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千剣の魔術師と呼ばれた剣士 作者:高光晶

第三章 自信過剰な迷子たち

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第19話

 斧士を狙った巨大ヘビの牙をラージシールドがはじき返した。

「ひぃ!」

 思わず尻もちをついた斧士の眼に映ったのは、彼を庇うようにして立ちふさがる紫髪(しはつ)の剣士。その口が開き、斧士に端的(たんてき)な言葉がかけられる。

「下がっていろ」

「は、はい」

 斧士がほうほうの体でその場から逃げるのを待って、紫髪の剣士が剣を構える。

「待たせたな、それじゃあ一丁やりますか」

 軽い口調とは裏腹に、油断などみじんも感じさせない真剣な表情で紫髪の剣士は巨大ヘビと相対した。
 巨大ヘビの威嚇音だけが響く中、タイミングを見計らって紫髪の剣士が剣撃を繰り出そうとしたとき、突然巨大ヘビがのたうち回りはじめる。

 何事かと目を向けた先でハンスリックたちが見たものは、大きく切り裂かれて大量の血を吹き出しているヘビの胴体。
 目の前に広がる光景についていけず、呆然とするハンスリックたちをよそに、再びヘビの胴体が切り裂かれた。

「な、なにが……?」

 ハンスリックがうめくように言いながら目をこらすと、暴れ回るヘビの体を軽やかにかわしながら手に持った剣で斬り裂いている金髪の女性が見えた。

 その女性は踊るかのように華麗な体さばきでヘビの周りを動き回る。
 彼女がステップを踏むたびにヘビの体は切り刻まれ、血まみれになっていった。

 美しい金髪をなびかせながら軽やかに舞うその様子は、戦いと言うよりも剣舞と表現した方がふさわしい。
 ハンスリックたちは状況も忘れてその美しさに目を奪われてしまう。

 やがて動きが衰えはじめたヘビの頭部を紫髪の剣士がたたき割ると、それがとどめの一撃となった。

 危機を脱し、ハンスリックたちが息をついていると、とどめを刺した紫髪の剣士が金髪の女性剣士に向けて怒鳴りはじめた。

「おい、ヘレナ! 俺の獲物を勝手に取るな!」

「あら、人聞きの悪いことを言わないでください。あなたの役目はその子たちを守ることであって、ラクターを狩るのは私の仕事でしょう?」

「うっせえ! ラクターなんぞ俺ひとりで十分だって言っただろうが!」

「ラクターを倒すことよりも子供たちの守りを優先しろ、とミシェルが言っていたのを聞いていなかったんですか? あきれたものですね」

「なんだと!?」

「はいはい、そこまで。クレンテもヘレナもよくやってくれたよ。ケンカするのは良いけど後でやっとくれ」

 茂みの中からパンパンと手を叩きながら声がする。

 声に続いて現れたのは、紺色の髪を後ろでくくった初老の女性。
 ハンスリックたち学生に目もくれず言い争いをはじめた紫髪と金髪の剣士たちだったが、その女性が仲裁すると素直に従った。

 さらに女性の後ろから三人の男が現れる。いずれも武装をしており、傭兵であることがすぐに分かった。

「くそお! せっかく俺の実力をアピールするチャンスだったのに!」

 クレンテと呼ばれた紫髪の剣士が悔しそうに地団駄を踏む。

「そんなことお言いでないよ。アンタはきちんと自分の仕事をしたじゃないか。敵に突っ込むだけの単細胞より、きちんと守るべきものを守れる男の方がアタシゃすごいと思うけど、アンタは違うのかい?」

「む、そう言ってもらえるのであれば……」

 まんざらでもなさそうなクレンテを素通りして、初老の女性はハンスリックたちの前へと進み出た。

「怪我はないかい? 余計なお世話かとも思ったんだけど、見た感じ危なっかしかったんでね。ちょいと手を出させてもらったよ」

 こうして窮地(きゅうち)を救われたハンスリックたちは、クレンテたちの保護を受けることになる。

 クレンテたちはやはり見た通りの傭兵だった。
 初老の女性は行商人のミシェルと名乗り、クレンテたち五人を護衛として雇って森を抜けるところだったと話す。

 その途中、若い傭兵――ミシェルからすれば傭兵に見えたらしい――が苦戦しているのを見て手を貸すことにしたと説明された。

 最初こそミシェルは治療薬など必要な物があれば相場で譲る、と好意的に接していた。
 ところが、ハンスリックたちが学生の身であること、また双剣獣一体にも勝てない実力であることがわかると、途端に辛辣(しんらつ)な言葉を吐くようになった。

「アンタたちの学園じゃあ、『分相応』って言葉を教えてくれないのかい? 双剣獣にすら勝てないような実力で、よくもまあこの森に入ろうなんて考えに行き着いたもんだね」

「だったらあなたは双剣獣に勝てるとでも言うのか?」

 たまらず反論するハンスリックに、ミシェルは鼻で笑って言った。

「バカを言うんじゃないよ。アタシゃ行商人だよ? 戦うんじゃなくて商売するのが仕事さ。でもね、自分の力は知ってるし、この森の危険性も理解してる。だからこうして五人も腕利きを雇ってるんじゃないか。これが自分を知るってことさ。アンタらがちゃんと護衛を雇っているんなら、こんなこと言いやしないよ。護衛はいたけど魔物にやられた、ってんなら分かるさ。でもアンタらはこの森を甘く見て護衛すら雇ってない。どこに擁護(ようご)する余地があるってんだい」

 歯に衣着(きぬき)せぬミシェルの言葉に、自分たちでも分かっていた事とはいえ、ソルテたちは落ち込む。

 唯一納得していないのはハンスリックだった。
 由緒正しい家柄に生まれ、幼い頃から英才教育をほどこされたハンスリックは、跡継ぎでこそなかったが将来を嘱望(しょくぼう)された少年である。

 学園でも入学時から主席を譲ることなく、常に成績はトップ。
 剣を持てば学園の講師にも引けを取らない腕前を見せ、すでに近衛兵と同等の力量を持つとまで言われたほどだった。

 これまで失敗らしい失敗をしたことがない彼にとって、今回の結果は決して認めたくないだろう。
 しかも一介の行商人にこうまでこき下ろされているのだ。彼のプライドはズタズタに違いない。

 横からソルテがミシェルに話しかける。

「おっしゃる通り、私たちの見通しが甘すぎました」

 ここに来るまではたまたま運良く獣に襲われなかったが、これから森を抜けるまでもその幸運が続くとは限らない。
 当然襲われれば自分たちの実力では切り抜けられないことは明らかだった。

「頼るばかりで申し訳ないのですが、森を抜けるまでご一緒させていただくことはできないでしょうか?」

 となれば、森の獣と戦える実力を持ったミシェルたち一行についていくのが最も安全な選択である。
 ソルテが口にしたことは、彼女たちにしてみれば必然的にたどり着いた結論であった。

「ふむ……、アンタら五人を連れてかい? どうだい、ヘレナ? いけそうかい?」

「無理です。私たちだけでミシェルさんを含めた六人全員を守りきるのは困難です。ひとりふたり犠牲が出ても構わないとおっしゃるのでしたら話は別ですが」

 金髪の剣士が即答した。
 無個性な顔つきとは反対に、()もれ日を受けて輝く長い金髪と、そこからのぞくちょっと先の尖った耳が印象的な女性だった。

 身につけるのは白銀色に染めたレザーアーマー。盾は持たずやや短めの両刃剣を二本腰に下げている。
 年の頃はおそらく二十代後半。
 だがミシェルから相談を受けるあたり、傭兵たちのリーダー的存在なのかもしれない。

「私たちも護身の術は多少学んでおります。戦力にはならないかもしれませんが、少なくとも足手まといには――」

 ソルテの言葉を阻んでヘレナが言う。

「あなたはそう言いますが、こちらとしては守りきる自信がない以上、本来の護衛対象であるミシェルさんを危険にさらすわけにはいかないのです。それにあなたがたは守られる訓練などしていないでしょう?」

「守られる訓練……ですか?」

「そうです。私たちにとって、あなた方のうち誰かひとりを護衛するよりも、ミシェルさんふたりを護衛する方がよほど簡単なんですよ」

「それは、どういうことでしょう?」

 一拍の間をおいて、ソルテの疑問にヘレナが答える。

「人を守る技術があるように、守られる側にも技量というものがあるのです。敵や味方の配置、周囲の地形を把握した上で、護衛が動きやすいように立ち位置を変える。形勢が不利と分かればすみやかに撤退へ移れる体勢を維持する。なにより状況の変化にうろたえず平常心を保ち続ける強い精神力。そういったものは訓練なり場数なりを踏まないと、一朝一夕では身につきません。ミシェルさんはこれまでに多くの戦いを経験されています。ご自身が戦いに加わることがなくても、戦いを見てきた数だけなら私たちとそう変わりがないでしょう。だからこそ、戦いの場において、どのように行動すれば私たちが護衛しやすいのか、どうすれば邪魔にならないかというのをよくご存知なのです」

「おやおや、おだてても護衛代は上がらないよ」

 横でミシェルがカラカラと笑った。

「別にお世辞を言っているつもりはありませんよ。事実です。ミシェルさんは非常に護衛しやすいですから」

「た、確かに私たちはそういった守られるための訓練を受けたことはありません。ですが、身を守る訓練はしっかりとやっております」

「まだ勘違いしてるようですから説明しましょう。守る側にとって一番大変な護衛対象は子供や動物です。なぜだか分かりますか?」

「言うことをきかないから……でしょうか?」

「大体正解です。ではその次に守るのが大変なのはどういった相手だと思いますか?」

「え、と………………、戦う力を持たない一般の人ではないかと?」

「違います。もちろん一般人の護衛も大変です。ですがそれよりも護衛が大変なのは『実力もないのに自分は戦えると思っている人間』なのです。一般人は自分が戦えないことを知っていますから、敵に向かっていったりはしませんが、なまじ自分が戦えると思っている人間はこちらの苦労を無駄にして自分から危険に飛び込んでしまいますからね。むしろ無力な一般人より(たち)が悪いのですよ。つまり、あなた方のことです」

「それは……」

「もちろん本当に自分の身を守る実力があるなら話は別です。ただ、この森で最も(くみ)しやすい双剣獣相手に五人掛かりで勝てないようでは、とても説得力がありません。まあ、いずれにせよ私たち五人で六人の人間を護衛しながら森を抜けるのはリスクが高すぎます」

 ソルテはそれ以上何も言わなかった。
 自分たちの身は自分で守れるという発言そのものが、未だ身の程をわきまえていない増長した考え方だと指摘されたようなものだからだ。

 だが、そこで黙っていられなかった人間がいる。ハンスリックだ。

「なんだと!? 僕たちをこのまま見捨てていくつもりか!?」

 常ならぬハンスリックの乱暴な物言いに、四人の学生たちが戸惑う。
 普段の自信に満ちた雰囲気からは想像も出来ないありさまだった。

「自分から危険な森に突っ込んで来ておいて、なに間の抜けたこと言ってんだろうね、この坊ちゃんは?」

 ハンスリックをからかうように紫髪の剣士が笑う。

「やめな、クレンテ! 大人げないよ!」

 ミシェルがそれを(とが)めた。

「へいへい。それで、どうするんで?」

「乗りかかった船だ。このまま子供を見捨てて行ったんじゃあ、寝覚めが悪過ぎるよ。ヘレナ、アンタは悪いけどアタシとここに残ってくれるかい?」

「俺たちは?」

「クレンテたちは森を抜けてトリアまで救援を呼びに行っておくれ。前払いで金貨二十枚でも出せば四、五人は集まるだろうさ」

「ミシェルたちはどうすんだよ? ヘレナひとりじゃお守りまで手が回らないだろう?」

「適当に空の洞窟を見つけてこもるさ。ちょっともったいないけど獣避けを入口で()いてりゃ、四日くらいはなんとかなるよ。食糧は十分あるし、水さえ確保しとけばアンタらが戻ってくるまでは大丈夫さね」

「ふむ……、坊ちゃんたちをぞろぞろ引き連れて行くよりは、その方が良いか……。わかった、じゃあさっそく取りかかるとするか! まずは洞窟探しだ!」

 こうしてクレンテたち傭兵が戻ってくるまでの間、ミシェル、ヘレナ、そしてハンスリックたち合わせて七人は、洞窟の中で救援を待つことになった。
千剣の魔術師と呼ばれた剣士 書籍化決定!
スニーカー文庫より2017年12月1日発売予定!
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