11:心の中にある存在
服部が帰ったのは日曜日。そして今日は水曜日。キッドの予告した日は…――明日。
学校から帰り玄関のドアを開ける。
「ただいま」
静かな空間にそう呟き中に入り、リビングのソファーに座りカバンの中から予告状を取り出す。
「っきしょー…解けねぇ」
予告状の内容は、相変わらず解けないまま。ここまで解けないのは初めてじゃないのか?
時間が経てば経つほど、苛立ちや雑念でゴチャゴチャの糸が絡まって出口が見えなくなってく。
「あー…明日だってのに余計な事考えてる場合じゃねぇよ…」
自分に言い聞かせるが、どうにも他に気がいってしまう。
自分はこんなに間抜けな人間だったのだろうか…。
「何してるのよ、工藤君」
ソファーでうなだれていると空のカップを持った灰原がリビングにやってきた。
正解には、珈琲を入れにキッチンに向かう途中だと思うが。
「よう、灰原」
俺は垂れ下がった首を起こして軽い挨拶をする。
「そうじゃないでしょ」
「ああ、そうか。ただいま」
「…そうでもないわよ」
『よう』、じゃなくて『ただいま』と言うべきだな、と思いそう言ったが、呆れた顔した灰原に違うと指摘された。
俺が他に何を言えばいいのか考えていると灰原はため息を吐き、口を開いた。
「ここは貴方の家じゃないでしょ。貴方の家は隣よ、一つ間違えてるわ」
ああ、そういう意味。『そっちかよ』と漏らせば灰原はギロリと睨んで『他に何があるの?』と言う。
「貴方はまともに自分の家にも帰れないのかしら」
「バーロォ。んなワケあるかよ」
「だったら自分の家帰りなさいよ。立派な家があるんだから。何故ここに来るのよ」
「癖かな」
「変な癖をつけないでちょうだい」
灰原はそう言い、キッチンで珈琲をいれる。俺の分も、と期待しながら戻ってくるのを待っていれば、灰原がキッチンからカップを二つ持って戻ってくる。
それをテーブルに置き、反対側のソファーに座る。
「サンキュー灰原」
「あら、貴方のだって言った覚えはないわよ」
素直に礼を言えば小憎らしい返事が返ってくる。
「…にゃろう」
俺が睨みながら言うと灰原はクスリと笑った。
「嘘よ」
悔しいけど、コイツのこんな顔を見るのは悪くない…なんて思って、つられてフッと笑った。
…あれ?なんか俺…スゲー変態みてぇじゃねぇ…?
いや、まさかな…
「言う事が可愛くねーんだよ。素直に『どうぞ』って言っときゃ可愛いってのに」
「何回も言わせないでくれる?貴方に可愛いだなんて思われたくないわよ」
可愛くなくて結構よ、と灰原はカップに口をつける。
俺もムスリとしながらカップに口をつける。珈琲の香りが心地良い。
「何、むくれてるのよ」
「べっつに」
「貴方って……」
灰原はジッと俺を見て、言葉を途切らせた。
沈黙が続く程、見られている顔に熱が集まる。
ドキンドキンと甲高く心臓が鳴る。
…つーか、なんでドキドキしてんだよ、俺…っ
「な…、なんだよ…」
口から心臓が飛び出そうで思わず言葉を出した。
なんなんだよ、この鼓動は…。まるでこれじゃ…
「本当に子供ね」
「………………。」
スパンと言い放った灰原の言葉にカチンと俺の中の何かが固まった。
自分でも顔が引き攣るのが分かる。
「…おめぇなァ…」
ピクピクと頬が引き攣りジト目で灰原を睨みつける。
「そーゆう事しか言えねーのか!!」
そう言い放つと灰原はまたクスリと笑った。
「あら、何て言って欲しかったのかしら?」
何って……。そう言われて一時停止する。
俺は何て言われたかったんだ?
「んなの考えてねーよ。ただ人をバカにする事しか言えねーのかオメーは」
「あらバカにはしてないわよ」
「してるじゃねーか」
「してないわよ。ただ子供みたいで可愛いって意味よ?プラス思考に考えなさいよ」
「だぁからそれがバカにしてんだよォォ!!」
可愛いなんて言葉、バカにしている以外であるだろうか?
いや、あるかもしんねーけどコイツが言うのはバカにしてるとしか考えられない。
「よく分かったわね」
「あたりめーだろ」
やっぱりな、と言う顔でまた一口、珈琲を口に含んだ
「まだ脳みそは腐ってないみたいね」
「あ?」
「予告状。解けてないんでしょう?」
「あ…ああ」
「その調子なら大丈夫そうね」
もしかして、俺が息づまってたから気ィ使ってくれたのか?
ホント…わかりづれェ優しさだこと。
俺は何故か嬉しくなって、ニヤける口元を隠しながら灰原に手招きした。
「オメーも智恵出してくれよ」
そう呼ぶとこっち側に来て予告状を覗き込む。
「私は探偵じゃないから謎解きは苦手よ」
「いいから」
「期待は出来ないわよ」
「構わねぇよ」
そう言うと灰原は予告状をジッと見て、目線は変えずに口を開いた。
「これの何が解けていないのよ?」
「日時は書いてあるし、場所も分かったんだよ」
「それで?それが分かっているのに他に何が必要なわけ?」.
「いつもの奴の予告状なら、いつ・どこで・なにを・どうやって、この四つは分かりやすく書いてあんだよ。例えば、陽が1番高く上がった頃時計の針が重なる時、東京タワーがどの角度からも見える場所で真珠の雫を悲しい人魚のように奪いに来る。みたいにな」
「陽が1番高く…時期にもよるけど陽がもっとも高くなるのは2時。重なるって事は10分って事ね」
「そうだ。場所も考えりゃすぐに特定できる。そこにある真珠の雫に見立てたものを悲しい人魚のように…つまり声を出してしまい…」
「泡になって消えるように盗むって事ね」
「ああ…。少し例えを大袈裟に分かりやすくしちまったけど。だいたい四つの事は記してあんだけどよ…今回のは、それがわからねーんだよ」
ふうん、と灰原は関心があるのかないのか、よく分からない声を漏らした。
でも俺は構わずに話しを続けた。
「明日の夜7時30分に予告した事と場所しか解けねぇんだよ」
「ねえ」
「あん?」
「文字と文字の間が微妙に空きすぎてるのはどうしてなの?」
「いや、それの意味も考えてんだけどよ…」
「それにスペースの幅もバラバラだわ」
「ああ」
「…これ」
灰原は予告状の文字にそって指で線を引くようになぞった。
「マス目を入れたらクロスワードみたいになるわね」
クロスワード…!?
灰原の言葉で絡まっていた糸がピンと張りつめた。
「そうか…!!」
この引っかけの数字だと思っていたやつを計算して……答えは0.1…これをセンチとしてミリに置き換えて…その幅でマスを作って…
俺はカバンの中からノートを出しておもむろに開いたページに拡大して書いていった。
この紛らわすための言葉もクロスワードのお題で、頭の文字から繋げて…全部埋めて…そして予告状の内容だ…!!
一つ数えて三を待つ。二つ数えて一つ待つ……これで一段目のワードの三番目の文字を、二段目のワードの一番目の文字を……
それを並び替えて言葉にすれば……
“おくじようでまつ”
「屋上で待つ?」
出てきた言葉は『屋上で待つ』盗む物ではなく、俺への挑発の言葉。
「なんのつもりだよ…このヤローは…」
「告白でもするんじゃないの」
「なんでだよ」
気の抜けるような事を言う灰原に思わず呆れ顔を向けた。
「あら、屋上に呼び出しと言ったら告白なんじゃないの?」
「ま、まぁ…そうかもしんねーけどよ…」
「あら、貴方は校舎裏のお呼び出しが多いのかしら」
「ハハハ…;」
怪盗から告白って意味わかんねーじゃねーかよ。んなわけあるか。
「にしても、これくらいなら貴方一人でも解けそうだけど?何をモタモタしていたのかしらね」
「…っせー。俺にもいろいろあんだよ…」
オメーと服部の事とか、いや正解には服部が言った灰原の事…とか、意味のわからない言葉とか考えてたら単純なところを見落としたんだよ。バーロォ。
んな事、言えねーけどな。
言い訳みたいに聞こえるしな…いや、言い訳…かな。
「にしてもオメー、よくクロスワードなんて思ったな?スペースにマスを自分で作るなんて斬新な事を」
「最近、やっているのよ。結構暇潰しになるのよ?授業中とかにね」
「オイオイ…;何してんだよオメーは」
別にいいじゃない、と灰原はまた向かいのソファーに座り、雑誌をめくった。
「ま、流石は俺の助手だな」
「勘弁してくれる?勝手に助手にしないでちょうだい」
「じゃあパートナーか?」
「どう違うのよ。どっちも勘弁ね」
「んだよ、いいじゃねーかよ」
「貴方はよくても、私は嫌よ。変な事に巻き込まないでよね」
「もう十分俺と関わってんだから巻き込むもなにもねーだろ!」
「…勝手に言ってなさい」
灰原はまた一つ呆れたようなため息をついた。
なら勝手に言わせてもらう、と俺は満足したように予告状をしまい、すっかり冷めた珈琲を飲み干した。
――翌日。
夜。俺は予告状通り解読したビルの屋上に向かった。
高層ビルの屋上は風が強く、制服のネクタイとブレザーがバタバタと忙しなくはためく。
下の階やビルの入口全てに大勢の警官の姿が。
パトカーのランプが辺りを赤く染める。
中森警部は意気揚々と叫び散らしていて、俺と鉢合わせた時、嫌そうな顔をした。随分嫌われてるらしいな、まあ前の事があるしな。
「邪魔だけはするな」と言われ多少呆れたけど軽く流して俺は直行で屋上に上がってきたのだ。
予告時間まで後5分。腕時計を確認したとき、下の階がワァァと騒がしくなった。
キッドか?と思ったが動く気はない。奴は此処に来るからだ。
そして予告時間ちょうど。風向きがフワッと変わった。振り向けば、そこにはフェンスの上に立って白いマントをバサバサとはためかせるキッドの姿があった。
「…キッド」
「こんばんわ名探偵」
「なんの真似だ?こんな所に呼びつけて」
「私からのラブレターを読んでくれて嬉しいですよ。流石は名探偵」
ラブレター?まじで告白だったらシャレになんねーぞ…。
「…いつ頃解けましたか?クロスワード」
「………昨日だよ」
「昨日?おやおや、意外と時間がかかりましたね?単純といえば単純だと思いますが」
「るせー。こっちにもいろいろあんだよ」
「知っていますよ。人は悩みなど考え事をしていて、その答えが見つけられなくてパンクしそうな状態の時に問題を出されると、元からある悩み事や問題よりもややこしく考える癖がありますからね。わからないと思う程、難しく考えるものですよ。それが私からの謎掛けだとしたら尚更…そうだろ?名探偵」
俺は何度かこの怪盗と対決して気付いた事がある。
コイツは人をバカにする時や騙そうとする時、気持ち悪い程丁寧な敬語を使う。
だが、真剣になると口調が強くなる。それは、素に近くなるのか何なのかは知らないけど。
「…で?何なんだよ、こんな事するのには理由があんだろ?」
「ええ、そうですね…名探偵に警告があります」
「警告だと?」
「はい」
キッドはシルクハットのツバを手で押さえながらフェンスからフワリと降りてきた。
顔はちょうど腕で隠れて見えないが…。
「警告が本来の目的ですが、多少イヤガラセも入ってますよ」
クスクスと笑うキッドに苛立ちがます。
ホントは今すぐ麻酔銃で眠らせて捕まえたいが…
「名探偵。貴方は1番大切なものを見ようともしない」
「あ?何言い出すんだよ」
「貴方の1番、本当に大切なものは何ですか?」
「何だ?んなくだらねー事を言いたかったのか?」
1番大切なもの?どういう意味だよ、それ。
「あのかわいらしい幼なじみの女の子ですか?」
な……。
蘭の事か?
「だったらなんだよ、それを聞いてテメーはどうする気だ?」
「いつまでそうしてるつもりだ?いつまで分からないフリをするつもりだ?いつまで自分をごまかす気だ?いつまで真実から遠ざかるつもりだ」
キッドの口調が急にキツイものになった。
俺は目を見開いてキッドを見た。
「いつまでもそうしていても何も変わらねぇんだよ、自分自身を一生ごまかしてくつもりか?」
キッドの話しが見えない。なんの話しをしてんだ、コイツは…。
「名探偵のくせに、自分の心を見つけ出せないなんてお笑いだな」
「何が言いてぇ!!」
キッドの言葉に思わず感情を出して叫んでしまった。
「自分の胸に手を当ててよく考えてみろ、いつもそこにいるのは誰だ?ごまかすんじゃねェ…」
なんだよ。いつもココにいるのは誰だって?大切な人は誰だって?んなもん、わかってる。
昔からココにいるのは…―――蘭だ。
俺が1番大切なのは………………―あれ?蘭…なのか?
「もうこれ以上、立ち止まる事は許しませんよ」
どうしてだ。いつも思いえがけたのに。蘭の顔がすぐに浮かんでいたのに。
「貴方がこのままならば、貴方の大切な物を私が奪う事にしました」
どうして、思い出すのは灰原の事ばっかなんだよ…。
「これは貴方への警告及び予告状ですよ」
違う。俺が好きなのは蘭だ。ずっと好きだったんだ、蘭は俺の帰りを待っててくれた…俺が好きなのは蘭だろう?
「本当に大切ならば私から守ってみてください」
なあ、そうだろう?
「その時を楽しみにしています」
俺が好きなのは……大切なのは……蘭、だよな…?
「では、私はこれで。あ、そうそう。これを中森警部に返して置いてください。後、これ。こんな予告状に騙されるな、とも伝えてください。…では」
キッドは俺に宝石と予告状のカードを投げてきた。
俺はそれを手に取り握りしめた。
キッドが姿を消す前、中森警部がどうのこうの言っていたが俺の頭には入ってこなかった。
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