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千剣の魔術師と呼ばれた剣士 作者:高光晶

第一章 双子の少女

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第1話

「猛き紅は烈炎の軌跡に生まれ出でし古竜の吐息――――喰らえ! 煉獄の炎フェルノ・レスタ・ガノフ!」

 青いローブに身を包んだ男が詠唱を終えると同時に、炎の渦が巻き起こる。
 またたく間に視界全てが赤く染まり、それまで火の気など一切感じられなかった森の中へ、灼熱地獄と思わんばかりの恐ろしい光景が現れる。

「やったか!?」

「わからん! だがあの炎をまともに喰らって無事でいられるはずがない!」

 炎がもたらした光景を見ながら、ふたりの男が言葉を交わす。
 ひとりは炎を呼び出した青いローブの男、そしてもうひとりは厚手のレザーアーマーを着込んだ男だった。

 ふたりの目に映っているのは青々と茂る森の木々、そしてその中で不自然に作られた黒染めの空間。
 青ローブの男が産みだした炎によって焼け、黒く染まった幹だけが残る何本もの樹木。
 ちりちりと残り火がくすぶる空間に、それらは寂しげに立ちつくす。

 だがそこにあるはずの人影は見当たらない。
 あれだけの炎に焼かれれば、人間などひとたまりもないだろう。
 本来なら皮膚の炭化した人間がひとり倒れているはずだが、新たに生み出された小さな公園ほどの焼け跡にそれらしい影は見あたらなかった。

「探せ!」

 青ローブの男が声をあげる。

 まだ戦いは終わっていない。一瞬で気を引き締めると、男たちは周囲へと警戒の網を張る。
 油断すれば自分たちこそが狩られる側になることを、男たちも理解しているようだった。

「遅いよ」

 つまらない、とでも言いたそうな声がした。

 次の瞬間、レザーアーマーの男は背後からの襲撃を受ける。
 レザーアーマーの男がすぐさま振り向き、手に持ったブロードソードでその攻撃を防ぐことに成功したのは、常日頃から続けていた鍛錬のたまものであった。 

 考えるより先に動いた剣が、斬りかかってきた敵の一撃を受け止める。
 金属同士のぶつかり合う音が響く。

 とっさに相手の攻撃を防いだ男は、敵の姿を視認しようとして驚愕に目をむいた。
 男の向けた視線の先、だがそこには――誰もいない。

 しかし敵が攻撃してきた証――武器となるショートソード――は確かにそこへ存在している。
 今この瞬間も男の剣を押し込もうと、強い力で圧迫してくるのだ。

「これが、剣魔術――!?」

 ターゲットの情報として事前に知らされていたとはいえ、耳にするのと実際にその目で見るのとでは大違いだ。

 剣が人の手を離れて自由に宙を舞い、無慈悲に人を殺す。
 そのような荒唐無稽の話、聞いた人間の大半は与太話として笑い飛ばすだろう。
 男たちもつい先ほどまでは半信半疑であったはずだ。
 だが今この瞬間、依頼主から聞かされたその情報がまごうことなき真実であることを男たちは理解した。

「くっ、早い!」

 ショートソードが宙を舞う。
 レザーアーマーの男が息を吐く間もゆるさず、右から左からすさまじい速度で剣撃が襲いかかる。
 男はすぐさま防戦一方となった。

「卑怯者め! 姿を見せろ!」

 仲間が苦境に陥るのを見て、青ローブの男が叫ぶ。

「卑怯? ふんっ、いきなり炎で焼き殺そうとしてきたあんたらに言われたくはない」

 声の主は鼻で笑うとそう言った。

「だがまあ、出てこいって言うのなら出て行ってやろう」

 その言葉と同時に、焼け焦げた大木の影からひとりの男が姿を現す。

 中肉中背、黒目黒髪のごくありふれた容姿。
 その額に一条巻かれたスミレ色の布を除くと、人混みであっという間に見失ってしまいそうな雰囲気の少年だった。

 身につけているのはやや丈の短い藤色のローブ。
 一見して魔術師としか見えない軽装だったが、なぜか腰のベルトには一振りのブロードソードが下げられている。
 一方で魔術師が必ずと言って良いほど所持している杖の(たぐ)いは持っていないように見えた。

「ノコノコ出てきやがって!」

 青ローブは杖を構えると、すぐさま詠唱に入る。

 レザーアーマーの男がショートソードの攻撃を受けている間にケリをつけようという目論見(もくろみ)だろう。
 剣を魔法で操っている限り、他の魔法は使えないだろうと判断してのことだ。

「喰らえ!」

 短い詠唱の後に青ローブの男が火球(グライスト)の魔法を放つ。

 杖で指し示した空間に両手大の燃えさかる火球が出現し、音もなく少年へと飛びかかった。
 剣を魔法で制御している少年には、それを防ぐための魔法を唱える余裕がない。
 身をかわそうにも、火球はすさまじい速度で襲いかかる。
 体術すらろくに修練していない魔術師では、とっさに避ける(すべ)など持ち合わせもないだろう。

「もらった!」

 勝利を確信した青ローブの男であったが、次の瞬間、信じられないものを見て絶句させられる。
 着弾する直前、藤色のローブを着た少年が腕をひと払いしただけで、男の放った火球が掻き消えたのだ。

「な、なんだ!? 何をした!?」

 それは青ローブの男にとってまったく理解しがたいことだった。
 今も少年の操るショートソードは仲間の男を巧みに追い詰めつつある。
 逆に言えばショートソードの制御をしている限り他の魔法を使うことなどできないはずだ。
 にもかかわらず、青ローブの男が放った火球は消えてしまった。いや、消されてしまったのだろう。

「別に大したことはしていないが?」

 狼狽する青ローブとは対照的に、少年はこともなげに言い放つ。

「ま、どうでも良いことか」

 つまらなさそうにつぶやき少年が視線を向けた瞬間、青ローブの胸を後ろから一本のショートソードが貫いた。

「あ……、なぜ……? ……かはっ」

 青ローブの男が今もショートソードと戦い続ける仲間の方を向き、次に自分の胸から生えているショートソードを見る。
 肺を満たした血が逆流して口からこぼれ出た。

「に……ほん、め……?」

 まさか同時に二本を操れるとは思っていなかったのか、完全に無防備だったその体を貫通したショートソードに、驚愕の表情を浮かべたまま青ローブの男は倒れた。

「お、おい! しっかりしろ!」

 仲間の男が声をかけるも返事がない。
 青ローブの体から抜け出たショートソードがレザーアーマーの男へと襲いかかる。

 ショートソード一本ですら守ることで精一杯となっていたのだ。
 そこへさらにもう一本の剣が加われば、防ぎ続けることなど困難だろう。

「くそっ!」

 レザーアーマーの男は瞬時に不利を悟って、身をひるがえした。
 仲間を捨てて一目散に逃げの一手。それはこの場合、最も的確な選択だろう。

 戦いの開始からこの瞬間まで、主導権は少年の手にあった。
 そこに圧倒的な実力差があることをようやく理解したのだ。

 だが、すでに気づくのが遅い。本来ならそれは少年を襲う前に気が付くべきことであり、彼らにとって最善の選択肢は『少年に敵対しない』ことであったのだ。
 今さら背を向けたとて見逃してもらえるとは限らない。

 少年の操る二本のショートソードが、木々の合間を縫って男を追い立てる。
 その様子は必死で逃げる草食動物をつがいで狩りたてる肉食獣のようであった。

 またたく間に追いついたショートソードが、レザーアーマーの男を背後から襲う。
 もはや男の命が掻き消えようかというその瞬間。少年の頭上から殺意が降りかかる。

「しょせんは魔術師。懐に潜り込めば――!」

 戦いの前から樹上へひそんでいた仲間の剣士が、ショートソードが遠く離れたタイミングを見計らって襲いかかった。

 少年が操る二本のショートソードはレザーアーマーの男を追って離れた場所へ飛んでいる。
 そしてなによりもろくに護身術すら身につけていない魔術師には、間近から振り下ろされる剣にあらがう術がない。
 仲間の魔術師が倒され、もうひとりが窮地に追い込まれてもなお、絶好のチャンスをうかがい、息を潜めていた男が乾坤一擲(けんこんいってき)とばかりに刃を(おど)らせる。

 またたきをするほどのわずかな一瞬。
 魔術師にはとうてい反応出来ないであろうと勝利を確信した男の予想は見事にはずれた。

「そんなに殺気をダダ漏れさせといて、あれで隠れていたつもりなのか?」

 男の眼に映ったのは、ブロードソードを抜き頭上からの一撃を防いだ少年の姿。

「い、いつの間に……?」

 防がれるとは思っていなかったのだろう。男の目が見開かれ声がうわずる。
 男には少年がいつ剣を抜いたのかさえわからなかった。

「くっ! しかしこの距離で魔術師に何ができる! いくら剣魔術の使い手といえど、距離を詰めてしまえばこっちのものだ!」

 言い放つや、続けざまに男が剣撃をくりだす。

 ただの剣撃ではない。牙刀(がとう)流免許皆伝の腕前を持つ男のそれは、名のある傭兵たちを幾人も葬り去ってきた巧みな剣だ。
 そこいらの剣士にはとてもたどり着けない(わざ)の太刀筋。まして素人同然の魔術師などひとたまりもない。
 そう、ひとたまりもないはずなのだ。しかし――。

「強い……!」

 男の口から思わず言葉がこぼれる。

 横から払い、肩から斬り落とし、力で押し、連撃を加える。
 翻弄するための速撃、惑わすためのフェイント、修練の果てに習得した牙刀流の奥義をたたき込む。
 それを少年に涼しい顔でさばかれた。

「何者だ、キサマ!」

 逆に男が焦りを見せはじめる。
 剣を交わしてようやく分かった少年の力量、そして自分がおかれた立場と恐怖。
 男の全力を軽くいなす少年に、背中へ冷たい汗が流れるのを感じていた。

「魔術師が……、ここまでの業を持っているなど……!」

 攻撃の手が止まった男に向けて、今度はこちらの番とばかりに少年がブロードソードを構える。

「あんたに言っても仕方ないんだけど――」

 不機嫌を隠しきれない表情で少年が口を開いた。
 手に持ったブロードソードがかすかにぶれたその刹那、男の首が横一文字に斬り裂かれる。

「俺は一度も魔術師だなんて名乗った覚えがないんだけどな」

 もやがかかるように暗くなっていく視界と共に、聞こえてきた少年の声。それが男にとって人生の最後に聞いた言葉だった。
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