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千剣の魔術師と呼ばれた剣士 作者:高光晶

第十章 学園の異端児

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第116話

 伯爵子息リオンとの試技(しぎ)から三ヶ月。

 試技の後も訓練を続けることで、キリルは森のラクター相手にも危なげなく戦えるようになっていた。
 さすがに二体同時を相手するのは()が悪いが、もともと討伐をするのが目的ではない。
 無事に森を通り抜けることが出来れば良いのだと、アルディスからも評価されている。

 ようやくひとりで王都と森を往復できるようになったキリルを見届けて、アルディスはロナと共に帝国へ旅立った。
 それが二ヶ月ほど前のこと。

 アルディスのいない二ヶ月間にも色々なことがあった。
 森で三体のラクターと出くわして絶体絶命の危機をかろうじて生き延びたこともあれば、迷い込んできた魔物をネーレと共に撃退したこともある。
 貴族子弟たちが通う学院との間で毎年行われている試技交流戦に、学園代表者のひとりとして参加したのはつい先日の事である。

 一介(いっかい)の学生とは思えないほどあわただしい日々の連続であったが、同時に充実した日々でもあった。

 キリルは当初の約束通り学園が休みの日に朝から森の家へやって来て、お昼過ぎまで双子の家庭教師をしている。
 ついでに日用品や調味料などの買い出しを頼まれることも多い。
 微妙に小間使い扱いされているような気もするが、ネーレたちの事情も理解しているのでキリルには文句もない。

「今日は何日かわかる? フィリアちゃん」

「うん! 今日は二十九日!」

 キリルの問いかけに元気よくフィリアが答える。

「そうだね。じゃあ明日は何日? リアナちゃん」

「明日は三十日だよです!」

 フィリアに負けじとハツラツとした声でリアナが言った。

「正解。じゃあ明後日は?」

 ふたりに向けてキリルが三つ目の問いを出す。

「えーと……、三十一……じゃなくて一日?」

 一瞬誤った答えを言いかけたものの、すぐさま訂正してフィリアが正解を口にした。

「よくできたね。そう、一ヶ月は三十日で終わるから、三十日の次は一日だよ。新しい月の始まりになるからね」

 キリルが教えているのは誰もが知っている『(こよみ)』という常識だ。
 町に住む普通の子供なら八歳児でも知っている事だろう。

 だが双子の場合は違う。
 これまでに置かれていた環境が普通ではないからだ。

 双子は一日が二十五時間であることも、一年が十ヶ月であることも知らなかった。
 通常であればもっと幼い頃に教えられているべき知識であって、十二歳になった相手へわざわざ教える内容ではない。
 ところが双子はその当たり前の知識を持っていなかった。
 幼い頃に両親を失い、それからはずっと物人(ものびと)として扱われていたため教育を与えられる機会などなかったのだ。

 ようやくアルディスの手によって救い出されたものの、ふたりの世話をするネーレという女性は少々――いや、かなり変わったところのある人物だった。
 双子がごく当たり前の一般常識を持っていない事に気付いていないのか、それとも気付いていても気にしないのか……。

 アルディスと暮らすようになって四年の月日が経過していたが、森に隠れ住んでいるという事情もあって、双子はごく当たり前の常識というものを持ち合わせていなかった。
 それを危惧(きぐ)したアルディスによって家庭教師の役目を頼まれたのがキリルである。

 当初は自分の必要性に疑問を抱いていたキリルだが、数ヶ月間ネーレと関わり合うようになってからアルディスの懸念(けねん)を理解するようになっていた。

 形式上は双子の家庭教師ということになっているが、実際には少し年の離れた友人といったところであろうか。
 最初は警戒していた双子も今ではすっかり心を開き、キリルを受け入れてくれる。

 笑顔を向けてくる双子をキリルも妹のように可愛がっていた。
 義理の姉が自分を可愛がってくれていたのも、同じような感覚だったのだろう。
 キリルは双子の成長を嬉しく思うと共に、ふたりを導いていくという家庭教師の仕事にやりがいを感じていた。

「三人とも、そろそろ昼餉(ひるげ)の準備が整うぞ」

 キッチンで支度をしていたネーレの声に、双子が元気な声で返事する。
 キリルは窓の外を見て、日が天頂近くまで昇っていることに気が付く。

「あー、もうそんな時間だったんだ」

 どうやらいつの間にか結構な時間が経過していたらしい。

 キリルは勉強を切り上げて、双子とともに食卓のある部屋へ移動する。
 食卓のある部屋に入ると、森の奥から流れ込んでくる緩やかな風が室内を満たしていた。
 わずかな羽音が聞こえる。
 どうやら開け放たれていた窓から虫が数匹迷い込んでいるようだ。珍しい事でもない。

「あれ?」

 キリルがふと声をもらす。
 室内を流れていた風が不自然に向きを変えたからだ。

「なんだ?」

 突然の変化に、辺りを見回したキリルの視界へ双子の姿が入る。
 フィリアが両手を振って空気を押しやるような身振りを見せていた。

 それ自体は別にどうといったことのない仕種である。
 しかしキリルは戸惑いを覚えてしまった。
 なぜなら、フィリアの身振りと室内に発生している風の動きが連動していたからだ。

 確かに手で空気を(あお)げば風は発生する。
 だがフィリアが手で扇いだからといって、部屋全体にそよ風が吹くほどの変化は普通起こり得ない。

「えーと、フィリアちゃん。何やってるのかな?」

「虫さんをお外に出すのだです」

「……もしかして、この風はフィリアちゃんがやってるの?」

「そうだですよ!」

 驚きにキリルは目をむいた。

「えっと……、もしかしてフィリアちゃん。魔法が使えるの……?」

 まさかとは思いつつも、確かめられずにはいられないキリル。

「よくわかんないけど、いつもやってるぞですよ?」

 キリルの表情が驚愕に染まる。

 フィリアと会話を交わす間に、室内へ迷い込んでいた虫たちは部屋の中を流れる不自然な風に乗って窓から出て行った。
 だがそれはキリルにとって、もはやどうでも良い事だった。

 未熟なキリルにはまだ(ただよ)う魔力を感知することが出来ない。
 それでも、フィリアの行使した力が魔力を用いた物であることは推測できる。
 それはつまり、学園に通って専門的な教育を受けているわけでもないこの少女が、詠唱に頼ることなく魔法を発動させているということだ。

 こんな話、学園の講師や同級生にしたところで、誰も信じてはくれないだろう。
 キリルだってアルディスやネーレの存在を知らなければ、到底理解できない話なのだから。

「光らせるのは難しくてまだ出来ないけどです」

 驚きに固まったままのキリルへ、リアナが追い打ちをかけた。
 どうやらフィリア同様、リアナも魔法が使えるらしい。

「……」

 言葉を失いキリルが立ち尽くす部屋へ、キッチンからネーレがやって来た。

「ネーレ、ネーレ。虫さんいたから風でお外に逃がしたました」

「ほう、なかなか上達してきたではないか」

 フィリアの言葉をすんなりと受け止めるネーレと、満足げな笑顔を見せるフィリア。
 この事態に混乱しているのはキリルひとりらしい。

「あ、あの……、ネーレさん?」

「なにかね?」

「今フィリアちゃんが魔力で風を操ったように見えたんですが……」

「それがどうかしたかね? 我にも我が主にもそれくらいは出来るが? お主とてその程度はできよう」

 平然と繰り出されるネーレの言葉。
 いや、そういう問題じゃなくて。と思わず口をついて出そうになったキリルはそれを飲み込む。

「もしかして、ネーレさんがふたりに魔法を教えたんですか?」

「ふむ……。特に手ほどきはしておらぬが、幾度(いくど)かこの子らの疑問に答えたことはある。おおかたそこから魔力の扱い方を身につけていったのであろう」

 まさかの答えだった。

「そ、そんな……。手ほどきも受けずに独学で魔法を使えるようになるなんて、そんなことって……」

「はて? 大した事ではなかろう」

 常識をひっくり返されるような話に、キリルはめまいがする思いだった。

 それがどうしたとばかりの反応をするネーレ。
 愕然(がくぜん)とした表情のキリルを左右から楽しそうにのぞき込む双子。
 この場所にキリルの味方はひとりもいない。
 ネーレたちの世間ズレした感覚に頭を抱えるキリルであった。

 その後、昼食をとり午後も双子へ一般常識を教えたキリルは、外が明るいうちに森を抜けるべく王都への帰路についた。
 その心中は複雑だ。
 何とも言えない気持ちを一日中引きずったまま下宿先へ戻ると、身を投げ出すようにヘッドの上へ倒れこんた。

「あの家はおかしい……。絶対おかしい……。あそこにいる人間は全員おかしい……」

 無力感と劣等感に押しつぶされてしまいそうなキリルは、呪詛のようにつぶやいて自らの正気を保とうとする。
 アルディスの訓練を受けていた時とは、別の意味で打ちのめされるキリルであった。



 翌日、何とか精神的に立ち直ったキリルは学園へと(おもむ)く。
 再びはじまる座学と実習の日々。
 この数ヶ月で親しくなった友人たちとのたわいもない会話。

 いつもと同じように過ぎ行くかと思われた日常は、突然の知らせに困惑の霧で包まれる。
 キリルの平穏へ一石を投じたのは、その日王都へもたらされたある一報。



 隣国エルメニア帝国からの宣戦布告だった。
おかげさまで重版しました!
スニーカー文庫より発売中!

大幅加筆……というか3分の1は書き下ろし。
Web版とは少し違う展開になっています。

さらりと流されたあのキャラが、書籍版ではアルディスの前に立ちふさがる!
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