父と母が私を捨てようとしたので包丁で刺した。
リハビリとして描きました。
よければ最後まで見てください!
カラン……
私の手から滑り落ちた包丁の音が部屋にひびきわまる。
「一人ぼっちにしないでよ」
私は一言ポツリと漏らした後、スマホの通話アプリをひらいた。
プルル……プルル……ガチャ
「警察ですか?人を殺しました」
うちの家は冷えきっているを通り越して互いが互いを無視し、自立しあうような変な家庭だった。
「連絡事項があるなら、このボードに書きこんで」
「はい」
5歳の時、これを最後に親との『会話』はしたことがなかった。父と母も会話がなく、互いにいないものとして扱っている。
親二人はいわば『他人夫婦』で、私は『私』だった。
別にそれでも虐待を受けている訳でもなければ、お金だって与えてくれるだけ私は……恵まれていた筈だった。
「おはよう!」
私は元気よく挨拶をして、自分専用の椅子に座る。
因みに父も母も各自のテーブルと椅子に座り、各々の朝食を食べている。
「おはよう!」
私はもう一度言ってみたが…まぁ、反応は返ってこない。
「……」
「……」
今日も昨日も、この朝も会話や反応はなしだった。
まぁ、会話がなかろうと別にいい。
親は結構立派な人たちである。仕事がとても忙しいのだろう。
別にいい。私は別にこの二人が冷え切っていようとどうでもいい。もうとっくに分かっている。
暴力はふるわれたことがないし、暴言も吐かれない。お金も払ってくれる。親としての義務は果たしてくれている。
「いってきまーす!!」
「……」
「……」
今日もむなしく私の言葉は部屋にひびき、返ってくるのは木霊だけ。
別にいい。これは私の中で癖みたいなもんだし、この生活にも慣れて不満はない。
この生活がきっと永遠に続くのだろう。そう思っていた。
しかし、この空虚な生活に変化が現れてしまった。
なんてことはない、父と母が一緒に家に帰ってきたのである。
二人同時に帰ってきた。
二人……同時に、一緒にである。
「どうしたの?お父さんとお母さんが一緒なんで珍しいじゃん」
どうせ無視をされるのは分かっているが、取り合えず聞いてみた。
「……」
父は相変わらず無視であった。
しかし母は、父をチラリと見た後…。
「偶々よ」
それだけいった。10年ぶりの『会話』だなんて思う暇もなく、母のその言葉に酷く衝撃を受けた。
「まって、偶々ってなにがあったの?どういうこと?」
「……」
「……ッチ」
父は無視を決め込み母はウザッたらしいとばかりに舌打ちをする。
その後、二人は喋ることもなく各自の部屋に入っていった。
「偶々か…」
偶々なだけだろうか。うん、きっとそうだ。
あの『他人夫婦』な二人が仲良しになった…なんてありえるはずが無い。
そんな風に自分を納得させて私は思考をプチッと消すように眠りに入った。
しかしながら、そんな私を嘲笑うかのように事態は変わる。
次の日の朝、いつものように会話の無い朝食時のことであった。
「今日は天気がいいな」
「曇りだけどね」
なんと二人は会話を始めたのである。
いや、会話とも呼べないのだが…ちゃんと意思疎通が出来ているのだ。
連絡事項ではなく、会話だ。
「あー!本当だね!曇りだね!でも!!午後からは晴れるらしいよ!!でも!傘も持ったほうがいいかな?どう思う!?」
私はハイテンション気味にそういった。
「……」
「……」
どうやら、二人には聞こえなかったらしい。
「あのね、お父さん……お母さん…………」
「……ッチ」
舌打ちが聞こえた。
どうやら、聞こえた上での無視だ。
あ、反応してくれたんだと思って父を見たが彼はやっぱり無表情のまま朝食をたべている。
「……あのさ……お母さ」
「……ウザッ……」
ボソリと母さんは独り言のようにそういった。
ここまで来たらもうお手上げだと私は無言で一人で作ったトーストを食べる。
まぁ、別にいい。大丈夫だ。私はめぐまれている。
うるさいと言われないだけ恵まれている。大丈夫。
暴力をふるわれないだけ大いに恵まれている。
「ごちそうさま!いってきます!あ!今日は千春くん家にいくからちょっと遅くなるかも!でも安心して!朝帰りとかはしないよ!私はそんなふしだらな女じゃないから!」
「……」
「……」
因みに、千春くんとは私の恋人である2歳年上の千春良太くんのことである。
小さい時からの幼馴染で、そのお母様にはよく親代わりをしてもらっていた。小学校の時に『結婚してくれ』と言われてから恋人だ。
良太くんも、そのお母さんも本当に優しい。私は本当に恵まれている。
「じゃあね!いってきまーっす!」
私は大きな声でそういったが、帰って来たのはいつもの木霊した私の声だけであった。
大丈夫だ。こんなのはいつも通りのことだと自分に言い聞かせようとしたのだが……。
「……今夜……久し振りに……」
「別に……」
リビングの方から、微かに父と母の声が溢れていた。
「…………」
私は…存在しているのだろうか。
なんて、バカな事を思いつつ……家を出た。
ピンポーン
インターホンを鳴らすと、ガチャッと玄関のドアが開いて女性が現れた。
「あら、いらっしゃーい」
この女性の名前は千春千春。変な名前だと思うのだが、どうやら嫁入りしたときに変ったらしい。
綺麗で明るい人なのだが、良く見ると継ぎ接ぎだらけの体をしている。少し訳ありそうな人だった。
「おじやましまーす」
たくさんの料理を用意してくれていた。
私が来たからではなく、毎日こんなんらしい。
「息子と旦那が沢山食べるからね~これでも足りないとかいうときあるのよ?」
「もう!母ちゃん恥ずかしいよ!いっとくけど、俺そんな食いしん坊じゃねーから!!」
良太くんが不服そうに千春さんにそういうが、千春さんはフフフッと笑ってるだけである。
「そんなことより!いつ結婚するの?卒業したら籍だけでも入れちゃう?…」
「もぉおお!!母ちゃんのバカ!!」
顔を真っ赤にした良太くんがポカポカと千春さんを叩くが、千春さんはニヤニヤと笑っている。
いい家庭だな……。こういうのを親子や家族と呼ぶのだろう。
「ん~良太くんがいいなら……いいかも?どう?」
「いや、そりゃ結婚してぇけど……俺はまだ高校で甲斐性がねぇし、こういうのはもっと……ちゃんと…」
「私が小学校の時に結婚してくれっていったくせに?」
「うわぁぁあ!!!」
両手で顔を隠して叫びだした。可愛いな~
「ふふ……」
あぁ、幸せだ。
こんな人と結婚出来たらどんなに幸せだろうか。
まぁ、結婚なんて今考えるべきではないな。私たちはまだ子供過ぎる。
「そういえば……帰りが遅くなって大丈夫?」
「いいんですいいんです。あの二人は私なんてどうでもいいですから」
私がそういうと、千春さんは苦い顔をした。
「相変わらずなのね……」
「本当に大丈夫ですよ」
「でも、親として可笑しいわ」
彼女は本当に優しい人だ。
小さいときに母が無理矢理私を千春さんに押し付けて面倒を見ろと言ってきた時も、千春さんは快諾してくれた。
『ぇえ!!ぇえ!!面倒みますよ!みますとも!こんな可愛い子、いくらでも大歓迎よ!!』
そう啖呵をきってくれた時のことは今でも覚えている。
面倒だったろうに……よく私の面倒をみてくれた優しい人。
「でも、私は大丈夫ですよ。とても恵まれてますし……父も母もちょっと放任主義なだけですよ」
「なんか……昔の私を見ている気分になるわ」
千春さんは少し溜め息を溢してそういった。
そして……ゆっくりと諭すようにいう。
「あのね、人にはキャパがあるの…それが一杯になったとき、人は壊れるの」
「壊れませんって、私は酷く恵まれてますし……」
私は沢山の友達がいるし、陸上で全国もいったし、高校へは推薦が決まってるし、勉強だって結構いい方だし、何より素敵な恋人様までいる。
親に無視されている現状と比べても十二分に恵まれている。
「うん、恵まれていると思う。だけどね……本当に恵まれていて、本当に大切なものに気づけるのは……いつも壊れた後なのよ」
何処か実感のこもった声だった。
まるで自分が一度壊して、その後に残った何かに救われたような、そんな言葉だった。
気づけるのは壊れた後だといっているが……私はちゃんと今でも充分に恵まれていると分かっている。
「いい?本当にヤバイなって思ったら、私たちにまず来て…大丈夫だから」
「そうだぞ!!母さんも俺も!いつだって相談にのるから!俺達は家族みたいなもんだろ?」
二人は意気込んでいう。
あぁ…本当に優しい。
「確かに、良太くんと結婚したら家族だねぇ~」
「バッ…バカ野郎!だからそういうのは早いっての!」
顔を真っ赤にして良太くんはいうが、否定しないあたり……私のことが好きなんだなと思った。
あぁ、本当に恵まれている。
「大丈夫ですよ!心配しなくても!私は暴力は振るわれないですし怒られたこともありません!不自由なく育ててもらってます!それに…良太くんもいますし」
そう、怒られもしないし褒められもしない。会話すら破綻している。
けれど、虐待されてないから恵まれているし……親が破綻しているぶん、良太くんたちに大切にしてもらっている。
大丈夫。私は満たされている。
「なら…良かったわ」
千春さんは少し納得していない風だったが、一応は微笑んでくれた。
千春さん家でご飯を済ませて家に帰ると、玄関には…二つの靴があった。
女性用と男性用だ。
「…ぇ…」
私は少し驚愕しつつ、そろりと家の中に入ってリビングをコッソリ覗き込むと…。父と母がいた。
向かい合わせに座り…一緒のテーブルで一緒にご飯を食べている。
「今日の味噌汁は…薄いな」
「あら、味噌汁は薄味が美味しいっていってなかった?」
「あぁ…だから…そういうことだ」
……ん?
会話…してる?え、してる?ちゃんと受け答えしてる?
母は少し嬉しそうな表情をしているし、父は照れているのか頬を少し赤く染めている。うんうん、夫婦仲がいいのはよろしいことだ。
「……気持悪」
………
「ただいま!!帰って来たよ!!」
右手を上げて、可愛らしく元気良く…会話に入るようにリビングに入った。
「……」
「……ッチ」
父と母は私を一瞬だけチラリと見たが、すぐに無表情で食事に戻る。
私のことは、見ている筈なのに何も見えてないフリをしている。
まぁ、別に大丈夫だ。うるさいといわれないだけ、暴力をふるわれないだけ大丈夫だ。
「いや~中々千春おばさんが返してくれなくてさ!」
私はニコニコとギャハハハと笑いながら、椅子に座る。一人用の椅子に座る。
アレ?いつから父と母は二人で一つのテーブルを買ったのだろうか?
心なしか、私の椅子とテーブル…少し距離を置かれてないか?
「…ぅわ」
「……ッチ」
母親は気持悪いものを見る目で私を一瞥した後、明らかにペースアップしてご飯を食べ始め、父は『空気の読めないキモい奴』を見て舌打ちをする。
それを知らぬフリして聞こえぬフリして私は喋り続ける。
「それでね!卒業したら籍を入れないかって言われちゃってさー!」
どうせ反応はこないだろうかと思って、そう喋り続けていたのだが…。
「あら……」
「なら…」
二人はアイコンタクトをしたと思ったら、私の方に視線を向けた。
あ、今私は二人に認識された。
ちゃんといるものとして扱われた。嬉しいな。ちゃんのそこにいるものとして扱われた。
嬉しいな。
「いつかお嫁さんになれるかな~なんちゃって!アハハ」
私は笑って話を続ける。少しご機嫌なのかもしれない。
しかし、私はすぐに現実に打ちのめされる。
知らぬ聞かぬ存ぜぬを繰り返そうと、無駄だということを思い知る。
「二人で生きていこうと思うんだ」
ある日唐突に……本当に唐突にそういってきた。
父と母の二人がよりそうようにして、コーヒーを一人で飲んでいる私に不意打ちでそういってきたのだ。
「は?」
思わずコーヒーを零しそうになった。
初めて…いや、10年ぶりに親の方から話しかけて来たと思ったら、そんな内容だったのだから驚くに決まっている。
「え?どういうこと?」
母がチラリと父を見て、父も母を見て…頷きあいながら言葉を紡ぐ。
「ちょっと色々とあって…話をするようになって…それでまた『二人』でやり直さないかって……」
「いや…意味が分からない」
なんて言いながらも…妙な納得もした。
冷え切っているとはいっても、何かしらが合って結婚して子供まで作った二人なのだ。
しかも、冷えきってる癖に今まで離婚しなかったのは、憎からずな思いも多少残っていたのだろう。
それが私の知らぬ所でまた何かしらがあったのだろう。
そう…私だけが邪魔だったのだ
「もうすぐ、お前も高校に入るだろ?だから、これからは一人で生きて欲しい」
「本当に一人って訳じゃないわよ?千春さんちに面倒見るようお願いしたらね、いいよって快諾してくれたし…」
「だが、何故か殴りかかってきたな…少し乱暴そうだが…まぁ大丈夫だろう」
いや、大丈夫じゃない。
何言ってんだ…コイツ等…。
「まってよ…やだ……やだ…寂しいよ」
「寂しくはないでしょ。千春さんの人たちは優しい人だし、その息子さんはアナタの恋人でしょ?」
いや、何を同列に語ってるの?なにをいってるの?
「これもある意味、お前の為なんだ」
私の為…一体何時、お前等が私の為を思ったんだよ。少しでもそんな思いがあるなら、普段の会話で返事くらいしろよ。
「アナタだって、私達のような親よりもあの人たちの方がいいでしょう?」
…ふざけんな……自覚あんならまず改善しろよ。
「それに、流石に分かるだろ?アレだけ無視をしたんだから…流石に自分が疎ましく思われていることぐらい」
「でも、暴力はふるってないし虐待もしてないし…それにちゃんとお金は払うから……親としての最低限の義務は果たしたでしょ?」
「……」
絶句した。駄目だ、コイツ等に人の言葉は通じない。
いや、逆に考えてみよう。そうだ、コレはある意味ラッキーじゃないか!!
私は良太くんの家に引き取られる!あの優しい人達にだ!それに、いつかは独立しなければならないし、夫婦仲がよくなったのは子供として喜ばしい!
お金だって払ってくれるみたいだ!今まで私は暴力も暴言も吐かれたことはない!!そうだ!!私は恵まれている!!
恵まれている恵まれている恵まれている恵恵恵恵恵恵恵恵恵恵恵恵恵恵恵恵恵恵恵恵恵恵恵恵恵恵恵恵恵恵恵恵恵恵恵恵恵恵恵恵恵恵恵恵恵恵恵恵恵恵恵恵恵恵恵恵恵恵恵恵恵恵恵恵恵恵恵恵恵恵恵恵恵恵恵恵恵恵恵恵
「だから…二人で生きていく」
……
うわぁあぁっぁああああぁぁああ「ぁぁあぁああああ!!」
私はキッチンまで全速力で走り、包丁を取りだして親に向ける。
すると二人は目を見開き大パニック。
「きゃぁぁああ!!??」
「やめるんだ!!」
母は叫び父はそんな母を守るように抱きしめる。
「ふざけんな…」
庇いあわないでよ。どうして二人で庇いあってんの?私はその中に入れてくれないのよ。
金は充分に与えられた。育児放棄された訳じゃない。暴力も振るわれなかった。暴言も吐かれない。
けれど……けれど……
「お前等は最低だ……クズだ」
私を……一人にした。
「みんなで私を一人にして……ふざけんな」
包丁を向けると、二人はビクりと体を大きく震わせる。
「お前らは分からなかっただろうな」
私が親に執着していることを……愛していることを。
舌打ちだけでも、ウザがられてもよかったのに…。そうだと思っていたのに…そこまで愛していたのに!
ぁぁあ!どうしてコイツ等なんだ!どうしてよりにもよってコイツ等を愛したんだ!ズルイ!親というだけで私は縛られる!!
だったら終らせよう…みんな殺して私も死んで…全部終らせよう。
「ま、待つんだ!ここで人殺しをして……き、君の恋人は悲しむんじゃないか!?」
「そう…そうよ!愛してる恋人や…友達がいるんじゃないの!?」
二人は怯えきりながらも私にそう伝える。
恋人が悲しむと…友達が悲しむぞと…そういう。
「あぁ…」
きっと…確かに良太くんは悲しむだろうな。
きっと人殺しをしたら……軽蔑されちゃうな……。
千春さんや…おじさんや…良太くん…友達だって……そうだ、私は恵まれている環境を捨ててまで……。
「ごめんなさい」
私は謝った。何に対してだろうか知らぬが……何かに謝った。
「ごめんなさい…」
もう一度私は謝る。
ごめんなさい。
それでは私は満たされないの。
「ごめんなさい」
三度目の時……私は包丁を大きく掲げて…振り落とした。
ザシュ…ッ…
その後、家にあったのは、手を繋いで横たわった血塗れの夫婦と…。
死に損ないの一人ぼっちの少女だけだった。
「一人にしないでよ」
主人公が一番愛して執着してしまったのは、『よりにもよって』な親でした。主人公が自殺しなかったのは……『壊れたあとに大切なものに気づいた』からです。遅すぎでしたけど。