12:真実と否定
俺の1番大切なもの――。
そんな事考えなくたって分かる。わかってるんだ。
1番失いたくないもの。俺は蘭の笑顔が大切で、蘭が何よりも大切なんだ。
そう。そうなのに。――何故だ?何故あの時、脳裏にあったのは灰原だったんだ?
なんで蘭が思い浮かばなかった?なんでだよ…。
失いたくないのは、蘭…だよな…?
「…―ち、…―いち、…―新一っ!!」
「……えっ?あ、…えと、…なんだ?」
「んもー!どうしたのよ、新一」
「…なにがだよ?」
「何が、じゃないでしょー?どうしたのよ、ボヘーとしちゃって」
朝、いつも通り蘭と学校へ向かっている。
寝ても覚めても歩いてても、昨日キッドに言われた事が頭の中で繰り返される。
「別に、どうもしねーよ」
「昨日キッドに逃げられちゃったの気にしてるの?」
「んな事、気にしちゃいねーよ。次は捕まえる」
「ならいいんだけど…元気ないから心配しちゃうじゃない」
「蘭……」
ほら。こうやって心配してくれて、勝手な俺を待っててくれて…いつも笑顔でいて…可愛いと思う。
なのに、どうして…。
灰原が頭から離れない…。
「…ねぇ新一、この前の事件の話し聞かせてよ」
「この前?」
「うん。お父さんに少し聞いたんだけどね…あの、恋人を殺しちゃった事件…」「ああ…あれか。皮肉な話しだぜ?まずな――…」
俺は蘭に事件の話しをした。そういえば、昔は事件がある度にこうやって蘭に話し聞かせてたんだっけな。蘭もウンザリしながら聞いていたっけ。
…ああ、やっぱり何か違う。前みたいに、事件の話をする事が嬉しいと思わない…。
一回、灰原に話したからかだろうか…同じ話、二回目だからかな…。楽しくないし、なんか…気をつかう。
「…どうして愛していたのに殺しちゃったんだろう」
話し終えて、蘭は悲しい顔でそう言った。
確か、灰原も話し終わった後に言ってたな。『愛情と憎しみは紙一重だもの、人は本当に大切な物を前にすると臆病になってしまうもの。壊れる前に壊してしまうものね』…そう言っていた。
蘭とは正反対の事を言っていた。
「愛していたからさ」
「どうして?愛していたならどうして、そんな事…」
「愛していたからこそ、許せなかったんだ」
愛し過ぎていたから、壊れそうになった時目の前の愛に留めをさした。
愛していたからこそ、遠ざかる恋人に憎しみが生まれて愛していたからこそ、最後まで自分のものにしたかった。…ただそれだけのこと。
「私にはわかんないな。好きだったら絶対に、そんな事しないもん」
純粋な蘭には理解しかねない部分があるみたいだ。
「ホントおめぇはガキだな」
「なによ!新一だってそうじゃないの!」
俺…?俺はお前より、ガキじゃねぇよ。そんな純粋な事もない………あれ?でも、確かに小さくなる前だったら蘭と同じ事を言っていたはずだ。
蘭がガキなんじゃなくて、俺が変わったのか…?
いつから俺は、蘭と価値感が違っていたんだ?
俺はそんなにも変わったのか…?
それから学校に行くまで、他愛のない話をしながら笑っていたけど、どこか違和感を感じていた。
それは蘭も俺も、きっと心の底から笑えていなかったからだろう。
そして教室に入ると歓声があがる。ヒューヒューと口笛を鳴らされ、いつもの如く『夫婦』だのなんとか囃し立てられる。
「もーっ!いい加減にしてよねっ」
蘭は頬を赤くして口を尖んがらせながらクラスの奴らに向かっていう。
「そんなんじゃないんだってば!」
そう言った蘭は少し寂し気な表情だった。
俺は黙って自分の席に向かい、机の上にカバンを置き椅子に座った。
「おはよー工藤!お前無視かよ!!」
「今更照れ隠しか何かか〜?」
後ろの席や前の席の奴らが声をかけてくる。
俺は横向きに腰をズラし前の奴も後ろの奴の顔も見えるように座り直した。
「はよ、別に無視って訳じゃねーけど、毎朝毎朝よく飽きねぇなオメーら」
「工藤と毛利の反応があまりにも面白ぇからついな」
「なのに反応ゼロはつまんねーよ、毛利と痴話喧嘩でもしたのか?」
「痴話喧嘩って何だよ。別に喧嘩なんかしてねーぜ」
「そうか?」
普通だ、と言うとダチは納得していないような顔で、ふうん…と言った。
「それよりさ、聞きたい事あんだけど」
「なんだ?」
俺は二人に今朝感じた事を聞こうと思い、少し近づけと指で合図して、少し小声で話した。
「俺って何か…どっか変わったか?」
そう言うと、二人は目を合わせてから俺へと視線を移した。
「そうだな、行方不明になる前よりか雰囲気が変わったな」
「あ〜そうだな!なんか…急に大人びた」
「大人びた?」
思わず聞き返した。大人びたって俺のどこが?自分では気付かなかったけどな…
「なーんか妙に落ち着いたっつーか」
「デカク見えるっつーか」
「とにかく、二年の時とは違う気がするぜ。それがどうかしたのか?」
落ち着いた…?そうなのか?俺はそんなに変わっていたのか…?
「いや別に。ちょっと気になっただけだ、どうもしねーよ」
俺はその日、何故変わったのか理由をひたすら考えていた。
授業なんで全部擦り抜けていった。
でもその答えが見つかる事もなく、あっという間に下校の時間だ。
蘭と帰り道を歩いているが、めずらしく何もしゃべらない蘭。
不審に思ったが、心当たりが多すぎる。
行方不明の時どこにいたのか、何の事件だったのか、戻ったら言いたい事があるって言ってたのは何なのか、どうして待っててと言ったのか…少しあげただけでこんなにもある。
いよいよ何か迫られるのかな…。
俺は覚悟するようにフッと息をつき、隣を歩く蘭をチラリと見た。
「…ねえ、新一」
「…あ?」
「新一さ、変わったよね」
蘭から出た言葉は俺を攻めるでもなく、淋しそうな言葉だった。
「戻って来てからの新一…何か違って、ううん、すごく変わってて…私の知らない人みたいで、新一は私の届かない場所にいっちゃったみたい…」
そんな、泣きそうな顔すんじゃねえよ…。
「…なに、言ってんだよ。俺は俺だっつーの。昔から変わってねーよ」
「変わったよ!!」
蘭が声を荒げて言ったのに俺はビクリと肩を揺らした。
「全然違うよ!!新一は…私の知ってる新一は、私には全部話してくれた!!私には嘘なんてつかなかった!!」.
今にも泣き出してしまいそうな蘭の顔にズシンと胸が重くなった。
辛いとか苦しいとか、そういうのじゃなく、重くなった。
確かに蘭に全ては話していないし、嘘だってついている。
「…何言ってんだよ…俺は嘘なんて、ついてねーよ」
なのに、また嘘をついてしまった。
「…全部話してくれないって事は否定しないんだね」
「…蘭、悪ィ俺…」
「新一が…新一が話してくれなきゃ、私は全然わかんないんだよ…」
「…そのうち、話すからさ…」
「…そればっかだね…」
そう言って蘭は俯いた。確かに俺は、そればっかりだ。帰って来たら言う、そのうち言う…俺は一体どうしたいんだ?
「…ごめんね、困らせちゃって…ダメだね私って」
…ダメなのは、俺の方だ。
「新一が話してくれるまで待ってるからね」
俺が全部悪いのに、蘭はニコッと笑顔を向けた。
その顔を見ると、もっともっと重くなる…。形のないものに押し潰されそうで、息苦しくて…上手く笑えなかった。
ごめんな…蘭。わかんねぇけど俺、何か変わっちまったみてーだ…。
その後、別れ際までずっと蘭の笑顔に罪悪感を感じていた。
「…で?何なの?」
俺は家には帰らずに阿笠宅の玄関をくぐった。
「んなコエー顔すんなよ」
入った瞬間、灰原に『またなの?』と呆れた顔をされ、『話したい事がある』と言ったら、『着いて来て』と言われ地下室に来た。
灰原は作業中だったらしく作業をしながら、俺の話を聞いてくれるらしい。
「なあ、俺って変わったか?」
「なによ、それ」
「俺ってそんなに変わったのか?」
「だから何がよ」
「…前からさ、何か違う気はしてたんだけどよ…クラスの奴にも雰囲気とか変わったって言われたんだよ。蘭にも…変わったって言われた。自分ではどこが変わったかなんてちっとも分からなくてな…なんで変わっちまったのかも、サッパリわからねえ」
俺がそう言うと、灰原はマウスから手を離して椅子をクルリと回転させて俺と向き合った。
「変わらない人なんているのかしら?」
灰原は、さも当然という顔でそう言った。
その言葉は、俺ですら気付かなかった当たり前の言葉だった。
「人は毎日、少しづつ成長するものよ。変わっていくのは当然じゃないかしら」
それもそうだ。いつまでも小学生でいられないように、いつまでも高二ではいられないんだ。
「それに、自分自身の変化なんて自分で分かるわけないでしょう?」
そう言われりゃそうだ。
「じゃあさ、灰原はどう思う?俺は変わったか?」
「さあね。どうかしら。私は小さくなる前の貴方は知らないから。でも、そうね…江戸川君として会った頃よりは少しは進歩したんじゃない?」
進歩か…。人間変わって行くのは当たり前で、それが良いとか悪いとかじゃなく必然な事なんだ。
そんな事に気付かないなんて…最近の俺はどうしちまったんだよ…。
また灰原に何か言われ…
「それより、最近少し変じゃない?」
ほーらな。言うと思ったんだよ、言われると思ったんだよ…!!
「何を考えてるのかは分からないけど、難しく考え過ぎなんじゃない?答えは意外と簡単かもしれないわよ」
「…だな、なんか…自分でも分かんねぇけど、余裕ねぇっつーか…」
「あら、珍しい事もあるものなのね。いつも余裕しゃくしゃくな貴方が余裕ないだなんて」
「るせー。俺だってこんな事初めてだっつーの」
灰原は、そう。と短い返事をしてまたパソコンに向かった。
「なあ?なんでかわからねーか?」
「…あのねぇ。貴方自身の事で貴方が分からない事を私が知る訳ないでしょう」
「…ま、そりゃそうだけど…」
でも、なんでだかコイツなら知ってるような気がしてついつい聞いちまうんだよな…。
「話は終わったかしら?」
「え?…終わったと言えば終わったけど…」
「けど何?まだ何かあるなら早く言ってもらえない?」
「…いや、つーか…」
「なによ」
聞きたい事も話したい事も見当たらない。なのに、何か話したくて…。
いつまでも切り出さない俺に灰原はため息を着いた。
「貴方がいると作業にならないわ。上に行きましょう」
そう言って立ち上がり、羽織っていた白衣をバサリと脱いだ。
「ちょっと待てよ、上には博士がいるだろ!」
「………?博士がいちゃ話せない事なの?」
「…………え………」
なに、言ってんだ俺…。なんで博士がいちゃいけねーんだ?
なんで、んな事言ったんだよ……。
「…いや、別に…そういうんじゃなくて…」
「ワケの分からない人ね。なら問題ないんでしょ?珈琲入れるからリビングに行きましょう」
そう言って灰原は俺の横をするりと通り抜けた。
俺はとっさに腕を下に伸ばして灰原の手を握った。
パシンと掴んだ時に肌がぶつかった音がして、灰原はヨロリと後ろに傾いた。
「…何なのよ、工藤君」
「……………。」
握った手は小さくて腕は細くて潰せてしまいそうで…
俺の胸ん中がキューっと狭くなった。
「………灰原」
触れてるトコが熱くて、離したくない、と思った。
「…どうしたのよ」
俺を見上げる灰原。少し前は俺の方が小さかったのにな…。
「最近、オメーが遠く感じる」
言うつもりはもちろん、思ってもすらいなかった言葉が勝手に口から出た。
自分でも何言ってるのか、何がしたいのか分からない。
「何を言っているの?初めから貴方と私は近くになんていなかったわよ」
「いたさ…。オメーは俺の隣に」
「貴方の隣には彼女がいるでしょ?」
「俺はオメーが……っ!」
お前が…何?何て言おうとした…?
“俺はお前がいい”?
どうして?蘭がいるのに?どうして灰原に、そんな事言おうとしてんだよ…。
「私が何よ」
「…なんでも、ねえ」
「そう。ならいい加減離してもらえるかしら?」
俺はスルリと手を離した。
灰原はドアノブを捻りガチャリとドアを開けた。.
離した手が寂しくてグッと握った。
「何突っ立ってるのよ?行かないの?」
全てが無音になるみたいに何も聞こえなくなった。
俺は目の前にいる小さな少女を今すぐ抱きしめたいとか、そんな事を思っていた
この気持ちを人は何と呼ぶ?…間違いなく“恋”と呼ぶんじゃないだろうか…。
俺は、灰原が…好きなのか…?
「―――――っ!…邪魔して悪かったな、帰る」
俺はそれだけ言い、部屋を飛び出して、階段を駆け上がった。玄関に向かう途中博士に声をかけられたが、返事をする余裕なんてなかった。
そのまま阿笠宅を飛び出し、夕暮れの中を走った。
目的なんてなかったけど、一人になれる場所に行きたくて、静まり返った公園のブランコに腰を下ろした。
心臓がバクンバクンと大きな音を鳴らす。これは走ったからか?…いや、違う。気付いてしまったからだ。
「……嘘だろ、…」
呟いた声は広い空間に消えていった。
俺は、灰原が好きなのか?もう一度問い掛けてみる。
頭の中で
「そうだ」という気持ちと
「そんなワケない」という気持ちが二つに別れていて、頭を数回、横に振った。
違う違う違う。ひたすらそう頭の中で繰り返しす。
もしそうなら、蘭は何なんだ?俺は蘭が好きだし、昔からその気持ちは変わっていない。
だから違うんだ。灰原を好きだとかそんな事、ありえない…。
「…ねえよ」
言い聞かせるように、言葉にして俺は立ち上がり家に向かった。
きっと、どうかしてるんだ…。明日にはこんな気持ちなくなっている、気のせいだって何度も思うようにして、早々と布団に潜り込んだ――。
|