13:行き違う想い
ぼーっとする…。そりゃそうか、寝てねぇんだもんな…。
「…朝か、」
昨日、帰って来るなり布団に突っ伏してたが、朝までこの様だ。
「…でも落ち着いたな」
昨日より、だいぶ落ち着いた。やっぱり気の迷いか、勘違いだったんだな…と一息ついた。
落ち着いたのか、睡眠不足のせいで頭が回らないだけなのかは、正直わからないが前者だと信じたい。
だって俺は、蘭が好きだから…………。
それから数分して蘭が迎えに来た。蘭にすんなり出てくるなんて珍しい、とバカにされながら学校へ向かった。
「ねぇ、新一。明日さ何か予定ある?」
「明日か?…なんもねぇけど」
「ホント!?よかった〜!!実はね、ホテルであるランチバイキングの招待券お父さんに貰ったのよ!園子とでも行けって…で、新一、一緒に行かない?」
「ランチバイキング?…俺は別にいいけどよ、園子誘わなくていいのか?」
「…うん、新一と行きたいから…」
「蘭……」
「な、なんだかんだで、結局二人で遊びに行けてないじゃない?だから、さ」
「…あぁ、いいぜ」
「やったぁ!!明日、寝坊しないでよ〜?迎えに行くね!」
蘭は嬉しそうにニコニコとしている。つられて口元が緩むが、心のド真ん中で違和感と罪悪感を感じていた。
そして翌日。俺と蘭は駅前の一流ホテルに行った。
土曜日とあって、駅前は人であふれかえっているが、ホテルの中は静かな空間が流れていた。
バイキングがあるレストランの階まで上がり、会場へ入る。すると、キャッキャッという子供の声が聞こえてきた。
…こんな一流ホテルのバイキングに易々とガキが来れるたァ、いい身分だよな、全く…
「あーれー?蘭お姉さんだぁー!!」
「あ!ホントだ!!おい!なんか男の人もいるぜ!デートか?」
「元太君!失礼ですよ!工藤新一さんですよ!」
オメーーーーーらかよ。歩美、元太、光彦!!そこにいたのは一応、正装した少年探偵団と語る小学生だった。
「歩美ちゃんに元太君に光彦君!こんにちは、みんなも来てたの?」
「こんにちは!蘭お姉さん!うん、そうだよ!博士が連れて来てくれたの!」
博士が?…じゃあアイツもいるんじゃねーか…。
俺はキョロキョロと周りを見渡した。無意識にアイツの姿を探してしまうらしい。
「蘭お姉さんキレイなワンピースだね!!」
「ふふ。ありがとう、歩美ちゃん!歩美ちゃんも可愛いよ」
「ありがと!!」
「博士と哀ちゃんは?」
「料理を取りに行ったの!博士はカロリーを摂りすぎるからって哀ちゃんが一緒に行ったんだけど…ほら!戻ってきたよ!」
歩美ちゃんが指差す方を振り向けば皿をもった博士とその横を歩く灰原。
…ありえねえ。ただ普通にワンピースを着ているだけなのに、ドキドキする自分が、ありえねぇ…。
「おや新一に蘭君じゃないか。君達も来ておったのか」
「博士、こんにちは!そうなの、お父さんが招待券をくれたのよ!博士も?」
「そうじゃ。同じ研究家の知人が譲ってくれてのう。子供達を連れて来たんじゃ」
蘭と博士が話してる間に俺の横には灰原がいた。
「せっかくのランチバイキングも貴方がいちゃ、終わりね」
俺をチラリと見上げて灰原はそう言った。
「どういう意味だよ」
「あら、貴方がいる所には自然と殺人事件が起きるもの。此処も楽しい空間が一瞬で血に塗れた現場になるのね」
「嫌な事言うんじゃねーよ!!人を疫病神みたいに…」
「あら、その通りじゃなくて?何か起きる前に早めに帰りたいわね」
「オメーなァ…」
人をまるで殺人事件の疫病神みたいな言い方しやがって…。だいたい、俺の行くとこ行くとこでそんなしょっちゅう事件が起きるかよ!
灰原は言いたい事を言うだけ言って、さっさと歩美達の横に着席した。
探偵団の中に混じる灰原は優しく子供を見守るような穏やかな顔で三人を見ている。
…やっぱ、気になっちまう。…つーか、コレってやっぱり…いやいや、ないよな。気のせいだよな。
そう自分に言い聞かせて蘭と料理を取りに行った。
結局、博士や灰原達と同じテーブルに着き、みんなで笑いながら食事をした。
…だが、数分後、まさかホントに殺人事件現場になっちまうとは、思いもしなかった。
被害者は30代女性だった。食事中突然、吐き気を訴えだし、そのまま倒れ込み、胸を押さえながら叫び全身を痙攣させ、息絶えた。
俺はパニックになる会場を落ち着かせて、被害者に近づいた。
キャアア!!と叫ぶ客達。
「落ち着いて下さい」と促しながら被害者が食べていた料理を見た。
これは、毒殺だ。だとすれば、原因は料理か…。
俺がそんな事を考えていると歩美が怖がりながら灰原にしがみついた。
「あの人…料理を食べてから倒れたよね…きっと料理に毒が入ってたんだよぉ」
「その可能性はあるわね」
灰原がそう言うと歩美は益々顔色を悪くした。
「じゃ…じゃあ歩美も死んじゃうの…?歩美もあの人、と同じ物食べたもん!!」
歩美がそう叫ぶように言うと、辺りはまたザワついた。私も食べた、だの、俺もだの、いろんな声が聞こえる。
「大丈夫よ」
そんな中、灰原は冷静な口調で口を開いた。.
「貴女は大丈夫だから安心しなさい」
灰原がそう宥めると、涙を瞳に溜めた歩美がうん、と頷いた。
それを確認してから灰原は俺に近づいてきた。被害者を調べる為にしゃがんでいた俺と同じ目線の灰原がボソリと口を開いた。
「死の直前の症状を見ると、アルカロイド系の毒の可能性が高いわ」
「それはどういった毒だ?」
「そうね。誰でも手に入れる事ができる、即効性のある猛毒よ。アコニチンや、中でも、メサコニチン、アコニン、ヒバコニチンといった、ほんの少しでも体内に入れれば死に致る。そこまで言えばわかるかしら?」
「…トリカブトか」
トリカブト。茸の一種だ。日本でも数ヶ所採れるところがある。
誰にでも手に入れる事は出来る物だ。
「トリカブトは2mg-5mg以上…二口でも体内に入れればあっという間にこの世とはさよならね」
…同じ料理を食べた人でも亡くなったのは、この人だけだ。毒は料理に入っていなかったのか…?
「この料理の食材に使われたって事はなさそうね」
だよな…。だとしたら…
「もし、調理中にトリカブトを混入したのなら、食べた人は全員死んでるわ。それに、被害者の人が直前まで食べていた料理は、茸料理じゃないわ。このスープに茸が入っていたら不自然だもの、誰かは不審に思うわ」
「あぁ…それは俺もおかしいと思ってた」
「…そうね。私なら粉末にして、直前にスープに混ぜてしまうわね」
粉末か…。ま、その線もなくはないな…。
「まあ、警察が到着して調べれば解る事ね」
「そうだな…」
その後、警察が到着して会場にいた一人一人から話しを聞き、まず全員を徹底的に疑った。
――やはり毒は被害者のスープだけから検出された。灰原の言っていた線が高い。となると、同じテーブルにいた被害者の知人の誰かの犯行になる。
この事件はごく単純で、俺の推理を並べると犯人はあっさり自供した。
「やっぱ新一は凄いね」
警察が犯人を連行していった後、蘭がそう言った。
「別に凄かねぇよ。単純な事件だったし」
「凄いスピードで解決したもんね」
「ああ、まあな。アイツの知識で警察が――…」
『アイツの知識で警察が来る前にだいたいの推理は出来ていたからな』そう言おうとして、途中で言葉をとぎらせた。
蘭からしてみれば“アイツ”って誰だって話しだ。
しまった、と思った時にはすでに遅かった。
「アイツって…誰?」
「あ…あー…、アレだよ…あの、…は、博士!そう博士だよ。ほら、博士だって一応それくらいの知識あんだよ!!」
「そっか…博士だもんね!」
苦しい言い訳も、蘭には通じた。ホッと息をつく。
これが灰原だったら確実にごまかせっこない。…って、いちいち蘭と灰原を比べたってしょうがねぇよな…
なんだって俺は、蘭と灰原を比べちまうんだよ…。蘭は蘭、灰原は灰原だ…。
「あーあ。せっかくの食事が台なしだね」
蘭はしょげた顔をした。残念だなぁ…とため息交じりの声でドタバタになった会場を見渡した。
「…ワリィ」
俺は罪悪感を感じて、気付いたらそう言っていた。
「どうして新一が謝るの?」
「え。…あ、あぁ…それもそうだな…」
俺が殺人事件を起こしたわけじゃない。そうだ。なのに謝ってしまったのはきっと、灰原に俺の行く所には殺人事件が起きる、なんて言われたからだ…。
「変な新一っ」
蘭はクスクスと笑った。ズキリと胸が痛む。
やっぱり、頭の中には灰原がいる…。さっきから…いやもしかしたらずっと、消えない…。
それに、今はっきりとした事がある。隣に蘭がいる事、当たり前なはずなのに、俺はさっき灰原が隣にいた時の方が、しっくりきてた事だ。
蘭が隣にいる事を“違う”と感じている。
「なーんか、あんまり食べた気しないね。軽い物でも食べてから帰らない?」
そしてキッドの言葉が頭に浮かんで来た。バラバラのパズルにピースが一つづくはまっていく様に。
“いつも心の中にいるのは誰だ?”
“本当に大切なものは何だ?”
“いつまで気付かないフリをする?”
…本当は答えなんて知っていたのかもしれない。
ただそれを認めてしまう事が怖いだけで。
「新一ぃ?聞いてるの?」
「え?あぁ、聞いてるさ…」
「ホントにぃ?またぼーっとしちゃって…」
「悪い。どこ行くんだ?」
「そうねぇ…」
俺は…俺が本当に想っているのは…
…――灰原なのかもしれない。
□■□■□■
いつものジョークのつもりで言ったのに、本当に殺人事件が起きてしまった。
彼は本当に事件に好かれているようね。
事件は彼があっさりと解決して、緊張が解けた会場はザワザワとざわついて、そこを後にする人が我先にと出て行く。
私は少し離れた所にいる彼と彼女を見つめた。
…――誰がどう見ても、お似合いのカップル。似合い過ぎて、笑えてくる。
同時に自分はこんなにも醜いのか、と息が詰まりそうになる。
当たり前のように二人でいる工藤君と毛利さんの姿は、私が望んでいた事なのに苦しくなってしまって、目をキュッと細めた。
いっそ、感情など捨てて人形になれたらいいのに―…何も感じない、無になれたらいいのに…。
そうしたら、二人を見ても苦しくなんてならないのに…。
会場から出て行こうとする二人の姿を目で追いながら、そんなクダラナイ事を考えていた。
…彼らはきっと、場所を移してデートの続きを楽しむんでしょうね。
「じゃあ哀君、わしらも帰るとするかのぅ」
「えぇ…」
吉田さん達も元気よく頷き、歩き出した時、前から工藤君が一人で引き返してくる姿が見えた。
私の前まで小走りで来ると、私の目線に合わせてしゃがんだ。
「灰原、サンキューな」
そう言った彼の無邪気な笑顔が今はただ酷でしかなかった。
博士に先に行ってて、と言うと博士と吉田さん達は会場から姿を消した。
「別に。私は何もしていないわ」
この気持ちがバレないように、いつものポーカーフェイスで答える。
「んな事ねーよ。オメーがいたから最短記録で事件が解決したんだからよ」
「貴方の実力でしょ」
「違ぇよ。確かに単純な事件だったけど、オメーがいなかったらここまで早くはいかなかったさ」
「……そう」
やめて。そんな事言わないで。私がいたから、なんて言わないで…。
「やっぱ、オメーがいなきゃな」
お願いだから、やめて。……わかってる。彼が何も考えずに言ってる事くらい。
わかってる。深い意味なんてない事くらい。
わかってる。彼は無邪気に笑ってるだけだって事くらい。私に微笑みを向けているわけじゃないって。
わかってるけど……気持ちが止まらなくなるの。本当に残酷な人…。
「じゃあな、灰原!…また、な?」
あぁ。やっぱり私は此処にいちゃいけないのね。
諦めたつもりなのに、彼の傍にいるほど、好きになっていってしまう。
止めたいのに加速度が増してしまう。
何回閉まっても、蘇ってしまう。
…私は此処にいちゃ、いけなかった。.
ずっと迷ってた『此処にいる事』と『姿を消す事』迷いに迷って、此処にいる事を選んだけど、今は姿を消す事の方に傾き始めた―… |