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切ないくらい。
作:CHE.R.RY



03:迷子の怪盗











まだ冷たい夜風。星空の下を俺はフワリと飛び回る。


そしてある家のベランダに降り立つ。



――コンコン



カーテンがぴっちり閉まっているガラス戸を数回叩く。



――カラカラ



しばらくするとガラス戸が開けられる。

そこに立っているのは、幼い少女。



「…また来たの」

「今宵は冷えますね。こんな日には飛ぶもんじゃありませんね」

「なら、来なきゃいいのに。バカな人ね」

「…どうしても姫に会いたくなってしまいましてね」

「フッ。よくそんな事が言えるわね」

「思った事を言ったまでですよ」

「バカバカしい。…仕方ないわね、入りなさい」

「…お邪魔いたします」

「どうぞ」



姫…こと灰原哀。

冷たい表情で笑いもせず俺に背を向ける。

だけど知っている。

俺はわかってる。

貴女がホントはすごくすごく、優しいことを。

今日だってホラ、俺が冷えると言ったから部屋に入れてくれる。

寒いでしょ?なんて絶対に言わない人だけど…不器用な優しさが俺には心地いいんだ。

だからだろうな。

こうして、あなたに逢いに来てしまうのは。



「今日は仕事はなかったんでしょう?何故そんな恰好してるのかしら?」

「空から来れるからですよ」

「あら、そう」

「…もう少し暖かくなったら、一緒に飛んでみませんか?」

「それはデートのお誘いかしら?怪盗さん?」

「星空デートなんてロマンチックでしょう?」

「そうね。考えとくわ」

「いいお返事、待ってますよ」

「それも考えとくわ」

「…フフ、姫には敵いませんね」

「あら、当然でしょう?」



まだまだ青いわよ、と貴女は言う。

とてもクールな笑み。でも凄く落ち着く笑み。俺の大好きだった奴とは全く逆だけど、なぜかホッとする。



俺は彼女を知っている。本名は宮野志保。元組織の人間でコードネームはシェリー。

俺より一つ年上で、お姉さんを亡くしている。

あの名探偵、工藤新一を小さくした薬を造った人。

そしてその薬を飲んで自分も小さくなった人。

そしてその薬の解毒剤を完成させ、工藤新一を戻した人。

…誰よりも工藤新一の幸せを願っている人。

自分を犠牲にしてまでも他人の幸せを願える優しすぎる人、…。



俺は貴女をたくさん知っている。

怪盗キッドがこれくらい調べられなくてどうする。

仕事にならない。…最後の方は後からわかった事だけども。

ここ数日、逢うたびにいろんな事を知った。

でも貴女は俺を知らない。ただの泥棒、怪盗キッドの名しか知らない。

当然だ。何も教えてないんだから。…でも何も聞かずにいてくれる。

貴女はホントに切ないほど優しいんだね…。

だから少し、意地悪をしたくなった。

俺が貴女の本名を知ってる事を知ったら、きっと貴女は驚くだろう。



「哀ちゃん」

「なにかしら?」

「ホントは『志保ちゃん』だよね」

「…………。」



驚いた?…でもポーカーフェイスは崩せなかった。残念だな。

ねえ、俺今さ、素を出したんだよ。気付いた?

怪盗キッドじゃなくて、黒…



「そうね。黒羽快斗くん」

「!?」

「あら、ずいぶん驚いたみたいね?お得意のポーカーフェイスが台なしよ?」



今…俺の、名前………



「私が知らないとでも思ってたのかしら?」

「……ご存知だったのですね」

「ええ。こそ泥さんに興味なんかないけれど、私の事を知っているんだったら私も知っていないと、不公平じゃない?だから調べさせてもらったの」

「…俺が、貴女の事を知っているとよくお分かりでしたね」

「フッ。工藤君の正体を知っていた貴方だもの。全て調べているんでしょう?そしたら、私のことも知っているはずだと思ったからよ」

「…完敗ですね。私の負けです」



…やっぱり、貴女には敵いそうにない。

俺はお手上げだ、と言う変わりに両手を上げた。



「クス…貴方を調べるのは簡単だったわよ?足跡を残しすぎね」

「…貴女も探偵になれますね」

「なりたくなんかないわ」

「貴女が敵じゃなくてホッとしてますよ」

「あら、敵じゃないとは限らないんじゃないかしら?」

「フッ。貴女は敵じゃない。味方でもないでしょうけどね。敵ならば…とっくに警察にでも連絡してるはずですから」

「……そうね。貴方を警察に突き出しても私にはなんの得もないもの」



『それにコソ泥に興味なんてないって言ったでしょう?』と付け足してクスリと笑った。



「…私の事、どこまで知っているのですか?」

「あら、聞きたいのかしら?」

「…そうですね、是非どこまで知っているのか教えて頂きたい」

「黒羽快斗17歳。江古田高校2年B組。6月21日生まれ。身長174センチ、体重58キロ、IQ400の天才児。母親と二人暮らしで嫌いなものは魚。幼なじみの中森青子さんのお父さん、中森警部に追われている。父親が昔怪盗キッドを名乗っていたけど、とある組織に殺害された。それを突き止めるため、貴方は怪盗キッドを名乗った。…と言ったところかしらね?」



正直、驚いた。よくそこまで調べたものだ。

工藤新一、お前よりも彼女の方が探偵に向いてるかもしんねーぞ。


つくづく彼女が探偵じゃなくてよかったと思う。



「…あなたは敵に回したくありませんね」

「よく言われるわ」

「完璧ですね。…でも一つ。実は一昨日、学校で身長を計ったら0.2センチ伸びていました」

「あら、それは残念ね」

「でも、よく調べましたね」

「完璧主義なのかしら?調べるなら徹底的にしなきゃ気が済まないのよ」

「みたいですね」



いつからバレていたのか…これだけつつぬけなんだ。

キッドを演じ続けてもしかたないな。



「でもいいのかしら?そんなに簡単に認めちゃって」

「…ええ。貴女になら素顔を見せてもいい」

「どうして?」
「あなたを信じてもいいと思ったからですかね」

「見ず知らずの私を?貴方って本当にIQ400の頭脳を持っているのかしら」

「…俺の直感はハズレた事ねーんだよ」

「クスッ。初めまして、黒羽君」

「初めまして、志保さん」

「今は灰原哀よ?」

「じゃあ、哀ちゃん」



今日はいい日だな。ここ一番の貴女の笑った顔が見えたから。



「…ありがとう」

「なにが?」

「俺が初めてココに舞い降りた時、ホントは迷ってたんだ。考え事をしていたって言ったよな?…実は怪盗キッド、辞めようか続けるか迷ってた」



もう俺が追っていた組織は潰れた。工藤新一らが潰した。


だから俺がキッドである理由がなくなったんだ。


最初は、親父を殺した奴らを見つけるまでは続けると寺井ちゃんにも言っていた。


でも俺からキッドをとったら何が残る?


俺は親父が信じた『怪盗キッド』を捨てれる?


でも、青子に嘘をついているのも辛い。


怪盗キッドを捨てるのも辛い。


どうすればいいか、わからなかった。


いろんな事がグルグル回って息詰まって、誰かに吐き出してしまいたかった。


楽になりたかった。開放されたかった。


俺は怪盗キッドは捨てきれない。でも一人で抱えるのも限界だった。誰にもバレてはいけない。でも開放されたい。


いろんな矛盾が溢れてきて気晴らしにと、空を舞っていた時………





■□■□■□



――ビュウッ



「うわ…っ」



――ドサッ…



「…………。」

「……イテテテ…」

「…………。」

「………いってェ………………!?」



人の気配に気付いた俺はシルクハットをずらして見上げた。


そこにはあの工藤新一と一緒にいた灰原って子が立っていた。



「…やあお嬢さん。失礼しました。少し突風に流されてしまいましてね」

「…………初めまして。怪盗さん」

「―――――――っ」



そう言った瞳の奥が何故か優しくて、俺は鳥肌が立った。


俺を導いてくれるような、そんな気がした…。



「突風を感知できなかったなんて、世紀の怪盗も意外とマヌケなのね」

「…少し考え事をしていたもので」

「そう。気をつけないといつか事故に遭うわよ」

「……ご忠告、ありがとうございます」

「今夜は冷えるわね。…貴方も早く帰ったら?」

「!!………私をみすみす逃がすおつもりですか?」

「あら、捕まえて欲しいの?…なんてね。私には関係ないもの。誰のものが盗まれようが」



こんな事を言う人が他にいるだろうか。

彼女の言葉にだんだん引き込まれていった。



「…盗まれた人にとって貴方は罪人かもしれないわ。でも全ての人がそう思っているわけじゃないわ。もしかしたら感謝している人だっているかもしれない」



感謝?さあ、どうだろう。それは考えた事なかったからな…。



「貴方を必要とする人だっているかも知れない」



こんな罪人を必要と?…いるわけないじゃないか。


それが分かっているなら、辞めればいい。怪盗キッドを引退すればいい。それだけの事なんだ。


なぜ、それを躊躇う?



「私は感謝しているわよ」

「!?」


「あの日…組織壊滅の日、あなたが手助けしてくれた事、知っているから」

「…手助けだなんて、そんな立派なものじゃありませんよ。私は私の敵を討ちたかった…ただそれだけです」

「それだけで怪盗キッドの意味はあるわ。今までの苦労もね?…だから私は感謝しているわ」



怪盗キッドになった意味……。意味があったのか?


そうだ。少なくとも怪盗キッドからは沢山の事を教わった。


怪盗キッドになって少しは意味あった。

ああ、そうか…。俺はまだいろんな事を知りたいんだ。…だからやめたくないんだ。



「あなたが何故、あの現場に来たかは分からないけど…全てのデータが入ったMOを盗んでくれたのは貴方でしょう?それを私に届けてくれた配達の人も貴方だったんでしょう?だから本当に感謝しているの」

「……盗んだ物は持ち主に返す主義なんでね」

「あら、あれは私の物じゃないわよ」

「それは失礼。私のミスでしたね」

「フッ。私は貴方の全てが罪だとは思わないわ」

「…………。」

「だから興味なんてないの。誰から盗んだかなんて」

「…………。」

「誰かが不幸になれば誰かが幸せになる。誰かが幸せになれば誰かが不幸になる。世の中なんて、そうなるように出来ているのよ?」



貴女は幸せになるつもりなんてないんだね。

自分が不幸になる事を望んでいるんだ。

それでもそれを受け入れて毎日を生きているんだね。

自分が信じた道を歩いているんだね。

貴女の事は全く知らない。でも、貴女の感情は分かる気がする。



「お嬢さん」

「なにかしら」

「ありがとう」

「お礼を言われる事なんてしていないわ」



俺、見えたんだ。



「貴女のおかげで道が見えました」



俺は俺を信じる。俺のしたい事をする。


青子…。ごめんな…。俺はまだ悪人をやめられそうにない…。


お前に嘘をついているのは辛い。…でも俺は俺の感じた事をしたいんだ。


まだ怪盗キッドをやめたくない。知りたい事がある。


だから…お前を苦しめる事だと分かっていても、俺は納得するまで怪盗キッドをやめない。


ごめんな青子。いつか嘘なんてつかなくなる日まで、嘘をつかせてくれ。



「なんの事だかさっぱりね。頭でも打ったの?」

「いえ。清々しい気分です」

「………わからない人ね」

「長く居すぎました。私はこの辺で失礼します」

「そうね。貴方のせいですっかり冷えちゃったわ」

「どうか、風邪をひかないように。それと…またお嬢さんに逢いに来てもいいでしょうか?」

「捕まる覚悟があるなら好きにしなさい」

「クスッ……では、また」



立ち止まった俺に道しるべを教えてくれたのは、貴女でした。





□■□■□■



「…哀ちゃんに、そう言われて俺は今でも自分を信じれてるんだよ」

「そう」



簡潔な短い返事だなァ…俺、こんなに沢山しゃべったの初めてなんだけど。



「あのまま怪盗キッドをやめてたら俺、絶対後悔してた。だからホントにありがとう」

「クスッ。こんな私でも何かの役には立てたのね」






そんな言い方、しないでくれ。少なくとも俺は悲しくなるから。



「それが哀ちゃんを信じれる理由の一つかもね」

「そう。でも最大の理由は私と貴方は『同じ犯罪者』だからじゃないのかしら?」

「…そうかもしれない」



でも、誰が貴女を犯罪者だと言っても俺はそうは思わないから…。


俺は貴女の味方だから。


だから………



「また来てもいい?」

「ダメと言ったら来ないのかしら?」

「……………。」

「ダメと言っても来るのなら、好きにしなさい」

「じゃあまた」



好きにさせてもらうぜ。



今度は…いや、いつか初めから黒羽快斗で来てみるから。












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