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千剣の魔術師と呼ばれた剣士 作者:高光晶

第九章 一昨日のパートナー

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第99話

 アルディスたちを遥かに上回る図体で、震えながら体をすくませている黒い獣。
 見るからに凶暴そうな容姿とは真反対に、そのあまりにも情けない姿をアルディスたちへさらけ出している。

「え? 何? もう降参? 早すぎない?」

「た、助けて……」

 それはロナの闘争心を空振りさせるに十分なものだった。

 困惑を浮かべるロナが攻撃のために練っていた魔力を拡散させる。

「なんだ、つまんない。せっかく力一杯戦えると思ったのに」

「ひゃう! ごめんなさいごめんなさい!」

 理不尽なロナの文句に、必死で詫びる黒い獣。

 周囲に他の魔力が感じられない事からも、先ほどロナの攻撃を防いだのは間違いなくこの獣だろう。
 だが、肝心の獣に戦う意思がまったくうかがえない。

 考えてみればロナの攻撃に対しても相手は守りに徹しており、こちらへの反撃は一切なかった。
 人間に害を及ぼす存在なら討伐もやむなしと思っていたが、これではまるでアルディスたちの方が加害者である。

「とんだ拍子抜けだな」

 少なくとも黒い獣にはこちらへの害意がないらしい。
 しかも言葉で意思疎通のできる相手だ。
 もともと討伐目的で来たわけでもないのだから、無用な戦いを避けられるに越したことはないだろう。

「ロナ、戦うのはやめだ。会話ができるなら都合がいい」

「えー、つまんなーい」

「どのみち戦意のない相手と戦ってもつまらんだろう?」

「それはそうだけどさあ」

 不満顔を浮かべたロナから目を離すと、アルディスは縮こまってこちらを窺っている黒い獣へと視線を移す。

 アルディスの視線を受けてビクリと相手が体をすくませた。
 その瞳には体の大きさ、そして魔力の強さとは不釣り合いな怯えの色が見える。

 しかし――。とアルディスは浮かんだ疑問を黒い獣へぶつけた。

「お前、もしかしてクロルじゃないのか?」

「え? クロル?」

 先にロナの方がアルディスの言葉へ反応する。

 黒い獣の方は驚きの表情を見せただけだ。
 不安や恐れといった感情と共に、かすかな希望の光を瞳へ浮かべる。

「クロルってあのクロル種? 強大な魔力と強靱な肉体を持ち、性格は温厚ながらも勇敢で気高く、高い知性を誇るというあのクロル? コレが?」

 ロナの言葉がひと区切り発せられるごとに、居心地悪そうな黒い獣が身をすくませる。
 疑わしげなロナの視線を受けて、同時にその表情も段階を追って暗くなっていった。

「実際にクロルを見たことはないのか?」

「確かに黒毛の四つ足とは聞いたことがあるけど……」

 アルディスの問いかけに答えながら、ジト目で黒い獣を見るロナ。

「その口ぶりだとアルは見たことがあるみたいだね」

「俺も遠目に見たことがあるだけだがな。姿形はあれと同じだった」

「へえ……。とても強そうには見えないけど」

「クロルにも個性はあるだろうよ。少なくとも俺が見たクロルは強そうだったぞ。一対一ならともかく、群れを相手にするのは勘弁して欲しいと思えるくらいにはな」

「ふーん。まあいいけど。結局どうするのさ、アレ?」

「そうだな。正体がわかったのはいいが……。そもそもどうしてここにクロルが居るんだ?」

 もともとクロルはアルディスやロナが暮らしていた世界の存在だ。
 少なくともこちらの世界でその種族名を耳にしたことはない。

 これだけ強い魔力をもった者が以前から存在していたのなら、災害級の黒い魔物として人々の噂に上るくらいのことはあるだろう。
 数ヶ月前までこの島に『四枚羽根(よんまいばね)』が棲みついていたことからも、おそらくクロルは最近になってやって来たと思われる。

 問題は自分の意思でやって来たのか、そしてどんな手段でやって来たのかだ。

「お前、自分でこっちに来たのか?」

「え? あ、あの……、ここってどこですか?」

 故郷に戻るヒントが得られるかもしれないとわずかな期待を込めて訊ねれば、返ってきたのは当ての外れた答えだった。

「……違うのか」

 自分が居る場所すら把握していないクロルが、元の世界に戻る手段を持っているとも思えない。

 アルディスは落胆した気持ちを一瞬の沈黙だけで振り払うと、クロルへこの場所が異世界であることを告げる。
 それを聞いたクロルは驚愕の表情を浮かべると、今度はメソメソと泣き始めた。

 うんざりした表情のロナをなだめつつ、アルディスが根気よく話を聞いてやると、クロルはこの場所にやって来た時の状況を語りはじめる

「す、少し前に赤い人間たちがやって来て」

「赤い人間?」

「うん、それで追いかけられて……。ルプスはひとりで逃げて。気が付いたらここに居たの」

 アルディスにはいまいち話がわからない。

 赤い人間たちというのは、赤い服や鎧を身につけた一団ということだろう。
 人間から見ればクロルがどれも同じように見えるのと同様、クロルから見れば人間個々の違いなど見分けがつかないということだ。

(赤い出で立ちの一団、ねえ……)

 全身を赤色で揃えた集団の存在はアルディスの記憶にない。
 少なくともアルディスが戦ったことのある相手には、該当する部隊はいないだろう。

 念のためロナにも確認するが、やはり「知らない」と予想通りの答えが戻ってくる。

「群れのみんなは居なくなるし。周りは知らない獣ばかりだし。魚も見たことないのばっかりだし。ルプスは、ルプスは……」

 ルプスというのがクロルの名前なのだろう。

 まったく未知の世界にひとりきりで飛ばされて心細いのはわかるが、巨体を丸めてシクシクと泣く姿は鬱陶(うっとう)しくもある。
 痛ましいというより、みっともないという表現がふさわしかった。

 ルプスが本気になれば、きっと『四枚羽根』も『グラインダー』も相手にならないだろう。
 おそらく王都周辺でルプスに勝てるのはアルディスたちくらいのものだ。
 そんな強者が泣き言を口にしながら身を丸めているのである。

 それは割と滑稽な状況であったが、だからといって単に笑って終わらせられるというものでもない。

「お前はどうしたい?」

「……みんなのところへ帰りたい。……でもどうしたら帰れるのかわかんない」

 ルプスの答えは当然のものだろう。
 だがそれが簡単にできるならアルディスだって苦労はしない。
 ロナのように自分の意思でこちらにやって来たわけでもないし、自由に向こうへ戻る手段を持っているわけでもないのだ。

「ロナ。お前が使ってる方法を教えてやれるか?」

「えー、めんどくさい」

 唯一その手段を持っているロナならば助けてやれるかもしれない。
 しかし当のロナは気乗りしないようだ。

「だからって、このまま放っておけないだろうが」

 アルディスがこうまでして肩入れするのは、ルプスの置かれた状況が自分の境遇に重なってしまうからだった。

 わけもわからずいつの間にか知らない異世界に飛ばされて、故郷に戻る手段もわからない。
 見知った人間はひとりもおらず、頼る相手も当然いない。
 いくらアルディスとはいえ、心細くなかったと言えば嘘になる。

 右も左もわからないアルディスが最初に出会った異世界人こそ、テッドたち『白夜の明星』のメンバーだ。
 親身になって世話してくれた彼らがいなければ、もっと苦労を強いられていただろう。
 自分は他人からの厚意を存分に享受しておきながら、同じ境遇の他人は知らんぷり、というのではあまりに情けないというものだ。

「頼む」

「……仕方ないなあ。王都に帰ったらおいしい物いっぱい食べさせてね」

 珍しく下手に出るアルディスへ、ロナは不承不承(ふしょうぶしょう)ながらも条件付きで頷いた。

 しかしやはりというべきか、ロナの転移術は――ルプスが怯えて話が進まなかったこともあるとはいえ――何度聞いても意味不明な説明であった。

 ひと通り説明を終えた後も、ルプスの頭上にははてなマークが飛び交うばかり。
 結局ロナの転移術は理解されることもなく――。

「どうしたもんかな」

 額に人さし指をあてながらつぶやくアルディスの声が、むなしいばかりである。

「面倒だから、いっそのこと()っちゃう?」

「ひいっ!」

 ロナが名案とばかりに物騒なことを言いはじめ、ルプスが瞬時に後退(あとずさ)った。

「やめろ、ロナ。依頼の内容は『調査』なんだから、正体がわかればいいんだ。だがそうなると――」

 調査報告をどうするか、である。

 下手な報告をすれば、ルプスを危険因子とみなして討伐隊が編成されかねない

 では実際に討伐隊が派遣されるとどうなるか。
 この上なく気弱に見えるルプスだが、クロル種である以上、潜在能力は高い。
 まともに戦えば軍の兵士など鎧袖一触(がいしゅういっしょく)だろう。

 問題はルプスに戦う意思があるかどうかだ。
 先ほどからの様子を見る限り、とても降りかかる火の粉を払えるような性格とは思えなかった。

 なまじ話の通じる相手、しかも同郷だけに見捨てるのは心苦しい。
 かといって元の世界へ戻す手段もわからないのだ。

 森の家へ連れて帰ることも考えたが、そこには双子がいる。
 この臆病な性格では双子に害を及ぼすとも考えにくいが、これが実は猫をかぶっているだけという可能性もゼロではないのだ。

 例え危険性を考慮しないとしても、あの家にこの巨体を置く場所などない。
 庭もかなり広めに作ってはあるが、さすがに体長七メートルの生物が暮らすには狭すぎる。

 第一この性格だと、建物の中に引きこもりかねない。
 寝室のひとつが黒い毛なみで埋もれる様子を想像し、アルディスはこの案を脳裏で却下した。

「つまりこの場所で暮らしながらも国から危険視されず、討伐隊を送り込まれないようにする必要がある、か」

「普通に話が通じるよ、って教えてあげればいいんじゃないの?」

「それはそれでなあ……」

 悪い意味でルプスを利用しようと考える(やから)が出てくるだろう。

 ルプスの性格は見るからに交渉事が向いていない。
 その力と性格が相手に知られれば、口で丸め込まれて良いように利用されかねないのだ。
 下手をすると彼我(ひが)の力量差に関係無く恫喝(どうかつ)されて、ということも十分あり得る。

「普段は危険もないが、いたずらに手を出すと痛いしっぺ返しを受ける。という認識を国へ持たせるのがいいだろうな」

「ふーん、人間ってめんどくさいなあ。じゃあアルディス、そろそろ()っちゃってもいいかな?」

「ひいいぃぃぃ!」

 アルディスの話に興味がなさそうなロナは、ついでとばかりに口を開いてルプスをからかう。

「遊ぶなロナ」

「いやー、なんか面白くって」

 ロナは軽い気持ちで言っているのだろうが、ルプスの方はさっきから終始怯え続けている。
 自分より遥かに小さな金色の獣から逃げるように、アルディスの背中へと隠れようとしていた。

 当然アルディスの体にクロルの巨体が隠れるわけもなく、ロナの目から逃れられているのは顔だけである。

「はあ、どうしたもんかな」

 思いもよらぬ問題に、アルディスはため息を隠そうともしなかった。
2017/11/02 誤字修正 伺っている → 窺っている
2017/11/02 誤字修正 好意 → 厚意
おかげさまで重版しました!
スニーカー文庫より発売中!

大幅加筆……というか3分の1は書き下ろし。
Web版とは少し違う展開になっています。

さらりと流されたあのキャラが、書籍版ではアルディスの前に立ちふさがる!
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+注意+
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