16:探偵の推測
ヒュオオオと風が吹く。教会の屋根の上。
「よう名探偵、こんな所までご苦労な事で」
「けっ。今夜こそオメーを刑務所にぶち込んでやるぜ」
昨日、キッドが予告状を出した。俺はいつもの如く、現場に向かった。
中森警部の歯を食いしばる顔も見慣れたもんだ。俺がいるのか相当嫌らしいな。
そして、教会の屋根にいるキッドを追い詰めた。
「名探偵、状況がわかりませんか?ここは屋根の上、貴方には不利な場所」
月明かりの下、キッドのつりあがった口が見える。
「一体、どうやって私を捕まえるおつもりで?」
私はいつでも飛び立てるんですよ、とキッドは笑った。勝ち誇ったような顔で。
…絶対に捕まえてやる。
そして一層強くビュオッと突風が吹いた。
「うおっ」
マントが突風で引っ張られたのか、キッドはバランスを崩して声をあげた。
…誰かに似ている。俺はそう思ったが、誰だったかが思い出せない。
「キッド。オメーはこんな強い風の中を飛び立つ気なのか?」
「では、風がやむまで名探偵に付き合ってあげましょう」
キッドはパチンと指を鳴らして袖から鳩を一羽飛ばした。そしてまた一羽、一羽と夜の暗い空をいくつかの白い鳩が飛んで行く。
「付き合うだと?」
「ええ。こんな話はどうですか?名探偵、どうやら貴方は本当に大切なものが見えたみたいですね」
「……!」
「奪いにいけなくて残念ですよ」
「……オメー、アイツの事も知ってんのか?」
「アイツとは?」
「わかってんだろ?俺にあんな事言ったって事はアイツの事も知ってんだろ?」
「フッ。名探偵、オメーならわかんだろ?お得意の推理ってやつでな」
まただ。誰だ?誰かに似ている…。チクショ、思い出せねえ…。
「…そういや、ずっと聞きたかった事があったんだ。何故、小学生だった俺が工藤新一だと分かった?」
「まあ、言える事は一つ。怪盗キッド様をあまり甘くみない事だな」
「肝心な事は教えねえってか」
「それは名探偵も同じだろ。それより、あの小さなお姫様、よそ見してると遠くなっていっちまうぞ」
「やっぱり知ってんのか。アイツも俺と同じだって」
そう言うとキッドはフッと笑った。
「もう質問はありませんか?」
「いや、オメーには聞きたい事がありすぎるぜ」
「そうですか」
「…でもそれは、オメーの着ぐるみひっぺがした後でゆっくり聞くつもりだ」
「その時が楽しみですね」
馬鹿にしたような言い方でそう言い、俺と目を合わせた。
前にも思った事があるけど、コイツやっぱり若い気がする。20代…いや、もしかすると俺と同じくらいかもしれない。
中森警部が追い続けている、と聞いているが果たして本当にこのキッドと同一人物なのか?
…まあ、こんな芸当出来る奴がそんなにいるとは思えないが。って事はやっぱり40代はいってるのか…?
グルングルンの頭の中を巡らせる。目の前にいる怪盗を細かい仕草も見逃さずに観察しながら。
「私の正体が気になって仕方がない様ですね」
芸当も凄いと思うが、頭も相当キレるらしい。
「一つ、いい事を教えてあげましょうか」
「あん?」
「毎回、私を此処まで追い詰める貴方にご褒美です」
「なんだってんだ?」
「名探偵、貴方に私は捕まえる事が出来ない。例え、正体を見破ったとしても」
「どういう意味だ?」
捕まえる事が出来ないだと?…何故、そういいきれるんだ?
「さあ…それはご自分で考えて下さい。私の口からこれ以上は……おっと。もう時間切れです」
「!?」
「今宵も楽しかったですよ。またお会いしましょう、愛しの名探偵」
キッドがそう言い、俺はバッと空を見上げた。
彼方上空にヘリが一台飛んでいた。
「しまった…!!」
俺は急いで時計型麻酔銃に手を触れたが、瞬間、キッドはシュルルル…と空へと真っ直ぐ昇って行った。
「くそぅ!!!!」
俺は白影がヘリに消えるまで拳を握りながら顔をあげていた。
…ヘリなんていつからいた?そもそも何故、音に気付かなかった?
…そうか、あの時キッドが出した鳩か…!!確かキッドには仲間がいたはずだ。鳩が知らせたのか…。
「…いいさ、俺はオメーの正体を突き止めるまで諦めねーからよ」
俺は誰もいない空にそう吐き飛ばした。
そして、帰り道。キッドの事を整理してみた。
キッドの奇術は誰もが真似出来る代物じゃない。
機械も使わずに声を変えたり、変装もぴか一だ。
そんな芸当は多分、日本中を探しても奴一人だろう。
だが奴は、40代には見えない。30代…20代…俺と変わらない…そう思う。
そう考えると、姿を消す前の怪盗キッドとは別人って事になる。
…やっぱり、歳は俺の勘違いなのだろうか…。
そして、俺の上を行く程のキレる頭脳。…これと奇術を合わせると日本…いや、世界中を探しても、ごくわずかに絞られる。
それと気になる事を言っていた。
“名探偵、貴方に私は捕まえる事が出来ない。例え、正体を見破ったとしても”
これはどういう意味だ?…まるで、奴は俺に正体を暴かれると分かっているように聞こえる。
いつか、俺に暴かれると思っているように感じた。
そして、正体を暴かれたとしても俺が捕まえる事が出来ないとはどういう事だ?
何故言い切れる?…考えられるのは、奴は正体が暴かれても逃げ切る自信があるのか…、もしくは、俺は奴を知っている…。知り合いで尚且つ、親しい奴…。だからあんな事を言ったのか…。
だが、俺の知り合いに奇術が出来て頭のキレる奴なんていねェ。
…もしかすると父さんの知り合いか?…実は父さんだった、なんて事はないよな…?…あるわけ、ねぇか。
そう考えて歩いていたら、いつの間にか自分の家を通り過ぎて阿笠宅の玄関の前にいた。
…体が勝手に…。って、こんな毎日毎日、来てたら迷惑…だよな…。
帰ろうか、と暫く悩んでいたら玄関がガチャリと開いた。
「さっきから何しているのよ、工藤君」
中から呆れた顔した灰原が出て来た。
「えっ…いや、帰ろうかどうか悩んでたっつーか…」
何やってんだろ…俺。好きだから会いたい、なんて思ってるのは俺だけで、向こうからしたら迷惑でしかないんだろうな…。
「何?キッドの話でもしに来たのかしら?」
「…まあ、な。よくわかったな…」
「貴方、事件が合った日は終わって事件の話を毎回するからよ」
「…そうだっけ」
「そうよ」
「でも、迷惑だよな。ワリィ…帰るよ」
聞きたくもない話ばっか聞かされて…呆れてんだろうな…。
「…どうだったの?今日は」
帰ろうとした俺に、灰原はそう話しをふってきた。
「珍しいな…オメーから聞いてくるなんて」
「あら、いいじゃない。それにキッドの話なら興味ない事はないもの」
「へェ…知らなかったな、オメーがキッド派だったなんて」
「別に、そういうんじゃないわよ。…どうぞ、あがれば?」.
灰原にそう言われ、中に入った。リビングに行き、キョロキョロと見渡した。
「あれ?博士は?」
俺がそう言いきったその時だった。地下の方からボォン!!と激しい音が聞こえた。
その音から、全ての状況を把握した。
「なるほど」
俺がそう言うと灰原は肩をすくめて、やれやれと言った顔をした。
「夕飯も食べないであの調子なのよ」
俺もハハハ…と苦笑いしながら、今度は何を作っているんだ、と呆れた。
そして、いつもの定位置に座り灰原が煎れた珈琲を飲みながら、さっきの事を話した。
キッドが現れた所から、逃走ルートを追って屋根まで追い詰めた事、そして俺が此処に来るまでに推理…とまではいかないが、俺なりに考えたキッドの正体の事も話した。
灰原は黙って口を挟まずに聞いていて、俺が話し終わると、持っていたカップをテーブルに置いた。
「…―灰原はどう思う?」
そう聞いてみると灰原は俺の目を見て話した。
「そうね。確かにあの怪盗さんがする奇術は普通の人がやってのける事はありえないわね」
「…となると、やっぱりキッドは警部が追い続けていた奴になるよな。…でも、俺はもっと若いような気がするんだ」
「それは探偵の勘かしら?」
「勘…になんのかな?あんまり顔見えねーけど、顔とか雰囲気とかが…俺らと変わらない気がすんだ」
「それは決め所が難しいわね。だって、いつも見せている顔だって素顔とは限らないんでしょう?」
「ああ…まあな。あれすらも変装なのかもしんねぇ」
「だったら本当にわからないわね」
「まあ、な…」
「ふに落ちないみたいね?いいんじゃないの?貴方がそう思うならそう思えば」
「ああ…。…それとキッドが俺に言った事なんだけど、オメーはさ、どっちだと思う?捕まらないという自信があるのか、俺が知っている人なのか…」
「さあね。どっちもありえそうだもの。まあ、今すぐ答えを出すのは難しいんじゃないかしら?そんなに焦らなくても怪盗キッドは逃げないと思うけど?」
「そうだけどよ…、早く正体も暴きてぇし、捕まえてぇんだよ」
「あら、そうなの。結構楽しそうなのに」
「誰が?」
「貴方がよ」
楽しそう?楽しそうって俺が何が楽しそうだってんだ?
「キッドを追いかける貴方、楽しそうよ」
まあ、そう言われれば。アイツとの勝負は嫌いじゃない。手ごわい相手だし、読みごたえもある。
奴の次の行動や、何より追い詰めた時の奴の顔を見るのは嫌いじゃない。
「でも捕まえなきゃ意味ねーんだよ」
「貴方は殺人事件にしか興味ないんだと思ってたわ」
「オイ…;」
それじゃあ俺がまるで残骸な奴って聞こえるじゃねぇかよ!!
殺人事件以外にも他に興味持ってるっつーの!!
「ま、奴は秘密が多いからただ暴きたいだけなのかもな!」
「そう」
俺は一通り話して少しスッキリして、テレビの電源を入れた。
テレビでは、キッドの事が取り上げられていた。
(黒羽君、バレるのも時間の問題なんじゃないかしら?)
灰原はテレビを見て呆れたような顔で肩を竦めた。
…やっぱコイツ、キッド派だったりすんのか?いつもテレビなんか見向きもしねーのに。…なんかちょっとムカつく。
「灰原」
「なによ」
「………来週末どっか行かねえ?」
「意味がわからないんだけど」
…だよな。そう言うと思った。つーか俺も何言ってんだろ…。だっせぇ…。
「別にいいわよ」
「だよな………はあ!?」
「なによ、そんなに驚く事かしら?」
「い、いや…オメーが珍しい事言うから…」
「貴方も十分、珍しい事を言っているんじゃないかしら?」
「ま、そうだけど…気分転換にいいかと」
まさか、いいなんて言うとは思ってなかった俺は、思わず前のめりになってた。
「ちょうど、あの子達がどこかへ行きたいって言って聞かないのよ」
「……あの子達ってまさか…」
「暇なら付き添いお願い出来るかしら?」
そういう事かよ!!…だよな、じゃねーと“行く”なんて言わねぇよな…。
ガックリと肩を落として、即反省会。…二人で、とか言えばよかった。
「ま…いいけど」
「よかったわ。博士が送り迎えは出来るらしいんだけど、忙しいみたいで無理だと言ったら、あの子達随分落ち込んでたのよ」
「…で?何処に行く予定なんだ?」
「美術館よ」
「美術館〜?なんでまた、んな所…」
「学校の宿題といった所かしら?」
「宿題で美術館なのか?」
「まあ課題は何でもいいのよ。グループでレポートを書いて発表するそうよ」
「光彦が提案したのか」
「あらよくわかったわね」
「わかるだろ。元太はうな重とか言って却下されてそうだし、オメーは提案しねえ、歩美も美術館とは言わねえだろ」
「大正解ね」
美術館か…。つまんねぇなァ…。ま、遊園地とかよりはマシか。アイツら連れてレジャースポットは辛いものがあるし。
それに、灰原と出かけれるだけいいとするか…。
――そして一週間経った土曜日。
昼前から阿笠宅の前には子供達の姿。
俺は眠い目を擦り、家を出た。
「あ!工藤さん!おはようございます!」
ぼーっと歩いて来た俺に1番最初に気がついたのは光彦だった。
「よう!新一兄ちゃん!」
「新一お兄さんおはよ!遅いよぉ!」
それに続いて元太と歩美が声をあげた。…相変わらず元気ハツラツだな…。
「ワリィワリィ。もう出発の準備出来てんのか?」
「うん!今哀ちゃんも出てくると思うんだけど…」
そうこう言ってる間に灰原と博士が家から出て来た。
「ごめんなさい、遅くなって」
「オメーが寝坊って珍しいじゃねーか」
「私じゃなくて博士よ」
「いや〜みんなスマンのぉ〜!!ほれ、車に乗って」
慌てた様子で車に乗り、博士はそう言った。
「博士の奴、何慌ててんだ?」
「今度の研究会までに仕上げなきゃいけないものがあるそうよ。それで夜遅くまで起きていて、今朝寝過ごしたのよ。時間がないからって慌てているのよ」
「へえ。博士もちゃんと博士やってんだな」
そう言いながら助手席のドアを開けて車に乗り込んだ。
歩美達はワイワイと後部座席に乗り込んだ。
「元太くーん、もっとつめてよ〜!哀ちゃんが乗れないじゃない」
「そうですよ元太君!ほら、もっとつめて下さい〜」
「おっ押すなよ光彦!もうこれ以上行けねぇよ!いててててて」
「だから痩せなさいって言ってるんですよ!」
「もう、元太君たら〜!博士ぇどうしよう」
「そ、そうじゃのう…」
元太の太りすぎが原因で灰原が乗れなくなった。
歩美や光彦が困っている一方で灰原は外で、やれやれとため息をついている。
俺はドアを開けて、一旦外に出た。
「灰原、前乗れよ」
「貴方はどうするのよ」
灰原は何を言っているんだ、といった顔でジロリと睨んだ。
「トランクにでも入る気なのかしら?」
「てめ、人をトランクにいれる気かよ。バーロ、誰がおめぇ一人で乗れっつったんだよ」
「え?」
「俺の上に乗るんだよ」
「結構よ。きつくてもいいから後ろに乗るわ」
「乗れねーだろ」
「……………。」
「それともオメーがトランクに入るか?」
「……………。」
「早く行くぞ」
俺は強制的に灰原を引っ張り車に乗り、膝の上に乗せた。
「じゃあ、出発するぞい」
「「「レッツゴー!」」」
博士がそう言い車を走らせると後ろ三人は元気な声をあげた。
「屈辱ね」
灰原はため息をつきながらそう言った。
「なかなか似合ってんじゃねーの」
俺が半分笑いながらそう言うと、灰原はギロリと睨みながらこっちに振り向いた。
「この体勢だったら江戸川君の方がまだマシだったわ」
そういや、よく前で二人で乗ったっけな。
元太が二人分とるから後ろが乗れなくて。
あの時は俺も小さくて、助手席に二人でも座れたんだよな。…ま、今の状況はめちゃくちゃオイシイけど。
博士、せいぜいゆっくり行ってくれよ、なんて思いながらニヤケそうになる顔を手で隠しながら美術館までの道のりを俺なりに楽しんだ。
そして美術館につき、車から降りた。
博士は俺に帰る頃にまた電話してくれ、と言い来た道を戻って行った。
「長かったわ」
灰原はボソリと呟き、着いたばかりの美術館を前にして既に疲れた様子だった。
灰原にとって長かった道のりでも俺にとっちゃ、あっという間に過ぎた時間。
なんだか、新一に戻って灰原が遠くなった気がしてたまらない。
あの頃は、同じ目線で同じ事考えてたのに、今は見る景色も何もかも違う気がして、寂しいんだよな。
「わあ〜!早く入ろうよ、新一お兄さん!!」
「うな重ねーのかな?」
「元太君!!あるわけないじゃないですか!!」
…なんて、そんな俺の考え事もハツラツとした子供達の声に弾き飛ばされた。
「ちょっと。遊びに行くんじゃないのよ、ちゃんとメモとらなきゃダメよ」
灰原がそう言うと、三人は
「は〜い」と答えた。
「オメーら、中に入ったら騒ぐんじゃねぇぞ。静かにな」
俺がそう言うとまた三人は
「は〜い」とさっきより大きい声で答えた。
…ホントにわかってんのかよ…。
そう思いながら、子供達と中に入った。 |