最終話 ドラマチック・ラヴァーズ
「それにあたしはヒロくんの手袋だから」
薄闇と落下するオレンジ。
星がまたたく前に、彼と手をつないで。
ゆれる、花。
彼をすきになったというあたしの誇り。
未羽のかわりにはなれないけれど、あなたのそばにいたい。
「奈緒は」
あたしの手を握ったまま、彼はゆっくりと口を開いた。
夜が彼の表情を隠してしまっているから、目を凝らして見上げる。
「どうして、ここに来たんだ?」
「だから、言ったじゃないですか。ヒロくんに会いにきたんです」
「だから、どうして」
繰り返される問い。
彼に会いたいと一心でここまで走ってきた。
「どうして俺に会いにきたんだ。俺はこれまできみを散々傷つけてきた。身勝手なことも言った」
その言葉にちくちくと痛みがはしる。
見えない顔、暗い声。
闇があたりを包みはじめて、夜にのまれる感覚。
「それでもきみはここに来た。俺に捕まってもいいとそう言った。それはどうして?」
そんなの、答えは分かりきっている。
だけど、いわないと決めた。
この恋はあたしだけの秘密なのだから。
「それは、」
手を引っ込めようとして、なのに強く握り締められた。
花が咲いて、熱が足元からかけのぼる。
「ヒロくんの、そばにいたくて」
「どうして、こんな俺のそばにいたいの?」
振り絞って答えたものは、あっさりと戻ってきてまた行き詰る。
体の中で鳴り響くものがうるさい。
赤いものが激しくめぐって、花を揺らして咲かせていく。
「それは、」
追いつめられて、逃げ出したくても握り締められた手がそれを許してくれない。
つないだ手からあふれてしまいそうなのに。
つたわってしまいそうなのに。
それをいけないと思っていたのに。
「答えて、奈緒」
「それ、は」
これは、あたしだけの。
「……残念、タイムリミットだな」
「え、」
彼の視線の先には、ふたつの揺れる影。
待ち人が、予想通り帰ってきた姿。
「あ、あたし、帰ります」
慌てて駆け出そうとしたのに、手を離してもらえず、動くこともできない。
はやくここから逃げないと、未羽がくる。
彼女にこの状況をうまく説明できる自信なんて無い。
「ちょ、離してください。あたし未羽に何もいっていないんです。未羽は何も知らないんです」
「言ったよ」
手をふりほどこうともがけば、予想外の答えがふりそそいだ。
動きを止めて、夜に隠された彼の顔を見る。
ようやく暗闇に慣れた目はその表情をとらえることができた。
「素直で、頑張りすぎで放っておけなくて、でもとてもいい子で」
意地悪な笑顔。
電車の中からは知ることの出来なかった彼の一面。
「みーと同じくらい大事にしたい子ができたから、お前をいちばん大事に思ってくれるやつのところに行くように言った」
小さな音が、奥底から湧きあがる。
花がまた、水に沈んでいく。
「くるってしまった計画も、抑えの利かないこの感情も、未羽を解放してやろうと思ったのも」
こぼれる。
想いも、花も。
「全部、奈緒のせいだ」
こみ上げてきたものは頬をつたってこぼれ落ちて。
それを彼がすくいとってくれる。
うそでしょう。
こんなの、都合のいい夢に違いない。
「俺はずっと未羽を大事に想い続けるだろうし、それがきみを傷つけることも分かっている。だけど、離す気はないんだ。ひどい男だろう」
まぶたに、頬に、首筋に与えられるものに熱をともして。
水の中で花が揺れている。
決して、あたしのものにはならないひと。
この手があたしを離す気はないといった。
「だから、聞かせてくれないか」
つないだ手がつめたくなくなって。
あたしの熱にあたためられて。
「きみの秘密を、どうか俺に聞かせて」
キセキもウンメイも信じてなかった。
ひとりで歩いていけると思ってた。
彼に会うまでは。
「――あたしは、」
あふれそうになるものを言葉に。
この花をあなたに。
これは、彼が作ってくれたあたしだけのドラマチック。
|