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千剣の魔術師と呼ばれた剣士 作者:高光晶

第二章 草原の絶望と新米傭兵

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第13話

 翌日の昼、アルディスは約束通り初春亭(はつはるてい)へグレシェたちを訪ねる。
 宿に入るとすでにグレシェたちはテーブルについてアルディスを待っていた。

「昨日はすまなかった。せっかく訪ねてきてくれたのに……」

 アルディスが座るなり、グレシェが詫びてくる。

「気にしてないさ。それより昨日話した件について相談したいんだが?」

 すぐさま本題に入るアルディスへ、グレシェが問いかける。

「ジオから話は聞いてる。荷運びと採取のために俺たちを雇いたいって話だと」

「ああ、訳あってしばらくの間は日帰りでしか行動できなくてな。近場で金を稼ぐとなれば獣王を狩るのが一番なんだが、運搬と毛皮の剥ぎ取りがネックになるんだ」

「倒すのはネックにならねえっつーのが恐ろしい話だな」

 横からラルフが言葉を挟み、そのとなりではジオとコニアが無言で頷いていた。
 そんな仲間の様子を横目で見ながらグレシェが訊ねる。

「確認があるんだが、いいかな?」

「ああ」

「しばらく、と言っていたけど、期間はどれくらいを考えてるんだ?」

「七日から十日くらいかな。最長でも十五日だ。それ以上拘束することはない。ジオから聞いてるとは思うが、念のため報酬についても話しておく」

 そう言ってアルディスは報酬や依頼内容についても説明をした。
 報酬は一日あたりひとり銀貨五枚。
 グレシェたちの担当は獲物の解体、素材採取、運搬で、戦闘行為は含まれない。
 基本的に狩りはアルディスが行うが、万が一の場合もあるので各自で自衛できるよう武装しておくことを伝える。

「俺たちとしては文句のつけようもない。むしろ戦闘なしで一日銀貨五枚なら何ヶ月でもお願いしたいくらいだ。正直なところ、ディスペアの事があるからな。しばらくは戦いを避ける方向で依頼を受けようとかと思ってたくらいだ」

 結局グレシェたちはふたつ返事で依頼を請け負った。

 アルディスの強さを目の当たりにしているため、危険はほとんどないと判断してのことだろう。
 これが、アルディスの強さを知らず、見た目で判断するような相手だととても話はまとまらなかったはずだ。



 さっそくということで、アルディスはグレシェたちを加えた合計五人で草原へと向かった。

「なあ、アルディス」

「なんだ?」

「さすがにこれは大げさすぎないか?」

 グレシェが自分の引いている荷車を振り返って言う。

「明日からは減らすさ。今日は獲物が多いんだ」

「そうは言っても……」

 グレシェはいまいち納得しがたいといった顔である。
 というのも、アルディスが街を出る際に借り受けた荷車が一台ではないからだ。

「そりゃあ、アルディスの狩る量が尋常じゃないのはわかってるが……、さすがに一台で十分だろう?」

 トリアの街で借りた荷車は一台をグレシェが、もう一台をラルフが引いている。
 グレシェたちから見れば、荷車一台でも十分すぎるほどの量が載せられるのに、それを二台も持ち出すというのはさすがにやりすぎと感じられるのだろう。

 とはいえ獲物の多い少ないはグレシェたちの報酬に影響しないのだ。
 別に荷車が空のまま街へ戻っても、荷車代が無駄になっても、グレシェたちが手に入れる金額は変わらない。
 アルディスにそう言われれば、グレシェたちも口をつぐむしかなかった。

「よし、着いたぞ」

 アルディスの声で一行の足が止まる。
 そこはトリアから西に向かって一時間ほど進んだ草原のど真ん中。
 視界の先には見渡す限りの平原と、その向こうに見えるカノービス山脈が広がっている。
 だが反対方向を見ればトリアの城壁が目に入り、さほど街から離れた場所ではないことがわかる位置だ。

「見たところ何もないが……、もしかしてこの前と同じか?」

 一昨日のことを思い出してジオが訊ねる。

「そういうこと。今から出すんで、ちょっとそのあたり空けてくれ」

 アルディスの指示でスペースを空けると、そこへ地面から多数の物体が浮き上がってくる。
 その様子自体、二度目ということもありグレシェたちの驚きは少なかった。だが時間が経つにつれて、彼らは別の意味で衝撃を受けることになる。

「どんだけ出てくんだよ……」

 あきれ果てたようにラルフがつぶやく言葉は、グレシェたち全員が抱く共通の思いだろう。

 地に浮き出てくるのは数え切れないほどの獣。
 獣王はもちろんのこと、スナッチ、グリーンナイフ、コヨーテ、闘牛、グラスウルフ、監視者、キラーバード、ところどころにはディスペアの姿すら見える。草原のありとあらゆる肉食獣たちがそこに横たわっていた。

 腐敗防止のために凍らせておいたそれらを、溶かし、魔力で温風をおこして短時間で乾かすとアルディスは全員に向けて指示を出す。

「じゃあ、さっそく始めてくれるか? 獣王を優先して処理してくれ。スナッチは毛皮と尻尾石を採取して、コヨーテとグラスウルフ、それと闘牛は毛皮を、監視者とキラーバードは形の良い羽だけむしっておいてくれ。ディスペアとグリーンナイフは俺が受け持つ」

「あ、ああ……。………………よし! みんな取りかかるぞ!」

 山盛りという表現がふさわしい数の獲物を前に、しばらく呆けていたグレシェが我に返り仲間へ声をかける。

「アルディス、肉はどうするんだ?」

 ジオが確認しているのは、闘牛やキラーバードの肉を持ち帰るかどうかだ。

 闘牛は体長三メートルを超える大型の野牛、監視者やキラーバードは平原で獲物を狩る大型の猛禽類だ。
 いずれも野生の危険な獣だが、牛肉あるいは鳥肉として食べられないこともない。
 家畜化された鶏や牛と違い筋張って臭みもあるため、食べておいしいものではないが、街へ持ち帰れば多少の金にはなる。

「いらん。荷物になるだけだろ? その辺に捨てとけば良いさ」

 肉食の獣や魔物を呼び寄せてしまうため、街道のそばや人里近くに生肉を放置するのはタブーとされる。
 だがこの場所は街道からもトリアの街からも離れ、周囲に住む人間もいない。
 放置しておけば一日も経たないうちに獣たちのエサとなって消えるだろう。

「ねえねえアルディス。これ、全部昨日一日で狩ったの?」

 信じられないといった感じでコニアが問いかける。

「素材の採取とか考えずに狩りまくったからな。血を振りまいておけば向こうからやって来てくれるし」

「へえ……そうかあ。いやあ……すごいね。荷車が二台必要っていうのも理解できたけど……。これ、今日中に作業終わるかな……」

 茜色の髪が風に吹かれるままに、少女が遠い目をした。

 短い昼食の休憩を挟んで約七時間。
 額の汗を拭いながら、アルディスたちは二台の荷車へ素材を積み終える。

 そのほとんどは獣王やグラスウルフなどの毛皮だ。それ以外にもディスペアやグリーンナイフなどの頭部が場所を取っている。
 アルディスが前日に狩って隠しておいた数多の獲物に加え、血の匂いを嗅ぎつけて作業中にも襲いかかって来た肉食獣たち。
 それらは全てアルディスがひとりで仕留めていたが、仕留めれば仕留めるほどに獲物の量は増えていく。

 グレシェたちは辟易(へきえき)としながらも必死に作業を進め、西の空が赤く染まりはじめるころにようやく全ての採取と積載が完了した。

「つ、疲れた……。戦ってもないのにここまで疲れたのは初めてだよ……」

 ぺたりと草の上に座り込んでコニアが言う。

「ご苦労さん。明日はここまで多くないから安心しろ。獲物を狩りながらその場で都度素材を回収するからな」

 アルディスが苦笑いする。

 実際、今回は昨日一日分の獲物を一気に処理したから大変だったのだ。
 明日以降はおそらく荷車も一台で十分だろうし、アルディスが戦っている間、グレシェたちは実質的に休憩となるだろう。

「よし、引き上げよう。夜が拡がりはじめる前にはトリアへ戻りたい」

 アルディス指示のもと、一行はトリアの街へと向け荷車を引きつつ帰路についた。



 宣言通り、夜が拡がる前にトリアへとたどり着いたアルディスたちは、そのまま荷車を商会へと引いて行った。
 当然ながら、荷車いっぱい毛皮や羽毛を見て、商会の買い取り担当者は目を丸くする。

 結局その日のあがりはディスペアやグリーンナイフの討伐報奨金を含めて金貨十八枚を超えた。
 荷車の使用料やグレシェたちへの報酬を支払ってもなお、金貨十五枚以上が残る。街に定住する一般家庭なら半年は暮らしていける金額だ。

「疲れたけど、これで銀貨五枚はおいしいよね!」

「ああ。七日と言わず、十日でも二十日でも良いくらいだな!」

 コニアとラルフが顔を見合わせて笑う。
 新米傭兵にしてみれば、一日の稼ぎが銀貨五枚というのは上出来と言えよう。

 グレシェたちが安全に狩れるスナッチなどは、そもそも討伐報奨がない。
 素材として買い取られる毛皮と尻尾石も、それぞれ銅貨三枚と銅貨一枚程度の金にしかならないのだ。
 一日草原をかけずり回っても、せいぜい銀貨四枚――ひとりあたり銀貨一枚――が良いところ。よほどの幸運に恵まれたとしてもその倍が限度だろう。

 しかも戦う以上は負傷することもあるし、装備が(いた)むこともある。
 治療薬を消費すれば補充のために出費は大きくなり、ひどい怪我を負えばしばらくは仕事すら出来なくなる。

 なにより草原には新米傭兵が逆立ちしても勝てないであろうディスペアや獣王といった強者が存在するのだ。
 絶対的な捕食者に遭遇すれば、一日のあがりがいくらなどと言っている場合ではない。

 彼ら傭兵には、明日の命すら失ってしまう可能性が常につきまとっている。
 それを考えれば、命の危険が限りなく少なく、素材回収と荷運びだけで銀貨五枚というのは破格の好待遇だ。
 コニアたちの顔から笑みが消えないのも無理はない。

「じゃあ、明日も頼むな。これ、晩飯代で使ってくれ」

 アルディスはそう言って、一枚の銀貨を指で弾き渡す。

「でも深酒はするなよ」

 念のため釘を刺しておくことも忘れない。
 アルディスはそのままきびすを返すと、後ろから聞こえるグレシェたちの歓声を聞きながら、止まり木亭へと足を向けた。
2016/12/19 誤字修正 ディスピア → ディスペア
2017/01/19 誤字修正 短時間で乾かせると → 短時間で乾かすと
※感想欄での誤字指摘ありがとうございます。
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