檻のカギ
檻の中の続き。
弟サイド
俺達の母親は本当に、最低な女だ。
俺達兄弟だって今じゃ同じようなもんだが、俺達なんて目じゃねえくらい俺達の母親は底をずっとずっとたどっていっても、それさえも抜けた超最低女だった。
俺達だって幼いなりにまだまだ母親を母親として何とか愛していた。
幼い俺達を前にして、俺達を子供とみくびって、いや、違うか、俺達をそこらの置物と同程度の認識でいたんだろう母親は何も隠さずそれらを行った。
堂々と行われるそれら母親のしでかす出来事を目の前にして、やがて目をふさぎ耳をふさぎ必死にそれを、自分たちの愛しい母親のそのやりようを「知らない」ふりをしていた子供が俺達だった。
つくづく俺は兄貴と双子で良かった。
一人で母親の「現実」っていうやつにさらされなくてすんだからな。
俺の母親は最初は愛人だったらしいが、見事に本妻を勝ちとった。
そりゃあこの母親にかかっちゃ、坊ちゃん育ちの俺の父親じゃ簡単だったろう。
全てが計算された悪魔のような女、それが俺達の母親だからな。
見た目は子犬系の愛玩動物で、仕草もそれに見合ったカワイイもの。
話す言葉もひどくおっとりと優しさを感じる。
それが俺達の母親について聞けば誰もがすぐに言うセリフだ。
母親にはまる人間は、叔母上いわく「かまってあげなきゃ寂しさで死んじゃうウサギみたい」だと言って、自分の事以上に母親の世話をやきたがる。
それを母親はきょとんとして、嬉しそうに受け入れる。
で、そんな母親がなんで性悪な悪魔みてえなんだ?とそう思うか?
初めは幼稚舎の時だった。
仲良くなった数家族で、週末なんかも仲良く交流をしていた。
その中に俺達よりも幾らか上のセレブ一家がいた。
それは古くから続く書家の家で家系が上だったとか、数代前が残した土地などで不動産王として、ひどくはぶりが我が家より良かった、そんなもんだった、原因は。
そこの家の一人っ子の長男のミキと俺が仲良くなって、我が家のママ友の輪に加わった一家だった。
俺の母親は確かに何もしなかった。
ただそこの一家がたまたまいないお茶の席で、たまたまぼやいただけだ。
「私って庶民だから、ミキ君のお母さん嫌なのかな?」と何気ないひとことを。
そして皆の頭にその言葉が残っているうちに、なぜかミキ君の母親と話している姿を、それも2人で話している姿を誰かに目撃させる。
目撃者はうちの母親がうつむいている様子とポロっと涙の一粒を零すのをみる。
その時そばにいた俺が言うんだから確かだ。
ミキも俺達も今日の夕飯の話しで、なんでうちの母親が急にこんな雰囲気になったのか驚いたし、ミキの母親も「どうなさったの?」と心配して声をかけたくらいだ。
それにうちの母親は「ううん、何でもないの。昨日見たドラマ思いだしちゃった」そう言って笑った。
それがやがてミキの母親の陰湿ないじめの実証として噂が広がり、上流社会の噂話にのぼるのもあっという間だった。
噂話しとあなどるなかれ、それさえもパワーゲームの一環なんだから、上流社会というのは。
その後すぐにミキは学園をやめ、親も離婚した。
ミキとは数年後再会し、その荒みぶりに驚いたが、俺達がしんそこ母親を憎んでいるのに納得すると、俺達の仲間になってくれた。
ミキの母親はがんとして俺の母親に対するいじめや、ついでとばかりに出た噂の数々、それは浮気疑惑まであったらしいが、それを認めず、やがてぎくしゃくとして離婚につながったらしい。
その後母親はその理不尽さに泣き、怒り、やがて精神を病んで死んだと聞いた。
そう、俺の俺達の母親はこういう風に他の人間を操り、ちょっとでも自分が気に入らない人間達を破滅させてきた。
俺達はそういう一つ一つを目にして大きくなった。
人間には二つある。
「見えないやつ」と「見えるやつ」。
この二つで圧倒的に多いのは「見えないやつ」で、そいつらを上手に動かして俺達の母親は強かにその身の毒を隠して生きてきた。
俺達兄弟はこの身に流れるその毒を嫌悪し、その毒の頭をいつか踏みつぶしてやる為に、自分たちの力を蓄えた。
俺達の仲間は、大なり小なり皆うちの母親に恨みを持つ奴が多い。
江戸時代の踏み絵のようにそうして年配のやつらから俺達くらいの子供まであつまった。
俺達はまだまだ未成年だ。
母親信者どもは皆それなりの立場の大人や、ころりと騙されてるその周囲とかだ。
いつかあいつの頭を踏み潰すための力を求め、自分たちのみでその為の金を集める。
株をネットで行うやつらの為に、見目の良いガタイと顔を生かして女衒の真似もして金をかきあつめる。
表じゃ絵に描いたような優等生、裏じゃ女子学生の斡旋屋、足のつかない女なんかは勝手に売り飛ばしてやった。
俺達は女なんか皆同じ、そう思っていた。
最愛の姉に出会うまでは。
前妻の娘を引き取ると言いだした父親に、母親はいつものようにふわふわ笑って賛成した。
これには俺も驚いた。
俺達の父親は未だかって前妻はおろか、前妻との間にできた娘の事さえ一言も話したことはないし、実際意識もしていなかったはずだ。
それが突然どうした?
だが俺達は母親の目の奥にある憎悪の感情、それはすぐに引っ込んだが、それが嬉しくてすぐさま賛成した。
やってくる姉、ほとんど他人同然の姉には可愛そうだが、一瞬でもこの化け物ババアに負の感情をあらわにさせたその存在に俺達は溜飲をさげた。
そうしてやってきた一つ違いの姉は、目の前で繰り広げられる父とその後妻の茶番劇に冷めた視線を一つやり、驚くほどのスタンスで俺達をその視界から綺麗にはじいていた。
母親の毒も見事に避け、それに身をまかせる風にしているのに気がつけば、俺達は姉に、初めて女と言う生き物にはまっていた。
姉の容姿は前妻譲りでとりたてて目を引くものじゃないが、そのありようの清廉なまでの厳しさがその目にあらわれ、その目でじっと見つめられるだけで恍惚となった。
「ねね」俺達は思いきりそう呼び甘える。
冷たく一瞥されても、実際の所姉はその懐に入ったものに、それほど冷徹でいられないのは学習ずみだ。
ほんのひとかけらの「しょうがない」の感情でさえ、俺達には至福の甘露になった。
「ねね」、「ねね」俺達は無邪気さを装い、母譲りの狡猾さで少しずつ少しずつその身に俺達の毒を入れていく。
「ねね」と呼ぶたび、何だこいつらは、という顔をして、それでも拒絶はしてこない凛とした美しい存在の姉。
俺達は初めて本当に息をしている事の喜びを知り「生きている」幸福を実感している。
姉はここに来たときから、ここではない遠くを見据えていた。
「18」、時々前の学校の女友達と携帯で話しているのが聞こえる。
ここを出ていくつもりでいるらしいけどそうはさせない。
俺達は今まであの毒蛇の頭を、実の母親をつぶすために力を求めてきた。
何て小さい事だったのか。
もちろん、近いうちに、最愛の姉にちょっかいを出されない内に、あのくそババアには消えてもらう。
本当はあの母親には、いやと言うほど辛酸をなめてもらう為にこつこつと準備を仲間たちとしてきたんだが、そうも言ってられなくなった。
もし姉に何かされたらと思うと、今までと同じように姉が消え去るかと思うと、喚きだして気が狂いそうになる。
もしやと考える夜には兄貴と二人喚き散らさないように、深夜お互いの腕を噛み合って声を殺す。
さすが双子考える事は一緒だ。
今日の夕食前、報告があった。
一緒にあの毒蛇と買い物に出かけた姉の報告だ。
はっていた仲間のフォローのおかげで何事もなかったが、あのババア、よりにもよって愛しい「ねね」のバックに、高級時計を仕込みやがった。
幾つも高級宝飾店で品物を出させ、そのうちの一つをさりげなく口のあいてる「ねね」のバックに落とし込んだらしい。
ちっ!万引き犯をこしらえる気だったか。
「どうして?やっぱり私が気に入らなかったのね?」そう言って泣いて、めでたく「ねね」をこの家から放りだすつもりだったらしい。
手に取るようにわかる、あのくそが!
フォローした奴は一応「ねね」のガードを隠れてまかせた奴で、やっぱりガードをつけて正解だった。
すかさず時計がバックに落ちたのを見てすぐさま声をかけた。
同じ出来事でも毒蛇が毒をはけば立派な万引き犯、毒がきいてなければ店の人間もただの事故だと納得する。
くそババアは「あらあらごめんなさいね、私がこっちのを見るのに手を出した時落としちゃったのね。ごめんなさい」といって、ふるふる涙をこぼさかねない勢いだったらしい。
店の人間にも慰められたと聞いた、あのババアめ、ほんとに懲りねえな。
しかしいよいよ動き出しやがったか。
明日だ、明日が最後だ、最後にしてやる。
お前にこれまでの日常があると思うな。
俺達兄弟は詳細なやりとりを仲間として、叫びださないようにお互いの腕を噛みしめ夜明けを待った。
産みの母親が凄惨な目に合う。
俺達はその姿を思い浮かべ獰猛に目で笑った。
本来の計画ではすべての人間の前でその醜悪さを、化けの皮をはがして2度と日の目をみないようにしてやるつもりだったが、そんな計画はもうなしだ。
なあ「ねね」。
実の母親の凄惨な最後を目の前で見て、精神的にぐちゃぐちゃになった弟たちをよろしく頼むよ。
俺達はその「ねね」のそばから一歩も離れられなくなる予定だ。
少しでも離れたら自分たちを嫌と言うほど傷つけちまう壊れた弟たちになる。
一生離さない、離すものか。
ここの檻のカギは俺達が腹の中に呑みこんじまった。
2度と開けるもんか。
俺達兄弟は明日を夢見て、互いの腕から血を流しながら、「ねね」のそばにいる自分たちを思い浮かべうっとりと目をつぶった。