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七夕一人企画

星に願いを・2012

作者:檀敬
毎年欠かさず七夕の七月七日に書いている短編「星に願いを」ですが、今年はツイッターでぼそりと呟いたら賛同者が続出! 急遽『七夕一人企画』として各々の作家さんの自主投稿という企画になりました。今年も七夕の物語になぞらえたSFをご堪能くださいませ。
【空想科学祭FINAL習作作品】
【七夕一人企画作品】
 この時期になるとあたしはうんざりする。
 マグパイ業者からのメールがドッサリと届くから。
「今年はどうするんですか?」
「予約しないとダメですよ」
「雨が降ったら割り増しですよ」
 今年は新興会社の新規参入があり、しかも競合する会社の勢力も強力らしくて「早くうちに決めてくださいな」みたいな催促メールがうざい。ナツヒコの方にもDMがひどくて、あたしの私信メールを見失う程らしい。あたしも何度か、ナツヒコのメールを見失った。
 あたし「オリエ」と彼「ナツヒコ」がギャラクシー・ストリームでデートするのは、夏の一大イベントと化していて、それを目当てに観光業者が群がり、水面下で暗躍するのだ。
 ギャラクシーエンペラーのイベント事務局がこうしたイベントを統括管理していて、入札制度も確立されているはずなんだけど、なぜかしらあたしとナツヒコにも直接DMが届くのだ。
 もっともあたし達はただの公人に過ぎないから、エージェントがあたし達を管理してくれている訳ではないし、仕方がないと言えばそうなんだけど。せめて管理官を派遣してくれたっていいじゃないとあたしは思うのだった。

「今年は少し趣向を変えてですねぇ」
 あたしとナツヒコとイベント事務局とがVP(ヴィジュアル・フォーン)で打ち合わせをした時、事務官がぼそりと切り出した。
「ギャラクシーコアでの再会というシチュエーションで」
 あたしはビックリした。いつもはアームで行うイベントなのに今回はコアだって!
「でも、コアは立ち入り禁止なのでは?」
 ナツヒコがツッコミを入れた。
「既に天帝の許可は下りています」
 事務官はやりにくそうな顔をした。
「そんなことよりも、新しい技術をお披露目したいと」
 今年はマグパイ業者を使わずに、実用化の目途が立った新機軸のDMD(ダーク・マター・ドライブ)システムを使って欲しいと科学技術開発局からイベント事務局への打診があったという。
「デモンストレーション、ですか」
 ナツヒコは諦め顔だった。どうせまた振り回されるんだという思いしかないようだ。
「いつも申し訳ないとは思っているんですが」
 事務官は更に渋い顔であたしとナツヒコを見ていた。

 あたしとナツヒコは十数億年前から年に一度、このイベントをこなしてきた。
 いろんな星域、いろんな銀河、そして時にはブラックホールを舞台にしながら、あたしとナツヒコはその日一日、出会うまでの壮大なストーリーを演じてきた。
 だが、この数千年は商業的な色合いが強くなり、金儲け主義と揶揄されていた。マグパイ業者(ハイパードライブ運送会社)が幅を利かせて、スポンサーは何兆という単位のお金を拠出してくれるが、それ以上の何京という上前を撥ねていくのが常であった。

「今年は画期的なんですよ。事務方のみでイベントを行えという天帝の勅命でして」
 あたしはピーンと来なかったが、ナツヒコは喰い付いた。
「それは大胆ですね。それほどの価値があるんだ、『DMD』には」
 事務官はニヤリと笑った。
「えぇ、真空も利用するらしいですから」
 ナツヒコの目の色が変わった。
「そこまで! そいつはビックリだな」
 あたしには何のことだかサッパリ分からなかった。
「あたしにも解るように喋ってよ!」
 あたしがヘソを曲げると困る二人は、ようやく丁寧に説明を始めたのだった。

 今までのハイパードライブ推進装置とは原理も理屈もその運用も違う、DMD(ダーク・マター・ドライブ)システムは、ギャラクシーエンペラーの総力を尽くして開発した新システムの推進装置だという。
 銀河の中に潜在する未知の物質であるダーク・マターは未だその実体を捉えることは出来ていないのだが、利用することだけは可能であるらしいのだ。
 七万年前、その頃既に低効率ながら、真空(バキューム)エネルギーを電気エネルギーとして取り出すためのバキューム・チャンバーが実用化されていた。そのバキューム・チャンバーを改良する過程で、ある励起装置(後に「DMC(ダーク・マター・コントローラ)」と呼ばれる)で増幅を始めた途端にバキューム・チャンバー自体が大爆発(ファースト・インパクト)した。
 事故後、その爆発は真空から変換された電気エネルギーとは質の違う、桁違いのエネルギーであったことが検証された。それがダーク・マターであるらしいことを実証は出来ないものの、利用することは出来ると判断され、DMCに更なる改良が加えられて、DMDシステムが出来上がったのだそうだ。
 この推進システムの画期的なところは、真空エネルギーと同様に燃料を持ち運ぶ必要がないことだ。そして、空間も時間も歪めることなく宇宙を滑るように推進していく。だから、誰が言ったのかは知らないが、DMDによる宇宙航行を『セイリング』と呼ぶようになったという。
 ただ、推進装置として用いる場合、特に超長距離の移動もしくは高重力の影響下に場合は、高出力が必要となるため、バキューム・チャンバーでのエネルギー補給が欠かせないのだ。
 バキューム・エネルギーは、銀河間もしくは銀河団間にある、通称『ボイド』の「何もない部分」に潜在するエネルギーである。何もないのにエネルギーがあるというのは不思議に感じるかもしれない。だけれども、何もないからこそ量子のトンネル効果で常に粒子が無から発生し、また無へと消滅しているらしい。
 その粒子の発生と消滅の際に起こる『揺らぎ』が宇宙全体に伝わり、それを収束することで大きなエネルギーが発生する。その収束を「バキューム・チャンバー」で強引に発生させて、直接的に電気エネルギーに変換しているのだという。

「民間では開発してなかったの、その推進装置を? マグパイ業者なんかウハウハと儲けているから、出来そうじゃないの?」
 あたしは素直に、二人に訊いてみた。
「ファーストインパクトの時にかなりの犠牲者が出たので、ギャラクシーエンペラーはその情報を隠蔽したんです」
 事務官は話し難そうだった。
「ほとんどの特許はギャラクシーエンペラーが取得、造るにも使うにも膨大なロイヤリティが必要なんだってさ」
 ナツヒコはしたり顔で付け加えた。
「しかし、DMDは素晴らしいですよ。私はこのイベントのために試乗させてもらいましたが、酔わないし、リアルタイムだし、揺れないし、搭乗時間も百分の一だし」
 この時初めて、事務官が嬉しそうに話した。
「この人、こんな一面も持ってるのか」
 あたしがそう思ったくらいに笑みがこぼれていた。
 だから、あたしもつい口にしてしまった。
「なに、それ。楽しそうじゃない! あたしも乗ってみたいわ」
 事務官はいやらしくニヤリと笑った。
「では、ご承諾していただいたということで」
 それを聞いたあたしはやられたーと思った。
「僕もその手でやられたよ。事務官の嬉しそうなドヤ顔に」
 ナツヒコは、あたしに苦笑いをした。
 それを聞いたあたしは、呆れ顔だった顔にようやく笑みが戻ってきたのだった。

 航宙プランの打ち合わせは綿密に行われた。
 セイリングプランナーは、ナツヒコにはもちろんのこと、あたしにもよく解るように説明してくれた。
 何しろ、史上初のDMDシステムによる一般公開展示セイリングであり、ギャラクシー・エンペラーの威信にかけても失敗は許されないのだから。
 あたしは自分の不安を取り除くため、いつもよりも念入りにセイリングプランナーと打ち合わせをした。
「えーっと。アームに沿ってコアへと進んでいくのね」
「はい。もちろん我々がサポートしますが、コアの極中心から五千光年以内ではこちらからの誘導は不可能になります。そのことをお忘れにならないように」
 セイリングプランナーは丁寧にあたしを指導してくれた。
「分かったわ。その後、コアの下に回り込んでフライバイ、その後コアの接線から直上して銀河垂直方向にジェットのように飛び出す訳ね」
「はい、そうです。ナツヒコさんは反対側から対抗するような軌道に見えますが、方向が違うだけで同じ軌道を進みます」
 目の前に映し出されたフォログラフィックディスプレイには、銀河が映し出されて、赤色で表示されたあたしの航宙軌道と、銀河の反対側に青色で表示されたナツヒコの航宙軌道が表示されていた。銀河の黄色いコアをぐるりと廻って、赤い軌跡も青い軌跡も銀河の上側に飛び出していた。
「そして、ナツヒコと『キリモミ・ランデブー』をするのね」
「ドッキングしていただけるのならそれが一番いいですが、もしくはランデブーワイヤーでの結合、出来なければ並走でも構いません。絶対に無理はなさらないようにお願い致します」
「了解したわ」
 銀河の上に飛び出した赤い軌跡と青い軌跡は、その軌跡をDNAの二重螺旋のように絡み合って上昇していた。
「その後、銀河垂直方向およそ五万光年の位置で、お二人を回収いたします」
「OK。あたしはだいたい納得したわ。ナツヒコはどう?」
「あぁ、大丈夫だ。キリモミ・ランデブーでは僕がリードするから」
「それは超安心だわ」
 あたしはナツヒコにウインクをした。
 ナツヒコはあたしにグッジョブサインを出した。

 DMDシステム・マシンの操縦訓練とイベントのリハーサルが繰り返され、あたしもナツヒコもずい分とDMDシステム・マシンの操作に慣れてきた。
 それにしても、このDMDシステム・マシンはひどく快適だ。今までのスペースシップは何だったのだろうと思うくらいに。
「DMD、スゴイわ」
 訓練航宙で、あたしは感想を漏らした。
「あぁ、僕も驚いている」
 ナツヒコも同じだった。
「ストップ・アンド・ゴー、スロースピード、ロール、運動性能、横滑りまで、どれも素晴らしいわ」
「あぁ、全くだ。こんな大きな図体で、この機動性は恐れ入る」
 ハイパードライブのアクロバット専用スペース・シップは、機体の大きさと形状に左右されるので意外と小型なのだが、このDMDマシンはかなり図体が大きい上にお世辞にも美しいとは言えないシップ・デザインだった。
 船体が大きい理由は、DMD装置自体の小型化が進んでいないせいもあるし、DMDの運動性能に船体が耐えられるよう補強がされているせいもある。
 それでもDMDの機動力は、ハイパードライブのアクロバット・シップを凌いでいた。
「あたし、自分用に一台、欲しいわ」
「まだ無理だって。量産なんて程遠いよ。だいたい、オリエのマシンが試作・八の1号、僕のマシンが試作・八の2号で最新式なんだから」
「え? 今までに作られた実機はたったそれだけなの! 実用化の目処が立って一万年も経つのにぃ」
「一万年前は、やっとDMCの理論が確立しただけだよ。マシンの本格制作が始まったのは、ここ二千年くらいかな」
 そして、ナツヒコはポロリと重大なことをあたしに吐露したのだ。 
「有人で銀河横断という長距離を航宙セイリングするのは、今回が初めてらしいよ」
「ひぇー!」
 あたしは急に怖気づいた。
「泣くんじゃないよ、オリエ。僕らは『歴戦の勇者』じゃないか」
 ナツヒコはおどけて言ってみせたが、あたしの心境はそんな言葉では慰められなかった。
「それ、違うっ! 全然、違うよぉ!」
 ドックに帰着する途中まで、あたしはビービーと泣いていた。
「もう諦めなよ、オリエ。これは僕らがずーっと背負ってきたことな……」
 ナツヒコが言い終わる前に、あたしは言葉を発した。
「解ってるわよ! ちょっと泣き言を言ってみたかっただけよ、フン!」
 もう、涙は乾いていた。

 イベント開始期日を数日後に控え、イベント当日の銀河天気予報と軌道プラン確認のために、あたしとナツヒコはイベントスタッフと共にブリーフィングルームに集結していた。
 突然、大きくて野太い声が響き渡った。
「久しぶりだなぁ、オリエとナツヒコ。元気だったかい?」
 黒いマントにブライトライトゴールドのティアラを頭に乗せた大柄な男が、お供を連れてブリーフィングルームに入ってきた。そして、その場に居た全員がその男を見た瞬間、起立したのちに跪いた。
「天帝!」
 あたしは思わず声を上げてしまった。
「陛下、こんなところにまでお出ましいただき光栄に存じます」
 ナツヒコが恭しく口上を述べた。
 他の者はただ平伏すのみだった。
 それもそうだろう。イベントスタッフは生まれてから数百年程度だから、天帝などはるか雲の上の存在で、顔を合わすこともままならないと思っているにちがいない。百億年近くも在位している天帝と会見したことがあるのは、このイベントを十数億年にわたって行っているあたしとナツヒコくらいだろう。
「堅い挨拶はいい。今年もまたよろしくな。今年は特に、私が直々に指示を出しているのだから、くれぐれもよろしく頼むぞ」
 天帝はニコニコしながら、あたしとナツヒコの肩を叩いた。
「はい、承知しました」
 あたしは軽く会釈をした。
「皆の者、私に力を貸してくれたまえ」
 天帝が見回しながらそう言うと、スタッフ全員が揃えた「ははぁー」という声は、地響きのようにブリーフィングルームの空気を揺らしていた。
「ときに、オリエ。DMDはどうだ? 面白いか?」
 天帝はニヤリとして、あたしに尋ねた。
「えぇ、とっても気に入ったわ。一台、欲しいくらいよ」
 天帝はフォフォフォと笑いながら、あたしに答えた。
「よかろう。これが成功した暁には、お前達二人にそのまま譲ろうではないか」
 あたしは色めき立った。
「本当ですか?」
 天帝はうなづいた。
「あぁ。嘘は言わん」
 振り返るとナツヒコも喜びで顔が崩れていた。
「ありがとうございます」とあたし。
「身に余る光栄!」とナツヒコ。
「おいおい! まだイベントはこれからだぞ。完全成功じゃないとダメだからな」
 天帝は、子どもをあやすように人差指を立てて言った。
「期待しておるぞ」
 そう言い残して、マントを翻し天帝はブリーフィングルームからお供を連れて去って行った。
「ぐふ。頑張らなきゃ」
 あたしはニヤニヤしていた。
「おう! 頑張ろうぜ」
 ナツヒコの方がもっとニヤけていた。

「オービター1、発進予定位置に急いでください」
「分かってるわよ、ちょっとくらい化粧を直してもいいでしょ」
 あたしは口紅を塗り直していた。抑えたカーマインのベースにパープルグロスのジェルを塗って。
 オービダー2に搭乗するナツヒコは三日前にベースドックを出発していた。何しろ銀河の反対側からの発進である。最新鋭のハイパードライブ・カーゴでも五十時間は掛かるのだ。
「オービダー2、発進位置へ誘導完了。オービター1も急いでください」
「喧しいわね、今一生懸命やってるじゃない!」
 あたしはアナウンスに毒付いていた。
「今日はあたしの、年に一度の晴れ舞台なのよ。精一杯着飾ってバッチシ決めて舞台に立ちたいのよ。それなのに……ったく! 気が効かないわね」
「オービター1、発進位置へ誘導完了。発進時刻までしばらくお待ちください」
 あたしはまた毒付いた。
「時間があるなら最初から言いなさいよっ! 慌てたからヘアセットが乱れたじゃない!」
 あたしはコームで髪の毛を整えた。
「カウントダウンを開始します。三分前から開始。……スタート」
 あたしは生唾を飲み込んだ。
「ちょっと緊張するわねー、やっぱり。毎度のことだけど」
「発進二分前。護衛艦船はセーフティエリアまで退去してください」
 あたしの視界からは何も無くなった。
 唯一、ヘッドアップディスプレイに映し出されたトレースラインだけが、あたしの拠り所になった。
「発進一分前。イグニッション系回路を開きます」
 無音がコックピットを流れていく。
「発進三十秒前。オールグリーンを確認。パイロットはショックに備えてください」
「発進二十秒前。イグニッションオン。チャージ開始」
「十秒前。サーキットフルオープン。五、四、三、……発進!」
 発進のその瞬間に、あたしはパイロットシートに押し付けられ、一瞬息が出来なかった。それでもヘッドアップディスプレイを見据えて、銀河のアームに沿って突き進み、アームの星々がディスプレイ中央から左右の端へ勢いよく流れていく様をジーッと凝視していた。
「三十秒経過。経路一万五千光年を通過。順調にセイリング中」
 あたしは相変わらず加速度でシートに押し付けられているが、心理的ショックが和らいで周りを見る余裕が出てきた。
 恐ろしい程のスピードで銀河のアームをコアへと駆け上がっているのに、ほとんど振動もなく、そしてスターボウも現れない。完全にハイパードライブの世界とは隔絶した飛行だ。
「これを『セイリング』とはよく言ったものね。ホントに宇宙を滑るように進んでいくわ」
 あと二分ほどで銀河のコアが見えてくる。それまでに制御系と操縦系が監視が出来るように、ディスプレイの表示を切り替えた。
「あと一分で、コアの周回軌道に入ります」
 コアの周回軌道に入ると更なる加速度が加わる。コアに落ち込まないようにするためだ。それに、フライバイのための精密軌道修正でロールやヨー、ピッチにも気を付けなければならない。
 あたしは加速度に抗しながら、コントロール・サーキットをオープンした。
「オリエ、セイリングは順調か?」
 ナツヒコの通信が入ってきた。
「えぇ、今のところはノープロブレムよ」
 あたしは加速度に耐えながら、出来るだけ平穏に答えた。

 右手に白く大きく輝くコアのフリクションディスクが見えてきた。これを乗り越えて、コアBHの千光年の距離まで近づいてフライバイするのだ。
「精密制御領域に入ります。なお、こちらからのサポートはあと一分ほどです。出来る限りモニタしますのでご心配なく」
 サポートシップからの最後の連絡だった。ここからは自機のオービター1を信頼して突き進むしかない。
「大丈夫。弱気になるなよ」
 ナツヒコからの通信が、あたしを励ましてくれる。ちょっぴり安堵する。
「平気よ。何回こんなことを繰り返してきたと思ってるのよ」
 あたしは強がって応えた。
「その意気だ。まもなくコアだ」
 進路上には、黒く何も見えない丸い領域がヤケに気になるようになってきた。
「アレがギャラクシーコアのBHね。やっぱり、大きいわねー」
 あたしが感想を漏らすと、ナツヒコは厳しい口調の返信を返してきた。
「オリエ、計器をシッカリ確認してないとダメだぞ」
「あ、はい? ……分かったわ」
 あたしは不思議に思った。いつものナツヒコらしくないと。
 確かにここからが山場だ。コアの水平方向から非常にややこしい軌道を描きながら垂直方向へとコアを脱出する。しかもフライバイをしながらだから、難しいことは間違いない。それに新機軸の『DMD』だし。だから、あたしはナツヒコが必要以上に神経質になっていると思っていた。
 ジリジリとコアが近づいてくる。真っ黒な丸い円。何もないポカンとした空間がそこに存在することに、あたしは少し身震いした。
 コアの下側を斜めに潜るようにしてセイリングしていく。背面にロールしないので、頭上が真っ黒になる。あたしはジョイスティックをシッカリと握り締め直した。
 その時だった。
 ささやかなアラームが鳴り始めたのだ。
『警告、警告。予定出力に達していません。DMDの出力を増強してください』
 あたしはビビった。
 すぐさまコントロールパネルを見た。
『警告、警告。バキューム・チャンバー出力低下中。DMCへのエネルギー供給が滞っています』
 あたしは既にパニック状態だった。シミュレーションにはこんな項目は無かった。対処の方法が分からない。
 ヤバイ!
 それはヒシヒシと感じていた。
「ナツヒコ、聞こえてる? 出力不足らしいわ。コアから垂直上昇出来ない風味よ!」
 あたしはそれを伝えるのが精一杯だった。
 ちょうどコアの真下に来た時、ナツヒコの機影がかすかに見えた。
「助けてー! どうすればいいの? ねぇ、ナツヒコ! 教えてー!」
 あたしは耳に神経を集中した。
「チャ……バルブを……六十八パー……ぼって、バイア……るんだ!」
 ナツヒコの通信は、コアの強力なX線によって妨害されて聞き取れなかった。
 もすうぐ、あと三十秒でコアの垂直接線点に達する。
「バキューム・チャンバーの何のバルブ? 六十八パーセントに絞るの? で、バイアスをどうするのよぉー。……うーん。だから、何のバルブなのよぉ?」
 あたしはわめいていた。わめくことしか出来なかった。
 再警告アラートがワンワンと鳴り始めた。
『警告、警告。出力不足、出力不足。予定航路への進入不可能、進入不可能』
「分かってるわよー! どうしたらいいのよー!」
 あたしはもう泣きじゃくっていた。
 コアの上面でコアの周回軌道から脱出できないあたしは、ナツヒコのオービター2が垂直に上昇していくのを確認した。
「ナツヒコォー!」
 あたしの顔は涙で化粧がグジュグジュになっていた。
「助けてよぉー!」
 あたしがコアの頂点に差し掛かった時、ナツヒコのオービター2が予定に無い飛行機動(マニューバ)を開始していた。
「え? あ! 『テール・スライド』だわ」
 ナツヒコのオービター2は完全にその速度を止め、方向・向きを反転して、もう一度コアの軌道に突入してきたのだ。この高重力の中、あれほどのマニューバをこなすのは、やっぱりナツヒコしかいないとあたしは思った。
「え? でも、なに? どーするのー?」
 あたしはとにかく、コアに引き込まれないように周回軌道を維持するのがやっとだった。

 あたしのオービター1が反対側のコアの接線点に達した時、あたしの後ろに、あたしを追うように、ナツヒコのオービター2が同じ軌道に侵入してきた。
「聞こえるか、オリエ。大丈夫か?」
 ナツヒコの声にあたしは安心したけれど、それをおくびにも出さずに強がった。
「全然大丈夫だけど。でも、コアから脱出できないのよねぇ。困ったわ」
「あっはははは」
 ナツヒコの笑い声に、あたしはムカッと来た。
「なに笑ってんのよっ! 笑いごとじゃないわよ!」
「強がっているオリエの顔は、どうしたって大泣きした顔にしか見えないんだけど」
 あたしは、はっと気付いた。涙で化粧が崩れていたことを。急いでモニタカメラのスイッチを切った。
「もぉ! イジワルなんだから!」
 あたしは顔から火の出る思いだった。
「よし、いつものオリエに戻ったところで、コアを周回するこの軌道でドッキングする。ドッキング・プログラムを発動してくれ」
 冷静なナツヒコはあたしに指示を出した。
「ここで? 無茶よ」
「やるしかないんだ。やらなきゃ永遠にコアを巡ることになるんだぞ」
 分かっていたことだけど、あたしはあたしなりに抵抗したかった。それだけのこと。
「分かったわよ。ドッキング・プログラムを起動するわ」
「よーし、いい子だ」
 周回軌道ギリギリの出力しか出ていないあたしのオービター1に、後方からナツヒコの駆るオービター2がゆっくりと近づいてきた。既にコアを半周していた。
『オービター1、オービター2を確認』
『オービター2、オービター1を確認』
「ドッキング・シーケンスを開始する。オービター1は出力制御が出来ない状態だ。全ての誤差修正をオービター2で吸収する」
 ナツヒコの指示にあたしは従った。
「ラジャー」
 二回目の周回に入った。オービター2がロールしてオービター1の上方まで、速度をシンクロさせてきた。
『ドッキング装置をセット。……セット完了』
「よし、それじゃドッキングするぞ」
「OK」
 オービダー2がオービダー1に静かに確実にゆっくりと近づいた。
 カコン。
『連結装置ロック完了。回路接続完了。気密テスト終了。ドッキングを確認。プログラム終了』
「お疲れ様」
 あたしは安堵感からそう呟いた。すると、すぐにナツヒコの怒鳴り声が響いた。
「まだ終りじゃないぞ! これからまだコアから垂直上昇しなきゃいけないんだ! 分かってるのか、オリエ?」
 あたしは渋々な声で答えた。
「わ、分かってるわよ」

「先ずは、バキュームチャンバーの不具合だ。Xレイ・バルブはどうなっている?」
 あたしはコントロールパネルを見た。
「あ、開きっ放し」
「それを六十八パーセントまで絞って。このコアの付近ではX線が多量過ぎて余分に添加されてしまうんだよ」
 フンフンと、あたしはうなづいた。
「なるほどね」
「もっとも、僕もコアに近づいた時に気が付いたんだけどね」
 あたしはプッと脹れた。
「どうして、何で連絡してくれないの?」
 ナツヒコは困った顔をして答えた。
「もうその時には通信がX線で妨害されてたから」
「あ、そっか」
 あたしはナツヒコから視線を外した。
 あたしがバキューム・チャンバーを調整するとパネルが徐々にグリーンサインに変わっていった。
 それを見届けているうちに、ナツヒコが次のステップについて喋り始めた。
「このコアを周回する軌道からは、派手なマニューバで離脱するよ。コアの頂点で『コブラ』というマニューバを行ってコアに対して、軌道に対して垂直姿勢にする。そして、そこからDMDフルスラストで垂直脱出、その後ロールを行ってフィニッシュと。どうだい、このプランは?」
 コアの周回が三周目に入った時、ナツヒコが閃いてプランを策定したらしい。
「フルスラストがキツイわね」
 あたしは合えて苦言を呈しただけにした。ナツヒコはこの失敗の分を派手なラストで挽回しようとしている。それを充分に理解していたし、あたしもそれに同調した。
「プログラムは入力した。もう時間が無いから始めるよ」
 あたしはニッコリとモニタカメラに笑いかけた。
「OKよ」
『脱出プログラム【コブラ・フルスラスト】を発動。あと六十三秒後にコブラ・ポイントに到達します』
 この六十秒、約一分の時間が異様に長く感じられた。
 その静まり返った沈黙を、オペーレーション・アナウンスが破った。
『【マニューバ・コブラ】を開始。姿勢変更』
 船体の向きが変わったために加速度がシートの下方向から掛かり、シートから身体が浮くのがちょっと苦しい。
『姿勢変更完了。コア頂点まで十五秒。DMDスラスト開始します』
 急にシートに身体を押し付けられて、またしても一瞬息が出来なくなった。
『フルスラスト』
 更に強くシートに押し付けられてG-LOCに陥りそうになった。
「だ、大丈夫かー。オ、オリエ!」
「……な、な、なんとか」
 あたしは息も絶え絶えだった。
『ロール開始。フィニッシュに向かいます』
 少し加速度が弱まり、あたしはグッタリとした。
「これでやっと終わったぁ」
 ナツヒコもグッタリとした声だった。
「えぇ、終わったのねぇ」
 あたしもそう答えるのがやっとだった。

「ブラボー、ブラボー!」
 天帝はわざわざ、あたしとナツヒコをプラットホームまで出迎えてくれた。
 あたしとナツヒコは疲れ切った身体に鞭打って跪いた。
「閣下、お褒めの言葉、ありがとうございます」
 天帝はうんうんと、何度もうなづいていた。
「想定外のアクシデントをこんなカタチで素晴らしい趣向に変えてくれるなどとは思いもしなかった。あの『木の葉落とし』の飛行機動は凄かったなぁ。余も戦闘機乗りだった頃を思い出してワクワクしたぞ、はっはっはっは」
 また何十億年前の古い話を持ち出して……と、あたしは思った。
「さすがはオリエとナツヒコだ。余からも礼を言わせてくれ」
「恐悦至極」
 天帝の労いの言葉に、ナツヒコは短くお礼を述べた。
「もったいないお言葉ですわ」
 あたしも短くお礼を申し上げるのが精一杯だった。
 身体はかなりの疲労困憊だったけれど、あたしの心は満足感でいっぱいだった。

 今、あたしはベガに帰る途中だ。
 それも『オービター1』に乗って。
 ナツヒコは『オービター2』に乗ってアルタイルへと帰って行った。
 別れ際にナツヒコと誓った。
 「来年もまた、このイベントで逢おう」って。
 これはいつものお約束なのだけれど。
 それでも何か嬉しいモノがある。
 そのために、この一年間で英気を養おう。
 あたしの得意な『機織り』をして。
 お読みいただき、誠にありがとうございます。
 もしよろしければ、感想などお寄せいただければありがたいです。

【宣伝】
 毎年一人で勝手にやっている『七夕一人企画』です。
 企画内容はいたって簡単。

 一、七月七日・午前〇時〇〇分〇一秒から午後二三時五九分五九秒の間に投稿する。
 二、「七夕」にちなんだ内容の作品なら、ジャンルは問わないし、文字数制限も無し。
 三、「【七夕一人企画】○○○○を投稿しました」とツイッターで宣伝するのもいいでしょう。
 四、読んだ場合は、出来る範囲内でツイッターでの読了を呟くのもいいでしょう。
 五、感想を書く場合は「なろうの感想欄」でもツイッターでの一言感想でも構わない。

 基本的に各々の作家さん個人で勝手に行う企画という認識でお願いします。
 よろしければ今日中に、無理なら来年やってみませんか?

 今年で六年目になるこの個人の勝手な企画。
 毎年毎年、一つずつ積み重なっていく自作小説が楽しいですよ。
 是非、自分を律して企画にチャレンジしてみては如何ですか?


【追伸】
 空想科学祭FINALの習作を書いてていいのか?
 一万文字超えの習作は書き過ぎだろ!
 空想科学祭の参加作品自体は大丈夫なのか、ダディ?

空想科学祭FINAL


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