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千剣の魔術師と呼ばれた剣士 作者:高光晶

第十章 学園の異端児

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第105話

 一刻も早く休ませろと訴える体を気合いで動かしながら、キリルはアルディスの住む家へと足を踏み入れた。
 勧められるままにイスへ腰を下ろすと、不作法は承知の上で両腕を枕にテーブルへ突っ伏す。

「どうしたキリルー?」

「お疲れかキリルー?」

 パタパタと駆け寄って来た少女たちがからかうように声をかけてくる。

 もぞりと頭を向けると、青みがかった浅緑色の瞳が四つこちらを見つめていた。
 アルディスが四年前から保護しているという双子だ。

 キリルが双子に初めて会ってから早一ヶ月。
 まだまだ見分けはつかないが、『フィリア』と『リアナ』というのが彼女たちの名前らしい。

 聞くところによると歳は十二。
 普通の町娘なら色気づいてもおかしくない年齢だが、キリルが見たところ双子の精神年齢はずいぶんと幼く感じられる。

 キリルとて年頃の少年である。
 愛らしさを残しながらも女性らしさをその顔に見せはじめた少女たちから、屈託(くったく)のない笑顔を向けられれば悪い気はしない。

 自ら輝くようなプラチナブロンドの髪はそよ風にさらわれそうなほどのやわらかさを思わせ、触れようとすれば逃げて行きそうな繊細さを想起させた。
 やや大きめの瞳は彼女たちの愛嬌(あいきょう)を際立たせ、小さくとも形の良い鼻が顔全体のバランスを整える。
 表情も豊かで気質も快活、町にいれば周囲の少年達から熱い視線を送られること間違いないと思われた。

 双子であることを知らなければ、この子たちが迫害を受ける存在であるなどと信じるのは難しい。
 事実、初対面での物怖(ものお)じしない態度は双子と思えないほどであった。
 アルディス庇護(ひご)のもと、のびのびと暮らす事が出来ているという何よりの証だろう。

「これで汗を拭くが良い!」

 双子の片割れが満面の笑みと共に一枚の手ぬぐいを差し出してきた。

「ありがと。えーと……、フィリアちゃん?」

 手ぬぐいを受け取りながらキリルがやや探るような口調で名を呼ぶと、白い歯を見せながら嬉しそうに少女が答える。

「当たりー!」

 どうやら正解だったようだ。

 受け取った手ぬぐいで顔や首の汗をぬぐっていると、厨房から香草を蒸したときの心地よい香りが流れてくる。

「我が主よ、茶は温かいもので良いかね?」

「俺は良いが、キリルには冷たいのを出してやってくれるか?」

「無論だ」

 声と共に姿を現したのはひとりの女性。

 双子と共にアルディスから紹介された彼女の名はネーレ。
 キリルが双子の家庭教師をすることになった原因のひとつ、いや主要因であった。

 歳はキリルより少し上だろうか。
 教養課程に所属する芸術家気取りの学生たちが見れば、こぞってその姿を描きたくなるであろう理想的なプロポーション。
 少し表情の(とぼ)しいところが切れ長な目とあわさって冷たい雰囲気を(うかが)わせるが、それを補ってあまりあるほどの器量よしであった。

「疲労回復効果のある香草を入れておる。気休めではあるが飲むが良い」

「あ、…………はい」

 見ほれるキリルの前にカップを置く動作で体が傾き、ネーレの長い髪がさらりとその肩をなでる。
 優美な所作(しょさ)で髪を背中に流すと、ネーレは双子や自分のカップをテーブルにひとつひとつ並べていく。
 ふわりとその長い髪から甘美な香りが(ただよ)い、キリルの鼻をくすぐった。

 ネーレは空になったトレイを小脇に抱えると厨房へと立ち去っていく。
 その人間離れした容姿にキリルは放心気味で後ろ姿を見送った。

「飲まないのか、キリル?」

「え……? あ、はい」

 アルディスに声をかけられ我に返ったキリルが慌てて返事をする。

 目の前には先ほどネーレが置いていったカップ。
 香草入りの冷たいお茶から清涼感のある香りがほのかに漂っていた。

「い、いただきます」

 カップの外側に付着する水滴が、その冷たさを視覚に訴える。

 途端にのどの渇きを思い出したキリルは、すぐさまカップを傾けると冷えたお茶を胃に流し込んだ。
 冷たい感覚が体の中心を伝って下り、内側から冷やしていく。

「ふう……」

 一息にお茶を流し込んだキリルの視界へ、再び先ほど見とれた長い髪が入り込む
 限りなく白に近い水色――いわゆるアリスブルー――の髪。持ち主は言うまでもなくネーレである。

「二杯目はゆるりと飲むが良い」

 タイミングを図ったかのように差し出される更なる一杯のお茶。

「あ、ありがとうございます」

 本人曰く『アルディスの従者』ということらしいが、なるほど納得の気配りである。

 貴族に仕える従者というものを目にしたことはないが、商人見習いとして随行(ずいこう)した先々で小間(こま)使いや使用人は数多く見てきた。
 お世辞にも気が利くとは言えない者も居たが、ときおり高度な技能と見識を持つ本物のエキスパートと遭遇することもある。

 ネーレはそれら本物と比べても、決して劣っていない。
 主の傍らにたたずめば、有能な従者としてその実力を振るうことだろう。

 そればかりか彼女自身、身に(まと)う衣装さえ整えれば従者に(かしづ)かれて輝く一輪の華となることもできるはずだ。
 双子と共にイスへ座り静かにカップを傾けるその様子ですら、芸術家が頭に思い描く理想の淑女をキャンパスへ表した姿を思わせる。
 初対面の人間へどこかの貴族令嬢と紹介すれば、信じてしまいかねない雰囲気を漂わせている。

 それが双子の成長に影響を及ぼしていることは確かだった。
 よく見れば双子の動作ひとつひとつは、とても教育を受けていない子供と思えなかった。
 カップを持ちあげる動きひとつとっても洗練――とまでは行かずとも、十分育ちの良さを窺わせるほどだ。

 それがネーレの教育によるものなのか、それとも見よう見まねで双子が習得したものかはわからない。
 だが少なくともネーレと共に暮らしているからであればこそだろう。

「ネーレ、熱い」

「慌てて口をつけるでない。持ちあげる前にさりげなくカップの外側に手をあてて、その温もりを確かめれば良いのだ。茶の熱さに翻弄(ほんろう)されるようではとても優雅な所作(しょさ)とは言えぬぞ」

 口をつけたお茶の熱さに双子の片割れが困り顔を見せると、たしなめつつも流れるような手つきでやってみせる。

「こう?」

「うむ。あくまでもさりげなく、な」

 その様子を見ながら、キリルはアルディスへと小声で耳打ちする。

「ネーレさんって何者なんですか?」

「……さあ、な」

 キリルが抱いたのは当然の疑問であるが、それに対するアルディスの答えは(はなは)だ不明瞭なものだった。

「言葉の問題以外に僕の出番なんてなさそうですけど……」

 言葉遣いは別として、それ以外は全部ネーレに任せれば良いような気がするキリルである。

「だと良いんだがな……。まあ気にせず言葉遣いと一般常識だけ教えてくれればそれで良い」

「はあ……」

 自分が負う役割にいまいち実感が湧かないキリルは、生返事をするのがやっとだった。

「キリル、キリル。今日はいっぱい時間あるぞ」

 猫舌ではない方の双子が身を乗り出して訊ねてくる。

 今はまだ訓練を受ける方が主となっているが、もともとキリルの役目は双子の教育だ。
 本格的な教育はまだ先としても、お互い打ち解けるために訓練開始前などの短い時間で双子へ町や学園での話をしてあげていた。

 四年もの間、森から出たことのないふたりにとって、キリルの話はとても新鮮に感じられるのだろう。
 これが功を奏して、外の話を双子の方から強請られるほどにはキリルたちの距離は縮まっていた。

「うん、そうだね。今日は学園の売店で物語の本を買ってきたんだ。女の子が好きそうな話もたくさんあるから、後で読んであげるよ」

「うむ! やったあ!」

 女性の登場人物が出てくる物語であれば、自然に女性口調を身につける練習にもなるだろうというキリルの判断である。

 喜ぶ双子の無邪気さに、体中へ重くのし掛かる疲れがいくぶんか和らいだような気がするキリルだった。

「ではちと早いが夕餉(ゆうげ)の支度に取りかかるとするか」

「キリルも食べていけよ。どうせ明日は学園も休みなんだろうし、少しくらい遅くなっても問題無いだろう?」

 確かにアルディスの言う通り、翌日学園が休みであるキリルには、どうしても早く帰宅しなくてはならないという理由もない。

「えーと、そうですね……。じゃあお言葉に甘えて」

 ネーレの腕前を知るキリルは、遠慮なくアルディスの厚意を受け取ることにした。





 早めの夕食を終えた後、キリルは双子からせっつかれて物語の読み聞かせをすることになった。
 最低限の読み書きはネーレから教わっているようだが、なぜか双子は自分たちで本を読むよりキリルが読んで聞かせる方を好む。

「だってフィアナたちはページめくるのが早すぎるもん」

「リアナたちが読むの遅いだけだぞ」

 どうやら双子とはいえ物語を読む速さに違いがあるらしく、互いに不満があるらしい。
 キリルの読み聞かせは、ふたりがちょうど歩み寄れる落としどころということだろう。

 床に敷いたカーペットへ直に腰を下ろし、キリルは左右を双子に挟まれたまま本を開いてゆっくりと読み進めていく。

 それからどれくらいの時間が経ったのだろうか。
 短い物語をふたつ読んだところで、キリルは窓から差し込んでくる光が弱くなっていることに気付いた。

「ああ、もうこんな時間か……」

 空を赤く染めていた西日も姿を消し、窓から見える空は一面の淡い銀世界を展開している。
 ほの暗い黒を背景としながらも、隙間なくちりばめられた小さな光が全天を覆いつくす。
 波打つように瞬きながら、降り注ぐかのような光はただそこへ静かにたたずみ、優しく世界を照らし続けていた。

 人々から『淡空(あわぞら)』と呼ばれ、一日の終わりと夜の訪れを告げる光景だ。

 キリルの語りが途絶えた今、家の中は落ち着きのある静寂に包まれていた。
 風が揺らす木々の葉だけが、かすかなざわめきをキリルの耳に届けてくる。

 テーブルではネーレがポットから入れたてのお茶をカップに注いでいるところだった。
 カップへと吸い込まれる一筋の流れが、人の奏でる唯一の音として室内に響く。
 ネーレとテーブルを挟んだ位置に座るアルディスは、片ひじを立ててその手であごを支えつつまどろんでいるようだ。

 あの人、ちょっと目を離すとうたた寝しているよなあ。とキリルは妙なおかしさがこみ上げてくるのを感じていた。

「キリル。ほら、夜が来たぞ!」

「あっちの方! 拡がってきた!」

 双子の声に外へ目を向けると、淡空の隅から拡がりはじめている夜が見える。

 木々の頂点と淡空との境目が縁取られたように黒く染まったかと思うと、その染みが瞬く間に版図を拡げて空を侵食しはじめる。
 濡れた布に黒いインクを落としたかの如く、淡く輝く空が見る見る間に漆黒に染まっていった。

 やがて黒の支配が西の端にまで到達するころ、淡空は天頂の一角にポッカリと空いた穴のように残すのみとなる。
 その一帯から照らされる光によって、世界は夜に飲み込まれるのをかろうじて(まぬが)れているのだ。

 暗闇に包まれた夜において唯一の灯火(ともしび)となるそれを、人々は『月』と呼ぶ。

「ねえねえキリル。なんで月は夜にならないのだ?」

「え? なんでって言われても……、昔からそういうものだし」

 答えに(きゅう)したキリルはごまかそうとするが――。

「でも、確かにどうしてだろうね? そう言われれば僕も昔同じ事を院長先生に聞いたことがあったなあ」

 同じ疑問を抱いた幼い自分を思い出し、微妙な笑顔を浮かべる。

「そうか、キリルは知らないか。じゃあネーレは? ネーレは知っているか?」

 キリル頼りなしと断を下した双子は、問いかける相手をネーレへと変える。
 ネーレは湯気の立つカップを口元に運び、その香りをひと呼吸だけ確かめるとおもむろに口を開いた。

「無い物を欲したところで(せん)なきこと。だがそれでもやはり求めずにはいられぬのが人というものであろう。たとえ代償行為と分かっていてもな」

 果たしてそれは双子の問いかけに対する答えなのだろうか。
 判断のつかないキリルは片眉だけを上げて考え込む。

 当然双子もキリル同様に疑問符を頭上へまとわりつかせた表情のまま、互いに顔を見あわせた。

「リアナたち、わかった?」

「わかんない。フィリアたちは?」

「フィリアたちもわかんない」

 キツネにつままれたような表情で首を傾げる。

 自身も同じ気持ちで双子を見ていたキリルだったが、ふと視界の端でもそりと動く黄金色に気付いて意識をそちらに移す。
 何気なく向けた視線の先、アルディスの足もとでそれまでうずくまっていたロナが興味深そうな瞳をネーレに向けているような気がした。
おかげさまで重版しました!
スニーカー文庫より発売中!

大幅加筆……というか3分の1は書き下ろし。
Web版とは少し違う展開になっています。

さらりと流されたあのキャラが、書籍版ではアルディスの前に立ちふさがる!
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