02:名探偵の苦悩
俺が工藤新一に戻って一ヶ月。
何事もなく平和に時が流れた。
これが戻りたかったものなのに、心のどこかに喪失感…何か違う、と言う気持ちが増していく。
一体なんだっていうんだ…
□■□■□■
「新一」
「…………。」
「新一?」
「…………。」
「ねぇ新一!」
「…………。」
「……新一ってばぁ!!!!」
「うわっ!!な、なんだよ蘭…急に大声出して…」
「何回も呼んでるのに返事しないからでしょ!!」
「へ………わりーわりー」
蘭は膨れっ面で俺を睨んでいる。
俺はというと全然、全くと言っていいほど蘭の声なんて聞こえてなかった。
「…どうしたのよ?最近、なんか変だよ?」
「変ってなんだよ」
「……なんか、戻ってきてから新一、何か違う」
「何がだよ?なんも変わってねーけどな…」
「…考え事、多くなった。…また事件の事…?」
蘭にそう言われ気付いた。
そういえば、最近はよくアイツの事考えてる。
今も、いつ戻るんだろうとか…もしかしたら永久に灰原のままなのか、とか…
「……あ、あぁ。まぁそんなとこかな…」
俺がそんな心配しても仕方ねーんだけどな…。
アイツに言ったら『大きなお世話よ』って言われんだろーな…。
「………もう、どこも行かないんだよね?…消えたり…しないんだよね…?」
事件の事考えている俺が、またどっか行っちまうんじゃねーかって蘭は不安そうに見てくる。
ああ…そんな顔をさせているのは俺だ…。
「行かねーよ!そんなんじゃねーって!あの事件はもう解決してんだからよっ」
俺は出来るだけ明るく言った。
それを見て蘭も笑顔になった。
「そうだね!ごめんね…でもまた新一がいなくなっちゃうんじゃないかって…不安、になるの…でももう絶対いなくならないんだよね?」
「ああ」
「よかった!」
蘭の満開の笑顔を直視した時、ズキリと胸が痛んだ。
軋むような、刺されるようなそんな痛さ。
大好きなはずの笑顔が、痛い…なんて…。
どうかしてる。
そんな日が数週間続いた。
■□■□■□
「……で?何なの?」
「冷てぇーな。一ヶ月ぶりだってのに」
「病み上がりの身体で毎日のように夜中まで事件に首突っ込んでるような人に優しくする義理はないわ」
「……なんでんな事知ってんだよ」
「事件解決後、パトカーで送ってもらってるでしょ?貴方の家の前で静止してるパトランプが見えるもの、それに新聞の一面にデカデカと掲載されていれば誰だってわかるわよ」
「なるほど…。ん?ってオメーいつもそんな遅くまで起きてんのかよ!?」
「悪いかしら?」
「悪いに決まってんだろーが!!何考えてんだよ!?身体壊すぞ!!無理ばっかすんじゃねーよ」
「あら。病み上がりなんだから、一、二ヶ月は無理はせずに安静にしてなさい、と言った私の警告を無視して毎晩飛び回ってる貴方に言われる筋合いなんかないと思うけど?」
ヴ…………
痛いところをつきやがる…
「何があるか分からないから身体に負担がかかることは禁止、食事も三食取る事と言ったわよね?あなたの事だから何一つ守ってないんでしょうね」
ごもっともです…。
「そんな人に無理するなとか身体大事にしろよ、なんて言われなくないんだけど?まだ何か言いたい事でもあるかしら?」
「………ありません」
何も言い返せなくなった。正論をたたき付けられて、更にはコイツに口で勝てるわけがないんだ…。
「いい?くれぐれも、せめて食事くらいはキッチリとりなさい」
「……なんだよ、オメーこそあんま食ってねーじゃねーかよ…」
「なにか言った?」
「イエ…ナニモ…」
「そ。わかったの?わからないの?」
「…………ワカリマシタ」
「よろしい」
ちっくしょーーー。
あー悔しい…。だいたい俺、そんな事を言いに来たんじゃ………あ。そうだよ、話があったんだった。
「………ところで。貴方そんな事を言いに来たわけ?」
「ちげーよ…灰原のせいで話が逸れちまったんじゃねーかよ」
「私のせいなの?」
灰原にギロリと睨まれて思わず息を呑んだ。
「い、いや………俺、のせい…だったかも」
端からみたら小学生にたじろむ高校生…情けなさすぎる。かっこわりー…。
コイツといたらいくらカッコつけても、カッコつかねーよな………。
「で、なんなのよ?」
「あのさ…最近、変なんだよ…」
「…変ってなにが…」
「ここが痛くなる…」
俺は胸の辺りに手を置いて握りしめた。
「心臓?心臓が痛むの?」
急に真剣な顔つきになった灰原。…大人の姿だったらもっと綺麗なんだろうな…と不謹慎な事を考えてしまった。
「どう痛むの?どんな痛みか具体的に話して」
「ギシギシ軋むように痛い…」
「他には?」
「突き刺さるような痛み……かな…」
「それだけ?他はない?」
「…ああ、なんともねーかな…」
灰原は俺の胸に聴診器を当てて心音を聞いている。
「…服、脱ごうか?」
「着たままで構わないわよ。それより少し黙ってて」
「へいへい……」
ホント言う事キツイんだから………。
一分くらい沈黙が訪れた。灰原は聴診器を外してソファーに座り直した。
「別に心音に異常はないわね…」
「心臓っつーか…胸が痛ェ」
「胸?…どういう事よ?」
灰原は眉間にシワを寄せて俺に問いかけた。
「知るわけねーだろ。最近しょっちゅうなんだよ」
「それは、どういった時に痛くなるのかしら?」
「ん〜〜〜〜〜……蘭といる時が多いかな…」
「………………。」
「なんつーか…学校からの帰り道とか、話してると痛くなる。」
「……………。」
「なあ灰原?原因わかったか………って…」
俺はパッと顔を上げて灰原の顔を見た。
「オメー…なに怒ってんだよ…」
「怒ってないわ。呆れているのよ」
「なんで?」
「バカみたいだわ。あなたの惚気にいちいち心配した私がバカだったわ」
「惚気?」
「その痛みは私にはどうする事も出来ないわね。自分で解決してちょうだい」
「は?どうやって…」
「どうやってって……貴方が毛利さんに気持ちを伝えれば解決する事でしょう?惚気に来たなら帰ってちょうだい。こう見えて忙しいのよ」
「は?意味わかんねーよ。なァ、蘭の笑顔見るとさ苦しいくらい締め付けられるんだけど……なんでだ?副作用?」
「………………………………………貴方…それ本気で言っているの?」
「なにがだよ。俺はいつだって本気だけど」
「…ハァ…呆れて物も言えないとは、まさにこのことね。それは貴方の親友の大阪の彼に相談した方が良くって?じゃあ気が済んだら帰ってね」
「おい!ちょ、灰原!!待てよ!お前医者の知識もあんだろー!?」
「あるわよ。医者は医者でも、心の医者の知識は持ち合わせていないわ。科学的じゃないことは、専門外よ」
灰原はそう言って地下室へと姿を消した。
なんだってんだよ!大阪の彼って服部か?なんで服部に相談しなきゃなんねーんだよ!?ますます意味わかんねーよ…………あ。
そういや俺…服部に戻った事言ってねぇ!!
報告ついでに話てみっか…
そして俺は阿笠宅でちゃっかり夕飯をご馳走になり自宅へ帰り服部に電話をかけた。
――プルルル
『なんや工藤?厄介事件でも起きたんかー?』
「よお、久しぶりだな服部。…あのな、第一声がそれかよ?事件じゃねーよ」
『さよかー。なんや?それなら何の用や?』
「あ、あのな俺……」
『…ん?工藤?なんか声ちゃうけど…変声機使わなあかん理由でもあるんか?』
「いや、その事なんだけどよ……」
『なんやなんや?自分の声が懐かしいなって、その声で俺と話したかったんか?』
「ちげーよ。あのさ俺…」
『あはははは!工藤も寂しくなったりするんやのー』
「…………服部、俺の話しを聞…」
『まあ、そんなんで電話してくるっちゅー事は俺の事そんなに好きやってんな〜…』
「……………。」
『気付いてやれんくてスマンかったな〜今度からはチョクチョク電話したるわ』
「いらねぇぇよ!!うっせーんだよ!!俺に喋らせろよテメぇ!!」
『なに怒っとんねん。なんや、そないに喋りたかったんか?なんか話しでもあるんか?』
あるから電話してんじゃねーかよ!!頭カチ割ってやりてぇ!!
『気ィつかんくてスマンスマン!工藤から電話やなんて久々で興奮してもーてん!で?なんや?』
…切り出しづらくなっちまったじゃねーか!!
服部の野郎…。
「あのさ俺、戻ったんだよ工藤新一に」
『ほかほか〜…………………え?今なんて言うた?』
「だから、俺元の姿に戻ったんだよ」
『ほ……………ほんまにか!?どういう事やねん!!』
声でけーんだよ!!鼓膜敗れるだろーが!!
頼むからトーン落としてくれよ!!
「灰原が解毒剤を完全させたんだよ」
『ほんまに戻ったんか!?いつ?いつ戻ったんや!?今日か?昨日か?』
「……………一ヶ月ちょっと前………?」
『一ヶ月前ェェエエ!?』
「うわっ…声でけーんだよオメーは!耳痛ェ」
『一ヶ月も前に戻っといてなんで今更やねん!!』
「いや、ワリーワリー!!すっかり忘れててな…」
『忘れてたやとォォオオ!?あんなに世話んなった俺に言うの忘れとったやとォォオオ!?』
……………っっ
だっから声でけーっつってんだろーがァァ!!!!!!
『信じられへんわ…なんや裏切られた気分やわ!!』
「だから、悪かったっつってんだろ」
『悪かったで済まされへんわ!!』
「ったく、んな事より…」
『そんな事とはなんや!?大事なことやろが!!』
「だあー!!うっせぇ!その事はいいから…ちょっと相談してぇ事があんだよ!!」
『いいわけないや……………ん?相談?工藤が俺にか?』
「…あぁ」
『おっ。なんやなんや?俺が聞いたるさかい、話してみぃや!!』
…ったく。ホントげんきんな奴だな…。
「最近、胸が痛くなんだよ…なんか軋むみてーに」
『胸?心臓か?薬の副作用とかやないん?』
「俺もそう思ったんだけどよ…さっき灰原に見てもらったら、なんか知らねーけど、呆れて物も言えねーとか言って地下室に行っちまったんだよ」
『灰原てあのちっこい姉ちゃんやな。…けったいなやっちゃなー…自分のせいで工藤が苦しんどるっちゅーに、なんやその態度は』
「灰原のせいじゃねーよ。アイツは悪くねェ」
『なんや工藤。お前はあの姉ちゃんの味方なんかいな?そんなん言われて何を庇う必要があんねん』
「アイツは…言う事はキツイけど、いいやつなんだよ…アイツを悪く言うな」
『……さよか。でも俺は好かんわ、あの姉ちゃんは』
「そうかよ。…それで灰原が、そんな話しならオメーに相談でもしたらって言うからよ…」
『なんやそれ。意味わからんわ』
「だよなー。なんかよォ、蘭といると胸が痛くなんだよ…」
『は?』
「蘭の笑顔、好きなはずなんだけど見ると痛くなったり、なんで急にこんな………やっぱ薬の副作よ…」
『な…なァ?工藤』
「あんだよ」
『聞くのめっちゃ怖いんやけど……』
「だから、なんだよ」
『お前…それ本気で言うとんのか?』
「は?なんだよオメーまで。灰原と同じ事聞きやがって…本気に決まってんだろ」
『あー…さよかー…姉ちゃんが呆れた理由がハッキリわかってしもたわ…』
「え?なんか分かったのか?」
『あーわかったで。確実にわかったで』
「なんだよ?」
『ほんまアホらしーて言うのもアホらしいわ。お前それでも探偵なんか』
「は?なんだよアホらしいって。真剣な相手に失礼だろーが」
『付き合いきれへんわ!!…まァええわ。近々そっち逢いに行くさかい、それまで待っとき』
「んだよそれ!!今言えよ!」
『俺が行くまで、せいぜい考えてみーや。ほなな』
「あっ!ちょ、オイ!服部!?」
――ツー、ツー、ツー
「…にゃろう」
無残にも通話は切られてしまった。
俺は携帯をベッドに投げて、そのままパフッとベッドにダイブした。
あーーーーくそっ
服部が来るまで原因がわかんねーのかよ…。
……にしても、医学の知識がないアイツにホントにわかったってのか?
そんな事を考えていたら、いつの間にか睡魔が襲った。
……眠ぃ……。
博士の家で飯食った日はなんだか異常に眠たくなる…
……もしかして灰原の奴、夕飯に睡眠薬でも仕込んでんのか?
いくら俺が言い付けを無視したからと言って睡眠薬を仕込むこたァねーだろ…
…でも、アイツなりに…心配してくれてんのかも、な…………。
そう思っている内に、思考が止まり夢の中へ落ちていく。
バサリと大きな鳥が風をきるような音と気配が窓の外に感じたが、睡魔には勝てずに深い眠りについた。
「おや。今夜は大人しく家にいるみたいだね、名探偵」
あの白い服を身に纏ったキザな野郎が見ていたなんて知る事もなく、夢の中でひたすら走り続けていた。
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