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千剣の魔術師と呼ばれた剣士 作者:高光晶

第十章 学園の異端児

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第114話

 暴走した魔術を防ぎきり、自分とリオンの無事を確かめたキリルは安堵(あんど)すると共に大きく息を吐く。

「お疲れさん。圧勝だったじゃないか」

「ライ……」

 座り込んだキリルへ声をかけてきたのは友人のライだった。
 その横にはエレノアの姿もある。

「立てるか?」

 ライが差し伸べてきた手をつかんで、キリルはフラフラとしながらも立ち上がる。
 すでに勝敗がついているため、第三者が試技者に手を貸してもなんら問題は無い。

 試技場は大小様々な人の声で埋め尽くされていた。
 その大部分はキリルの金星を賞賛する声だが、中にはリオンを嘲笑するものもちらほらと混じっている。

 それは仕方ないだろう。
 もともと貴族出身の学生と平民出身の学生では基礎的な学力や能力に差がありすぎる。
 高度な教育を必要とする魔術師課程ならばなおさらだ。

 伯爵家という恵まれた環境、しかも家伝の魔術すらもっているリオンが平民出身のキリルに勝負をふっかけ、なすすべもなく負けたあげくに失神、おまけに失禁という醜態だ。
 貴族出身の学生からすれば『貴族の(つら)汚し』だろうし、平民出身の学生にとっては『いいザマ』でしかない。

無様(ぶざま)なものね」

 ローブの下半身部分を濡らしてあおむけに倒れているリオンへ冷たい視線を送り、エレノアは(あき)れたような口調で言った。

「あんなの放っておけば良かったでしょうに」

 今度はキリルへ顔を向けると、つり目がちの子爵令嬢はめんどくさそうな表情を見せる。

「そういうわけにはいきませんので……」

 エレノアとしてはわざわざ守ってやる価値もない相手なのだろうが、だからといって見捨てられるキリルではない。

「ほら、また言葉遣い――、まあ今はいいわ」

 あくまでも丁寧口調で接するキリルへいつものように言いかけ、すぐに気を取り直したエレノアが観客席へと体を向ける。
 どうしたんだろう? とキリルが考えを巡らせる暇もなく、エレノアが大きく息を吸って口を開いた。

「観客席の皆様! ご覧の通り、ただいまの勝負は魔術師課程のキリルが同じく魔術師課程のリオン様を下しました!」

 突然の行動にキリルは驚かされる。

「事情をご存知の方も多いかと思いますが、今回のことは私が友人から名を呼ばれることに対してリオン様が異を唱えたことに端を発します!」

 人前で大声を出すなど、貴族令嬢としてはあるまじき行為だ。
 実際、貴族らしき学生の中には眉をひそめている者も多い。

 だが大半を占める平民出身の学生にとっては、そんな貴族の都合など知ったことではない。
 キリル同様目を丸くしてはいるものの、単純に驚いているだけだった。

 隣にいるライはというと、ニヤニヤと楽しむような表情を浮かべている。

「キリルが勝利した際には、今後一切私たちの交友関係に口出ししないとリオン様は確約なさいました! よってこれ以降、たとえキリルが私の名を呼び捨てにしようとも、余計な干渉は無用です! 異議のある方は――」

 言葉を句切ったエレノアが、みっともない姿をさらしたままのリオンを指さす。

「どうぞあの方と同じようにキリルへお挑みください!」

 もともと平民出身の学生にとっては興味の無い話。
 一部の貴族子弟にとっては不愉快なことだろうが、かといってキリルに挑んで勝てる保証などない。
 リオンですらなすすべもなく圧倒されたのだ。

 彼の取り巻きや同調する者たちの中に、リオン以上の実力を持った貴族子弟は居ない。
 挑んだとしても勝てる見込が少ないばかりか、リオンのような醜態をさらしてしまっては貴族社会でもいい笑いものである。
 必然的に彼らは唇を噛みつつ口を(つぐ)むしかなかった。

 観客席から異議の声が上がらないことを確認すると、エレノアは満足げに頷きキリルたちへと振り返る。
 その顔に浮かぶのは『やり遂げた』という達成感にあふれた表情。

「キリル、ライ。これで私の名を呼んだからといって誰にも文句は言わせないわ!」

 それを受け止めるライは相変わらず愉快そうな顔をしている。
 だが一方でキリルの表情は暗い。

 これだけ衆目の中で先ほどのような宣言をしてしまえば、明日からの学園生活がどれだけ悩ましい――ライに言わせれば愉快な――ことになるか分かったものではなかった。
 エレノアはそんなキリルの気持ちなどお構いなしだし、ライに至っては「楽しくなりそうだな」と面白がっている表情だ。

 他の学生たちはこちらを遠巻きに見るばかりで近寄ってくる気配も見られず、キリルが愚痴をこぼす相手は学園に存在しない。
 日をまたがずして、キリルは学園に理解者が居ないことを痛感させられた。

 結果、アルディスの家で黒髪鬼教官相手にぼやくこととなる。

「何もあんなところで大々的に宣言しなくても……」

 半分泣き出しそうな表情でキリルが弱々しく言う。

 リオンとの試技を終え、学園から出たキリルはいつものようにアルディスの家へとやって来ていた。

 キリルは学園での試技について、事の顛末(てんまつ)を話し終えるとうなだれる。

「よしよし」

「よしよし」

 そんなキリルの左右に立ってパールホワイトの髪をなでるのはフィリアとリアナ。
 どうやら慰めてくれているらしい。

「だけどなキリル、その子爵令嬢だって考えなしにそんな事をしたわけじゃないだろう」

「……どういうことですか?」

 怪訝(けげん)な表情でキリルが訊ねる。

「試技場に居た人間の全てが事情を知っていたわけじゃないだろう? むしろ正確に知っている人間は一部だけだろうさ。相手が貴族の子息だったら、裏で手を回して有ること無いことを周囲に吹き込むことだってあるかもしれない。例えば『平民が子爵令嬢をたぶらかして間違った道に進もうとしているから正義の鉄槌を下そうとした』とか『弱みを握られて言いなりになる子爵令嬢を平民の手から救い出すため』とかな。そんな事をされてみろ、途端にキリルの方が悪人扱いされるぞ。下手をすれば学園から追放されかねない」

「まさか、あんな口論ひとつでそこまでするとは思えませんけど……」

 確かに貴族の中には立場をかさに着て、平民に対し横暴な態度をとる者も多いと聞く。

 しかしたかが学生同士の(いさか)いでそこまでするだろうか。
 そんな疑問がキリルの想像力を鈍らせていた。

「貴族を甘く見るなよ。アイツらは高潔でもなければ清廉でもない。その上、やたらと面子や体面にこだわるという意味では裏社会の人間と大して変わらん。貴族と裏社会の違いなんて、地位や権力を持っているか持っていないかだけの違いだ。面子のためならその程度のことは当然やるさ」

「そう……、なんでしょうか?」

 ()でるのに飽きた双子は、その手に少し力を込めてキリルの髪をわしゃくちゃにしはじめる。
 折角(せっかく)整えていた髪があちこち跳ね上がり寝起き直後のように乱れているが、アルディスとの会話に集中しているキリルはそれどころではない。

「だからこそ、その子爵令嬢は観客席にいる人間全員を巻き込んだんだろう。相手の貴族が裏から手を回す前に公の場で事情を明かしてしまえば、その場にいる全員が証人だ。その後で相手の貴族が裏工作を試みても効果は薄い」

「そこまで考えて先手を打った、ということですか?」

「ああ。俺にはそう見えた。やり方は少々強引だが、牽制にはなったんじゃないか? まあ、呼び名うんぬんの方はまた別の話だろうけどな」

 どうやらエレノアもただのつっけんどんなお嬢様というわけではないらしい。

 確かに、相手の不正を警戒して審判役を事前に手配するなど、彼女なりに色々と考えていたのだろう。
 試技終了後のことも、アルディスの考えでは相手に暗躍する余地を与えないため必要なことだったらしい。

 だけどなあ、とキリルは顔をゆがめる。

 アルディスの言う通り、相手への牽制と呼び名の問題はまた別だと思った。

『さあ、キリル。これで遠慮なく私の名を呼べるでしょ! ほら! ちゃんと名前で呼びなさいよ!』

 とファーストネームの呼び捨てを迫ってくるのは勘弁してもらいたい。
 別にこちらはエレノアを呼び捨てにしたいわけでもなければ、貴族の知己(ちき)を得たいわけでもないのだから。

 無論、お世話になっているロヴェル商家のことを考えれば、貴族とのツテを得るのは決して悪い話ではない。
 だがどう見ても令嬢らしからぬエレノアが、貴族とよしみを結ぶ助けになるとは到底思えなかった。

 そうして考えにふけっていたキリルへ、アルディスが声をかけてきた。

「キリル」

「……なんでしょうか?」

 キリルは思考を目の前に引き戻した。

「実はそろそろ遠出をしようかと思ってる」

「遠出?」

 疑問を顔に浮かべるキリルへ、アルディスが話を続ける。

「ああ、ここのところキリルを送り迎えするために日帰りの依頼しか受けてこなかったが、もう少ししたらロナと一緒に帝国の方へ行こうかと思ってるんだ」

「え? じゃあ僕はどうやってここに……、えーと、まさかひとりでここまで来いなんてこと言いませんよね?」

 これまでキリルはこの家と王都を往復する度、アルディスに抱えられて空を飛んできていた。
 そのアルディスがしばらく家を空けるということになれば、当然助力は得られない。

 空を飛ぶなどという非現実的な術をキリルが使えない以上、ここへ来る為には徒歩で森を抜けてこなければならなくなる。
 あまり考えたくない未来を想像して、否定の言葉を期待したキリルの問いかけは無情な言葉で返される。

「いや、そのつもりだが?」

「ええ! そんな! ひとりでなんて無理ですよ!」

「そんな事は無いさ。全力で走りながらの詠唱、至近距離からの攻撃、加えてとっさの障壁展開。あれだけ動けるなら大丈夫だ。後は特殊な状況下での訓練をいくつかこなせば、王都とここの往復ぐらい問題ない」

 確かに学園へ入学した頃と比べれば格段に実力がついているという自覚はある。
 だがそれはあくまでも学園へ通う学生にしては、というレベルだ。
 森の中で自分の命を賭ける実戦において、自惚(うぬぼ)れが許されるような強さではなかった。

「全然……実感がないんですけど……」

「別にラクターを狩ってこいと言うわけじゃないんだ」

 もっと気楽に考えろとアルディスは言うが、キリルとしてはハイそうですねと簡単に返事が出来ない。

 何にしろここは魔境コーサスとつながる森である。
 外縁部とは言え、一介の学生が足を踏み入れるような場所ではない。
 学園でも『コーサスの森はたとえ外縁部でも足を踏み入れるべからず』と、きつく言い含められている。

 アルディスにそう伝えると、呆れたような顔で一蹴された。

「そりゃ大げさすぎる」

 以前はマリウレス学園の生徒にもコーサスの森へ入る者がいたらしく、アルディスもそんな学生と接する機会があったのだという。

「もっと自信を持って良いと思うがな」

 苦笑いを浮かべるアルディスにキリルは何と言って良いかわからない。
 複雑な心境を顔に残しながら、あやふやな返事をするしかなかった。

 キリルの頭を好き放題にいじり回した双子は、すでに興味が他に移ったらしくキッチンでネーレと話をしている。
 キッチンからこぼれ流れてくる楽しそうな双子の声とは裏腹に、キリルの心はリオンとの試技を押しつけられた時以上に暗く沈んでいた。
おかげさまで重版しました!
スニーカー文庫より発売中!

大幅加筆……というか3分の1は書き下ろし。
Web版とは少し違う展開になっています。

さらりと流されたあのキャラが、書籍版ではアルディスの前に立ちふさがる!
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