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千剣の魔術師と呼ばれた剣士 作者:高光晶

第十章 学園の異端児

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第115話

 マリウレス学園で行われた学生同士の試技。
 審判役の任を果たした女探索者は学園から報酬を受け取り、しばらく街をぶらついた後で宿に戻った。

 日暮れを待って宿の向かいにある行きつけの酒場へ入ると、いつものようにカウンター近くのテーブルをひとつ占拠する。

「よお。今日は早いな」

 二杯目の葡萄酒(ワイン)へ口をつけた女が声の主へと振り返る。

 そこに居たのはひとりの男。
 薄手の革鎧を身につけ、腰に一本の剣を下げた人物が女の目に映った。

「おつかれさまです」

 顔見知りの男に向けてお決まりの挨拶を投げかけると、女は言い訳するように続ける。

「早いも何も、今日は外へ出て仕事をしていたわけではありませんので。わざわざ混雑してから席を探す必要はないでしょう?」

「ああ、そういや今日は前に話してた学園の仕事だったか?」

 事情を知っている男が納得した顔で返しながら、テーブルを挟んで女の正面に座る。
 どうやら夕食を共にするつもりらしい。

 男とは馴染みの間柄でもあり、気の置けない探索者仲間でもある。
 断りもなく同席されたとしても、女に気分を害する理由はない。

「ええ。試技(しぎ)の審判として呼ばれましたので」

 さっそく注文伺いに来た給士へ麦酒と煮込み料理を注文すると、男は自らの疑問をストレートにぶつけてきた。

「お前ほどの探索者が、たかが学生同士の試技に審判役で出向くなんてどういう風の吹き回しだ? 謝礼だって大した額じゃないだろうに」

「私も最初は気が進まなかったんですけどね……。あそこまで熱心に頼み込まれては断れなくて」

 女に試技の審判役を依頼してきたのは学園ではない。
 実際に試技を行う生徒の同級生だという少女だった。

 はじめは女も断るつもりであった。

 当然だろう。学園や第三者からの依頼ならばともかく、試技を行う当事者サイドからの依頼である。
 おそらく自分たちに都合のいいジャッジを求めて依頼してきたのだろうと考えた女は、感情の消えた表情で冷たく拒絶した。

 正々堂々と正面から力をぶつけ合うのではなく、裏から手を回して勝負を有利に運ぼうといった考えが気に入らない。
 相手がまだ少女であったことから怒鳴りつけはしなかったが、その顔に向ける視線が冷たくなるのは仕方がないことだ。

 ところがよくよく話を聞いてみると、どうやらそれは女の邪推(じゃすい)だったらしい。
 少女が女に望むのは『何者にも後ろ指をさされることのない公正なジャッジ』だという。

 どうも少女の友人が戦う相手というのが伯爵家の子息らしく、相手の息がかかった審判を送り込まれる前に、先手を取ってどちらにも肩入れしない審判を学園へ推挙(すいきょ)したいのだとか。

 確かに試技を行うのが貴族子弟と平民では、公平な勝負を行うのもなかなか難しい。
 貴族には平民とは違い権力と財力があり、それを試技場の内外で有形無形の武器として使ってくることもあるだろう。

 ましてや少女の言う通り、平民側の力量が上回っているのならばなおさらだ。
 一方的に貴族側へ有利なジャッジを行う審判が試技の場を支配する事もあり得る。
 それを憂慮(ゆうりょ)する少女は間違っていない。

 だからこそ、少女は女に審判役を引き受けてくれるよう依頼してきたのだろう。

 確かに女は試技者が貴族だからとおもねるつもりはさらさらない。そんな性格だったらもっと楽な生き方が出来ているはずだ。
 加えて女は熟練の探索者としてそれなりに名も知れている。
 女が審判役となり判定を行えば、後から難癖(なんくせ)をつけてくるような(やから)もほとんどいなくなるだろう。
 試技者本人に頼まれたわけでもなく、友人のためにわざわざ女を捜し出して公正なジャッジを依頼してきた少女に、女は少しだけ心を動かされる。

 沈黙を続けながらも、審判役を引き受けようかと考えはじめた女に、子爵令嬢エレノアと名乗った少女は人目もはばからず頭を下げてきた。

 これには女も驚いた。

 いくら爵位を持たない令嬢とはいえ、それでも貴族の端くれである。
 一方で探索者の社会的地位は低い。

 実力主義と言えば聞こえは良いが、実際には傭兵と同じく食いつめ者がその大部分を占める社会の底辺である。
 廃墟(さら)いと陰口をたたかれることも多い。
 ほとんどの貴族は探索者を(さげす)んでいるし、下手をすれば町に住む一般市民からも距離を置かれるのが普通だ。

 女ほどの実績と名声があれば一目(いちもく)置かれるようになるが、それでも対等の立場にはほど遠いだろう。
 そんな探索者にまだ若い少女が頭を下げ、礼節と共に頼み込んできたのだ。

 しかも依頼の内容は『何者にも後ろ指をさされることのない公正なジャッジ』である。
 報酬は学園から支払われる正規の額のみ。実入りとしては微々たるものだ。

 だが逆に言えばそれだけ。

 女にとって断る理由とはならない。
 これで腰を上げぬようでは女が(すた)るというものだろう。

 どうせしばらく骨休めで王都に滞在するつもりだったのだ。
 学生の戦いを見て初心にかえるのも良いかと、少女の要請を承諾した。

「その割にはずいぶんご機嫌に見えるんだが?」

 仕方なく請け負ったともとれる女の言葉に、男が当然の疑問をぶつける。

「そんな顔をしていますか? ……まあ学生同士の試技にしては少し面白い内容でしたので」

「面白い内容?」

 興味をひかれたのか、男は給仕から受け取ったジョッキの中身を半分ほど飲み干すと、表情で続きを(うなが)した。

「学生同士の試技、しかも双方魔術師と聞いていたから、てっきり開始地点に立ったままお互いに魔法を打ちあうのかと思ったのですけど――」

 ふたを開けてみれば予想外の展開だった。

 魔術師であるにもかかわらず、試技開始直後に平民の少年が真っ直ぐに相手へ突進して行ったのだ。
 しかも走って距離を縮めながら魔法を唱えて目くらましにすると、懐に飛び込んでの直接打撃を見舞った。

 これだけでも驚きだというのに、そこから相手へ反撃する暇も与えず魔法のゼロ距離攻撃だ。
 試技開始直後の突進と奇襲、魔術師らしからぬ体術を使った攻撃、手が届く至近距離での魔法、どれも頭でっかちの学生とは思えない実践的な戦い方だろう。

「そりゃ確かに面白いな。そいつ本当に学生か?」

 男の疑問も当然である。

 確かに探索者の中にはそういった戦い方をする魔術師もいる。
 敵味方入り乱れる戦場に身を置く傭兵の魔術師なら、同じようなことは出来るだろう。

「ただの学生ではないと思いますよ。戦い慣れた印象を受けましたし、あれは力量差もさることながら、経験した場数の差――ではないでしょうか」

 一方の貴族子弟は立ち尽くしたまま強力な魔術をぶつけようとしただけ、それに対して平民の少年は魔法をあくまでも戦いに用いるひとつの道具として扱っていた。

 実際、使っていたのは『岩石』『火球』と初級魔法ばかりである。
 だが彼は体術を含め自分の持つ力を上手く組み合わせて、一足す一を三以上にしていた。
 攻撃魔法で相手へ打撃を与えることに固執(こしつ)せず、あくまでも勝利までの筋道を作る手段のひとつとして割り切っている。そんな印象を受けると同時に、戦いの組み立て方に明確な意図が感じられた。

 ともすれば魔法一辺倒になりがちな魔術師が多い中、戦いの中に身を置く傭兵や探索者ならばいざ知らず、学園に通う少年があのような戦い方を見せるとは思わなかった。
 しかも報酬を受け取る際、学園の講師から聞いた話では四ヶ月に入学したばかりの初年度生だという。

 平民ということだから、入学前に教育を受けていたと考えにくい。
 おそらく入学前からある程度の実戦経験を積んできたのだろう。
 傭兵の親に連れられて戦いを経験しながら育つ子供も、世の中には少数いるのだから。

「それに、もうひとつ面白いものを――いえ、人を見ましたよ」

 試技の決着までを話し終えた女が話題を変える。

 キリルという平民の少年が、暴走する魔術を防ぐべく魔法障壁を展開した時の話だ。
 その時すでに勝負はついていたため、女は少年たちに警告を発しながらもふたりを守るべく割って入ろうとしていた。
 少なくとも護符の防御を失った貴族少年だけでも安全を確保せねば。そう考えていた女の目が思いもよらぬものを捕らえた。

 女が暴走する魔術に目を取られていた短い間に、貴族の少年にだけ別の魔法障壁がかけられていたのだ。
 瞬時に展開されたと思われるその障壁は、女の見る限り非常に強固なものだった。

 暴走する魔術が具現化してから、女が貴族の少年へ目を移すまでの間に展開された障壁。
 それを生み出した者が並の術者であるわけはない。

 術者を探して観客席を見渡した女は、視線の先に黒目黒髪の若い男を見つけた。

 少年と言っても良いほどの外見。
 学生とほとんど変わらない歳に見えたが、暴走魔術を目にしながらも動じないその表情は年齢に似つかわしくない落ち着きを感じさせる。
 (たけ)の短い奇妙な藤色のローブをまとい、額には頭に巻いているであろうスミレ色の布が一条(ひとすじ)

「黒目黒髪の若い男? 丈の短い藤色のローブ? それって……」

 女の話す容姿に心当たりがあったのだろう。

 男が手に持っていたジョッキをテーブルに下ろすと、身を乗り出してくる。

「ええ。おそらく噂の『剣魔術の使い手』だと思います」

 男の言わんとするところを、女が口にする。
 直接の面識はないが、今では王都中にその名を(とどろ)かせる傭兵の称号だ。
 嘘か誠か、長年王都を悩ませていた三大強魔(ごうま)をひとりで討伐したという化け物であった。

「なんでそんなのが学園の試技場に?」

「それはわかりません。もしかしたらクラッセル伯が万一の為に息子へつけておいたのかもしれませんけれど……。試技そのものには手出ししていませんし、障壁を張ったのも勝負がついた後ですから違反というわけではないでしょう」

 もしもルールを無視して試技に手を出すつもりならば、たとえ相手が『三大強魔討伐者』であっても女はその行為を(とが)めて正面から非難したことだろう。

 だが幸いというべきか、『剣魔術の使い手』が試技そのものに手を出してくることはなかった。
 障壁を展開したのは試技者の安全を確保するためであろうし、決着がついて以降の話である以上、審判をしていた女には何の異存もない。

 もっとも――、と女は言葉を続ける。

「彼が障壁を展開した本人かどうかなんて、実のところはわかりませんけどね」

 しかし女には妙な確信があった。障壁を張ったのは間違いなく『剣魔術の使い手』であろうという確信が。
 あれほどの短時間で、しかも観客席と試技者を(へだ)てる障壁も貫通して魔法を展開させるなど、並の力量ではない。
 いくら魔術師の多い王都といえど、そんな使い手がゴロゴロと転がっているわけではないのだ。

 『三大強魔討伐者』にして『剣魔術の使い手』、確かアルディスとかいう名前だったはずだ。
 どんな人物なのか一度くらい会って話をしてみたいものね、と女はグラスを傾けながら心の中でつぶやいた。
おかげさまで重版しました!
スニーカー文庫より発売中!

大幅加筆……というか3分の1は書き下ろし。
Web版とは少し違う展開になっています。

さらりと流されたあのキャラが、書籍版ではアルディスの前に立ちふさがる!
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