち

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第21話

「フォー、フォー」

 その声を聞いて、ミシェルとヘレナが視線を交わす。
 低い音階で口笛を吹いたような独特の鳴き声。それがウィップスの声であることを彼女たちは瞬時に理解していた。

「あなたがたは下がって。ミシェルさん、魔石は?」

「あるにはあるがね。そんなに持ち合わせはないよ。全部でみっつだ」

「申し訳ありませんが、援護をお願いします」

「当然さ。ここで出し惜しみして死んじまったら、なんの意味も無いからね」

 ヘレナがミシェルたち全員を(かば)うように前へ出る。

 洞窟の入口へと続く曲がり角の向こうから、ズルリズルリという音の合間にコツリコツリと固い音が混じる。

「来たね」

 ミシェルの声へ応えるかのように、ランタンの光に照らされて現れたのは茶色い体の魔物だった。
 下半身は鱗に覆われたヘビのごとく、上半身は体毛の短い馬、そして頭部は人面にも見えるフクロウのような容貌。
 体高は二メートルほど。異様な姿形のそれが、二本の前足と下半身の蛇行運動によりじわりじわりと近づいてくる。

 短いくちばしから繰り出される一撃は『草原の絶望』と呼ばれるディスペアの牙よりも鋭い。
 この魔物の前ではラクターですらただの捕食対象でしかないのだ。

「フォー、フォー」

 白い羽毛に覆われた顔から、奇妙な声が発せられる。

 コツリコツリと前足の立てる音が、ミシェルたちの余命を削るカウントダウンのように洞窟内へ響いた。
 細められた瞳に知性は感じられず、ただ獲物を品定めするハンターの本能だけが赤い光と共に宿っている。
 これがコーサスの森最強を誇る魔物、森の悪夢『ウィップス』の姿だ。

「絶対前に出るんじゃないよ!」

 ミシェルの警告が終わると同時にウィップスのくちばしが大きく開き、その奥から大音量で鳴き声が発せられた。

「フォーオフォフォー、フォフォーオフォーフォーオーフォー!」

 音階を奏でるようにつむがれるその鳴き声は、人間の意識を刈り取るウィップスの特殊能力だ。
 人間を無力化し、戦場に静寂をもたらすという意味を込め、傭兵たちの間では『静寂の唄』と呼ばれている。

「ハンスリックさん! みなさん!」

 ミシェルの後方からソルテの悲鳴が響く。

「ミシェルさん! みなさんが突然倒れて……!」

「放っておきな! 気を失っただけだよ!」

 学生たちの中で静寂の唄を耐えきったのはソルテのみ。
 ヘレナは悠然と、ミシェルはかろうじて意識を保つことに成功した。

「はあっ!」

 今度はこちらの番とばかりに、ヘレナが斬りかかる。
 ウィップスは上半身を浮かせてかわそうとするが、ヘレナの剣撃はそれよりも速い。

 鋭い刃先がウィップスの肩口に届く。
 だが見た目以上に硬い外皮が剣を防ぎ、与えられたのはわずかな切り傷だった。

 ヘレナを押しつぶそうと、ウィップスが浮かせた上半身の体重を前足にのせて倒れかかった。
 予測の範囲内、とばかりにバックステップでかわす金髪の剣士。

「いくよ!」

 かけ声と共にミシェルが小石サイズの鉱物を魔物に投げつける。
 ウィップスの胴体へまともにぶつかったそれは乾いた音を立ててはじけ飛び、またたく間に着弾点が氷に包まれた。

 ミシェルが投げつけたものは、一般的に魔石と呼ばれている。
 魔法を使えない人間でも、初歩的な攻撃魔法と同じような効果をもたらすことの出来る不可思議な石だ。

 古代文明、もしくは神話の時代に作られた遺物と言われ、すでにこの時代では製造する技術は失われていた。
 そのため誰にでも使えるという利便性の反面、希少なものでもあり、比較的頻繁に見つかる初級魔法の魔石でも金貨五枚という高値で取引されている。
 戦う技術を持たない行商人が護身のために所持することはあるが、普通はおいそれと使えるシロモノではないのだ。

「あんまり効いてる感じじゃないねえ。ま、やらないよりマシかね」

 だがミシェルが身銭を切った魔石による攻撃も、ウィップスにはあまりダメージを与えられていないようだった。
 ウィップスはミシェルが投げる魔石には注意を払わず、目の前に立ちふさがる金髪の剣士にだけ敵意を向け続けている。

 狭い洞窟内でヘレナの剣が舞う。

 小刻みなステップでウィップスを翻弄し、側面や背後に回り込んでは一撃を加えては身を引く。
 しかし、確実に傷は増えているものの、ウィップスの動きが鈍る気配はない。

 剣撃が軽すぎるのだ。

 見た目よりもずっと硬く体力もあるウィップス相手に、ヘレナの剣は致命傷を与えられないでいた。
 逆にウィップスの一撃は重い。
 鋭く尖ったくちばしの、体重をかけた前足の、鱗に覆われた巨大な尾の、いずれの攻撃も当たればただではすまない。
 まして動き続けているヘレナの体力は時間とともに減っていく。

 避けるスペースの狭い洞窟内、守るべき六人の人間、負傷すら許されない状況。
 そのすべてがヘレナの体力をじわじわと削っていった。

 いずれその時がくるのは必然だったのかもしれない。
 空気を切り裂いて横から薙ぎ払われた尾の一撃が、とうとうヘレナの脇腹を捕らえた。

「ぐあっ!」

 苦痛の声と共にヘレナの体が崩れ落ちる。

「ヘレナ!」

「ヘレナさん!」

 倒れこむヘレナを冷たい目で見ながらウィップスが鳴く。

「フォ、フォー!」

 それはまるで勝利宣言のようだった。

「ヘレナさん! 癒しを……!」

 うずくまって立ち上がれないでいるヘレナに、ソルテが駆け寄ろうとする。

「馬鹿! 前に出るんじゃないよ!」

 ミシェルの警告もすでに遅く、ウィップスはソルテを次の標的に定め、ジリジリと詰め寄っていた。

「あ、ああ……」

 間近で見る異形の魔物を前にして、ソルテの顔が恐怖に染まる。
 その目はこれ以上なく見開かれウィップスの動きを凝視していたが、体は金縛りにあったかのように立ちすくむばかりだった。

 薄紅色の瞳に無慈悲な赤い目が映り込む。

 今にもソルテの命が消えようとしていたその刹那、獲物の頭にくちばしを突き出そうとしたウィップスが、なぜか突然動きを止める。
 魔物は目の前にいる無抵抗な獲物から視線を外すと、その首をクルクルと左右に回して周囲を警戒しはじめた。

 状況の推移について行けないミシェルたちを置き去りにして、変化は再び訪れる。

「ブァアアアー!」

 唐突にウィップスの口から尋常ではない鳴き声が発せられた。
 身をよじり、のたうち回る魔物の下半身から大量の血が吹き出る。

「剣……?」

 最初に気がついたのはミシェルだった。
 ウィップスの鱗で覆われた長い下半身。その一部が血で染まっていた。

 血が吹き出ている箇所には一本のショートソードが深々と突き刺さっている。
 だがそのショートソードがいったいどこから現れたのか、答えられる者はこの場に居ない。

 ウィップスの悲鳴が響きわたる中、洞窟の入口方向から風切り音と共に何かが飛んでくる。
 ミシェルがその音に気を取られた時には、すでにウィップスの頭部を一本のショートソードが貫いていた。

 いかに魔物の体力がすさまじいとはいえ、頭部を貫かれてはなすすべもない。
 断末魔の悲鳴を響かせながら、ウィップスはその巨体を地に沈めていく。

 呆然とするミシェルたちが立ちすくんでいると、入口の方から駆け寄ってくる複数人の足音が聞こえてきた。

「ミシェルさん! ヘレナ! 無事か!?」

 真っ先に紫髪(しはつ)を揺らしながら駆け込んできたのは、トリアへ助けを呼びに行ったはずのクレンテだ。

 さらに他の護衛たちが続いてやって来る。
 その後ろからは、ミシェルの見たことがない傭兵たちも姿を見せた。
 どうやらクレンテがしっかりと役目を果たしてくれたらしい。

「間に合ったか……」

 待ちに待った救援を目にして、ミシェルはようやく安堵(あんど)の息をついた。
千剣の魔術師と呼ばれた剣士 書籍化決定!
スニーカー文庫より2017年12月1日発売予定!
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