第5話 そして ふたり
どうしてあのひとは、落とした定期を探してくれたんだろう。
あたしたちは毎朝、すれ違うだけのカンケイだったはずなのに。
それだけだった、はずなのに。
「さむ……」
いくら考えても答えは出なくて。
あたしは駅外のレンガ作りの植え込みに腰を下ろした。
帰宅ラッシュはとうに過ぎて、空はオレンジから藍色に色を変えて星をまたたかせていた。
見上げた空の色は、彼の制服と同じ色。
吐き出した息は少しだけその色をぼかして、胸の中さえもにじませた。
(あたしはなにを、したいんだろう)
帰ることも出来なくて、ただ待っている自分がいた。
植え込みのレンガに体温をうばわれて、こすった手は一向に温まらない。
もう八時を過ぎた駅前。
帰宅途中のひとたちの視線が、痛かった。
むきだしの足はきっと色を失っているに違いない。
それでもスカート丈を直さないのは、あたしが女子高生という生き物だからだ。
薄い化粧も、整えた髪も、ひかる爪も。
オトナには分からないコドモの社会で生きていくために必要な装備。
自分の身を守りたかったら、周りに溶け込めばいい。
そういうものはきっとオトナの社会でも存在するはずなのに、どうしてこんな視線を浴びなければいけないのだろう。
早く帰って、明日の用意をして、眠りたい。
でも、この迷宮の出口はあのひとにあるような気がしてならない。
知るのはこわい。
だけど、どうしてだろう。
どうしても、あの青いマフラーのひとに会いたい。
手も足も顔も、どこもかしこも寒さを通り越して痛みに変わり、感覚を失いはじめた。
自分でも笑ってしまうほど、動く気がなかった。
帰ってしまってるかもしれないのに。
そもそも約束すらないのに。
何をしたいのか自分でもわからないのに。
膝を抱えて、顔をうずめる。
膝の間から見えた夜が、一瞬深くなって。
そして足元にスニーカーが見えた。
「また、定期落としたの?」
声は頭上から降ってきた。
ゆっくりと顔を上げて、まず目に入ったのはあのマフラー。
焼きつくように離れなかった、青。
「それとも、俺を待っていたのかな」
遠くから見るだけだった、あの目とぶつかる。
迷宮の出口に立ったのか。
それともさらに深く迷い込んでしまったのか。
あたしにはわからなかった。
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