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千剣の魔術師と呼ばれた剣士 作者:高光晶

第十章 学園の異端児

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第113話

 審判による開始の合図を受け、伯爵子息リオンは開始位置で立ち止まったまま魔法の詠唱を開始する。

 それ自体は特におかしい事ではない。
 魔術師課程に所属する以上、試技においても魔法による攻撃を選択するのは当然だろう。

 だがもう一方の試技者であるキリルの動きが、観客席をどよめきで満たす。
 キリルは開始の合図と同時に、対戦相手のリオンへ向けて走りはじめた。

 それを目にしたリオンの詠唱が一瞬止まる。
 おそらく彼にとってキリルの行動は予想外だったのだろう。
 自分と同じように、キリルが開始位置に留まって魔法を唱えると考えていたに違いない。

 そんなリオンの都合などお構いなしに、キリルは最短距離を全力で駆け抜ける。
 普段から障害物だらけの森を走っているリオンにとって、平らにならされて視界を(さえぎ)る物もない試技(しぎ)場は走りやすい。

 追いかけてくる双剣獣やラクターを牽制するため、森では走りながら後方へ魔法を放つことも多いのだ。
 それに比べれば、走りながら前方へ向け魔法を放つことくらい容易なことである。足もとを気にする必要がないのだから。

「貫くつぶては勇壮なる騎士の揺らぎなき(ほこ)――――岩石(デッセル)!」

 試技開始と同時に走りはじめたキリルは、相手との距離を半分に縮めたところで詠唱を終える。
 リオンとキリルの間に横たわる十メートルの空間に砂煙が立ちこめた。

 走りながらの魔法発動を目にして、観客席が驚愕の声で染まる。

 キリルの魔法がターゲットにしたのはリオンではなく、その手前にある地面だ。
 攻撃のためではなく目くらましのために、わざと地面をかき乱すような傾きで『岩石(デッセル)』の魔法を繰り出すと、それに乗じて進行方向を少し斜めへ変えた。

「な!? ど、どこへ――ゴホッ!」

 砂煙に包まれて目標を見失うリオンの声がキリルの耳にも届く。

 すでにキリルはリオンの側面に回り込んでいた。
 砂煙で視界が悪いのはキリルも同様だが、相手が開始位置から動いていないのだからあたりをつけることは簡単だ。
 一気に距離を詰めたキリルがリオンの横から不意をつく。

「まさか、こんなに――!」

 キリルの足音に気付いたリオンが驚愕と共に身構える。

 だが遅い。
 すでにキリルはリオンが手に届くところまでその距離を縮めていた。

 突然の接近に対処できないリオンの足首を後ろから思いっきり蹴ると、バランスを崩したところに追い打ちで掌底(しょうてい)を見舞う。

「うわあっ!」

 戦士課程のライと違い、キリルは肉弾戦の訓練を受けているわけではない。
 だが相手は近接戦闘のイロハも知らない魔術師のたまごである。
 さわりだけとはいえ、アルディスから体さばきや回避術を学んでいるキリルの掌底が避けられるわけもなかった。
 キリルからの一撃をまともに胸へ受けたリオンは、たまらず地面に転がされる。

 当然そこで終わりではない。

 キリルの狙いは魔法の詠唱が許されないほどの接近戦。
 家伝(かでん)の特殊魔術を持つというリオンに対して、キリルのアドバンテージはアルディスの訓練で身につけた実践的な経験と対応力だ。

 安全な場所に立ったまま詠唱をすることに慣れきったリオンを翻弄(ほんろう)し、自分にとっては経験済みでありながら相手にとっては未知の間合いで戦う。
 それが初手の奇襲であり、キリルが意図的に生みだした状況である。

 目の前には尻もちをついて驚愕の表情を浮かべているリオンの姿があった。
 相手の瞳に映る自分の姿すら見えそうな近さだ。

 キリルは狙い通りの展開になったことで気分を(たか)ぶらせる。
 圧倒的に有利な状況へ持ち込むことが出来たからだ。

 手を伸ばせば届くほどの至近距離で戦う(すべ)
 そんなもの、学園の魔術師課程で学ぶ機会はまずない。
 実戦経験豊かな傭兵であればいざ知らず、一介の学生にはおそらく対応できないだろう。

 だがキリルは違う。
 森の訓練で飛びかかってくるラクターを寸前で避けた事もあるし、双剣獣の牙で足首を切り落とされそうになった事もある。
 その状態で獣の攻撃をかわしながら魔法を唱えるという経験を積んできたのだ。
 近接戦闘の訓練すら受けていないであろう魔術師課程の学生相手なら、優位に戦いを進めることができるだろう。

 絶好の好機を逃すまいと、自らが最も得意とする火属性の初級魔法で勝負をかける。
 これだけの至近距離から直撃すれば、たとえ初級魔法であろうと試技用護符の障壁を破ることはできるはずだった。

「燃えさかる炎は我が力と――」

「ひぃ! ろ、六千二百十五番起動!」

 キリルの詠唱開始で体をビクリと反応させたリオンは、とっさにわけのわからない言葉を口にしはじめる。

 もしやこれが特殊魔術というやつだろうか。そんな考えがキリルの頭をよぎる。

 だがたとえそうだとしても、キリルのすべきことに変わりはない。
 リオンの詠唱より一瞬でも早く魔法を発動して決着をつける。それだけだ。

「誇りの証――――火球(グライスト)!」

「あ、暗唱コード※×△●!」

 今では学園随一とまで言われる早さの詠唱で、キリルが一瞬早く魔法を発動させた。

 キリルがリオンに向けた手の先へ生み出された火種は、瞬きする間もなく膨らむと攻撃対象に向けて飛びかかる。
 大人の頭部をさらに二回りほど大きくしたほどの火球が赤い魔力の軌跡を残しながらリオンの胸部へと吸い込まれていき、次の瞬間には忽然(こつぜん)とその姿を消す。

 同時に金属の棒が折れるような硬質の破壊音が周囲へ響きわたり、リオンを中心にして光の粒が放射状に拡がって消えた。
 キリルの攻撃がリオンの障壁を打ち破り、試技用護符を無効化した何よりの証明だ。

「そ、そんな……!」

 まさかの結果にリオンが言葉を失う。

「そこまで! 勝者、キリル!」

 審判の声がキリルの勝利を告げると、試技場全体が七割の歓声と二割のざわめき、そして一割のどよめきに包まれる。
 歓声は常日頃貴族の横暴を快く思っていなかった平民出身の学生たち、ざわめきはまさか特殊魔術を持つクラッセル伯爵家の人間が平民に負けるとは思っていなかった者たち、どよめきはキリルの見せた戦い方に衝撃を受けた魔術師たちだろう。

「よかった……。何とか勝て――?」

 ホッと胸をなでおろしかけたキリルがとっさに表情を引き締める。

「なんだこれ!?」

 キリルは違和感の発生源を求めて頭上へ視線を向ける。
 そして息をのんだ。

 キリルが感じたのは頭上に拡がる目に見えない(ゆが)み。
 その歪みは見る見るうちに事象として具現化しつつあり、次第に聴覚へも不自然さを訴えかけてきた。

 空気が揺れる。風が巻き起こる。何かが空間を切り裂く音が断続的に増えていく。

 魔法が発動していた。

 その様子が目に見えて現れはじめると、観客席からの歓声やどよめきはなりをひそめ、代わってざわめきが場を支配した。

「なんだあれは!?」

「誰の仕業だ!?」

「あれ、クラッセル家の……!」

 飛び交うざわめきの中にクラッセル家の名前を拾い、キリルは瞬時に事態を把握した。
 クラッセル伯爵家に伝わる特殊な魔術。
 おそらくあれがそうなのだろう。

 先ほどリオンが唱えていた耳慣れない詠唱。
 聞いたことがない詠唱の上、最後はまともな言葉になっていなかったため、不発に終わったのだろうと勝手に考えていた。
 だがそれは間違いだったようだ。

 魔法――いや魔術は発動していた。
 キリルはなおも尻もちをついているリオンへと視線を落とす。

「あ……あ、あああ……」

 リオンは怯えながら弱々しく首を横に振っている。

「気をつけて! 暴走しています!」

 審判が警告を発する。

「暴走……?」

 つぶやきながら再びキリルは頭上に視線を戻す。

 確かに見上げる先で現れている事象は、暴走と呼ぶにふさわしいかもしれない。
 術者であるリオンの様子を見れば、これが彼の意図した結果でないことは明らかだ。
 さらに詠唱をしてから魔術の効果が発揮されるまでのタイムラグも長すぎる。

 詠唱途中に攻撃を食らったことで、リオンが魔術の制御に失敗したのか。それとも別の理由があるのかは分からない。
 しかしキリル自身、あれが危険な状態ということはおぼろげに感じられる。
 暴走した魔術は次第に勢いを増し、今にも暴発せんばかりだ。

「避けて!」

 審判の女探索者が声をあげた。
 瞬間、勢いを増した頭上の魔術が動きを見せる。
 それまでグルグルと球を描くように循環していた風が、鋭い刃の形をとってキリルへと飛びかかってきた。

 もともとキリルを目標として放たれた魔術だ。
 キリル自身が標的となるのは当然なのだろう。

 だが今、あの魔術は暴走している。
 標的となるキリルと同時に、術者であるリオンすら巻き込もうとしているのが何よりの証拠だった。

 キリルは良い。
 試技用護符がまだ生きている以上、少々の攻撃ならば一度限り防ぐことが出来るのだ。

 しかしキリルの後ろでまだ立てないままのリオンは別だった。
 すでにキリルの火球を受けて護符が無効化されてしまった今、魔術を食らえばただではすまないだろう。

「くっ! 断つは黒空(くろそら)(へだ)てるは白波(しらなみ)、堅牢なる慈愛(じあい)(ころも)よ――――魔法障壁(フェル・マニーナ)!」

 瞬時に決断をすると、キリルはその場に留まって魔法障壁を展開する。
 いくら非友好的な相手とはいえ、望んで相手を傷つけたいわけではないのだ。

 伯爵家秘伝の魔術に自分の魔法障壁がどれほど対抗出来るかはわからない。
 だが出来ることをしないで自分だけ保身を図るなどということは、キリルの性格上許されないだろう。
 身につけたばかりの魔法障壁を唱える事には一抹(いちまつ)の不安があったが、とっさの詠唱でもよどみなく口が動いたのは幸いだった。

 詠唱の完了と共に、キリルの頭上へ薄い紫色の正六角形を組み合わせた膜が張り巡らされる。

 障壁の構築に遅れて、暴走した風の魔術が到達する。
 風が無数の凶暴な刃となって障壁に激突した。

 衝撃音が周囲を包む。
 その度に魔法障壁の表面へ青白い光が生まれては消えていった。

「もってくれよ……」

 アルディスのように強固な三重魔法障壁を展開できれば良いのだが、さすがのキリルもあんな真似はできない。
 冷たい汗を頬に感じながら、キリルは魔法障壁の維持に全力を傾ける。

 どれだけ耐えれば良いのだろうか。
 長く感じる時間が焦燥(しょうそう)()き立てるが、今のキリルに出来る事は耐えることだけだった。

 障壁にぶつかり、弾かれる風の音が少なくなっていく。
 あれほどうるさかった音の間隔が少しずつ開くようになり、それと共に障壁へぶつかる攻撃が急激に減り始める。

 やがて暴走した魔術の攻撃が完全に止まった。

「なんとか……、なった?」

 キリルは疲労のあまり崩れ落ちてヒザをつく。
 無意識に額の汗をぬぐうと、リオンの無事を確かめようとして振り返り「大丈夫で――」そこで言葉を失った。

 キリルが目にしたもの。
 それは白目を()いて気を失い、股間を濡らしてあおむけに倒れている伯爵家の四男坊だった。
2018/01/21 誤字修正 リオンは瞬時に → キリルは瞬時に
※感想欄でのご指摘ありがとうございます。
おかげさまで重版しました!
スニーカー文庫より発売中!

大幅加筆……というか3分の1は書き下ろし。
Web版とは少し違う展開になっています。

さらりと流されたあのキャラが、書籍版ではアルディスの前に立ちふさがる!
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