第65話 あの雨のにおい
足がしびれて、腕がしびれて。
胸がとてつもなく、いたくて。
それでも彼が離さないかぎり、そばにいたかった。
もう、覚悟は決めた。
だれにも知られずに、彼をすきでいよう。
「未羽、お帰り」
「……な、お」
「もうとっくにみんな帰っちゃったよ。あたし、お腹すいちゃった」
カラオケ店の前で未羽を待つこと二時間。
人ごみにまぎれて、未羽の姿を見つけたときはほっとしてしまった。
ぐちゃぐちゃの泣き顔で、よく絡まれなくてすんだものだ。
「はいはい。おいでおいで」
ぼろぼろと涙をこぼす未羽に手を差し出せば、弾丸のような勢いで胸に飛び込まれた。
まったく。
兄も兄なら、妹も妹だ。
彼はあのあと少ししてから、ごめんといって立ち去ってしまったけれど。
「もう、ど、して、いいのかっ、わかんないっよう」
薄暗くなった町の中。
抱き合う女子はもちろん注目のまと。
だけど、未羽がはじめてあたしに甘えてくれたのでとても気分がよかった。
彼の体とはちがう、やわらかくてとてもいいにおいのする未羽。
抱きごこちがいい。
「あの、追いかけていったひとは、だれなの?」
「お、さな、なじ、み」
答えの分かっている問いをぶつけてみた。
あたしは、あたしの秘密を守らなくてはいけない。
泣き続ける未羽の背をなでて。
一番星に目を向けた。
どうやら、未羽の気持ちは揺れに揺れているらしい。
それを彼も感じ取っていたのだろう。
『……一日でも良かったんだ。オマエが俺のものになるんだったら』
ナツキの気持ちが痛いくらいわかる。
一日でもいい。
あのひとがあたしのものになったなら。
あたしだけをみてくれるのなら。
遠く小さなひかりに願いを込める。
「……する」
「みはね?」
未羽のつぶやきは繰り返されることはなかった。
だけど。
『だれかの、においがする』
そんな風に聞こえた気がして、とても怖かった。
|