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千剣の魔術師と呼ばれた剣士 作者:高光晶

第三章 自信過剰な迷子たち

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第18話

 背の高い木々に太陽の光がさえぎられ、薄暗く湿った空気があたりに漂う。

 ナグラス王国最大の森林、コーサスの森では人間などただの部外者でしかない。
 あえてその存在を許されるとしたら、それは捕食者に狩られる『エサ』としての立場だ。

「くそお! なんでこんな事に!」

 森の魔物から身を隠し続け、すでに三日。彼らの苛立(いらだ)ちは抑えきれないほどに高まっていた。

「落ち着きなさい。冷静さを失った先に良い結果など待ってはいませんよ」

「ふんっ!」

 年上の女性に(さと)されて、銀髪の少年が腹立たしさを壁にぶつけた。
 周囲に座っていた三人の少年少女たちがビクリと身をすくませる。
 銀髪の少年ひとりがいくら暴れたところで、自然の手で作られたこの洞窟はビクともしないだろうが、心身ともに憔悴(しょうすい)している彼らにはわずかなショックでもこたえるようだ。

 ここはコーサスの森。
 そして彼らがいるのは森の中に点在する天然の洞窟。

 陽の光およばぬ暗闇の中、ランタンの炎が人数分の影を作り出す。
 洞窟の中で腰をおろしている人間は全員で七人。
 まだ十代の少年少女が五人と成人した女性、そして初老の女商人である。

「ハンスリックさん。助けてくださった恩人相手にその態度はいかがなものかと思いますよ」

 桜色の髪を束ねた少女が銀髪の少年をたしなめる。
 他の少年少女たちが目に見えて怯えているのとは対照的に、彼女だけはこの状況に陥っても泰然(たいぜん)たる態度を保ち続けていた。

「うるさいぞ、ソルテ! 僕に意見するつもりか!?」

「そんなつもりは……」

「ピーチクパーチク、アンタこそうるさいよ! 不安だからって物や他人に当たり散らすんじゃない! みっともないったらありゃしないさね!」

 口ごもる少女になおも言い詰め寄ろうとしていた少年を見て、横やりを入れたのは初老の女商人だった。

 見たところ歳は五十に届くかというところ。若々しく活力にあふれてはいるが、目尻や口元のシワは隠しようがない。紺色の髪はうなじの部分で小さな尻尾のようにまとめられていた。

「貴様! 僕をレムシェイド家の次男ハンスリックと知っての無礼か!?」

「だったらアンタひとりでさっさとここから出て行きな。もともとアタシにゃアンタらを助ける義理もなけりゃ責任もないんだからね」

 女が放つ商人とは思えない鋭い眼光に、ハンスリックは思わずたじろぎ「くそっ!」と、悪態をつきながらもしぶしぶと腰を下ろす。

 その様子を冷たい視線で眺める女商人のそばへ、桜色の髪をした少女が近づいた。
 少女は女商人の前で座るなり、深々と頭を下げる。

「申し訳ありません。私たちの仲間が失礼をいたしました。ここを追い出されてしまえば私たちは身を守る(すべ)がありません。どうかお許しを」

「アンタ、確かソルテだっけ? 別にアンタを追い出すつもりはないよ。他の子も大人しくしてくれるなら追い出したりしない。ただ、アタシたちにアンタらを助ける義務はないって事を憶えておいてくれれば良いのさ」

「はい。肝に銘じておきます」

 ソルテはもう一度頭を下げると、仲間の少年少女たちがいる場所へと戻ってきた。
 狭い洞窟内でのことだ。女商人との会話は他の仲間にも聞こえている。今さらソルテから改めて聞くまでもないし、ハンスリック以外の三人はソルテと同じ考えだった。

 彼ら五人は全員がナグラス王国の王都にあるマリウレス学園の生徒だ。
 今年卒業を控えた最高学年に属し、その中でも実力を認められた将来有望株たちである。

 リーダーのハンスリックは武の名門レムシェイド家の次男であり、学年主席に名を記す秀才だ。文武に秀で、周囲からの人望も厚い、レムシェイド家当主自慢の息子と言われている。
 ソルテは教会所属のシスターでありながらマリウレス学園への入学を許可された異色の人物だ。若干十五歳にして癒しの術を習得しており、いずれは聖女の称号を得るのではないかと教会では期待されている。
 その他の三人もそれぞれ学園の上位優秀者に名を連ね、卒業後の活躍が期待されていた。

 男三人、女ふたりの彼らは、互いに良きライバルであり良き仲間であった。
 周りの学生たちから抜きん出た存在であるがために、自分たちと肩をならべられる相手が他にいなかったのだ。
 必然的に彼らは行動を共にすることが多くなり、小規模集団戦においてパーティを組むことになった。マリウレス学園トップチームのできあがりである。

 彼らにかなう相手など、学園の中には存在しない。
 学園内の試技では全戦全勝。圧倒的な強さを見せつけた。

 周囲がその実力をたたえる中、精神的に未熟な少年少女たちは自らの力を過信したのだ。
 ハンスリックたちは卒業を半年後に控え、最後の長期休暇を利用して遠征を企画した。

 学園では学生たちの遠征を禁止していない。むしろ実戦経験を積むことは推奨されている。
 だが安全面への配慮から、学生の実力に応じて推奨する遠征場所が定められているのは仕方のないことだろう。

 王都周辺の危険な生物が少ない場所、いざというときに救助が向かいやすい場所が選ばれ、当然のことながら魔物がいるような場所は外されている。
 学園指定の場所以外へ遠征することも禁止されていないが、その場合は適切な能力を持った傭兵を護衛に雇うよう求められていた。
 コーサスの森はそんな場所のひとつである。

 学園が指定する遠征場所は、あくまでも通常の学生を対象にしたもの。
 自分たちの実力では行ったところで鍛錬にはならない。
 もっと難易度の高い場所、それも護衛を伴わず自分たちだけの力で行って、ようやく鍛錬になるだろう。そう口にしたハンスリックに従い、彼らは護衛を雇うことなく森へと足を踏み入れたのだ。

 唯一ソルテだけは護衛を雇うべきだと主張した。
 だが「苦戦するようなら街へ戻り改めて護衛を雇えば良い」と言う他の四人に結局押し切られてしまったのだ。
 結果、自分たちの力だけで問題ないと判断を誤った彼らは窮地(きゅうち)(おちい)った。

 トリアの街で入手した地図はところどころ空白部分があったものの、安全に進めるルートがきちんと記されている。
 実際に森へ入ってから丸一日、ハンスリックたちは一度も獣に出会わず森を進んだ。

 本来ならばこの時に疑問を持つべきであったのだ。
 ナグラス王国でも指折りの魔窟、コーサスの森がどれほど危険な場所か理解していれば、その状況がおかしいと気づいていただろう。
 だが高揚感に包まれた彼らは、森の恐ろしさをその身で知る機会もなく、奥へ奥へと足を踏み入れてしまった。

 彼らがその間違いに気づいたのは三日目――森へ入って二日目――の昼を過ぎてからだ。
 本来は四日間の予定であったため、すでに帰路へつかないとまずい。だが森へ入ってからというもの、彼らは小型の草食動物以外の獣に遭遇していなかった。

 これでは鍛錬にもならない。単なる旅行と言ってさしつかえないだろう。
 もう一度出直すにしても、一度くらい戦ってからでなければ、今後の指針も決められない。

 話し合いの結果、そんな結論に至ったため、予定を過ぎてもそのまま森を奥へ奥へと進んでいたのだ。
 その頃には森へ入った時に持っていた警戒心も緩み、周囲への注意も散漫になっていた。
 鳥の声や小型の草食動物が見当たらなくなっていたことに、だれも気づかなかったのだ。

 草木を押し分け、小枝を切り落としながら進んでいた先頭のハンスリックが最初にそれを見つけた。

「おい、あれを……」

 ハンスリックの示す方向に黒い塊が見えた。

「あれは……双剣獣(そうけんじゅう)とかいう獣ですね」

 仲間のひとりが聞きかじりの知識を披露する。

「一体しかいないようだ。小手調べにはちょうど良い」

 あふれる自信がこぼれ落ちそうな笑顔を見せてハンスリックが言う。

「まずは俺が正面に立つ。援護頼むぞ」

「おう」

「はい」

 仲間の返事を受け、ハンスリックが攻撃の合図をした。

「よし、今だ! 囲め!」

 先手必勝とばかりに飛び出したハンスリックがロングソードを双剣獣へ突き立てる。
 だがハンスリックの一撃は固い外皮に阻まれ、傷ひとつつけられなかった。

「くっ! 固い!」

 不意の一撃を受けた双剣獣はすぐさまハンスリックを敵とみなし、名前の起源ともなった二本の牙をカチカチと打ち合わせて威嚇した。

「回り込んで外皮の節を狙え!」

 奇襲となる攻撃を防がれたハンスリックは、とっさに距離を取ると仲間の斧士と剣士に指示を出す。
 ソルトともうひとりの少女は距離をあけ、いつでも支援が出来る体勢を取る。

「どおおりゃああ!」

 双剣獣の横から仲間の斧士が襲いかかるが、振り上げた斧は硬い外皮に阻まれてしまう。

「硬い上に滑るぞ、これ!」

 斧士の言う通り、双剣獣の外皮はその硬さもさることながら、ツルツルの表面が刃を受け流してしまうのだ。
 力を入れてたたきつぶすにしても、角度がずれれば威力は半減してしまう。

 ハンスリックともうひとりの剣士がタイミングをずらして突きを連続で放つが、やはり外皮に弾かれて傷ひとつ与えられなかった。

「切り裂く風は白き淑女(しゅくじょ)(かな)でる調(しら)べ――――風切(シェルウィ)!」

 ソルトと共に控えていた少女が風の魔法を繰り出す。
 空気を切り裂いて襲いかかった風の刃は双剣獣の足を一本切り落とすことに成功したものの、その外皮には傷ひとつ付けられずにいた。

 硬い外皮を持つ双剣獣に魔法で対抗するのは間違った手段ではない。

 だが切ることを目的とした『風切』の魔法と双剣獣の相性は非常に悪かった。
 これが『火球』や『氷塊』であれば効果的だっただろうし、せめて『岩石』の魔法であればもっとダメージを与えられたかもしれない。

 彼女の魔法属性が風でなければもっと違った結果になっていたであろう。

「つ、強い……」

 ハンスリックの顔に焦りが浮かぶ。

「ハンス! どうする!?」

 一向に有効打を与えることが出来ない状況に、斧士が判断を問う。
 双剣獣は確かに硬い。こちらからの攻撃はことごとくその外皮で弾かれ、頼みの綱であった魔法攻撃も決定打にはならない。

 だが一方で動きはそれほど速くないのだ。
 全力で逃げれば人間の足には追いつけないだろう。
 幸いなことに相手は一体。回り込まれる心配もない。

 しかし――。

「双剣獣一体くらい、僕たちならやれる! ヤツだって不死身じゃないんだ! 足も失って体力は消耗してるはずだ!」

 ハンスリックは撤退を選択しなかった。

 その気持ちは他のメンバーにも理解できた。
 護衛の傭兵すら雇わず、学園の指定を無視して推奨されていない危険な森へやってきたあげく、たった一度の戦闘で尻尾を巻いて逃げ帰るなど、自分たちのプライドが許さない。

 まして相手はコーサスの森でも比較的危険度の低いと言われる双剣獣がたったの一体。
 魔物ですらない相手に手も足も出ませんでしたなどと言おうものなら、学園期待の星である自分たちの評判は地に落ちるだろう。

 そんな思いが彼らの目を曇らせ、最後の撤退機会を失わせた。
 次の瞬間、双剣獣の背後にある茂みから巨大な物体が飛び出す。
 その巨大な物体は、ハンスリックたちに囲まれた双剣獣へ襲いかかり、またたく間に強靱なアゴで黒い外皮をかみ砕いた。

「な……」

 ハンスリックたちが金縛りにあったかのように身を硬直させる中、茂みの奥からその胴体が現れる。

 それは薄紫色の巨大なヘビだった。
 体の太さは人間の胴ほどもあり、頭部だけでも双剣獣より一回り大きい。
 茂みに隠れたままの胴体はどれほど長いのか予想もつかなかった。

 ヘビは体をくねらせながらも、その牙でしっかりと双剣獣を押さえ込んでいる。
 ミシミシと不気味な音を立てながら双剣獣の体が潰れていくのを目の当たりにして、ハンスリックたちは背筋を凍らせる。

 理性は逃げ出せと声高に叫んでいたが、あまりの恐怖に体が動かない。
 やがて双剣獣であった黒い塊をゆっくりと飲み込むと、巨大ヘビはハンスリックたちにその敵意を向けはじめる。

「シャアァァァ!」

 ハンスリックたちが手も足も出なかった双剣獣、それをいとも容易く捕食してしまった巨大ヘビ相手に彼らが勝てる見込などない。
 どう考えても逃げの一手しか選択肢はないのだが、圧倒的強者を目の前にしてハンスリックたちの足は岩のように固まってしまっていた。

「に、逃げ――」

「キシャアアア!」

 斧士が絞り出した言葉を引き金に、巨大ヘビがハンスリックたちへ襲いかかった。

 最初の標的となった斧士へと巨大ヘビの牙が迫る。
 避ける事も出来ず棒立ちになった斧士が牙に貫かれる直前、その突進を受け止めるようにしてラージシールドが立ちふさがった。
千剣の魔術師と呼ばれた剣士 書籍化決定!
スニーカー文庫より2017年12月1日発売予定!
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