挿絵表示切替ボタン
▼配色







▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる
千剣の魔術師と呼ばれた剣士 作者:高光晶

第二章 草原の絶望と新米傭兵

しおりの位置情報を変更しました
エラーが発生しました

ブックマークしました。

設定

更新通知 0/400

設定を保存しました
エラーが発生しました

カテゴリ

ブックマークへ

以下のブックマークを解除します。
よろしければ[解除]を押してください。

ブックマークを解除しました。

12/98

第11話

 ディスペアの討伐には領主から報奨金が下賜(かし)される。
 というより、報奨金でも出ない限り誰もディスペアを討伐しようとは思わないだろう。

 ディスペアは獣王のようにその毛皮が高値で売れるわけでもなく、スナッチのように特別な素材が採取できるわけでもない。
 つまり草原最強の魔物であるにもかかわらず()()()()()()魔物なのだ。
 危険性に対して実入りがまったくないと言っても良いだろう。

 そんな魔物、命を危険にさらしてまで退治しようなどというのは、酔狂(すいきょう)な人間かただのバカである。
 普通の傭兵ならディスペアを避けて他の獲物を狩った方が良いし、新米傭兵はそもそもディスペアに出会った時点で狩られて死ぬだけだろう。

 だからこそ、ディスペア討伐の功績には土地の領主が報奨金を持って(むく)いる。そうでもしなければディスペアの被害が増える一方だからだ。
 そんなディスペアを討伐した証拠となるのがその首。ディスペアの首を衛兵の詰め所まで持っていけば、その場で報奨金と引き替えにしてくれる。

 だが、首だけと言っても結構な重さと大きさであることは間違いない。
 現に目の前で死んでいる四体のディスペアにしても、結構な大きさとなる。
 もちろんアルディスにとってその程度の荷物は苦にならないらしいが、彼曰く、他にも持って帰る物があるため、何度かに分けて街へ持ち帰るつもりだったようだ。

 そこでグレシェたちの出番である。
 アルディスの提案とは、一言でいうところの『お手伝い』だ。

 複数のディスペアをひとりで倒してしまうという実力はあれど、しょせん人ひとりで運べる荷物の量は知れている。
 どうせ街へ帰るのなら、荷物持ち、そして狩った獲物の毛皮()ぎを請け負わないかと提案してきた。
 今日はもう戦いたくないグレシェたちだが、帰るついでに荷物持ちや毛皮剥ぎで小遣い稼ぎができるというのは嬉しい申し出だった。

 アルディスが提示してきた報酬は相場よりも良かったし、彼が同行してくれるなら帰途の安全も保証されたようなものだからだ。

「よし、じゃあ交渉成立だな」

 報酬の金額に互いが納得したところで、アルディスが指示を出しはじめる。

「とりあえずグレシェたちはそいつの首を切り落として、切り口を火で焼いておいてくれ。俺は向こうの二体を取ってくる」

 最後に魔法で串刺しにされたディスペアを指し示すと、アルディス自身は離れた場所にあるディスペアの(むくろ)に向けて歩き出した。

「えーと……。これ、死んでるんだよね?」

 コニアがおそるおそる近づきながらディスペアの死体を指差す。

「念のためにとどめ刺しておくか?」

 ラルフが言うが、「あれからずっと動いていないし、大丈夫だろう」とグレシェは気にせず近づいていく。

「第一とどめを刺すって、どこに刺すんだ? 全身串刺しの相手に」

「そりゃそうだな」

 グレシェの指摘に納得顔のラルフが答えた。

「首を切り落とすまでは安心できないがな」

 魔物の生命力としぶとさを懸念するジオが言うが、すぐさまグレシェが「その首を落とすために近づくんだから」と返せば、反論の余地がない。

 グレシェたちは慎重にディスペアの骸に近づくと、その死を慎重に確認した上で、首を切り落としはじめる。

「この角ってなんかに使えないのかなあ?」

 力仕事では出番のないコニアが長い二本の角を見てつぶやいた。

「なんかって、例えば?」

「えーと、武器とか?」

 コニアとグレシェの会話にジオが口を挟む。

「そんな用途があれば、とっくの昔に鍛冶屋なり武器屋なりが買い取りしてるだろう。使い物にならないか、使ったとしてもコストパフォーマンスが悪いんじゃないのか?」

「そっかー」

 男三人の頑張りで首を落とし、切り口を焼いて血止めが終わった頃には、ディスペアの首をふたつ携えてアルディスが戻ってきていた。

 最初にグレシェたちが襲われていた一体を含めて合計四体。ディスペアの首を手分けして担ぎ、五人はアルディスの先導で街へと戻りはじめる。

「他の獲物もあるって言ってたが、どういうことなんだ?」

 アルディスの背中にジオが問いかけた。

「獣王を狩っていたからな。いちいち毛皮を剥がすのも面倒だから、一箇所にかためて置いてある」

 そっけないアルディスの答えに、草原で隠せるような場所なんてあったっけ? とコニアは首を傾げる。

「え? それって他の傭兵や魔物に荒らされるんじゃないの?」

「隠してあるから問題ない」

 やがて三十分ほど歩いたところでアルディスが立ち止まる。

「ここだ」

「ここだ、って……。何も見当たらないけど、本当にこの場所で良いのか、アルディス?」

 グレシェの言う通り、アルディスが立ち止まった場所には何の変哲もない草原の風景が広がっている。獲物の姿などどこにも見当たらなかった。

「隠してあると言っただろう」

 アルディスが言うなり、それまで何もなかった地面に獲物の体が浮かび上がってくる。
 それはまるで地下水が地中からしみ出てくるような動きだったが、対象物が水でない以上、明らかに異常な光景である。

「ええ!?」

 グレシェたち四人は理解が全く追いつかない。
 思いもよらぬ方向からやって来たのが、獣の頂点に立つネコ科の王者、獣王――の息絶えた姿。それも一体や二体ではなかったからだ。

 ざっと見たところ十体以上。横たわった大量の獣王がグレシェたちの眼前に現れた。

 獣王とはその名の通り獣の王者である。
 この世界に置いて人間に仇なす生物は大きく二種類に分けられる。それが魔物と獣だ。

 その両者を区別しているのが何なのか。実はよく分かっていない。
 ハッキリとしているのは、魔物はそのすべてが凶暴で戦闘能力が高い危険な生物であることだ。
 草原唯一の魔物であるディスペアが絶望の名を与えられることからも分かるように、多少腕に覚えがある程度では(あらが)いきれない力を持つ。

 一方の獣には危険な獣とそうでない獣が混在している。
 人間を獲物として襲いかかる肉食獣もいるが、他方では人間の家畜となるような大人しい草食性の獣もいた。

 何をもって獣と呼び、何をもって魔物と称するのか。その基準や線引きは誰も知らない。
 太古の昔には明確な境界線があったのかも知れないが、今となっては失伝してしまったのだろう。

 獣王は草原に生息する獣の中で、もっとも強大であるとされている。
 体長は成体で約二メートル。ネコ科の動物としては珍しく集団で狩りを行う。

 全身が黄色い下地に黒の斑点で彩られており、特徴的なのは血のように赤いその瞳だ。
 敏捷性だけならばディスペアにも匹敵し、新米傭兵にとってやはり出会いたくない相手であることは間違いない。

 もちろんグレシェたちとしても戦いを避けるべき相手だ。
 草原で出くわしたなら、そのハンティングエリアへ入る前に即時逃げ出すことを迷わないだろう。

 そんな獣王が大量に狩りの成果として目前へ並んでいる。
 グレシェたちが言葉を失うのも仕方ない。

「これ……、全部アルディスが狩ったのか!?」

「い、いや、それ以前になんか地面から浮き上がってきたぞ!? どうなってんだあれ!?」

 獲物の多さに目をむくグレシェと、そのことよりも獲物が浮き上がった光景をアルディスに問い詰めるジオ。

「ん? ああ……魔法だ」

 目を背けながら言い捨てるアルディス。

「魔法すげえ」

 その説明を聞いたラルフが純粋に感嘆の声をもらす。
 たとえ魔法が使えたとしてもアルディスのやっていることは規格外の業なのだが、魔術師以外の目から見れば、普通の魔法もアルディスの魔法も不思議なものであることに違いはない。
 グレシェたちの中に魔法を使える人間が居なかったのは、むしろ幸いだったのかもしれない。

「さっそく取りかかろう」

 十体を超える獣王の毛皮を剥ぎ取らなければならないのだ。ぐずぐずしている暇はない。
 グレシェの声を合図に、全員が作業へとりかかる。

 獣王はその鋭い牙と全身の毛皮が採取対象だ。牙は装飾品やお守りとして、毛皮は防寒着やカーペットの素材として珍重されている。

 いずれの獣王ものど元から剣をひと突きで仕留められており、毛皮として損傷のない完全な形で採取が出来るようになっていた。
 おそらく他の傭兵が狩った獣王の毛皮に比べて、相当な高値で売れることは間違いないだろう。
 毛皮の剥ぎ取りまでも考えて獣王にとどめを刺すなど、よほどの熟練者でもなかなか出来ることではない。

「これだけあったらいくらになるんだろうね……」

 深いため息を吐きながらコニアが言い、苦虫をかみつぶしたような顔でラルフが続いた。

「やつひとりでこれを全て狩ったのか……。さきほどの戦いを見ていなければとても信じられんかっただろうな」

 獣王の数は多かったが、二時間ほど経つ頃には全ての採取が完了していた。
 五人で作業したのが功を奏したのだろう。

 ただ、途中で「ちょっと行ってくる。続けておいてくれ」と走って行ったアルディスが、五分後に二体の獣王を担いで戻って来たのには、全員の開いた口が塞がらなかった。
 酒盛り中に席を外すような軽い調子の『ちょっと』で獣王を二体も狩って来られたのではたまったものではない。

 追加で二体の毛皮と牙を採取し、グレシェたち手早く残った肉を始末する。
 すぐさま毛皮をまとめて各自背負い、足早にトリアへと帰途についた。

 トリアの街にたどり着いたのは日が傾きはじめた時間帯。
 商業街の一角、アルディスが贔屓(ひいき)にしている商会で毛皮や牙を精算すると、そのまま近くの酒場へと移動する。
 酔っ払いがくだを巻くにはまだまだ早い時間帯。酒場の中はほとんどグレシェたちの貸し切り状態だった。

「最初に聞いた金額より多いみたいだが、良いのか?」

「構わない。それだけの働きはしてもらったからな」

 テーブルに着いたグレシェたちは、アルディスから報酬を受け取ると頬を緩ませた。

 獣王の毛皮と牙採取、それにトリアまでの運搬。それだけの仕事で四人それぞれに銀貨三枚だ。
 加えてスナッチの毛皮や尻尾石を売却したお金も加わり、グレシェたち新米の傭兵が稼ぐ半日分の実入りとしてはこの上ない成果だった。

「じゃあ俺はこれで」

 手伝い分の報酬を払い終え、早々に立ち去ろうとするアルディスをグレシェが引き留める。

「待ってくれよ、せっかくだから一緒に飲まないか? 助けてもらったお礼にここの払いは俺たちが持つからさ」

「気持ちはありがたいが、宿に待たせてるヤツらがいるんでな。それにもう眠い」

「そうか……。だったらお礼は次の機会にでも、な。俺たちは『初春亭』って宿にいるから、何かあったら声をかけてくれ。俺たちに出来ることなら協力させてもらうよ」

「ああ、わかった。初春亭だな? 憶えておくよ」

 最後に軽く笑みを浮かべ、軽く手を上げながらアルディスは酒場を出て行った。
 それを見送ったグレシェたちは、さっそく麦酒を人数分注文して杯をつきあわせる。

「俺たちの道に幸あらんことを!」

「幸あらんことを!」

「幸あらんことを!」

「幸あらんことを!」

 いろんな意味で度肝を抜かれ、濃密な一日を過ごしたグレシェたち。
 結果的には普段の数倍という収入を得て、おまけにアルディスという強い傭兵と顔見知りになることができたが、一歩間違えば草原でディスペアのエサとなるところだったのだ。

 その晩、四人は自らの幸運に(ひた)りつつ杯を干し続け、ジオ以外が酔いつぶれてしまうまで馬鹿騒ぎを続けた。
2016/12/17 誤用修正 魔物はすべからく凶暴で → 魔物はそのすべてが凶暴で
2016/12/19 誤字修正 ディスピア → ディスペア
※感想欄での誤用・誤字指摘ありがとうございます。
+注意+
特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。
↑ページトップへ