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千剣の魔術師と呼ばれた剣士 作者:高光晶

第三章 自信過剰な迷子たち

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第20話

 ハンスリックたち七人が洞窟に身を隠してから三日。
 予定ではそろそろクレンテたちが救援を連れて戻ってくる頃だった。

 だが狭い場所に三日も閉じこめられたことで、ハンスリックたちの精神は衰弱しつつある。
 ミシェルとヘレナはさすがに彼らとは積んできた経験が違う。そのためほとんど初日と変わらない様子を見せていた。

 意外だったのがソルテである。
 教会の箱入りお嬢様かと思えば、学生たちの中で一番気丈な様子を見せていた。

「やれやれ、すっかり元気がなくなったねえ」

「彼らの歳では仕方がありませんよ。私だって好き好んで洞窟に何日もこもりきりになりたくはありません」

 ヘレナが苦笑いする。
 経験豊富とはいえまだ若いヘレナにとって、この三日間は決して短い時間ではなかっただろう。
 加えてミシェルを含めた六人の命を預かっているのだ。そのプレッシャーは並大抵のものではない。

(三日程度あっという間、なんて感じるのは歳を取ったせいだとは思いたくないけどねえ)

 軽くため息をついてミシェルが内心でぼやく。

「こんな事になるんならレーニャも連れてくるんだったよ」

 それにヘレナが食いついた。

「レーニャっていうと、前に話を聞いた精霊でしたっけ?」

「ああ、そうだよ。正しくは精霊じゃなくて精霊子らしいけどね、本人が言うにはさ。三ヶ月前に孫が生まれたんで、子守り代わりに置いてきたんだけど」

「あの……」

 ミシェルとヘレナが雑談をしているところへ、ソルテが割り込んできた。

「すみません。そのお話、私も聞かせてもらってもよろしいでしょうか?」

「お話って、レーニャのかい?」

「はい。精霊子というのは学園でも耳にしたことがありません。後学のためにも是非お聞かせください」

「そりゃ構わないけどさ。アタシだって全然詳しいことは知らないよ? アタシが知ってる精霊子はレーニャだけだしさ」

「その、レーニャさんというのはどういう方なんですか?」

 予想外の食いつきに若干戸惑いながらも、ミシェルはレーニャと呼ばれる精霊子について語りはじめた。

「うーん……。体の大きさはこんくらいで」

 と小鍋ほどの大きさを手で表す。

「見た目は銀髪の女の子さ。背中に鳥の羽みたいなのが生えてるのと、体が小さいの以外は、人間と大差ない」

「羽が生えてるということは、飛べるのですか?」

 ヘレナが興味深そうに訊ねる。

「ああ。あんまり長い時間は無理らしいけどね」

「それはすごい。一度会ってみたいものです。ちなみに歳は取るのですか?」

「さあ、どうだかねえ? 初めて会ったのはもう二十年以上前になるけど、姿形はそのころから変わりがないからね。本人もどれくらい生きてきたのか分からないって言ってたよ」

「もしかして女神に連なる高貴な種の方なのでしょうか?」

 ソルテが薄紅色の瞳に好奇心をたたえて言った。

「別にそんな大したモンじゃないと思うがね。出会った頃こそ人見知りがひどくて内気な性格だったけど、今じゃあすっかりやかましい娘になっちまって。パタパタと頭のまわりを飛び回りながらギャアギャア騒がれるんじゃあ、こっちはたまったもんじゃないよ」

「それで? そのレーニャを連れて来てれば、というのは?」

 ヘレナが話を最初に引き戻す。

「確かめたわけでも確証があるわけでもないんだけどね。レーニャを連れていると獣やら魔物やらと出くわすことが少ない気がするんだよ」

「たまたま……、というわけでもないのですよね。ミシェルさんが言うくらいですから」

「そりゃあね。アタシだって最初はたまたまだと思ったよ。でもそれが二十年も続いていれば、偶然とは言いがたいだろう? ましてや自分と他の行商人にどれくらい差異があるかハッキリすればなおさらさ。同じ行商ルートを行くヤツらと比べて、明らかに獣と遭遇する回数が少ないんだからね。特にレーニャがゴキゲンに歌を唄ってる時はそうだったよ」

「歌、ですか?」

 首を傾げて桜色の髪を揺らしながらソルテが訊ねる。

「そうさね。本人は気づいていないみたいだけど、機嫌が良くなるとよく歌を唄うんだ。好物のリンゴを抱えてる時なんて特にね。そういうときは不思議と獣も寄りついて来なかったよ」

「なるほど。それでレーニャという子が居れば、ということですか」

「そういうこと。まあ、今居ないものをあれこれ言っても仕方ないけどねえ」

 言いながらミシェルはヘレナへおどけて見せた。

 ミシェルが口にした通り、居ない相手のことを「もし一緒なら」と仮定しても無意味だ。
 だが、狭い洞窟に閉じこもった自分たちが心理的に追い込まれないためには、こういった無意味な雑談で気を(まぎ)らわすのが効果的だと、長い経験で知っている。
 だからこそ、好奇心豊かな学生たちが食いつきそうな話を持ち出したのだが、話にのってくる元気があったのはソルテという少女ひとりだけだった。

(あっちの四人はかなりまいってるようだね)

 ミシェルの見立てでは、ハンスリックたち四人はもう限界が近い。
 なんとか理性が感情を上回っているが、救援が遅れたり、何かの予期せぬ出来事があればつぶれかねない。そんな気配を感じさせていた。

「少し外の様子を見てきます。余裕があれば水の補充も」

 行き詰まった空気を感じたのか、そう言い残してヘレナが洞窟の入口へ向けて歩いて行った。
 洞窟へこもるときに十分な量の水は持ち込んでいたが、当然それは三日ももたない。周辺の確認も含め、水の確保が必要になる。

 だが危険な森の中を歩き回れるのは、この場にいるメンバーでヘレナだけだ。
 たとえラクターを相手にしても負けない戦いが出来る、いざとなれば逃げ切れる実力を持ったヘレナが護衛として残されたのはそんな理由からである。

 いつもなら周辺の見回りと水の確保で三十分はかかるはずのヘレナが、その日は足早に戻ってきた。まだ一分も経っていないのに、だ。

「まずいことになりました」

 あわてた様子で戻ってきたヘレナが、ミシェルの耳元に小声で報告する。

「何があったんだい?」

「ウィップスです。洞窟の外でウィップスがラクターを捕食してます」

 ミシェルの顔が瞬時にゆがむ。

「こちらに気づいているのかい?」

「いえ、今のところは食事に夢中で気が付いていないようですが……」

 ヘレナが言葉を濁した。

 もともと洞窟の入口で焚いているのは獣避けだ。
 双剣獣やラクターといった獣はこの匂いを嫌うため、今回のように獣の生息地で野営をする場合は必須の道具である。

 だが獣避けが効果を発揮するのはあくまでも獣に関してのみ。ウィップスは獣ではなく魔物であった。
 獣としての名残が強い一部をのぞき、魔物には獣避けの効果が薄い。

 ウィップスには獣避けが通用しないのだ。
 食事を終えたウィップスがこの洞窟に入ってこないという保証はどこにもなかった。

「戦ったとしたらどうなる?」

「一対一で正面から戦う場合、相打ち覚悟でなんとかなるかも……、というところです」

 ラクター相手であれば不意をつけば一方的に、正面からの場合多少の傷は負っても倒せるだけの実力をヘレナは持っている。
 だがそんなヘレナでもウィップス相手では分が悪い。

 不意をつけば勝機はある。
 だがヘレナが命を失う、あるいはそこまでいかなくても戦えないほどの負傷をするということは、すなわちミシェルたち六人の命運が尽きるのと同じ事だ。
 六人分の命を預かる今のヘレナに、そんな一か八かの賭けはできない。

「気づかれないよう、祈るしかないさね」

 幸いウィップスは嗅覚が鈍く、人間同様情報の収集は視覚に頼っている。
 ただ、魔物にしては視覚に比重がよっているとはいえ、それでも人間よりは鋭敏な聴覚を持っているのだ。

 よほど大きな音を立てない限りこちらに気づくとは思えないが、洞窟の中で発生した音がどれくらい響くのかはミシェルにも予想がつかない。
 通常の会話程度ならともかく、叫んだりわめいたりするのは避けるべきだろう。

「一応あの子らにも注意をうながしておいた方が良いだろうね」

 ミシェルの言葉にヘレナも頷く。

 ソルテ以外の四人。特に中でもハンスリックは精神状態が非常に不安定だった。事前に釘を刺しておくべきだろう。
 余計なことさえしなければ、木の上を寝床にするウィップスは洞窟になど入らず立ち去って行くはずだった。

「頼めるかい、ヘレナ」

「分かりました。私から説明しておきましょう」

 快諾したミシェルが学生たちのもとへと歩み寄る。
 現在の状況を説明したのだろう。何事かと顔色をうかがっていた学生たちの表情が、見る見るうちに青くなっていく。

(まあ、学生さんにはしんどいさね)

 自業自得とはいえ、こんな魔窟のど真ん中で洞窟に三日も閉じこめられているのだ。
 擁護する気にはなれないが、ミシェルは幼い少年少女の心情をおもんばかった。

 やれやれ、と心の中でため息をつきながら視線をそらそうとした時、ミシェルの配慮を台無しにして声を荒げる人間がいた。

「ふざけるな! 僕たちをここに押し込んだのは貴様たちだろう! 今さら危険だと!?」

 苛立ちをあらわに、ヘレナへ殴りかからんばかりの剣幕で迫るのは銀髪の少年、ハンスリックだった。

「あの馬鹿が!」

 思わず舌打ちしたミシェルを誰に責めることができようか。
 洞窟内をハンスリックの声が反響する。
 この声がウィップスのもとまで届いていないことを祈るのみであった。

「声を抑えなさい。あなたの声が魔物を呼び込むことになりかねないのですよ」

 ボリュームを抑えながらもヘレナがきつい口調で言い聞かせる。
 ソルテをはじめ他の少年少女たちもあわててハンスリックをなだめようとしていた。

 が、もはやその尽力も時すでに遅かった。
 洞窟の入口から、明らかに人間のものではない声が聞こえてきたのだ。

「フォー、フォー」

 それを耳にしたミシェルとヘレナの顔から一瞬にして表情が消える。

「なんてこったい……」

 彼女たちの元へ届いたその音が、自分たちへ死を招く冥界の調べであることを知っていたからだ。
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