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王女さまとカラス

作者:ぱくどら
 ある国のお城に、美しい王女さまがいました。
 王女さまは心優しい人で、どんな人にも優しい心で接して、みんなから愛されていました。
 そのお隣の国に、正直な王子さまがいました。
 王子さまは強く、正直な心を持っていて、みんなから信頼されていました。

 ある日のこと、王女さまのお城では大騒ぎになっていました。なんと王女さまがいなくなってしまったのです。
 それを耳にした王子さまは『自分も役に立てるかもしれない』と、森の中を馬に乗って王女さまを探していました。

「……王女さま王女さま。ぜひこの水を飲んでおくれ」

 しゃがれたおばあさんの声が聞こえます。
 王子さまは木のかげに隠れ、こっそりのぞいてみました。
 するとそこには、真っ黒のローブをかぶったおばあさんと、美しい顔をした王女さまがいました。
 王子さまは、そのおばあさんが魔女であるとすぐにわかりました。
 魔女は、透明な小瓶を手に持っています。

「この水は王女さまをより美しい姿に変える水だよ。さぁ飲みなさい」

 フードの下では魔女がにやりと笑っています。
 一方で、王女さまは渡された小瓶をじっと眺めていて、疑っている様子はありません。

「わかりました、飲んでみましょう」

 そう言って、王女さまが口をつけそうになった時、王子さまは慌てて木のかげから飛び出ます。

「お待ちください」

 王女さまと魔女は声のするほうへと顔を向けます。そこには、背が高く顔立ちのよい王子さまがいました。
 王女さまは見た瞬間に恋に落ち、一方で、魔女はあっという間に姿を消しました。

「王女さま、あなたはそんな水を飲まなくても十分美しい方です。ささ、ここは危ないですからお城へお帰りください」

 言葉を失っている王女さまを、王子さまは抱えて馬に乗せます。その間も、王女さまは胸がドキドキと高鳴り声も出せません。
 そうしている間に、王子さまは馬にお城へ向かうように伝えると、馬が走り出してしまいました。

「あぁ、お礼も言わずにお別れしてしまいました。……もう一度お会いしたい」

 馬の上で、王女さまは後悔に胸を痛めつつお城へと帰って行きました。


 一方王子さまは、森の中を歩いて帰っている時でした。
 突然、先ほどの魔女があらわれました。

「王子さま、よくも邪魔をしてくれましたな」
「邪魔などしていません。みんな王女さまの心配をしていたのです」

 王子さまはおそれることなく、胸をはって言い返しました。
 ですが、魔女は舌打ちをすると、再び小瓶を取り出します。

「ならば、この水は王子さま、あなたが飲みなさい。さぁ!」

 にやりと嫌な顔で笑います。ですが、王子さまはきっぱりと言いました。

「結構です。私は飲みたくありません」
「どうしても飲まないのかい?」
「飲みません」

 なんとか飲ませようと、魔女はなかなか引き下がりませんでした。
 すると、魔女は怒ったように大声をあげます。

「飲まなければ、再び王女さまをさらうぞ! それでも良いのか!?」

 そう言われてしまい、王子さまは考え直します。
 自分が助かる代わりに王女さまが犠牲になる――王子さまはすぐに答えを出しました。

「わかりました。水を飲みましょう。ただし、これ以上王女さまに悪さをしないでください」
「あぁわかったわかった。私が王女さまに悪さなどするはずもない。さぁさぁ、水を飲みなさい」

 魔女はにやにやと笑いながら、王子さまに水を飲ませました。
 すると、王子さまの身体が見る見ると小さくなり、その姿形が真っ黒な鳥――カラスへと変わってしまったのです。

「カーカー!」
「おほほ、美しい真っ黒なカラスへと変わってしまったねぇ! 王子さま、今やあなたがカラスになっているとは誰も思いますまい!」

 そう言うと魔女は笑いながら、森の中へと消えて行ってしまいました。
 カラスになってしまった王子さまは困り果てました。
 自分では言葉をしゃべっているつもりでも、口から出てくるのは『カーカー』という鳴き声になってしまいます。

(困った。これでは城に帰ったところで、きっと追い返されるぞ)

 真っ黒の羽根のカラスで、とても人間には見えません。
 思い切って羽ばたいてみると――宙に浮きました。身体が綿のように軽く感じます。

(こんな危険な水を勧めるなんて。王女さまが心配だ)

 王子さまは、翼を一生懸命羽ばたかせて、王女さまが住むお城へと飛んで行きました。

    ◇    ◇

 無事にお城へ帰った王女さまは、部屋でぼーっと外を眺めていました。
 王子さまのことが頭から離れなかったのです。

「あの方のそばにいれたら、どんなに幸せなことでしょう……」

 しばらくすると、一匹のカラスが王女さまの部屋の窓の縁に舞い降ります。そう、カラスになってしまった王子さまです。
 王女さまは突然やってきたカラスに、ドキッと驚いてしまいました。

「カーカー」
(よかった。王女さまは無事だ)

 言葉にしようとしても、やはり鳴き声しか出ません。
 すると、兵士が王女さまの部屋にやってきました。
 兵士は窓の外にカラスがいるのを見つけると、すぐにカラスを追っ払います。

「けがらわしい鳥め! 王女さまに近づくな!」

 カラスは慌てて窓から離れます。
 兵士の乱暴な行動に、王女さまは我に返って兵士を止めました。

「やめてください。あの鳥は何もしていません」
「王女さま、カラスと言う鳥はとてもずるがしこい鳥なのです。近づいてはいけません」

 王女さまはそんな風には思えず、すぐに返事ができません。
 黙りこんでいる王女さまに対し、兵士はほほえみました。

「隣の国の王子さまが、王女さまに会いたいと申し出されていますよ。お会いになりますか?」
「王子さまが……私に?」

 王女さまは嬉しくてたまりませんでした。
 一方で――それを耳にしたカラスは、不安で不安で仕方ありません。

(王子さまとは、どういうことだろう)

 嬉しそうにほほえむ王女さまに対して、カラスは少し、胸が苦しくなりました。

    ◇    ◇

 いよいよ、王子さまと会う約束の日となりました。
 馬車から降りたその人は、まさに森で出会った王子さまでした。
 喜びのあまり言葉を失う王女さまの一方で、木の枝から眺めていたカラスは「カーカー!」と鳴き声をあげます。

(どうして私がいるのだろう! 一体、あれは誰なんだ!)

 残念ながら、その声が誰かに届くことはありませんでした。

 王女さまは、やっと会えた王子さまに笑顔が絶えません。

「王子さま。先日は本当にありがとうございました」

 ほほえむ王女さまに対して、偽王子さまは全く表情を変えません。
 冷たく王女さまを見下ろすだけでした。それでも王女さまは笑顔を向けます。

「お礼をすぐに言えなかったことをずっと後悔していました。そして、ずっと、お会いできる日を夢見ていました」

 誰もが見惚れるような、美しい表情でした。
 頬をうっすらと赤く染めて、潤んだ瞳で偽王子さまを見つめます。
 ですが、偽王子さまは顔色一つ変えることなく、冷たく言い放ちました。

「俺は別に会いたくもなかったが、お前がお礼をくれるのではないか、と思ってやって来ただけ。早く礼をよこせ」

 そんな言葉に一瞬にしてお城の中が静まりかえります。
 偽王子さまは、とてもわがままな振る舞いばかりをしました。
 飲み物をよこせ、食べ物をよこせ、お金をよこせ、武器をよこせ、など……次から次に出てくる注文に兵士たちも嫌な顔に変わります。
 ですが、王女さまだけが笑顔を絶やさず、偽王子さまのお願いを聞き入れていました。

(きっと優しい心で接していれば、元の王子さまに戻られるはずです)

 そんなことを思っていました。

    ◇    ◇

 やって来た偽王子さまは、あれから王女さまのお城に住み始めることになりました。
 というのも、偽王子さまがお城に住みたい、と王女さまにお願いをしたからです。
 カラスはとても不安で、毎日毎日窓から王女さまの部屋をのぞきます。

 ある日は――王女さまは大きなため息を吐きながら、部屋へと戻ってきました。
 暗い部屋の中、灯りもつけずにぼーっと外を眺めます。王女さまの顔は、どことなく、暗くてつらそうに見えました。

 また、ある日は――王女さまは部屋に入った途端、目から涙を流し始めました。
 扉にすがって、ひたすら涙を拭います。暗い部屋の中、消えてしまいそうなほど弱々しく見えました。

 そして、その日――部屋に入った王女さまを見た途端、カラスはすぐに気が付きました。
 小顔の美しい王女さまの頬がはれています。

 カラスは我慢できず、窓をつつきます。

「カーカー!」
(王女さま! 大丈夫ですか!)

 すると、王女さまが窓へと近寄り、そっと窓を開け放ちます。
 そこには、今にも泣きそうに目をうるませる王女さまがいました。

「……今日も、いてくれるのですね」

 王女さまは、いつも見守っていたカラスを知っていました。ホッとした様子で弱々しく笑みを浮かべます。
 ですが、透き通るような白い肌は赤くふくれ上がっていました。
 まるで、殴られたあとのようです。王女さまはふるえる声でつぶやきました。

「王子さまに……嫌われたかもしれません。私が……悪いのです」

 じっと見つめてくるカラスに、王女さまの目から涙がひとすじ流れます。
 赤くはれた頬を手で押さえながら、王女さまは言いました。

「痛くなどありません。ですが心がとても……とても、痛いのです」

 涙を流しながらうつむく王女さまを、カラスはどうすることもできません。
 元の姿ならばすぐに抱きしめているでしょう。ですが、言葉は鳴き声しかならず、抱きしめる手もありません。
 カラスは少し考えたあと、自分の身体を王女さまに預けます。
 どうにかしてその痛みを取ってあげたい、そう思ったからです。

「カーカー」
(元気を出してください)

 カラスの身体は温かいものでした。
 それはまるで、なぐさめているような、そんな風に見えました。

「あなたはずるがしこい鳥……ではありません」

 そうつぶやくと王女さまはカラスの頭を撫でます。
 とても優しい手つきでした。

「とても、とても優しい鳥、なのですね」

 王女さまは、この心優しいカラスを自分の部屋に置くことを決めました。

    ◇    ◇

 その日以来、カラスは王女さまの部屋の中で暮らせるようになりました。
 王女さまは、カラスによく話しかけたりしましたが、兵士たちは相変わらず冷たい態度でした。

 一方で、王女さまもお城に住むようになった偽王子さまから、毎日毎日いじめられていました。
 ひどい言葉を言われたり、暴力もふるわれました。
 ですが、決して悪口は言いませんでした。ひたすら笑顔で接して、耐えていました。
 近くにいた兵士たちは、自分も暴力を振るわれるかもしれない――偽王子さまが怖くて王女さまを助けませんでした。

 このころになると、王女さまは部屋に戻るとすぐに泣き崩れるようになりました。
 王女さまが泣いていることなど、兵士らお城のものは誰も知りません。
 知っているのは、王女さまの部屋にいるカラスだけでした。

「カーカー」
(王女さま、どうして誰にも言わないのですか。どうして追い出さないのですか)
「心配してくれるのですか? ……大丈夫です。いつかきっと、王子さまは元の優しいお方に戻ってくれるはずですから」

 そう言って、王女さまはカラスの頭を撫でるのでした。
 王女さまは、カラスにでさえ偽王子さまの悪口は言いませんでした。ひたすら、信じていました。

(なんて心の優しい方なんだろう。どうして、こんな素敵な方が泣かなければいけないのだろう)

 カラスは王女さまのことが好きになるとともに、何もできない自分の無力さをなげきました。


 そんなある日のこと。突然、あの魔女がお城をたずねてきました。
 兵士みんなが警戒する中、偽王子さまが一言『招き入れろ』と言いました。
 王女さまも特に反対する理由もなく、偽王子さまに従いました。

「王女さま、お身体はいかがですか? 少し……やせこけているようにも見えますが」

 魔女は王女さまと二人っきりにするように指示し、小さな部屋に二人しかいません。

「私は元気です。今日はどういったご用件でいらっしゃったのでしょうか?」
「風のうわさで、王女さまが心身ともおつらいめに遭っていると耳にしました」

 王女さまは少しびっくりとして目を見開きます。みんなの前では元気に振る舞っていたからです。
 魔女は続けて言いました。

「王女さま、王子さまと幸せになりたいならば、結婚してしまえば良いのです」
「け、結婚……ですか」

 ぼんやりと浮かんでいた淡い夢を言葉に出して、王女さまは頬を赤く染めます。
 そんな王女さまの表情を、魔女はにやりと笑います。

「王子さまは、この城の主ではないからあなたにつらくあたるのですよ。主さえなれば、きっと良い方向へとなりましょう」
「ですが……王子さまは私を嫌っているのでは」
「そのようなことありますまい。一言、結婚したい、そう言えば全て解決しますよ」

 王女さまは魔女の言う通り、偽王子さまに結婚を申し入れました。
 偽王子さまはにやりと頷いて、すぐに結婚式を取り行ったそうです。
 カラスはその様子を、ただ見守るしかありませんでした。嬉しそうにほほえむ王女さまに、心が痛みます。

(突然、結婚式をするなんて……魔女が何か考えているに違いない。きっと、あの王子も魔女の手先なんだろう)

 カラスの読み通り、偽王子さまと魔女は、なんと親子だったのです。
 魔女が自分の息子を、王子さまそっくりに変えてしまっていたのです。
 結婚式を終えた偽王子さまは、お城が自分のものになったとたん、王女さまに言い放ちました。

「お前はこのお城には必要がない。今すぐに出ていけ」
「そんな! なぜですか!?」
「お前という存在が気に食わない。さっさと出ていけ」

 幸せだった気持ちがあっという間に崩れ去り、王女さまは耐えきれず涙を流しました。
 偽王子の手先となった兵士たちも、冷たく王女さまを見下します。
 王女さまは、すっかり身体を小さくしてお城から出て行ってしまいました。

(なんてひどい! 王女さまを助けなければ)

 カラスはすぐに王女さまのあとを追いかけます。

    ◇    ◇

 王女さまは、森の中を一人さまよっていました。
 何も考えることができず、うつむいて涙をこらえながらトボトボと歩いていきます。
 悲しみに沈んでいると――目の前に崖が近づいていました。でも、王女さまは気付いていません。
 このまま進んでしまうと落ちてしまいます。

「カーカー!」
(王女さま!)

 ――間一髪、カラスが王女さまの服をつまんで歩みを止めたのです。
 ハッとした王女さまは、その時ようやく目の前に崖があることに気が付きました。

「……助けてくれたのですか?」

 王女さまは力なく座ります。カラスはジッと王女さまを見上げます。逃げる素振りはありません。
 王女さまはゆっくりと手を伸ばし、その腕の中にカラスを包み込みました。

「王子さまにも、兵士たちにも、嫌われてしまいました。……もう、誰も私のことを好きになど、なってくれないのでしょうか……」

 カラスの羽根に、大きな涙が落ちてきます。

「……王子さまに会いたい」

 カラスは胸が痛みます。
 自分が本当の王子であると言えないこと。
 今の自分では王女さまをなぐさめられないこと。
 王女さまが好きなのは、人間の王子さまであること。

 それでも、カラスは言いました。

「カーカー」
(王女さま、泣かないでください)

 王女さまはじっとカラスを見つめます。

「カーカー」
(私はずっとあなたのそばにいます)

 王女さまはカラスの言葉はわかりませんでしたが、カラスがなぐさめようとしてくれているとはわかりました。
 不思議な感じがするカラスに、王女さまは少し元気づけられ、再び立ち上がることができました。


 そのころ、魔女はお城にいました。魔女は魔法を使い、お城にいる全ての人を言いなりにさせました。
 満足そうに笑う偽王子さまと魔女でしたが、魔女が異変に気がつきます。

「……おや。王女さまはどうした?」
「王女は邪魔だから追い出した」
「なんと。王女の近くにいたカラスは、本物の王子さまだ。すぐに見つけて始末しなくては」

 何かあってはまずい――魔女たちは兵士たちを連れて、王女さまたちを探しに出かけました。

 一方、王女さまとカラスは森の中、古ぼけた家を見つけていました。
 中に入ると、使えそうなフライパンや棚、食器などがあってどれも手入れがされています。
 井戸もあり、つい最近まで誰かが住んでいたようです。

「いつまでも悲しんではいられません。この家で新しい生活を始めましょう」

 カラスとの新しい生活が始まりました。
 ですが、王女さまは家事をほとんどしたことがありませんでした。料理もなかなか上手にできません。掃除や洗濯も、全て時間がかかっていました。
 ですが、王女さまはくじけることなく、時間をかけてでも全て自分でこなします。
 おいしくなかった料理も、おいしい料理へとなり――。
 部屋の隅に埃がたまっていた部屋も、綺麗に片づけられるようになり――。
 なかなか汚れが落ちなかった洗濯物も、綺麗に洗うことができるようになり――。
 お城での暮らしより大変でしたが、成長しているという実感が何よりも嬉しかったのです。

「おいしいですか?」

 今日はスープでした。カラスは器用に皿からスープをすくい飲み込みます。
 身体が温まり、とても幸せな気分になります。

「カーカー」
(はい、とっても美味しいです)

 カラスもそれなりに幸せでした。言葉は通じなくても、近くに王女さまがいて見守ることができる――毎日が充実していました。
 ですが、やはり人間の王子さまとして、再び王女さまの前に立ちたい、そんな思いが日々強くなっているのでした。

 王女さまはこの生活を送っている中で、お城の兵士たちや偽王子さまから受けた心の傷が、小さくなっていくのを感じていました。
 それは、毎日が忙しく、ウジウジと悩んでいる時間がなかったためかもしれません。
 一人しか住んでいない家は、時々寂しさを感じます。
 けれどそう思ったとき、必ず近くにはカラスが寄りそってきました。まるで、心が通じているようでした。 

「カラスさん、どうして私のそばにいてくれるのですか? あなたは鳥です。もっと自由に飛べるのですよ?」

 優しくほほえみながら王女さまは言いました。カラスもじっと見つめます。
 出会ったときよりも、少しほっそりとしているものの、やはり美しい王女さまでした。

「カーカー」
(私は、王女さまのそばにいたい。もっとあなたを助けたい。支えたいのです)
「カーカー」
(王女さまを愛しています)

 気持ちを込めて、カラスは鳴きました。『カーカー』という鳴き声でも仕方ありません。
 ですが――王女さまの目から、涙がこぼれ落ちたのです。

「ど、どうして。……鳴き声を聞いただけで涙が……」

 ボロボロと涙があふれてきます。
 悲しい涙ではない突然の涙に、王女さま自身も戸惑います。
 その姿をカラスは呆然と眺めていました。

(……もしかして、王女さまは無意識に私の存在を理解しているのでは)

 カラスはそう考えると、嬉しくてたまりませんでした。
 王女さまの肩に乗ると、その頬に自分に顔をこすりつけます。
 王女さまはよくわかりませんでしたが、なんだか嬉しくて涙を流しながら笑っていました。
 そこへ――。

「見つけたぞ、王女さま!」

 と、偽王子さまが突然ドアを勢いよく開けて来たのです。
 後ろには兵士たちと、魔女の姿もありました。

「私の家で仲良くくつろいでいたとは、探す手間がはぶけましたよ」

 偽王子さまと魔女は、ニヤニヤと嫌な顔で笑っています。
 只ならぬ雰囲気に、王女さまは窓まで後ずさりをしました。入口を塞がれ、まるで逃げないようにしているようでした。

「一体……何のご用ですか?」
「王女さま、あなたはこれまで王子さまに数々の無礼をはたらいてきました。その罪により、あなたをつかまえます」

 と言うと、兵士たちが王女さまをがっちりと両わきをつかまえます。
 抵抗をしようにも、力が強く王女さまの力では振りほどけません。
 カラスは必死に鳴き叫びました。

「カーカー!!」
(このままでは王女さまが危ない……!)

 王女さまは兵士につかまったまま、家を出て行きます。家の外を見れば、大きな馬車がいました。
 あれに乗ってしまうと、お城へ連れ戻されてしまうでしょう。そうなると、どうしようもありません。

(何か、何か手を考えなければ!)

 目を泳がせるカラスに対して、魔女と偽王子さまが近寄ってきました。

「……お前、本物の王子だろう? 王女との生活は楽しかったか?」
「王子さま、あなたは私たちにとっては邪魔でしかないのですよ。悪く思わないでくださいな」

 二人ともにやりと笑って見下ろしています。
 焦りながらも、カラスは部屋の奥にガラスの小瓶に入った水を見つけます。
 そう――王子さまがカラスになってしまった魔法の水です。

 これ以上の良い案はありませんでした。

 カラスは二人の間を素早く飛び去り、そのビンをくわえて外へと飛び出ます。
 外では、兵士たちに無理やり馬車へ押し込まれようとしていた王女さまがいました。
 カラスは兵士にめがけ体当たりをします。
 驚いた兵士は思わず手を離しました。その隙に、王女さまは兵士たちを振りほどき森の奥へと走って行きます。

「まてー!」

 兵士たちがすぐに追いかけてきます。王女さまは転びそうになりながら、必死に走って行きます。
 カラスも一生懸命飛んで、王女さまの目の前に降り立ちました。
 王女さまも走るのをやめて息を整えます。――その時初めて、カラスがくわえていた小瓶に気が付きました。

「……こ、小瓶?」

 カラスは地面へビンを落とし、くちばしで王女さまに寄せます。
 悩んでいる間も、兵士たちの足音や声がどんどんと近づいていました。

「飲め、ということでしょうか? でも、逃げなければ……」

 振り向くと、怖い顔をした兵士たちがすぐ先に見えました。このまま立ち止まっていてはつかまってしまう、そう思いました。
 ですが、カラスは必死に鳴き声をあげます。

「カーカー!!」
(王女さま! この水を早く飲んでください!!)

 ひらすら鳴き声をあげ、王女さまの目をじっと見つめました。
 王女さまも向き直り、カラスの目をじっと見つめます。

「……わかりました」

 カラスの鳴き声に何かを感じ、王女さまは小瓶を手に持つと一気に中身を飲みほしました。
 と、丁度後ろから追いかけてきた兵士たちも到着しました。
 が、目の前では王女さまの身体がどんどんと小さくなり――やがて小さな真っ黒なカラスへとなってしまいました。

「お、王女さまが……カラスになってしまった!!」

 兵士たちは驚いてしまって、すぐに来た道を帰って行きました。
 王女さまも自分に何が起こったのか、理解できませんでした。全てが大きく見えます。

(王女さま王女さま。申し訳ございません)

 そこに、先ほどまで鳴いていたカラスが頭を下げていました。
 鳴き声だったはずが、人の声に聞こえます。

(あなたをカラスにしてしまったこと、おわびいたします。どうか、お許しください)

 聞き覚えのある声でした。
 王女さまはふるえそうになる声をなんとかこらえ、たずねました。

(あなたはまさか……王子さま、なのですか?)

 カラスの王子さまはうなづきました。

(はい。……信じていただけますか?)

 目の前のカラスが――その姿がだんだんと――王子さまの姿に変わっていくように見えました。
 申し訳なさそうに視線を落とし、暗い表情で立っています。

(そばにいたのにも関わらず、名乗れなかったことをお許しください)
(傷つくあなたを、なぐさめられなかったことをお許しください)
(あなたを守りきれなかったことをお許しください)

 そう言葉を続けたあと、王子さまはまっすぐ王女さまを見つめます。
 そして、王女さまの手を取り言いました。

(あなたを愛しています)

 まっすぐ見つめる王子さまの言葉は、王女さまの心の奥に響きました。
 それはずっと王女さまが待ち望んでいた言葉でした。
 王女さまも手を握り返しほほえみます。

(私も、あなたを愛しています)

 二匹は寄り添うように並んで飛んで行きました。
 他人から見るとカラスにしか見えませんでしたが、二人はお互いが人間であるように映っていました。
 まるで二人だけの世界のようで、カラスになったことをちっとも不幸だとは思いません。
 元人間の王子さまと王女さまは、森の奥で幸せに暮らしたそうです。

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