秘密基地〜生きる意味を探して…〜
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是非、読んでみてください。
学校の校庭の外れにある古びた建物…そこはもう、随分前から使われなくなった旧校舎。
仲のいい友達と集まっては、馬鹿をやっている場所。
いつの頃からか、俺達はその場所を『秘密基地』と呼んでいた。
子供の頃、誰もが作った秘密基地を思い出して名づけた。
ただ、そこに集まって喋って、馬鹿やって…それが、楽しかった。
「答えは…どこにある……」
ホコリが舞い上がる部屋。随分とここには来ていない…。
あの日から、ずっと―――
「ここにいたのか…裕香」
「んっ―――あれ?…善之、どうしたの?」
所々、腐りかけてきしむ床板を踏みしめて進んで行くと、薄暗い木造の部屋の中でただ一人
ぼんやりとしている女の子がいた。こいつは、俺の友達の一人…笹山裕香。
いつも一人で行動しては、何かしらの問題を起こしてくれるトラブルメーカーだ。
そして、この秘密基地を一緒に作った仲間。と言っても、こいつ以外はいない訳だが…
つまりは、二人だけ。少し変わった奴だが、俺は意外と気にいっている。
いや、少し違うか…俺が、一方的に好きになってしまっている。
こんな奴を好きになれば、後で苦労すると散々周りの連中に言われたが
好きになってしまったものはしょうがないだろ。
しかし、なんだ?…裕香の奴、妙にこの部屋に溶け込みすぎてないか?まるで、同化してるみたいだ。
「あのなぁ…お前を探していたんだ」
「なんで…?」
相変わらずと言うか…何を考えているんだ?こいつは。まったく状況が分かってないその様子が
可笑しくもある。
「お前、ハゲ杉に何した?」
「んっ…ハゲ杉?別に何も―――あっ……かつらに除草剤をかけた」
淡々と話す裕香は、別に悪びれた風もない。こっちはいい迷惑なんだがな…まったく。
ハゲ杉とは、俺達の担任で名前を大杉という。本人は、バレてないと思っているが
カツラだと言う事は、学校中の人間が知っている。そのカツラに、裕香は悪戯したのだ…。
「ハゲ杉が、激怒してたぞ…『誰だっ、こんな悪戯したのはっ!』って…」
「あははっ…そうなんだぁ」
大笑いしてるよ…この馬鹿。それが、全部俺に降りかかってくるって事を分かっているのだろうか…。
こいつは友達付き合いが極端に少なく、俺は数少ない友達という名前の同類らしい。
だからといって、俺に八つ当たりをするのは、お門違いだぞ…ハゲ杉。
「はぁ…お前は、どうしていつもそうなんだ」
「別にいいじゃない…面白いんだし」
まったくもって、何も考えてない答えが返ってきた。頭痛が痛いぞ…それも、最高潮に。
「あっ…ねぇ、善之」
「なんだ…?」
これまた、いつもの調子で聞こえてくる声。どうせ、ろくな事を言わない奴だ…適当にあしらうか。
本当に、こいつを好きになってしまって苦労ばかりしている気がする。裕香自身は俺の事など
なんとも思ってないだろうが…。
「私―――生きるのに疲れちゃったよ」
「はぁ…?」
突然、何を言い出すんだ…こいつは。適当にあしらうどころか、思いっきり意表をつかれてしまった。
生きるのに疲れたって、そんなに生きてないだろ…。俺達ぐらいで疲れていては
この先どうするつもりだよ。
「私…なんの為に、生きてるんだろう……」
「そんなの―――」
「決まってないよね…?だって、私と善之は別人だよ」
寂しそうに聞こえるその声は、俺の心を掻き乱す。確かに俺と裕香は別人だ…。
『生きる』って事を深く考えた事はないが、俺は今まで生きてきて特に不満を感じた事などない。
何が嫌なんだ?…裕香は。どうして、そればかりを考えているんだ…。
「また…その話か……」
「私にとっては、最大の謎なのよ…」
「知識が欲しい―――お前の口癖だからな」
「そうよ…今の私にとって、最大の謎ね」
飄々とした感じで言ってのける裕香は、俺から視線を外して窓の外を眺め出した。
相変わらず、何を考えているのかさっぱりだ…。
出会った時もそうだったな…こいつだけは、変わった奴だった。
『生きるって何?…死ぬって何?…死んだらどうなるの?』
いきなり矢継ぎ早に、そう言われて面食らったのが印象的だった。
初対面の人間に、しかも入学式が終わったばかりでいきなり何を聞き出すんだと思ったが
こいつの目は、すごく真剣で俺も思わず―――
『今が楽しけりゃ…それでいいんじゃねぇか。そんな事考えたって、わからねぇよ』
そう答えたら呆れ顔をして、そのまま去って行ってしまった。
俺はただ…その状況についていけず、歩いて行く裕香をただ呆然と見ている事しか出来なかった。
しかし、それから数日経ったある日、こいつにまた出会った。何故か俺に興味を持ったらしく
それからは、俺の顔を見ると同じ事ばかり聞いてくるようになった…。
『生きる』と言う意味をしつこくと―――
「まぁ…それは、いいわ。それより……善之」
「なんだ…?」
「私……死ぬ事に決めたから…いや、違うかな。死ん―――」
窓の外を眺めながら、ごく普通の会話をするように喋っている裕香。
語尾は独り言のように呟き聞き取れなかったが、話の内容はまったく普通ではなく、俺は意味が
分からなかった。今日の裕香は、どこかおかしい…いや、いつもと変わらないと言えば
変わらないんだが…。それでも、妙に落ち着いたこの態度が俺を焦らせる。
なんだ…何を考えているんだ?こいつは。また、こいつなりの冗談か?
いつもこの手の冗談で俺を困らせる奴だから、それもありえるが…。
「そうか…それで、どこで…?」
「ここで……それと、今日は冗談じゃないよ」
何を言っているんだ…こいつは?
おかしな事ばかり言っている奴だ…笑えないぞ。
「それじゃ―――ね」
振り向き様に見た裕香の顔は、妙にすっきりとした表情をしていた。
それは、これから行う行為が本当であるような錯覚を感じさせるものだった。
なんの束縛も受けない…何も考えず、ただそれを目指しているものがする恍惚の表情。
まさか…本気なのか?待てよ…ここは―――
「おいっ、ま―――」
言うより早く、窓枠に手を掛けて俺の視界から消えていった裕香。一瞬の出来事に体が動かなかった。
ここは、三階。旧校舎の中でも一番見晴らしのいい、この場所に俺達は秘密基地を作った。
それは、ここから見る夕日がとても綺麗で、それを見たいが為に俺達は…。
「……ゆ、ゆうかっ!」
呆然としていたのは、数十秒…いや、もっと短い。もつれそうになる足を動かし
窓まで走り寄り、身を乗り出して下を―――
「ばぁ〜っ」
「うおっ!」
見ようとして、目の前に裕香の顔があった。
「びっくりした…?」
「あ、あああ、あたり前だろっ!こんな所から、落ちたら―――」
「死ぬだろうね…普通は」
「そうだっ、だから―――って、あれ…」
気が動転している俺は、今改めてこの状況を考える。
なんで、目の前に裕香の顔があるんだ?それも、体は完全に窓の外で…窓枠には手はかかってない…。
それにこの校舎には、ベランダなんて立派なものはない。足場になるようなものは
何も無いはずなのに…なんでだ?
「不思議そうだね…善之」
目の前の裕香は、さも楽しそうに俺を見て笑っていたが、急に真剣な顔をして―――
「私ね…さっき、飛び降りたの。あっ…下は見ない方がいいよ。まだ、残ってるからね」
なんの感情もなく、それを淡々と言ってのける裕香。俺は、未だに状況についていけずにいた。
何?…さっき、飛び降りた―――それって、どう言う意味だよ…。
「善之…頭……悪い?もしかして、馬鹿?」
「いや…何が何だか、ついていけなくて……」
「そっか…じゃぁ、簡単に教えてあげるよ。私…死んだの……善之が来るちょっと前に―――ね」
そう聞かされて、やっと理解が出来るようになってきた。
いや、正確には『死』という言葉をあえて避けて結論を出そうとしていたから
出なかったのだろう…。認めたくない現実を急に付きつけられると、人間はそれを拒否するらしい…
一つ、勉強になった。
「意外と、簡単なんだね…死ぬって……これなら、もっと早―――」
「裕香っ!」
旧校舎の教室に、俺の叫び声が響き渡っていた。それ以上、聞きたくないのと認めたくない現実…。
何故、そんな事をしたんだ…。簡単に出来るものじゃないだろ…それは。
「なんで…こんな……事を―――」
「別に死ぬって事に理由はない。生きるのに意味がないように…ね」
俺の横を横切るように進んでいく裕香。普通歩けば、肩が少しは上下するものだか、まったく
動いていない。その光景を言葉で表すなら、『浮いている』という単語を浮かんでくる。
「う、浮いてる…」
「死んだからね……重力も関係ないみたいだよ。いやはや…驚きばかりだよ」
そう言って笑っている顔は、今日一番の笑顔だった。出会った時から変な奴で後で知ったが
人一倍知識欲が強かった裕香。成績は常に学年三位以内をキープをしている秀才だった。
馬鹿となんとか紙一重を言う言葉はまさに、裕香の為にある言葉だと俺は思っていた。
「俺の方が驚いている…というより、混乱している」
「それは、生きてる証だね。死んでる私には、そんな事関係ないし…」
クスクスと笑っている裕香が、何故か憎らしく見えてきた。こんなに頭抱えて考えている俺を笑うか?
「訳わかんねぇよ…何がしたかったんだっ、お前はっ!死んで何になるんだよっ」
「私の知識になる…それだけ」
「それだけって―――お前には、夢があっただろっ!」
「夢…?」
首を傾げている裕香は、何も思い当たる節が無いと言った感じの顔で、俺を見ている。
「将来…看護婦になるって言ってじゃないかっ」
「あれは、適当についた嘘だよ」
分からない…こいつの考えは、俺の全てを超えている。常識と言うものが通用しない。
夢がなければ作ればいい。あれば、それを叶えればいい。なのに、こいつはそれをしないで…
全てを断った。
「なんでだよ…」
呆れ果てた俺の声が部屋に響くが、目の前の奴はそれすらも聞いている風ではなかった。
もう訳が分からないのを通り越している。こいつの考えが全て分からない。頭の芯がズキズキと
痛み出してきた。普段、こんなに考える事などないからオーバーヒートでもしたようだ。
「生きる事……それの意味を知りたい人形は『生きる理由』を探して彷徨いました」
突然、何かを囁くように喋り出した裕香。その声は、抑制のない淡々とした声で喋り出した。
「生きる意味を探して歩き、やっと見つけた…」
彷徨うような視線はどこを見ているのか分からない。
「それは、死への渇望。生きる意味を探して、見つけた死への扉……その先にあるものを見てみたいと言う欲求…」
「意味…わかんねぇよ」
「分からなくていいよ……分かって欲しいとも思わないけどね」
冷酷な言い方…そう感じるのは俺だけだろうか。全てを拒絶するような言葉を俺は聞いていた。
「俺達…友達じゃなかったのか?」
「友達…?何を持って友達って言うの?…証明するの?」
「それは…」
俺は言葉に出来なかった。いや、言葉では表すのは難しい。友達と口で気軽に言えるが
それをどうやって表現していいものか分からなかった。
「言葉だけじゃ、現せないもの…だけど、感情だけでも現せないもの」
「だけど…それだけじゃないだろ」
「もういいよ……私には、興味が無い事。あっても、分からない…それを知ろうと思わなかったから…」
悲しく囁く声にのって聞こえてくる蝉の鳴き声。何故かその声までもが悲しく聞こえる。
「私は死んだ。そして、答えが手に入ると思っていた―――だけど…」
上を向いて天上を見上げている裕香の頬を、雫が一筋落ちていく。
「何も分らないまま…。それに…どうして、涙が出てくるんだろう。ねぇ…善之、教えてよ……私は、何がしたかったの?」
それは俺が聞きたかった。お前は何がしたかったのか…。お前が求めたものは何だったんだ…。
『生きる』って事の意味の答えを探して、辿り着いた答えがこれか?何故、こんな結論に達したんだ…。
「分からないよね…」
「分かる訳―――」
お前ならもっと頭を使っていい解決策が出来たんじゃないか…。それが俺には分からないだ。
「最後に…善之に会えて……よかったのかも…」
「最後って…」
「私は…人と一緒にいるのが嫌いだった…」
「……ゆう…か…」
遠くを見つめながら辛そうで、それでいて懐かしそうに言う裕香。確かにお前の性格なら一人でいる事を望むだろう。
人付きあいは上手い方ではない裕香。俺が知っている裕香は、いつも一人だった。
「私は死んだ……なら、行き先があるはずだよ。それが天国か…地獄かは知らないけどね」
そう言って、微笑んでいる裕香はなんだか薄くなっていた。全体が透けて向こうの壁が随分とハッキリと見えてきた。
「さて…どこに行くのかなぁ。それを考えるのも、楽しいかも…ね」
ぼんやりと景色が歪み、掻き消されるように消えていった裕香。あまりの呆気なさに、俺は暫し呆然としていた。
今起こった事が全て夢で、俺はきっと寝ぼけてこんなものを見ているんだ…そう思えてならなかった。
「ゆ…うか……」
名前を呼んでも、もう…その相手はいない。
俺の耳に聞こえているのは、外で鳴き続ける蝉の声と悲鳴だった…。
そして、あの日から随分経った…。
あれからかなり大変だった。学校側は、裕香の件で対応におわれて俺は事情を聞かれて…。
だけど、そんな事は俺にはどうでもよかった。ただ、裕香が求めたものを知りたいと思っていた。
ずっと考えて考えて、頭がおかしくなるぐらい考えても、答えなんて出てこなかった。
俺が馬鹿だからか?それとも、これには答えなんてないのか?
だから―――
今日、俺は久しぶりにここに来た。
秘密基地…そう呼ばれていた場所に、俺はやってきていた。あの日から、ここは立ち入り禁止となり
もうすぐ取り壊しが決定している。だから、最後にここを見ておきたかった。
それに、ここなら答えが分かるのかも知れない…そう思っていた。
あの日、本当は裕香に俺の気持ちを伝えようと思っていた。どんな結末かは、簡単に想像がついたがそれでも伝えたかった。
しかし、それすら叶わない出来事が目の前で起こり、何も出来なかった。
裕香が求めていた答え…『生きる』意味を…そして、辿り着いた結論があの結末を生んだ。
なら、それを実行したこの場所なら、俺にも答えが見えるのかも知れない。
窓から差し込む光が部屋中を輝かせて、ホコリまみれの部屋はキラキラと、綺麗だった。
いつも裕香が座っていた机。その場所にもホコリが積もっている。そこにはもう誰もいない。
それだけが、俺の心に響いてくる。
「俺には…お前の探していた答えなんて…見つからない。お前が全てだったんだ―――裕香」
窓から見える景色は、俺達が最初に出会った頃の景色をしていた…。