第 11 章 「儀式」
グラスネイクとファインコルト親子がオルカバとスチムに出会ったのは、瓦礫が散らばるばかりとなった昔のパブの跡だった。
「残念じゃが、今オルカバが見てきた骨が、婆さんに間違いなかろう。手分けして村の者に知らせてくれ。一旦、村に帰る。婆さんの遺体をどうするかは、村に帰ってから相談しよう。いずれにしろ、早急に婆さんを運び出してしまわねばならぬ」
「気になることがあるんだが」
オルカバが呼び止めた。
「何じゃ?」
歩きかけていたグラスネイクは、振り返リもせず厳しい声を出した。
「ことは急ぐぞ。村に帰ろう。夕方には伯爵様がお帰りになる」
「ザ・ポットにロープが結わえられているんだ」
グラスネイクの足が止まった。
「それは……、なんと、タゥザポッじゃ!」
「ええ」と、スチムも頷く。
「イレーヌ婆様は昔ながらの所作をしようとしたのですね。ひとりでロープを伸ばして」
頷きあっている大人たちを見て、ロンが父親に聞いた。
「ねえ、タゥザポッって、どういうこと?」
「こういうことだよ。昔は、村のいろいろな儀式や行事で水霊モナエドの水、つまり教会の地下にある泉から涌き出る水が使われてきたんだ。そして、その水を汲むのが村の巫女であるイレーヌ婆さんの役目」
ファインコルトはタゥザポッの所作の手順を、ロンに話して聞かせた。
「水霊の泉には入ったことがないから、よくは知らないけどね。まず、婆さんが地下の祭壇で、流れ出す伏流水に百メートルほどもある長いロープを委ねる。地下の水脈でつながった広場の水霊の井戸には、村人達が待機する。ロープは地下の水脈を流れていき、先端が井戸に達したときに、村人が引き上げる。地下には水の通り道、洞穴のような水路が続いているんだね。次に、婆さんはロープで結ばれたザ・ポットを水に沈める。井戸にいる大勢の村人達がロープを引き、水差しを伏流水にくぐらせながら、水を汲み上げるんだ。不思議なことに、ザ・ポットはどこにも引っかからずに井戸まで流れてくるんだよ」
「ふーん。でも、 井戸から汲み上げるんでしょ。そんなことをすれば、汲み上げた水は泉の水じゃなくなってしまうよ」
「うん、まあな」
オルカバが瓦礫の中をうろついている。思い出の品、あるいは記憶の断片を探すように。
ファインコルトがその様子を眼で追った。
グラスネイクはオルカバが何かを言い出すのを待ちながら、「まあな、ではいかんぞ」と、ファインコルトに代わってロンに教え始めた。
「ロンよ。そのとおりじゃ。しかし、それでよい。つまりじゃ、泉の水だけでなく網の目のように張り巡らされた地下の水脈が、わしら村人にとって大切なものなのじゃ。わかるかな? 水そのものも大切じゃが、清らかな水をいつもふんだんに使うことができる環境も大切だ、ということじゃ。この大いなる水脈があるおかげで、村は豊かなんじゃよ。わしら村人は、はるか昔から、そのことに感謝し、ことあるごとに水霊モナエド様の水といって大切に扱ってきたのじゃ」
オルカバが、タゥザポッ講座が終わるのを待ちかねていたかのように、口を開いた。
「しかし、おかしいんだ。ロープは何かに結びつけてあるみたいに、引っ張ってもびくともしない。タゥザポッのロープはどこかに結びつけるものじゃない。伏流水に流すものだ……」
「ふむ。それに何か意味があるのか?」
グラスネイクが、また歩き回り始めたオルカバに質す。
「うーむ、あの婆さんことだ。きっと、完璧に昔どおりの方法でするはずじゃないのかな」
「そうじゃろな。オルカバの言うとおりじゃ」
しかし、グラスネイクはイレーヌの埋葬をどうするかが気になり始めた。
骨を一旦、村に持ち帰るか、あるいはそのまま墓地に埋葬するか、とひとりごとをいった。早く済ましてしまわなければ、ウィルストロングが何を言い出すか分かったものではない、とグラスネイクは思うのだった。
「急ごうぞ」
「いや、待ってくれ。どこか、変だ」
「しかし、伯爵様が婆様の骨を見ていたのなら、ことは急を要する。今日のうちに我ら村人の手で葬らねば」
ここで、「あのう……」と、ロンが口を開いた。
集まった大人たちの視線に戸惑いながらも、ロンは自分が見たことをはっきりと報告した。
「あの日、旦那様とガリー様がそのロープを引っ張られました。旦那様はお客様達にお見せするアトラクションが増えたとおっしゃって、お喜びでした」
お喜びねえ、とファインコルトが吐き捨てるようにつぶやいて、パブの外壁の残骸に腰を下ろした。
「それでどうなったんだい?」
オルカバの問いかけに、ロンは首を横に振った。
「ロープはびくとも動かなくて。それで三人で反動をつけて引っ張りましたが、少し手繰り寄せることができただけで」
「うーむ、なるほどねえ」
オルカバが、子供の握りこぶし大の石を拾い上げた。
「イレーヌ婆様はモナエドの水を汲むということではなく、泉にタゥザポッの儀式の形を再現し、自分の死に場所としたのでは? 水霊の巫女としての勤めを全うしたい、と。どうでしょう」
スチムがしみじみと言う。
「そういうことだよ」
オルカバは、拾った二つの石を左手でもてあそび、カチカチと音をさせた。
そして、ふっと目を上げると、ファインコルトに問いかけた。
「もう、井戸の水は完全に涸れているのか?」
「いや、わずかだが流れている……」
ファインコルトが言いよどんだ。
オルカバが、もうひとつ石を拾い上げた。