10:嫉妬とエゴと恋心
「……………。」
「……………。」
「……………。」
「…なあ、ねーちゃん」
「なにかしら」
「工藤の奴昨日の夜からずっとああなんやけど、どうにかならへんのか?」
「私に言われてもね。それに貴方なら工藤君の気持ちわかるんじゃなくて?」
「さすがにああはなれへんわ。徹夜でなんも食ってへんで」
「私じゃなくて彼に直接言ったら?」
「なーんか声かけれん雰囲気かもし出してるさかい、声かけられん」
「貴方も一緒に解けばいいじゃない」
「朝飯食ってから昼飯食うまで粘っとったわ、ちょっと休憩や。それに俺今日帰らなあかんし…」
「そうだったわね、工藤君忘れているんじゃないかしら?」
「そやろな〜…」
「諦めて帰る支度したら?彼女も迎えに行かなきゃいけないんじゃないの?」
「彼女って…和葉のことか?和葉は彼女やなくて幼なじみや!」
「あらそう。たいして変わらないんじゃないかしら」
「変わるわ!そんなんやないからな!!」
「…別にそんなに無機にならなくてもいいじゃない」
「あ…あぁ、せやな…スマン」
俺は昨日の夜からキッドが置いてった予告状と睨み合いをしている。
寝るのも食べるのも忘れるのは俺の悪いクセだ。
にしても…くっそー。わかんねぇ…
今までより明らかにややこしい文章。…なぜ急にここまで難しい謎かけにしたのか…。
こんなもの、警察に解けるとは思えない。
考えられるのは、今回は警察ではなく俺に対しての挑戦状って事。
キッドも言っていた『また貴方と勝負がしたくなった』と。あれは、警察に俺がつく事じゃなくて、俺個人に言ったということか。
…でないと、この内容はおかしい。
全く、どうしたものか。…書いてあるのは日付だけ。場所はわかったけど、何を盗るのかが分からない。
それがわからなきゃ、防ぎようも守りようも、捕まえようもない。
「ねーちゃん、どっか遊びに行かへんか〜?」
「貴方帰らなきゃいけないんでしょ?」
「まだ時間あるから問題あらへん」
「なら、彼女と行けば?」
「やから彼女やないっちゅーねん!!いいやんか〜また暫く会えんくなるんやから」
「あら別に会う理由もないんだしいいんじゃないかしら」
「ま、せやけど…寂しくなるやんか」
「別にならないわね」
「そない寂しい事言わんといてぇや〜」
「頭でもぶつけたの?」
「正常やわ!!どっか行こや〜」
…うるさい。人が真剣に解いてんのに…
ゴチャゴチャと喋る服部と灰原の声に集中力が弱くなる。
「なあ?俺ねーちゃんとデートしたいねん」
なっ!?
「ええやろ〜?」
服部の発言に思わず予告状をポトリと床に落とした。
「おっおい服部!なんだよデートって!?」
「なんや工藤。聞こえとったんか。デートはデートやろ」
「そうじゃねーよ!!なんでコイツとデートなんだよ」
「なんでって…したいと思ったんやでしゃあないやろ!!」
「…ちょっと私まだ行くとは言ってないのに勝手に話しを進めないでくれる?」
したいと思っただと?…なんで服部が?灰原とデートしたいなんて言うんだよ。
何故かそれに対してイライラしている俺がいて、灰原もつんとした顔をしている。
「どのみち、私は研究があるから下にいるわ。何かあったら呼んでちょうだい」
灰原はそれだけ言うとスタスタと部屋から出て行った。
リビングには俺と服部の二人だけになった。
「あ〜ぁ、行ってもうた。工藤がいらん口だしするからや」
拗ねたような口調で服部は言い、両手を頭の後ろで組んでボフッとソファーに寄り掛かった。
「…ここに来てから、オメー変じゃねーか?」
俺はずっと思っていた事を口にした。…床に落ちた予告状の事も頭から消えていた。
「変て何がや?」
「ここに来るまでは、灰原の事、良く思ってなかったのに阿笠宅に来てから、やけに灰原を追いかけ回してるし、意味わかんねぇ」
「意味わからん?ほんまに分からんか?」
「わかんねーよ。アイツと話してる時のオメーは妙に浮かれてるし、何なんだよ服部」
「妙に浮かれとる、ねぇ…俺そないに浮かれとったか?」
「ああ、まぁな。頬は緩みっぱなしだな」
「へぇ〜…そうかぁ。ほんなら、なんとなく分からんか?」
服部の言いたい事が分からない。何がわかるっつんだ?意味わかんねぇよ。
「ま、隠してもしゃあないしそんなつもりもないさかい、お前には言うとくわ」
「何だよ」
「俺はあのねーちゃんに惚れてるかもしれへん」
「………………。」
惚れてる?なんだよ…それ……。
「今はまだ何とも言えへんけど、この先いつかは好きんなってまうやろな」
服部の声が頭に何度もエコーする。
“いつかは好きになる”
何故服部がそんな想いを灰原に抱いたんだ…。
だいたいコイツには遠山さんが……そうだ、遠山さんだ。
「…俺をからかってんのか?」
「なんでやねん。なーんで俺が工藤をからかわなアカンねん」
「冗談か?」
「…いくら俺でもこんな事冗談でも言わへんで」
「じゃあ、遠山さんは何なんだよ!!」
「和葉?和葉はただの幼なじみやんけ。関係あらへん」
「ただの幼なじみだと?」
服部の目は嘘を言ってる目ではない。それは分かる。
でも、嘘であって欲しいと思うのは何でだ。
誰が誰を好きになろうが、俺には関係ねぇ。関係ねぇけど………
「せや。ただの幼なじみや。俺は一度も和葉を好きやとか言うた覚えはないで?」
確かにそうだけど。でも見ててもわかるくらい、服部は遠山さんを大切に思っていたし、それなのに…なんで灰原なんだよ。
「和葉は大切やで」
俺を見透かしたように服部は言った。
「大切な、幼なじみや」
大切な、幼なじみ。大切なのにただの幼なじみ。どういう事か分からないのに、妙にシックリとくる言葉。
ピタリとパズルがはまるように胸ん中で何かが重なった。
ドクンドクンと鼓動が鳴る。大切だけど、それは愛とか恋とかじゃないって事か。
自分とは無縁の事なはずなのに、何でこんなに自分の事のような気持ちになるんだろう。
「…なあ、工藤」
「…んだよ」
「お前は毛利のねーちゃんが好きか?」
「なんだよ急に…」
「ええから。好きなんかって聞いてんねん」
「あ、あぁ…好き、だけど…それがなんだよ」
「そうか〜やのに何で何も言わんのやろなー」
何もってのは、コナンの事か?それとも俺の気持ちか?…どっちにしろ、何で言わねーのかは俺にもわかんねぇし。
「実はな、俺はお前が悩んどった事わかってしもてん」
「は?」
「毛利のねーちゃんに言わへん事や。工藤には黙っとったけど気付いてん」
「なんだよ、言えよ」
「いやや」
「…なんでだよ」
服部は、最初に俺が相談した事の答えを知っているらしい。
それなのに、今まで黙っていて言えと言っても嫌だと返って来た。
「俺はお前が自分で気付くまで言うつもりはないで」
「はあ?」
「…だから、お前が気付くまで俺も動く気ィもないで?フェアやないからな」
「ちょっと待てよ…言ってる意味がわかんねーよ」
「いつかは分かるやろ」
動くとか、フェアじゃないとか…今の服部の言葉には理解出来ない点が多い。
何が言いてぇんだよ…。.
「…悩みが増えるのは分かっとった。せやから言わんかったんやけど…俺もそないに余裕なくなってしもたし、言わせてもろたわ」
ますます意味が分からない。服部がしゃべれば喋る程言いたい事が分からなくなる。
「中途半端に言うなよ、全部分かりやすく言ってくれ」
「…今はここまでしか言われへん」
「それが意味わかんねぇんだよ」
「スマンが後は自分で考えてぇな」
服部はそう言い立ち上がった。
「オイ!?服部!?」
「ほんなら俺そろそろ行くわ。和葉んとこ行って駅向かうとええ時間やし」
「ちょ…、」
「ねーちゃんに声かけてこなアカンな」
服部は荷物を持って階段を降りて行った。
俺は暫くそこに立ちつくしていて、ようやく歩き出しても階段の前で足が止まった。
「ねーちゃん、帰るわ」
「あらそう。気をつけてね」
「あぁ…」
服部と灰原の声が聞こえる。小さな声ではあるが、聞き取れる。
「なあ、ねーちゃん」
「なによ」
「あんま無理せんといてな…」
「なんなの?無理なんかしてないわよ」
「…せやな!!別れが惜しくてついついイラン事言うてもうたな!」
「訳のわからない人ね」
「今度、大阪来てぇや!そんときはデートしよな」
「そうね…考えとくわ」
「おおきに!ほな、また来るさかい元気でな〜」
「ええ、さよなら」
そう言って服部は上がって来た。
俺と目が合い、苦笑いをする。
「なんや?なんか気にいらんのか?」
「別に…そうじゃねぇ…」
俺が気にいらない事なんてないし、イライラする事も何もないのに。
何で、こんなに気にいらない気持ちになるんだよ…
なにが気にいらない?なにがイライラさせる?なんなんだよ…もう、頭がパンクしちまいそうだ…。
「あ、キッドやけど。結局、解かれへんかったな、協力も出来へんしスマンな」
「いや、それは構わねーよ。一人でもやるさ」
「ほんまは協力したいんやけど、あんま学校サボるとオトンにドツかれるからな〜」
「いいって。モロに平日だしな。それより、駅まで送るぜ」
俺は上着を手に取り玄関に向かって歩き出した。
「いや、大丈夫や。道わかるさかい一人でええよ」
「でも…」
「ええって!!毛利探偵事務所行って和葉と駅まで行くさかい、お前は留守番してなあかんやろ」
留守番、か…。
少しくらいなら開けても大丈夫だっつーのに。まだ明るいわけだし…。
「それに考えなあかんやろ?…予告状の事とか、」
「あぁ、まあな…じゃあ悪いな服部。気ィつけろよ」
「おう!ほなな!また分からん事件とかあったら電話してこいや!」
「あぁ」
服部はニカッと笑いながら手をふり去って行った。
その姿を見送った後、リビングに戻り落ちている予告状を拾い、またソファーに座り謎の糸口を探すために頭を回転させる。
…けれど、どうしてもさっきの事が頭から離れない。
予告状の事を頭の隅にも入れれないくらいに、そればかりがモヤモヤと巡っている。
■□■□■□
阿笠宅を出てから毛利探偵事務所に向かい歩き出した。
見送りはいらないと言った。工藤にはイラン事を言うてしもたし、一応気ぃ使ってな…。
いや、ほんまは俺も一人で考えたかったんかもしれへんな…。
工藤には言うつもりはなかった。言うべきやなかったんかもしれへん。
でも言うてしもた。ほんまは、工藤には気付いて欲しくないと思っていた。
だから二日間、なんも言わんかった。自分のほんまもんの気持ちに気ぃ付いたら工藤は苦しむと思ってたから。だから言えへんかった…
やのに、俺が1番アイツを悩ますような事してるんやな…。
とくに今はキッドの事もあるっちゅーのに、余計な事言うてもたなぁ…。
いまさら後悔してもしゃあないけど。
でも工藤を見てたらイライラ…とまでは行かんでもそういった感情が溢れてきて止めようがなかった。
それはつまらん嫉妬なんかもしれへん。
それでも工藤を庇い切る余裕なんてなくて、攻めるような言い方してしもたんかもしれへん…。
俺って最低や。
ちっこいねーちゃんが工藤を好きな事くらい分かっとる。見てればわかる。
それを必死に押し殺してるのも、そうやって一人で抱え込んで自分だけ辛い想いしようとしてんのも、分かってまう。…そんくらい分かってまう。
それは俺がどんな些細な事も見逃さず見てるからや。
あんな風に言うたけど、俺はもうねーちゃんの事を好いてるんやろうな。
だから、いつまでも気付かんと毛利のねーちゃんとも今まで通りいて、ねーちゃんの傍にも当たり前のようにいる工藤が許せへんかったんやろか。
“当たり前”やと思ってる事に腹が立って、工藤を悩ますような事、言ったんかな…。
それは工藤の為でもなんでもない、自分の為であって全ては自分のエゴか?
くだらん嫉妬で余裕なくなって…ほんま最低やんけ。
俺は深いため息をはいた。
…だけど、ねーちゃんが幸せんなってくれるなら手段は選べんかもしれんな。
毛利のねーちゃんには悪いけどな…。
もう考えてもしゃあないと顔を上げれば、いつの間にか探偵事務所の前で、階段を上がりドアを開けた。
「よう!」
「服部君〜!!」
「平次…」
「和葉!帰るで!」
「あ、もうそんな時間かぁ…蘭ちゃんウチもう行かなあかんわ」
「すっごく楽しかったよ!!また来てね?」
「うん!!もちろんや!」
「あ、駅まで送るよ」
「ええよ!道わかるし、ここでええよ」
「そう…?じゃあ気をつけてね」
「うん!またなぁ!!」
「またね」
和葉と毛利のねーちゃんはパタパタと手を振って、ドアが閉まるまでお互いにしゃべりかけている。
ついさっきまで一緒にいた女の子とは違い、女の子らしいと言うのか何と言うか…女特有の名残惜しむ別れ方だ。
ガチャンとドアが閉まると振っていた手を降ろしてスタスタと歩き出す和葉に着いて行った。
しばらく無言の和葉を変に思いチラリと顔を見れば怒っている様子。
「おーい和葉。何をむくれとるん」
「…………。」
「無視かい」
「…………。」
頬を膨れさせながらズンズンと歩く和葉に、何かしたか?と記憶を辿るがぶち当たるものがない。
「俺なんかしたんか?」
「なんもしてへん」
「せやったら何を怒っとんねん」
「何もせんかったからや」
は?ならええやんけ、と言おうとする前に和葉が遮るように口を開いた。
「こっち来てから、平次ほとんど連絡してくれんし、メールしても返ってこん」
「え………?そやっけ?」
「そうや!!さっきだって今から向かうとか連絡くれてもよかったやんか!」
「あぁ…気ぃ回らんかったわ」
「工藤君も蘭ちゃんにゴメンの一言もないねんで!?一緒におったんやろ!?」
「あららー…」
工藤の奴…俺が謝っとけ言うたのすっかり忘れよったなァ…。
「あららーやないわ!!…蘭ちゃんずっと待っててんで!?訳も分からず途中で工藤君が帰ってもて、連絡来るのを!それやのに一切連絡せぇへんてなによ!!」
うわ、めっちゃ怒っとるわ〜…。ちゅーかそれは工藤に直接言うてくれよな…
「いや、スマンかった。実はな〜…昨日怪盗キッドが現れて予告状を置いてってん」
「怪盗キッド?」
「ほんで、工藤は毛利のねーちゃんに連絡すんの忘れてもうてん、許したってぇや!工藤も悪気があった訳やないんやし」
「…でも、蘭ちゃんが可哀相や。なんも文句も言わんとずっとずっと待ってるんやで…?可哀相でしゃあないわ…」
…確かにそうかもしれへん。でも毛利のねーちゃんは、工藤が事件の事になると突っ走るの分かってて待ってるんやろ?
せやったら、しゃあないがな。
工藤はそう言う奴やねんから…。
「平次も連絡くれへんし」
「いや俺もつい、キッドからの予告状を解読しとったらのぅ」
「…まぁ、攻めてもしゃあないけどな!…で?解けたん?」
「いやサッパリや」
「なんやそれ!あかんやん」
和葉は怒りが収まったのかニッと笑い笑顔を向けた。
…その方がお前らしいわ。そう思ったけど、頭に閉まった。
その笑顔、好きやけど恋や愛じゃない。幼なじみなんや。これからもずっとお前は俺の幼なじみや。
そして俺らは大阪に帰って来た。
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