挿絵表示切替ボタン
▼配色







▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる
千剣の魔術師と呼ばれた剣士 作者:高光晶

第三章 自信過剰な迷子たち

しおりの位置情報を変更しました
エラーが発生しました

ブックマークしました。

設定

更新通知 0/400

設定を保存しました
エラーが発生しました

カテゴリ

ブックマークへ

以下のブックマークを解除します。
よろしければ[解除]を押してください。

ブックマークを解除しました。

17/103

第16話

 止まり木亭に戻ったアルディスは、カウンターで書き物をしているカシハに声をかけ、明日の昼に宿を引き払うつもりだと伝える。

「え? あ……、はい……」

 対するカシハは一瞬驚きに目を丸くしたが、すぐに申し訳なさそうに返事をした。

 アルディスはここ数日、他の客から向けられる視線に嫌悪感のようなものが混じっていることに気がついていた。
 同時にカシハも最初のようなハツラツとした態度から一変し、思い悩んだような表情を見せるようになっている。
 口に出す言葉もなにやら言い辛そうで、何かを話そうとして思いとどまるといった様子がしばしば見られるのだ。

 おそらく双子のことが噂にでもなり始めたのだろう、とアルディスは察していた。

 双子は常に部屋で閉じこもっているし、食事もカシハが部屋まで運んでいる。
 他人の目に触れる事はほとんどないが、トイレにでも行く途中で他の宿泊客に見つかってしまったのだろう。

 もちろん双子には部屋を出来るだけ出ないよう、また出るときはふたり同時に出ないよう言いつけている。
 しかしながら、アルディスの言いつけに背くことのない双子といえど、離ればなれになってひとりきりになることだけは耐えられなかったのかもしれない。

 カシハの口から直接聞いたわけではないが、周囲の客や宿周辺の住人が向ける視線、そして時折耳に入ってくる会話の断片から、宿に良からぬ評判が立っていることをアルディスも感じている。

 止まり木亭は小さな宿だ。
 そういった醜聞(しゅうぶん)で客足が遠のけば、あっという間に経営が立ちゆかなくなるし、食材の仕入れにすら影響をおよぼしかねない。

 カシハとしては原因の双子を何とかしたい一方で、宿に引き込んだのが自分である以上、なかなか言い出せずにいたのだろう。
 宿を出ると言ったときに、安堵(あんど)の表情が見えたのは仕方がないことだった。

「今日の夕食と明日の朝食は用意してくれ。あと、夕食の前に湯をもらいたい」

「わかったわ。後で持っていく。…………ごめんね」

「気にするな。こっちこそ迷惑をかけたな。すまない」

 アルディスがグレシェたちとの狩りを早々に終了させたのも、このことがあったからである。
 今でこそ噂程度ですんでいるが、このまま事態を見過ごして手をこまねいていれば、いずれもっと面倒なことになる。
 だからこそ、アルディスは早急に宿を引き払って自分で家を手配することにしたのだ。

(おかげで財布はほぼすっからかんになったがな)

 ここ数日の狩りで順調に増えていた金貨も、底をつきかけていた。

 正直なところ、アルディスひとりであれば安宿の一部屋でこと足りる。
 だが双子が部屋に残る事を考えれば、安全面からいっても他の客がいる宿というのは心配がある。

 他人の目がない一軒家なら、建物の外に出さえしなければ人目に触れることはない。
 大きな出費になってしまうが、安心して家を空けることが出来るようになれば、もっと稼ぎの良い仕事はあるのだ。

 翌日、朝の食事を終えたアルディスはベッドへ横になって昼まで一眠りした後、双子に子供用のローブを着させて止まり木亭を後にする。

 家の仲介をした商会へよって家の鍵を受け取ると、途中の道にあった露店で遅めの昼食を購入し、新しい寝床へと向かった。

 双子は不満も口にせず、無言でアルディスの後ろをついてくる。
 フードを目深にかぶっているおかげで、双子であることは周囲の人間に分からないだろう。

 幼い双子の足に合わせ、ゆっくりと歩くこと三十分。ようやくアルディスが契約した家へとたどり着いた。
 トリアの街では平均的な大きさの一戸建て。一階と二階合わせて六部屋の間取りは、アルディスたちにとって広すぎる。
 だが家はぐるりと高い塀で囲まれており、スラム街からも遠く、近隣に衛兵の詰め所がある。そういった安全面を優先した以上、それ以外の部分で希望に沿わないのはある程度仕方がない。

 新しい家に双子を招き入れると、アルディスはふたりに向かってこれからのことを話しはじめた。

「今日からはここが俺たちの家になる。今朝までいた宿と違って、俺たち三人以外の人間はいないから、今日からは建物の中に限って自由に歩き回って良いぞ。当面、外に出たいときは俺が同行するからな。家の中では構わないが、くれぐれも建物から出るときはふたり一緒にいるところを見られないようにな」

 相変わらず双子からの返事はない。
 話している間、じっとアルディスの目を見つめ、話し終わればコクリと頷く。
 コミュニケーションはとれているだろうが、まだまだ警戒されているのかもしれない。双子が声を出して話すことはほとんどなかった。

 それから三日間ほど、アルディスは家の居住環境を整えることに専念した。
 自分と双子のベッド、キッチンで使う道具一式、食事をするためのテーブルとイス、その他さまざまな雑貨類を商会や市場で購入し、運び込む。

 備え付けの家具やベッドがある宿とは違うのだ。
 この家に定住するつもりもないアルディスにしてみれば、あまりお金をかけたくないというのが本心だったが、かといって幼い双子を劣悪な環境におきたいとも思わない。
 どうせすぐに稼げるさ、と財布が空になるのも構わず生活用品を購入していった。

「いいか、これからは俺も毎日帰ってくるわけじゃない。何日も仕事で家にいないことがある。食材は日持ちのするものを買い込んでおくし、基本的には外へ出なくて良いように準備しておく。だから身の回りのことは自分で出来るようになれ」

 それから五日間かけて火のおこし方、湯の沸かし方、井戸水の汲み方や簡単な料理の仕方を双子に教えると、アルディスはようやく傭兵としての日常へもどることを考えはじめる。
 最初の三日は日帰りで、それからは丸一日出かけたり、一泊したりと外出する時間を長くする。

 幸い双子は飲み込みも早く、自分たち自身の世話であれば問題なくこなせるようだった。
 普通、このくらいの幼子であれば大人のいない状況に不安を感じたり寂しがったりするものだが、生い立ちが特殊なためかそういった様子は見られない。むしろ双子だけの方が気持ち的に落ち着くように見えた。

 基本的に不満も口にしないため、アルディスが逆に気味悪く感じるほど順調である。
 相変わらずアルディスが家に戻っても、ほとんど口を開かない。それでも以前よりは多少マシで「うん」と「ううん」という肯定否定の言葉が聞けるようになった。

 食事は同じテーブルでしているが、アルディスが手をつけない限り食べはじめようとしない。
 せっかく双子用に買ったベッドも全く使われた気配がない。夜に双子の寝室をのぞいてみれば、部屋のすみで毛布にくるまって身を寄せあって眠っていた。

(ゆっくり時間をかけるしか無いか)

 アルディスがいつまでも面倒を見ることは出来ないし、そのつもりもない。
 だが双子の引き取り手を探すくらいは、傭兵家業の合間にするつもりでいた。
 返すあてのない借りを背負った自分が、それくらいのことすらできないのでは、かつての仲間に合わせる顔がない。

「それじゃあ行ってくる。二日後に戻る予定だ。食材はいつものように五日分買い置きしてあるからな」

「うん」

 汚れが取れて輝くようになったプラチナブロンドの髪を揺らし、双子がそろって頷く。
 短い返事だが、返事があるだけ以前よりは良い。そんな事を考えながらアルディスは家を出た。

 日帰りという制約がなくなったおかげで、アルディスが請け負える依頼にも選択の余地が生まれている。
 短期間であれば護衛や調査といった依頼も受けられるし、単純に狩りをするのでも遠出していろいろな狩り場に行くことができる。

 近隣の草原で獣王を狩るよりコーサスの森で『ハウンド』や『ウィップス』を狩った方が金になるのは間違いない。
 おかげで一度は底をついた懐事情が、半月もしないうちに解決していた。

「ってことで、そろそろこっちの仕事にも手ぇ貸してくれねえか?」

 強面(こわもて)の剣士が意気込んでアルディスへと迫る。

「テッド、アルディスが引いてるわ。あんまりその悪人面を近づけると逆に逃げられるわよ」

 オルフェリアの言葉に、腹立たしげな表情でテッドはアルディスから距離をとる。

「ひでえな、オルフェリア。パーティメンバーを捕まえて『悪人面』はねえだろう?」

「あはは。だって本当の事だしね。テッドとアルディスじゃあ、知らない人が見たら絡んでる悪党と被害者の少年にしか見えないもん」

 カラカラと声を立ててノーリスが笑った。

「ちっ、納得できねえ……。まあそれはそれとして、アルディス。お前、今抱えてる依頼あんのか?」

「いや、今は特に」

「そうか、そりゃあちょうど良かった。ちょっと話聞いてけよ」

 そう言いながらアルディスを連れて酒場へと入ったテッドは、手近なテーブルに着くとさっそく麦酒を注文しはじめた。

「ちょっと、テッド。今から仕事だって言うのに!」

「いいじゃねえか、オルフェリア。一杯だけだよ。これくらいじゃあ酔いもしねえって」

「もう……」

「第一、仕方ねえだろうが。テーブルに着いておいて何も注文しないっていうのもなんだしよ。他に座ってゆっくり話ができる場所なんてねえんだから」

「だったらお酒じゃなくて果実水とか軽い食事で良いじゃない」

「あはは。そりゃオルフェリアの言うことが正論だね、テッド」

「けっ! いいじゃねえか、景気づけの一杯くらい。なあアルディス?」

「それより話ってのは?」

 そんなところで同意を求めるな、とばかりに迷惑そうな表情でアルディスが(うなが)す。

「つれねえな、お前も」

 一言不満をこぼすと、テッドは態度を改めてアルディスへ言った。

「昨日ノーリスが取ってきた依頼なんだけどな――」

 そう切り出したテッドの話とは、捜索および救出の依頼を受けたという内容だった。
 捜索対象は王都からやって来たマリウレス学園の生徒たちだという。

「マリウレス学園?」

「人材の発掘と育成を目的にして作られた、王都にある学園だよ」

 アルディスの疑問にノーリスが答える。

「ふーん、お貴族様の坊ちゃん嬢ちゃんたちってことか?」

「それは王立学院の方だね。マリウレス学園の方は平民でも入学できるから、貴族の子弟なんてごく一部らしいよ」

「それで、その学生さんがどうしたって?」

「うん。まあよくある話だよ。学園では武官育成カリキュラムとして戦い方や魔法を教わったりするんだけど、毎年必ずと言って良いほど自分の力を過信した一部学生が無謀な行動に出るらしい」

「無謀な行動というと?」

「護衛もつけずに学生たちだけで危険な野外へ出かけて、魔物を倒そうなんて考えるらしいね」

「バカかそいつら?」

「あはは。ズバッと言うね、アルディス。僕もそう思うけどさ」

「つまり、そのバカどもを探して連れ戻してこいっていうことか?」

「簡単に言えばそういうこと」

 ノーリスの説明をオルフェリアが引き継ぐ。

「今回受けた依頼は、予定日を過ぎても戻ってこない学生たちの捜索と救出よ。場所はコーサスの森。四日で戻るはずが、夜になっても戻って来ないので捜索の依頼を出したという経緯ね」

「もう間に合わないんじゃないか、って顔してるね?」

 アルディスの表情を読んでノーリスが口を挟んでくる。

「よりによってなんでコーサスの森なんかに? 王都だったらもっと近場に適当な場所があるだろうに」

 コーサスの森は一人前の傭兵でも気を抜けばやられてしまう危険な場所だ。
 まして新米どころか、実戦経験も無いであろう学生が入り込んで無事でいられるほど甘い森ではない。

「見栄を張っちゃったんだろうねえ。王都からじゃなくて、わざわざトリアまで来てこっちから森に入るくらいだし」

「はあ? トリアから入っていったのか?」

「だから王都じゃなくてこっちで依頼が出てるんだよ。王都側から捜索するより早いだろうってことで」

 一言でコーサスの森と言ってもその範囲は広い。危険度は場所によって変わるのだ。

 森には様々な獣や魔物が潜んでいるが、その生息域はある程度判明している。
 『ウィップス』のように、ベテラン傭兵でも戦いを避けるほどの危険な魔物はトリア側に多く生息し、南西の王都側にはあまり存在しない。

 そのため、同じコーサスの森でもトリア側に比べて王都側は比較的危険度が低い。
 王都側に出現するのは『双剣獣(そうけんじゅう)』や『群雲(むらくも)』といった、一人前の傭兵なら問題なく対処できる獣や魔物だからだ。

 もちろん危険度が低いと言っても、それはあくまでも比較的という言葉が最初につく。
 当然ながら一介の学生ごときが戦って勝てる相手ではないのだ。

 なんという愚かさ。『若気の至り』とか『向こう見ず』などという言葉では言い表せない馬鹿さ加減にアルディスは軽くめまいを感じた。

「いや、まあアルディスの考えてることは何となく分かるけどよ。これも仕事だしな。救出が無理ならその時は生死確認と遺品の回収が報酬の条件になってる」

 テッドにしてみても、学生たちの生存は絶望的と考えているのだろう。

「本来なら自業自得ですませてえところだが、学園だけじゃなく領主からも報酬が出てるらしくて、結構良い額なんだわ」

 にやけた顔つきで強面(こわもて)男が言うには、救出に成功すれば金貨百五十枚。救出が間に合わなくても生死確認と遺品の回収が出来れば金貨三十枚が出るという。
 無名の学生たちが捜索対象の依頼にしては破格の報酬と言っていい。

 ノーリスの予想では「学生の中に有力貴族の子弟でも居るんじゃないのかなあ?」ということだった。
 確かにそれならばやたら高額な報酬も、救出依頼がすぐに出されたのも納得できる。

 普通は傭兵の帰還が予定日を過ぎたからといって、すぐに捜索や救出の依頼は出されない。
 ましてや予定日の夜になっても戻らないから救出に向かえなどと、そんな過保護な扱いをされる傭兵などどこにもいないはずだ。

「どう、アルディス? 僕としてはアルディスが同行してくれると嬉しいんだけどなあ。さすがに僕らでも、お荷物抱えながらウィップスに遭遇したら冷や汗ものだし」

「そうだな…………うん。もともと森に行くつもりだったし、今回は俺も参加させてもらおう。ただ、いったん家に戻ってきて良いか?」

「ん? 家?」

 テッドが首をひねる。

「ああ、結局家を手配したんだよ。宿だとどうしても人目に触れてしまうみたいでな。いろいろ面倒ごとになりそうだったんで、年割りで家を契約したんだ。あの子らには二日で帰ると言ってあるから、予定変更を伝えないと。それに食材も追加で買い置きしないと足りないから」

「なんだよ。だったら最初からアルディスの家で話すりゃよかったな。無駄な金つかっちまったじゃねえか」

「そんな顔でおいしそうに酒飲んでおいて、無駄金どうこう言っても全然説得力ないわよ」

「まったくだ」

 うちには酒なんて置いてないぞ、とテッドへ軽口をたたきながらアルディスは酒場を出て家へ向かった。
2017/11/02 誤字修正 希望に添わない → 希望に沿わない
千剣の魔術師と呼ばれた剣士 書籍化決定!
スニーカー文庫より2017年12月1日発売予定!
img_200x284.jpg
+注意+
特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。
↑ページトップへ